2021/2/26

ダウンサイクルからアップサイクルへ。次世代リサイクル繊維が作る「服」の未来

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 全世界のプラスチック総生産量は83億トン。現在、そのうち63億トンは廃棄となり、リサイクルは僅か9%しかされていない。
 リサイクル率が上がらない理由の一つが、その手間だ。消費者や事業者による分別回収も必要であり、さらに不純物をうまく取り除いて洗浄しないと、再利用を繰り返すうちに素材の劣化が起こってしまう。
 つまり、この問題を根本的に解決するには、消費者を含めてリサイクルへの参加を促し、原料再生の「質」を上げ、さらには「高品質」の商品を作り出す、アップサイクルのシステムが必要となる。
 東レはリサイクル回収率の高いペットボトルを原料としたリサイクル繊維「アンドプラス(&+)」を発表した。
 なぜ、東レは高品質なリサイクル繊維を作ることができたか。どんなリサイクル繊維があれば、サステナブルな社会に寄与できるのか。
 東レ繊維事業のトップである三木憲一郎氏と、環境やリサイクルに関するコンサルタントとして活動するNTTデータ経営研究所の松沢優希氏との対談から読み解く。

昔のリサイクルと今のリサイクルは何が違うのか?

──リサイクルという言葉は、私も幼少の頃から知っていましたし、ペットボトルから再生繊維が作られていることも多くの人が知っています。過去と現在を比べて、リサイクルはどう変わっているんでしょうか。
三木 まず、過去と現在ではリサイクルの目的が違います。
 かつてのリサイクルはコストダウンを優先していたので、環境問題への配慮が行き届いていなかった部分もあったと思います。
 しかし、今は逆です。各企業が地球環境を守ることを第一に考えたうえで、コストをかけてでもリサイクルにアプローチするようになりました。
松沢 以前は法規制によって半強制的に資源回収の仕組みを整えていたメーカーも多いと思いますし、CSR(企業の社会的責任)の延長でキャンペーン的にリサイクルに取り組む例もありましたよね。
 しかし、三木さんがおっしゃる通り、今まさに転換期を迎えています。メーカーは環境問題に責任感を持ちながら、積極的にリサイクルに関わる時代になっています。
──まさに、今潮目が変わっていると。
三木 誰もが、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんに影響を受けているわけではないと思いますが、このままでは地球が大変なことになるという認識が社会全体のスタンダードになりつつある。
 儲かるか、儲からないかは関係なく、どんなに良い商品を作っても、エコやサステナブルと合致しないと消費者から受け入れてもらえない時代になっていることを認識しないといけない。
松沢 そんな消費者のニーズをメーカーが捉えたことで、最近はリサイクルの技術が高度化していると感じています。
 資源を再生する場合、これまでは品質の低下を伴うカスケードリサイクルが当たり前でした。
 ところが今はペットボトルを同じ品質のペットボトルに再生するような水平リサイクルのシステムが台頭していますし、さらにはアップサイクルという概念も生まれています。
 これまでアップサイクルとは、このままだと廃棄物になってしまうような素材を使い、デザインや用途などを工夫することによって、新しい製品に生まれ変わらせることでした。
 例えば、廃棄されたペットボトルに伝統的なファブリックを被せてランプシェードとして販売する、というような取り組みです。
──2019年に東レが発表した「アンドプラス」も、アップサイクルなリサイクル繊維を謳っています。既存のリサイクル繊維と何が違うのでしょうか?
三木 「アンドプラス」は使用済みペットボトルを原料とした新しいリサイクル繊維です。
 ペットボトルの高度な洗浄技術を持つ協栄産業との協業で実現できた繊維ですが、特に東レが取り組んだのが異物を除去する「フィルタリング技術」です。
 合成繊維は不純物があると微妙に特性が変わり、糸切れを起こすなど品質の低下を招きます。これは細い繊維であればあるほど問題になる。
 異物が混入すると、特殊断面や細い繊維が作れない。さらに「白さ」を低下させる。すると、リサイクル繊維を使える用途が限られてしまいます。
 ところが、フィルタリング技術を駆使することで、リサイクル素材の品質を上げ、細さや断面に制限がない多様な糸を作れる。しかも、石油由来のヴァージン原料と同等の「白さ」が保たれる。それが「アンドプラス」です。
 従来のリサイクル繊維と比べて、デザイン面や機能性も妥協しなくていいので、アパレルメーカーの多くの要望に応えられる。
 これまで使用が限られてきた高機能スポーツウエアでも、「アンドプラス」は使われていくと考えています。
松沢 「アンドプラス」は、従来のアップサイクルとは全く異なり、素材品質を高めることで、より価値の高いリサイクル製品を作る。
 いわば「新型のアップサイクル」と言えるのかもしれません。リサイクルの常識を覆す取り組みですね。
三木 「アンドプラス」は、ヴァージン原料と見分けがつかないレベルのリサイクルを目指しています。
 そのサイクルを循環させるためには、回収する素材の質も重要です。石油由来のPET素材や他のリサイクル原料と比べたときに、アンドプラスであることを判別できるようにしなければならない。
 そのために我々は、東レ独自のリサイクル識別システムを開発し、トレーサビリティ技術によって原材料のペットボトルまでさかのぼったトレースを可能にしました。
 東レのリサイクル原料を使っていると明確にできることで、「アンドプラス」のブランド価値もさらに高まると思うんです。

最終製品まで考えたものづくりが、「アンドプラス」を拡大する

──今後、東レが「アンドプラス」を拡大していくためには、どのような課題があるでしょうか。
三木 「環境に良い糸を作りましたよ」と言っても、なかなか使う側(アパレルメーカー)には響きにくいですよね。
 製品には細部の縫製に糸を使いますが、より多くを占めるのはテキスタイル(布)ですから。
 だから、「アンドプラス」をお客様に選んでもらうには、原糸からテキスタイル、製品に至るまで東レが一貫してコントロールしなければなりません。
「環境に良いから多少高くても買ってください」という世界ではなく、やっぱりコスト面での競争力も考えながら、市場の中で選ばれる工夫をしていくことが大切。
 なぜなら、リサイクルは素材や製品のメーカーだけでなく、使い方や捨て方を含めたエコシステムが必要な、「消費者参加型」のプロジェクトだからです。
松沢 消費者は製品を使うだけでなく、捨てる人でもあります。再生可能な形で回収できるボリュームが増え、リサイクル製品の用途や種類が増えれば、その分リサイクルのコストも安く抑えることができますよね。
三木 その通りです。さらに、「アンドプラス」の糸だけを売ると石油由来の化学繊維コストと比べて150%ほどかかりますが、最終製品まで包括的に提供できれば、そのコストを110%くらいに抑えることもできます。
 社会を巻き込んでリサイクルの輪を広げていくために、リサイクルの技術だけでなく、用途開発や協業企業と連携したサプライチェーンマネジメントが必要なんです。
松沢 世界的にも、そういった取り組みの重要性が認識されてきました。この先、環境に優しい製品に対するニーズが高まっていくことで、「アンドプラス」のような高品質リサイクル繊維が、より多く使われていくことに期待したいですね。

リサイクル繊維が“普通”になる世の中へ

──松沢さんのお話のように、SDGsなど国際社会共通の目標もありますし、「アンドプラス」が当たり前のように使われる日も遠くないかもしれません。
松沢 今や、環境・社会・ガバナンスを意識したESG投資が、投資額全体の約1/3を占めています。
 SDGsの17個の目標の一つに「つくる責任 つかう責任」がありますし、さらに環境やリサイクルへの意識は加速すると思います。
 それに、消費者の意識も変わってきています。数年前にはあるファッションブランドがブランド価値を守るために、余った衣服を焼却処分していたことが話題になり、不買運動が起こりました。
 企業やブランドが環境に対する取り組みを怠ると、投資家や消費者へのブランド価値を毀損するという認識を持たなければなりません。
「アンドプラス」はそういった側面でも、支持を得る可能性を持っています。
三木 Z世代はもちろんですが、幅広い世代の方々も「なるべく環境に優しい素材が良い」と考えているはず。
 これまでのリサイクル商品は選択肢が少なかったけれど、これからは違います。
 好みの商品を選んでみたら、たまたまリサイクル繊維が使われていた。それが当たり前になるように、企業も投資家も消費者も一丸となって、大きな流れを作っていける気がします。
──松沢さんは東レのような繊維メーカーに何を期待しますか?
松沢 「アンドプラス」のような「ペットボトルto繊維」のリサイクルは可能になってきているので、今後は「繊維to繊維」のクオリティを上げることが必要だと思います。
 古い衣料品は家電や自動車のように回収・リサイクルされる制度が整っていない。また、衣料品は異素材が組み合わさっているため、簡単に再利用できないなど技術的な課題も大きいんです。
三木 ペットボトルは一種の素材でできていて、流通量が多く、回収の仕組みも定着している。それに比べると、「繊維to繊維」のリサイクルは比較にならないほど手間がかかるんです。
 でも、「アンドプラス」のような取り組みが共感を呼び、社会全体に広まっていけば、最終的にはアイデアと技術で解決できるかもしれない。
 東レが100%植物由来のポリエステル繊維を開発するなど、リサイクル繊維とは違ったアプローチも模索しているのも、今やれることの一つです。
 我々は、素材には社会を変える力があると信じています。でも、リサイクルは使い終わった素材を回収することから循環が始まる。
 リサイクル素材でできた製品を選ぶ人も参加者なら、再生可能な形で捨てる人も、リサイクル素材を生み出す参加者です。
 アンドプラスというプロジェクトを通して、この世界的な気運を後押ししていきたいですね。