【塩野誠】ハイブリッド戦争とサイバー攻撃#2/6

2020/10/9
「テクノロジーを知らずして、未来を語ることはできない」とよく言われる。しかし、現代は、国際政治への理解なくして未来を語れない時代となった。

ファーウェイやTikTokが米国から追放され「米中新冷戦」とも呼ばれる状況の中、日本はどう振舞うのか。GAFAは政府のように公共性を担う存在になりえるのか。SNSで投票を操作できる世界で、民主主義は成立するのか。

様々な論点を一つの物語として描き出す新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(塩野誠著)の各章冒頭部分を、お届けする。
グレーゾーン化する日常
エストニアが2007年4月27日から5月18日の22日間にわたって受けた大規模なサイバー攻撃によって、デジタルテクノロジーに関する安全保障は新しい次元に入った。
本章では、既存の国際秩序を変更し得るサイバー攻撃について問題の所在を提示する。サイバー攻撃はこれまでの軍事行動に比して、攻撃側にとって極めてコストが低く、その出自の隠蔽も容易な非対称的攻撃である。
現代の軍事作戦は「ネットワーク中心の戦い(NCW)」となっており、人工衛星、無人機、兵士などによってリアルタイムで膨大な情報が収集・処理されている。そのためサイバー空間は陸、海、空、宇宙に並ぶ一つの領域であると同時に、すべての作戦領域を統合するものだといえる。
米国国防総省は将来の脅威として陸、海、空、宇宙、サイバー空間の敵対国によるA2/AD能力、つまり「アクセス阻止(Anti-access)」及び「領域拒否(Area-denial)」能力を挙げる。敵対国によるA2/ADが実現すれば米国が作戦領域で自由に行動することが困難となり、軍事優位性は減退するものと考えている。
また今日では、サイバー攻撃は「グレーゾーン」における紛争や主権侵害に関係する重要な要因である。ここでの「グレーゾーン」とは「領土や主権、海洋における経済権益等をめぐり、純然たる平時でも有事でもない事態」を指す。武力の行使とも武力による威嚇とも判然としない低強度のサイバー攻撃や、ネット上にデマや虚偽の情報を流すデジタル・ディスインフォメーションによって他国に干渉することはもはや日常となった。
従来からの武力行使に加えて、非正規の戦闘やサイバー攻撃が行われる紛争を「ハイブリッド戦争」と呼ぶ。ハイブリッド戦争ではサイバー攻撃やディスインフォメーションが重要な役割を果たすようになっている。
中国の「超限戦」や「三戦」はグレーゾーンでの争いやハイブリッド戦争に類似した概念だ。「超限戦」は1998年に出版された中国人民解放軍将校の著者らが書いた作品『超限戦』の中で述べられている概念で、従来の軍事力、武力以外の経済制裁、メディア操作、サイバー攻撃などのあらゆるものが、領域を問わずに戦争の手段になるという。また「三戦」は2003年、中国共産党中央委員会及び中央軍事委員会で採択され、中国人民解放軍政治工作条例に記載された「輿論戦、心理戦、法律戦」のことを指し、武力以外で他国を弱体化させる手段である。『超限戦』は2001年に起きた9・11米国同時多発テロを予見したとも言われる書籍であるが、現在ではハイブリッド戦争の概念を一早く提示したものと考えられている。
『超限戦』は1998年に出版されているが、翌年1999年には後にサイバー空間における米国と中国の対立の端緒となった事件があった。ユーゴスラビア紛争時にNATO(北大西洋条約機構)軍がベオグラードの中国大使館を誤爆し、その後、米国政府系サイトがサイバー攻撃を受けた。これがサイバー空間での米中の最初の直接的な争いだとされている。
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*塩野誠氏は、株式会社ニューズピックスの社外取締役です。