【議論】コロナ下の今は、起業すべきタイミングなのか

2020/6/10
新型コロナウイルス感染症の流行は、経済にも甚大な影響をもたらした。その影響は、長らく好況と言われていたスタートアップ環境にも及んでいる。
5月29日に『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』を上梓した、投資家であり、YJキャピタル代表取締役の堀新一郎氏と、経営戦略を専門とし、数々のスタートアップ企業の社外取締役を務める共著者、琴坂将広氏が「成功する起業家」をテーマに対談を行なった。
投資環境が大きく変化したコロナ禍においても、起業をしたほうがいいのか。逆境を逆手にとり、成長していける起業家に共通点はあるのか。
1000人以上の起業家と対話を重ねてきた二人が見る「優れた起業家像」から、起業家ではない二人が今このタイミングで「起業の本質」を描いた本を出版する理由まで、熱く議論を交わす。(前後編)

iPhone発売並みのインパクト

──前回は、有事の際に起業家に求められることについて伺いました。経済にも甚大な影響を及ぼしているコロナショックですが、そんな環境下においてもお二人は起業をしたほうがいいと思いますか?
 結論から言うと、「Yes」です。前編でも言いましたが、2008年のリーマンショック後に成長したスタートアップは多くあります。
それはもちろん起業家の胆力や能力もあるのですが、スタートアップの成長には、株式市場の影響よりもその時代の社会構造やテクノロジー背景のほうが深く関わっていると考えています。
2007年(日本での販売開始は2008年)にiPhoneが発売され、人々は徐々にスマートフォンを利用するようになりました。
その後、2012年からモバイルキャリア各社で4G LTEの提供が始まり、スマホを通じて動画を楽しめるようなサービスの開発が加速しました。
写真:Kimberly White/Getty images
行動様式の変化は大きなビジネスチャンスです。コロナにより、大きな行動様式の変化が生まれ、個人的には、ビジネス面でも改めて考えるいい機会だと思っています。
コロナを受けて、従来はオフィスで仕事をしていた人が在宅ワークに切り替わりました。Zoom飲みが生まれたりもした。
当然、コロナ収束後に元に戻るものと戻らないものの見極めは必要ですが、人々の行動様式の変化は大きなチャンスであることは間違いありません。
例えば、知人が経営している飲食店では、一時的に店内営業が行えなくなった代わりにパスタソースの通信販売を始めました。販売開始後3週間で数百万円の売り上げがあったそうです。
自粛解禁後には従来通りの店舗営業も再開すると思いますが、同時に、新たな利益を創出するオンライン販売も続けるのではないでしょうか。
琴坂 「革命は一夜にしてならず」という言葉がありますが、革命の前にはその土台になる社会の準備がなされていたわけですよね。
ただ、テイクアウトやオンライン販売を行なっていなかった飲食店がそのようなサービスを開始するには、心理的にも物理的にも見えないハードルがあった。企業のリモートワークにしても同様です。
やらざるを得なくなって、そのハードルを越えたら、意外とできることが判明した。コロナによって、最後の障壁になっていたものが取り除かれた領域はいくつもあると思います。その動きは今後も加速するのではないでしょうか。
ですが同時に、人間は物質として存在しています。オンラインでは視覚と聴覚にアプローチすることはできますが、触覚や嗅覚、味覚、空気感を補うことはまだできません。
こうした感覚から得られる情報は非常に重要なので、コロナ後もそれらを感じられるものには回帰していくのではないかと考えています。

タバコ部屋・飲み会文化が変わる?

──withコロナ時代において商機があると思われる、あるいは展開が厳しい産業や事業領域はありますか?
琴坂 私はスタートアップの他に、多国籍企業や国際経営の研究も行なっているのですが、グローバル展開をしている企業にとっては「国境の重さ」が増していく気がします。感染症リスクが今後も続くとしたら、移動のコストは避けられない問題でしょう。
例えば、我々がよく目にするような生鮮食品にしても、東南アジアで作られたものが中国に運ばれ、その後日本に、といった流れで、世界各国で段階的に加工して最終製品に仕上げていくことが一般的です。
ですが、それらの国々がロックダウンされたら物の流れが止まってしまうわけです。
写真:Tryaging/iStock
今後、サプライチェーンのリデザインが必要とされるであろうことを踏まえると、サプライ構造の変化を捉えるビジネスは一つの商機になるのではないでしょうか。
 そうですね。産業的な構造変化の他にも、個人のパフォーマンスをどう測定するのかというところにも商機があるのではないかと感じています。
つまり、リモートワーク下でどのように効率的、かつ正当に成果をトラッキングしていくのか。リモートワークが定着する中で、目に見える成果物を納品できる職種以外の人事評価をどう行うかは、一つの課題ですから。
琴坂 起業の話とは少しズレますが、タバコ部屋や飲み会のようなインフォーマルなコミュニケーションを重視する形も変化せざるを得ないでしょう。
多国籍企業では、部下が目の前にいないこと、オンラインでしかマネジメントできないことが当たり前です。「顔を合わせずともマネジメントできる人」が出世していく。
今後は、自分が見えないものをきちんと管理できるか、自分の能力や考えをオンラインで、あるいは短時間で伝えることができるかが必要なスキルになってくるでしょう。日系企業もこれまでのように、無駄を介在したコミュニケーションに頼っていてはいけないんです。

企業の行動が隠せない時代

──コロナ禍において、サービスを無償で提供する企業なども多く見られました。今後、ビジネスの倫理性や社会貢献性は今までにも増して求められていくのでしょうか?
 倫理性や社会貢献性に関しては、今に始まった問題ではなく、以前から必要とされていたものだと思います。拝金至上型の事業では、消費者の支持を得ることはできません。
ただ、人々のストレスがたまっている今のような状況下では、以前だったら問題視されなかったようなこともたたかれやすいというのは実感としてもありますね。
現代のような情報社会では、企業は行動を隠せません。良いことも悪いことも、誰かが気づいたらあっという間に流布されます。
写真:ponsulak/iStock
本書にも書いたことですが、そうした環境下では特に「課題を解決しているかどうか」が重要だと感じます。利益ファーストで考えるのではなく、人々や社会の壁となっている課題を解決していれば、それに対して対価を支払う人が必ず現れるでしょう。
琴坂 完全に同意です。たたかれないだけでなく必要とされる企業となるためには、「課題から入っているか」を徹底することに尽きるのではないでしょうか。
──課題を解決している限りは、長期的に社会から求められ続けるということでしょうか?
琴坂 企業が倫理観を持って行動すると、社会はより良くなるし、自社にとっても有益でしょうから、ぜひそうしてほしいと思います。
一方で、市場には競争があるので、より課題を解決できる企業が出てくる可能性もあるし、時間の経過と共に、その課題自体がもはや課題ではなくなる可能性もあります。倫理性と企業の永続性はまた別の問題でしょう。

起業家でないから言えること

──なぜ、コロナ禍の今『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』を出そうと思ったのでしょうか?
 本当は1年半前に出版予定だったのですが(笑)、力を入れて執筆・編集していたらこのタイミングになってしまったというのが本当のところです。
琴坂 堀さんも私も、もう1名の共著者である井上大智さんも、スタートアップが大好きでそれぞれこだわりがあるので、議論を重ねながら書いていたら想像していた以上に時間がかかりました。
書いているうちに、これも追加したい、あれも追加したいとなって、当初は200ページの想定だったのが500ページにまでなりました(笑)。
図らずもですが、緊急事態宣言も解除され、もう一度経済を動かさなければならない今に出版が重なったことに関しては、運命的なものを感じます。
 本書の出版に関しては、私自身が起業家ではないことが大きく関係しています。私がベンチャーキャピタル(VC)業界に飛び込んだのは、2013年のことです。それまでは戦略コンサルタントとして過ごしてきました。
VCになって痛感したのが、起業家から頼られる存在になれていないということです。その理由を探っていくと、どうやら私に起業経験がないことが原因ではないかと思い至ったんですね。
相談に来る起業家が、「起業したことがないお前に何が分かるんだ」「実際に起業を経験していない人間からの評論は要らない」と思っているのが感じ取れました。
正直、悔しかったですが、確かに起業経験はない。そんな私が「会社を成長させたいなら、こういうことをやったほうがいいですよ」とアドバイスするのは、投資家として間違っている。では自分にできることは何かと、改めて考え直しました。
その中で気づいたのが、成功している起業家たちが何をしてきたのかを伝えると、相談に来る起業家は真剣に話を聞いてくれるということです。
先輩起業家がどうやって成功したのかという事例を紹介することで、何かヒントを持って帰ってもらえるのではないかと考えたんですね。
そんなとき、知人から紹介されたのが、『Founders at Work 33のスタートアップストーリー』(ジェシカ・リビングストン)という書籍でした。Hotmail、Yahoo、Adobe、PayPalなど様々な著名IT企業の創業者へのインタビューが収録されている素晴らしい一冊です。
ただ、事例はふんだんに収録されているものの解説や理論のまとめがなく、結局何をしたらいいのかは読者自身が読み取らなくてはならないのがもったいないと感じました。
それならば、事例とまとめをセットにして1冊の本にしたらいいのでは……という思いを持つようになったことが、今回出版に至った一つの理由です。

先人の苦闘や達成を次世代に届けたい

琴坂 私は教育者として、1000人以上の起業家と真剣な対話を重ねてきた経験を生かして大学の講義でもスタートアップについての知見を共有しています。その中で、起業について教えることの難しさを痛感していたんですね。
写真:Yagi-Studio/iStock
事例だけを伝えてもそこから何を得たらいいか分からないし、体系立てたノウハウや法則性のみを伝えても具体性が足りない。
堀さんやEast Venturesの衛藤バタラさんと共にアドバイザーを務めているCode Republicというアクセラレータープログラムでも、同様の課題を感じていました。
そうした経験を通じて、具体的な事例と法則性を同時に伝えれば、理解しやすく実行しやすい学びが得られるのではないかと考えるようになった。この問題意識を堀さんと共有したことで、本書を出版する運びとなりました。
 そうですね。
琴坂 私は、研究者とは「先人の苦闘や達成を次世代の人々に届ける媒介者」だと考えています。実績を上げている経営者から話を伺う際も、そうした意識で聞いています。
先人の経験を生かして、次世代の人にさらなる事業を作ってもらいたい、という思いで本書を書き進めました。

100人いれば、100通りの起業

 本を作るうえでは、すべての項目で琴坂先生と議論を重ねました。
たとえば「原体験は必要か?」。はじめは「必要ではないか」と考えたのですが、様々な起業家の話をひも解くと、強烈な原体験がある人もいるし、なくても成功している人もいる。ケースバイケースだと結論づけました。
写真:GOCMEN/iStock
琴坂 「ビジョンはいつ作られたか」についても、各起業家で意見が分かれましたよね。
 起業について、「こうじゃなくてはいけない」と言われていることもありますが、100人いれば100通りの方法があります。その中でも、成功する人の共通点をできる限り抽出したつもりです。
本書はぜひ、先に1〜5章を読んだうえで最後の6章に目を通していただきたいと思います。私はここで、「大切なのは、動機よりも『最初の一歩』を踏み出すことだ」と記しました。
この一文を書くことは勇気の要る行為でしたが、「起業したことがない人間が何を言っているんだ」と言われることを覚悟で書きつづっています。これが、最も伝えたいことだったからです。
琴坂 私は起業予定が無い方、例えば大手企業にお勤めの方や、弁護士や会計士など専門職の方々にも読んでいただきたいですね。もちろん、起業を考えている方々や事業開発に関わっている方には、絶対に読んでもらいたいと思っています。
写真:Orthosie/iStock
堀さんのおっしゃるとおり、起業には十人十色、様々なケースがあります。起業しなくとも、事例を読むことで今いる組織を変革するという道もあるでしょう。
また、本書ではインターネットサービスを運営している起業家の事例を掲載していますが、ぜひそれ以外の事業に携わる方のご意見も聞かせていただきたいです。
 そうですね。出版後に、起業家の方々から「そうじゃない!」と怒られてしまうのではという怖さは今でも少し抱えているのですが、一度世に出し、みなさんのご意見を受け、さらに進化させていけたらと思っています。
*琴坂将広氏は、株式会社ユーザベースの社外取締役(監査等委員)を務めています。
(聞き手:野村高文、編集:田中裕子、構成:代麻理子、デザイン:すなだゆか、バナー写真:Yue_/iStock)