【キャリア】あなたは「バイネーム」で活躍できる人材ですか?

2020/1/3

経団連会長のメッセージ

令和という新時代を迎えた2019年には、昭和や平成の時代に良しとされてきた働き方や生き方を、根本から問い直す機会が多くありました。
5月7日、経団連の中西宏明会長は、「終身雇用を前提に企業経営、事業活動を考えることには限界がきている」と発言。
翌週の13日には、トヨタ自動車の豊田章男社長が、「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、終身雇用を守っていくのは難しい」と続けました。
トヨタ自動車の豊田章男社長(写真:つのだよしお/アフロ)
経済界をリードしてきた重鎮による発言は、今後長期に雇い続けることが難しくなるであろう従業員への「釈明会見」ではなく、これまでの日本型雇用を根底から考え直すための「意図的かつ戦略的な問題提起」だったと私は捉えています。
中西会長の発言は、次のようにまとめることができます。
モノではなくサービスやソリューションでビジネスをスケールさせていく時代に、「新卒一括採用→終身雇用」の人材流動性の低い雇用形態では、世界と戦っていくことはできない。そのため、今の仕事に固執せずに、新しい挑戦をし続ける人材を育成していくことが、企業にとっても、日本社会にとっても重要課題である、と。
グローバルなビジネスシーンで戦い、生き残るためには、これまでの働き方を見つめ直さなければならない。1つの組織にしがみつくのではなく、それぞれのキャリア形成について考えなければならない。
新卒採用や終身雇用を見直すことを起爆剤にして、とにもかくにも、新しい挑戦をし続ける人材の育成が急務である、という明確なメッセージを発信されたのです。

社会変化に適応するプロティアン

このような方向性が中西会長から提起される半年前(2019年1月)に、私は「社会変化に適応し変幻自在に自らキャリアを形成していくプロティアン人材」の必要性をキャリア論の視点からNewsPicksにおいて提起していました。
具体的には、社会変化に対して、自ら変幻自在にキャリアを形成していく「プロティアン・キャリア」という考え方です。
プロティアン・キャリアとは、ギリシア神話に登場する変幻自在の神プロテウスをメタファーにボストン大学のダグラス・ホール教授によって提唱されたキャリア論です。
中西会長が提起した「今の仕事に固執せずに、新しい挑戦をし続ける人材」とは、まさに、「プロティアン・キャリア」を地で行く人材のことを意味しています。
さらに、2019年には終身雇用の「その後」についても問題になりました。浮上したのが、「年金2000万円不足問題」。
この問題自体、野党側のポリティカルイシューとして取り上げられ、その後、加熱したメディア報道によって社会問題化しました。
昭和や平成の時代には、経験することのなかった70歳まで、もしくは、それ以降も生涯現役として働き続ける生き方を現実的に考えていかなければなりません。
その際に、年金制度など諸制度を批判し、不満や嘆きの日々を費やすのか、それとも、自らキャリアを形成しながら、その長き時間を豊かに過ごしていくのか、私たちは今、歴史的分岐点に立たされているのです。

キャリア形成は「過程」が重要

そこで、2020年以降の社会課題として取り組まなければならないのが、今の仕事に固執せずに、新しい挑戦をし続けるプロティアン人材の「形成・育成・支援」であると考えています。
そのためには3つのアプローチがあります。
① 自ら変幻自在にプロティアン・キャリアを形成していく、主体的なアプローチ
② 新しい挑戦をし続けるプロティアン人材を育成していく、組織的なアプローチ
③ 社会変化に対応するプロティアン人材を支援していく、制度的アプローチ
順番にみていきましょう。
まず、①主体的なアプローチ。終身雇用で1つの組織で働き続ける場合には、組織の中での昇進や昇格、いわば「結果」が重視されてきました。
しかし、これからは違います。組織との関わりが多様で柔軟になります。例えば、近年、30代の半数以上が転職経験をもつようになりました。
転職は「ごくあたり前」のキャリア選択になりました。とはいえ、ここで注意が必要です。A社からB社へ転職した「結果」それ自体は、成長を意味しません。
A社からB社への転職という経験、つまり転職という「過程(=プロセス)」を通じて、自分自身がどう成長したのか、深化したのかが、問われなければならないのです。
社会変化に適応するプロティアン・キャリア形成を考える際に大切なことは、「結果」ではなくて「過程」です。
キャリアは誰かによって与えられるものではありません。自ら育て、形成していくものです。キャリア形成の「過程」を大事にしながら、私たち1人1人が、今の仕事に固執せずに、新たな一歩を踏み出していくのです。
(写真:recep-bg/iStock)

組織にキャリアを「預けない」

次に②組織的なアプローチ。新しいことに挑戦し続ける人材を、企業として応援していく取り組みも増えていくでしょう。
特に、副業や複業は、今いる組織で自己成長の機会を見いだせていないビジネスパーソンには、極めて有効な機会になります。
本業(メイン)に対する副業(サブ)という位置づけ・意味づけではなくて、よりフレキシブルに複数のプロジェクトにコミットしながら、働いていく複業も増えていくでしょう。
今後も人材不足は慢性的に続きます。多様な働き方を組織的に認めない企業からは、人材が流出していくことが予想されます。
組織経営の視点から考えても、新しいことに挑戦する人材を応援することがさらに求められていくようになります。
そして③制度的アプローチ。これまでの日本型雇用(終身雇用、年功序列、企業内労働組合)では、入社と同時に、自らのキャリアを組織に預けました。
組織内での昇進・昇格が重要視されたのは、個人の成果は組織の中だけで評価されたからです。
これからは、「組織にキャリアを預けない」時代を迎えます。「〇〇をしている〇〇さん」というように、帰属する組織ではなく、バイネームで仕事をしていく人がさらに増えていくようになるでしょう。
フリーランスで働く人への制度的なサポートもより充実化していきます。
(写真:recep-bg/iStock)

コミュニティ基盤の「キャリア論」

最後に、「未来のキャリアデザイン」で今後重視されること、されるべきことについて触れておきます。
それは、「私のキャリアデザイン」ではなくて、「私たちのキャリアデザイン」という考え方です。
いくつかの組織をまたぎながら、働き続ける個人は、決して分断された「孤人」ではありません。組織という枠を越えて柔軟に働くからこそ、これまで以上に、「つながり」が大切になるのです。
今、「コミュニティ」への注目が高まっているのは、これからのキャリアは個人で考えるのではないということに気がついているからなのです。
2020年以降、これまでの日本型雇用からの転換の先に課題として浮上するのは、組織にとらわれない個々人のキャリアをつなぎ合わせていくことです。
つながりながらそのコミュニティを基盤として新しい挑戦に取り組んでいく、「複数形のキャリアデザイン」の実現がより求められるようになるでしょう。
田中研之輔
1976年生まれ。法政大学キャリアデザイン学部教授。博士(社会学)。Original Point 社外顧問
一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。 2008年に帰国。専攻は社会学、ライフキャリア論、社会調査法。
(編集:泉秀一)