三井物産が動画メディアで新たな「消費」革命をおこす

2019/12/19
ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の登場以降、情報を取り巻く環境が激変している。
多くのメディアが、自社媒体だけでなくTwitterやFacebookなどのプラットフォームと連携し情報を拡散する分散型メディアの時代、ミレニアルやZ世代の購買意欲を刺激するには「動画」を活用したマーケティングが欠かせない。
その中でも注目されるのが、2012年にアメリカで設立され、グローバル規模で人気を誇るライフスタイル動画メディア「Tastemade」だ。
三井物産は、流通ビジネスにおいて消費者とのタッチポイントを増やすべく、「Tastemade」に出資。視聴傾向などの分析を通じて消費者の潜在的なニーズをいち早くとらえ、ものづくりに生かすことで、毎日の暮らしに楽しさと豊かさを生み出していく。

「動画」戦国時代

 総務省の調べによると、20代の97.7%、30代の92.1%が、何らかのSNSを利用している。*(2016年時点)
 なかでもTwitterやFacebook、Instagramなどの主要SNSプラットフォームが動画コンテンツに力を入れている。
 インターネットとともに成長してきた20~30代、つまりミレニアルからZ世代にアプローチするうえで、SNS上での動画マーケティングはますます重要となり、無視できない存在になってきた。
 次々に動画サービスが生まれる、かつてない「動画」戦国時代のなかで、ひときわ異彩を放つのが「Tastemade」だ。
 2012年、アメリカのロサンゼルスで設立され、「食・旅・住」などライフスタイル全般をテーマにユニークな動画を制作、配信し、主にミレニアルからZ世代に支持されている。
 「Tastemade」の戦略について、Tastemade Japan Strategic Partnership & Sales Directorの栁瀬敦氏と、三井物産から同社に出向しBusiness Development Directorを務める真鍋恒太朗氏に話を聞いた。
(左から)Tastemade Japan Strategic Partnership & Sales Director栁瀬敦氏、Tastemade Japan Business Development Director 真鍋恒太朗氏
栁瀬 「Tastemade」はグローバルで月間約25億回再生、約2.5億人の視聴者がいます。ターゲット層は主にミレニアルからZ世代です。
 動画メディアとして、映画やドラマ、スポーツでなく、「食」を始めとしたライフスタイルをテーマにした理由は、どんな人々にとっても「衣食住」は欠かせないものであり、関連するマーケットも大きいという点が挙げられます。
 より多くの人たちに何かのきっかけを与えられるのが、ライフスタイルというジャンルなのではないか、と。
 そこで私たちは「Inspiring the taste of a generation」というミッションを掲げました。
 味としての「テイスト」だけでなく、ファッションのセンスや好み、生活の味わいなどライフスタイルそのものの「テイスト」を伝えることで視聴者に刺激を与え、インスパイアさせるという思いからです。
真鍋 レシピ動画ひとつとっても、いわゆるハウツーやノウハウよりも、どちらかというとビジュアルとエンタメ要素を重視し、動画として見ていておもしろいかを考えて制作しています。
 「こういう食材の使い方があるんだ」とか「こんな場所に行ってみたい」とか、何かを知り、学ぶきっかけを与えられるような動画を展開したい。
 若い世代の動画の見方も研究し、わざとカット数を増やしたり、一部早回ししたり、飽きられないような工夫をしています。

同じ動画でも「違う編集」

栁瀬 また、制作した動画をきちんと届けるにはどうすればいいかを考えたとき、やはりSNS対応は必須、かつ重要です。
 「Tastemade」は、Twitter、Facebook、Instagramはじめ主要なプラットフォームすべてでアカウントを持っていて、それぞれに特化した仕様の動画を配信しています。
 同じ動画でも、スマホ、タブレット、PC、それぞれでサイズも容量も変わってきますし、さらにそれをFacebookで見るのとInstagramで見るのとでは、視聴者側のモチベーションも変わってきます。
 どんな仕様にも最適化できるように、まずは大もとの動画を4Kで撮影し、そこから各デバイス、各プラットフォーム用に編集して配信します。
 プラットフォームごとの差別化でいうと、例えばFacebookやInstagramのフィードに載せる場合はスクエア型で約1分に収めるとか、InstagramのIGTVやTikTok、Pinterestは縦型がベースだとか。ストーリー仕立ての長尺動画をYouTubeで配信し、その予告編やダイジェスト版の短尺バージョンを他で出したりと工夫しています。
米国Tastemadeのスタジオでの動画撮影の風景
真鍋 同じレシピ動画でも、Instagramだったら54秒だけどFacebookだったら1分7秒にするなど、微妙なチューニングをしています。
 各プラットフォームの特徴を研究し、しっかり理解したうえでコンテンツを作る。分散型メディア時代のノウハウが蓄積されています。

「見られる」広告コンテンツでマネタイズ

栁瀬 マネタイズの面でいうと、収入のほとんどはメディア事業による広告収入です。
 自然な形で広告主のメッセージを入れ込むスポンサード動画を制作し、配信しています。
 SNS上の動画に親和性の高い若年層のほとんどは、動画再生前やバナーなどの広告を「広告とわかった瞬間に飛ばす」ほど抵抗感があり、かなりシビアです。つまり、純広告などではしっかりリーチできていない恐れがあるということ。
Tastemade Japanのメンバーたち。視聴者と同じくミレニアル〜Z世代で構成される
 ですので「Tastemade」としては、コンテンツの楽しさとおもしろさを追求することに重きを置きながら広告主のメッセージを自然に入れ込んだスポンサード動画を作り、500万人以上のフォロワーを抱えるInstagramやFacebookなどのSNSアカウントで発信します。
 数としてもインフルエンス力のあるアカウントで質の高い動画を流すことで、視聴者エンゲージメントも自然と高まります。
真鍋 非メディア事業では、新たな「体験」を提供したいと考えています。例えば、2018年の12月から19年9月まで、表参道でポップアップカフェを出していました。
 19年11月からはフードデリバリーを始めましたし、12月にはECを開始しました。
 SNSで見て「おいしそう」と思ったものがカフェで食べられたり、オーダーできたりする体験を増やしていき、視聴者とのタッチポイントを増やしていきたい。双方向のコミュニケーションを図っていき、いずれはこの非メディア事業でもクライアントとの協業が実現できればと思っています。
米国Tastemadeのキッチンスタジオで行われた見学ツアーの様子

消費者との“接点”をつくりたい

 それではなぜ、ライフスタイル動画メディアとは関係値が薄いように見える三井物産が「Tastemade」をパートナーに選んだのか。
真鍋 三井物産は、食品メーカーへの原料供給や、商品を小売りに卸す流通事業を長年にわたり展開してきました。
 それはこれからも変わりませんが、インターネットの普及によって環境は大きく変わりました。「消費者の声」が強い時代、消費者自ら発信しトレンドを作る時代です。
 消費者と接点を持ち、理解し、商品開発やマーケティングにまで生かしていくには、最新の情報を常にアップデートしていかないといけません。そして、一人ひとりが本当に求めている商品やサービスを生み出していきたい。
 だからこそ、デジタル領域での「Tastemade」なんです。三井物産が消費者と共に、より楽しく豊かな暮らしをつくっていけるのではと考えました。
 そもそも、お店でモノが売れる前の段階から、消費者の流行は現れているのではないかと以前から考えていて、そういう最前線の流行を先にキャッチアップできる場がほしかった。
 なので、トレンドを把握できて、情報が蓄積され、将来的には視聴者とクライアントとの双方向コミュニケーションが実現しそうだという観点からも「Tastemade」はとてもいいな、と。

若い世代の「消費」を増やしたい

栁瀬 今後は、商品開発領域でもクライアントに貢献したいと思っています。「Tastemade」が持っているデータやインサイトを分析し「今こういうものが求められている」と提案し、一緒に商品開発ができるのではないか、と。
真鍋 そしてゆくゆくは「Tastemade」の“視聴者”に“消費者”になってもらいたい。
 メディアとしては動画再生回数や視聴者数などの数は大事ですが、三井物産としてはそこから一歩踏み込んで、視聴者の興味や反応を分析することで、一人ひとりが本当に求めているものをとらえて、新しい商品やサービスの提案につなげたいと考えます。
 そして消費の総量を増やすためには、若い世代に向けて新しいブランディングをしていかないといけない。
 そのために私たちに必要なのが、ライフスタイル動画である「Tastemade」というメディアなんです。
 その試みとして、ポール・スチュアートのプロモーション動画を「Tastemade」で制作しました。
 ポール・スチュアートは、2012年に三井物産が完全子会社にしたグローバルブランドです。
 伝統、品質、色や柄、遊び心といった高いブランド力が評価され、長年強い顧客基盤を誇ってきましたが、特に若年層への訴求力が高いデジタル領域でのマーケティングが課題となってきました。
 そこで、三井物産がパートナーとなり、改革を進めているんです。その一環として、「Tastemade」とのコラボレーションが実現しました。
 プロモーション動画では、ポール・スチュアートの顧客であるニューヨークの有名レストラン“Pastis”の支配人を主人公としたストーリーが展開されます。
 彼の料理の細部にこだわる姿勢と、ポール・スチュアートのモノづくりへの姿勢がマッチングし、そこにニューヨークの街並みや風景、レストランの料理などのディテールのこだわりも加わって、短いながらも見応えのある物語に仕上がっています。
 もちろん、単に購買を促すための動画ではなく、あくまでも「Tastemade」の世界観に沿ったもので、ポール・スチュアートというブランドの新たな側面を知り、興味を持ってもらえるような内容になっています。
 この動画がポール・スチュアートにマーケティング的にどのような影響を与えるのか、これからが楽しみです。
 速報では、動画配信の結果、ポール・スチュアートのウェブサイト訪問者数が前年比で約10%増加しています。三井物産自身にとっては間違いなく新たな挑戦ですが、これをきっかけに次の展開につなげていきたいと思っています。
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 「Tastemade」をはじめとするデジタルメディアへの参画により、マーケティングをより深化させる。今まで見えてこなかったニーズをいち早くとらえ、次の時代の商品・サービスにまでつなげていこうとする三井物産。毎日の暮らしをより楽しく、豊かにするために、挑戦を続けている。
(編集・執筆:川口あい 撮影:北山宏一 デザイン:九喜洋介)
*出典:http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111130.html