【対談】社会構造は変わった。オフィスワークはなぜ変われないのか?

2019/7/29
 国を挙げて推進されている「働き方改革」。しかしその実態は、労働時間の削減や効率化などコストカットに終わっていないだろうか。もっと言えば、「うちの会社では無理」と、大多数の会社員が他人事としてとらえている節さえ感じられる。
 だが、社会的な変化を起こすには「普通の会社員」こそ変わらなければならない。不動産総合マネジメント企業・ザイマックスの代表としてオフィスの変革に取り組む島田雅文氏と、一般社団法人at Will Work代表理事の藤本あゆみ氏がそれぞれの取り組みを語り合う。

「先進的」で止まってはいけない

── お二人は、現在の働き方改革について、どのように感じますか?
島田 現在の働き方改革は、残業規制などの就業時間に関する制度面ばかりに力点が置かれています。また、テレワークや副業に関しても、先進的なベンチャーやごく一部の生産性が高い人たち向けに限定されたものであると感じます。
 改革というからにはもっと広く、万人に目を向けるべきなのに、現状はそうなっていない。大多数の会社員の実情からかけ離れてしまっているせいで、一定数以上に普及しないのではないでしょうか。
藤本 私もそう思います。働き方改革という言葉が使われ始めて2年ほど経ちますが、最近は企業の方にお話をうかがうと「ちょっと疲れた」とおっしゃるんですね。
 皆さん、行動はしている。でも、思うような効果が出ていない、と。従来通りの働き方改革や生産性を高めるための改善はすでに限界が見えていて、1%、2%を削るような消耗戦になっているように感じます。そうではなく、もう少し抜本的な取り組みが必要なのではないでしょうか。
── 具体的には、どんな取り組みが必要ですか?
島田 やはり、普通の会社員、マジョリティの人たちの働き方を多様化していくにはどうすればいいかを考えなければいけないと思います。
 満員電車で往復1、2時間かけて通勤して、子育てや介護と仕事を両立できる時短勤務は成り立つのか。テレワークが認められたとしても、自宅やカフェで集中して働けるのか。
 そもそも、仕事に必要な情報を外に持ち出せる職種ばかりではありませんし、多くの経営者にとっては従業員の管理が行き届くかどうかも不安でしょう。いざ、制度を変えようという段になって尻込みする気持ちもわかります。
 まずは、現実を見据えたうえで、一人ひとりが自分らしく働ける環境を作っていくことにフォーカスすべきではないでしょうか。
── 藤本さんも、「働き方の多様性」について発信されていますね。
藤本 はい。私のなかで一貫しているのは「働き方を選択できる社会を作りたい」という思いです。たとえば、私の働き方が参考になる人もいるだろうし、そうではない人もいる。働き方って、誰かに押し付けるものでも、押し付けられるものでもないと思うんです。
 そこで、at Will Workという社団法人を作り、カンファレンスなどを通じて様々な働き方の事例を集め、発信しています。
 島田さんがおっしゃる通り、いくら自分らしい働き方がしたくても、それができる環境がなければ難しいですよね。実際、個人向けの働き方イベントなどで多様な事例に触れて、「私もやってみたい」とモチベートされる人は多いのですが、制度や環境に阻まれて諦めてしまう。ですから、at Will Workのカンファレンスでも、企業への啓蒙やサポートを積極的に行っています。

ICTが進歩しても、働き方は変わっていない

── マジョリティの働き方が多様化するには、どんな環境が必要だと思いますか?
島田 私たちが取り組んでいるのは、オフィス環境の変革です。昔はモノを動かすにも、情報を交換するにも、ヒトが移動しなければならなかった。でも今は、ITの発達と情報化によって、情報を動かせば大抵の仕事ができるようになっています。
 社会構造が変化し、都心のオフィスに一斉に集まって働くスタイルが時代に合わなくなっていることは、多くの経営者が理解している。それなのに、既存のやり方を変えられないのは、現状ではオフィスビルが都心に集中しすぎていることも一因です。
 私たちは、多様な働き方を叶えるために、不動産そのもののあり方を変えていく必要があると考えています。そのための取り組みのひとつが、「ZXY(ジザイ)」です。
藤本 私も、実家がある三鷹から都心の会社に通勤していたことがあります。当時は、中央線の通勤ラッシュで1日の体力のほとんどを消耗していました。結局、会社近くに家を借りたんですが、その時にこうしたサテライトオフィスがあればよかったなと思います。
 それに、先ほど島田さんから育児や介護と仕事の両立というお話もありましたが、通勤を考えなくて済めば、そうした方々の働き方の選択肢もかなり広がりますよね。
島田 そうですね。それに、労働時間は1日8時間でも、通勤に往復2時間かかれば拘束時間は実質10時間です。この2時間がカットされるだけでも、その分、生産性が上がります。休養の時間が取れますし、自分の趣味や複業に時間を使う人も増えるでしょう。
藤本 あとは、何かを学ぶ時間にも充てられますよね。日本で最初に週休2日制を導入したのは松下幸之助さんですが、それは1日を休養に、もう1日を学びに充ててもらうためだったそうです。そうしたインプットを含め、自らのステップアップにつながる時間は必要だと思います。

海の向こうからでも、「広報」はできた

── テレワークを導入する企業も増えていると思いますが、お二人の実感はどうですか?
島田 そうですね。多くの会社で検討されていると思いますが、本格導入に踏み切れているのは、先進的な大企業の一部門やスタートアップに限られているのが現状ではないでしょうか。
藤本 私も同じ認識です。実際、企業の方にテレワークの導入に踏み切れない理由を聞くと、「どう管理していいかわからない」とおっしゃいますね。近くにいないと何をしているのかわからないし…と、性悪説のような話が必ず出てくる。
 でも、それって変だなと思うんです。だって、同じオフィスにいるからといって、部下の行動のすべてを把握できているわけではないですよね。外回りの営業マンが出先で何をしているのか、誰がどれくらいの頻度でタバコを吸いに席を立っているのか、おそらくわからないはずです。
 会社にいようとテレワークだろうと変わらないのですが、「オフィスで仕事をするのが当たり前」という大前提を崩すことによって、何が起こるのかを想像できずに躊躇している会社が多いのではないかと思います。
島田 藤本さんは、そういった企業の相談を受けたとき、どうアドバイスしているんですか?
藤本 全社的に一斉に取り組むのではなく、まずは一つの部署でやってみるのがいいと勧めています。たとえばある大手企業さんでは、人事部が実験的にテレワークを始め、本当に会社として取り組むべきなのか、どんなことが起こるのかを試しながら制度を作っています。
 最初はスモールスタートして、トライ&エラーを繰り返すことが大事。そうやって事例が増えれば、テレワークも少しずつ広がっていくと思います。
島田 経営者の世代交代が進めば、新しい働き方への不安や抵抗感も取り払われていくでしょうから、時が経つにつれて働き方の多様化は加速していくでしょうね。
── 世の中の意識が変わったとして、なかにはテレワーク向きではない業種や職種もあると思いますか。
藤本 もちろん、現場で機械を動かす仕事や接客など、物理的にテレワークが難しいケースはあります。しかし、情報にかかわる部分であれば、ほとんどの職種で導入できると考えています。
 たとえば、私は前職で広報の仕事をしていたのですが、テレワークに向いていると思いますか?
── デスクワークであればリモートでも行えそうですね。でも、対面の仕事も多いんじゃないですか。
 そう思いますよね。でも私は1ヵ月間、世界一周しながらテレワークをしたことがあります。立ち会いが必要な取材はビデオチャットでつないで、“現場”にも参加しました。様々な人の協力のもと、やってみればなんとかできるものなんですよ(笑)。

大切なのは、多様性が広がること

── そう考えると、絶対に現場にいないといけないケースなんて、意外とないのかもしれませんね。
藤本 大事なのは、選択肢を閉ざしてしまわないことです。テレワークができる職種であっても、あえてやらない企業もありますよね。メルカリさんなどが有名ですが、成長期にある現在のフェーズにおいては、みんなで集まることによる一体感を大事にしたいと、テレワークを原則禁止しています。
島田 確かに、仕事をするうえで人のつながりは欠かせない。私も社員同士がまったく顔を合わせない職場がいいとは思いません。
 テレワークで働いているメンバーに疎外感を抱かせないことも、導入企業が取り組まなくてはならない課題のひとつ。普段は各々が違う場所で仕事をしていても、定期的に集まれる場を作ることは必要です。
 そういう意味では、これからリモートワークが一般化し、複数のオフィスを使い分けるようになれば、メインとサテライト、それぞれのオフィスで機能や役割が分かれていくのではないかと思います。
 みんなが集まる本社オフィスには「交流」や「情報交換」といった部分が重視され、個人で働くサテライトオフィスには、「集中」が重視される。そうなると、本社にはオープンスペースやソファ、サテライトにはパーティションとデスクというふうに、オフィスの形も変化していくでしょうね。
藤本 オフィスも多様化しなければならないということですね。先にも言いましたが、誰もが幸せになれる完璧な制度というものはなく、誰かにとって良い働き方は、別の誰かにとってはストレスフルだったりします。
 理想は一人ひとりに合わせた働き方をカスタマイズしていくこと。その理想に近づくためには、最初からベストな答えを求めるのではなく、少しずつ選択肢を増やし、柔軟な体制を育んでいくことだと思います。
島田 働き方改革を経営者視点で言い換えると、「働いてもらい方」改革になるんです。一人ひとりが自分らしい働き方を模索すると同時に、企業側も、従業員に「どんなふうに働いてもらいたいか」を真剣に考える必要がある。そこまで踏み込むことで初めて、世の中の常識が変わっていくのではないでしょうか。
(編集:宇野浩志 執筆:榎並紀行 撮影:後藤渉 デザイン:Seisakujo)