「エンジニアはこの先、安泰」は大きな勘違い

2019/3/29
ITエンジニアが不足し、引く手あまたの状況が続いている。テクノロジーの活用があらゆる業種・業界、どんな仕事でも必須なだけに、企業にとってエンジニアの確保は重要課題。エンジニア人材は今、空前の売り手市場だ。
一見すると、エンジニアには当面は明るい未来が待っているように見える。だが、その見通しを疑問視するのが、ABEJA代表取締役社長、岡田陽介だ。
テクノプレナーシップが必須の時代、「すべての職能はアップデートされるべき」という持論を持つ岡田は前回の記事でコンサルタントのアップデート論を展開。現状の“2.0”コンサルタントを斬り捨てた。今回はそれに続く第二弾、「エンジニアの仕事領域を固定観念で決めつけるな」と次代のエンジニアの進む道を提案する。

エンジニアはエンジニアという境界に守られすぎ

──岡田さんはテクノプレナーの時代にはあらゆる職業がアップデートされなければならないという持論をお持ちです。前回はコンサルタントのアップデート論を語っていただきましたが、ITエンジニアにも同じことを感じていると聞いています。
岡田 今の職種の範囲内に「安住」したら生き残れないという危機感を持ってもらいたいのと、新たな一歩を踏み出してもらいたいと思っているんです。これは、ABEJAの社長としてだけでなく、20代にエンジニアとして活動していた元エンジニアとしてのメッセージでもあります。
1988年生まれ。名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校でCGを専攻し、全国高等学校デザイン選手権大会で文部科学大臣賞を受賞。その後、ITベンチャー企業を経て、シリコンバレーに滞在中、ディープラーニングを中心に人工知能の進化を目の当たりにし研究活動に従事。2012年9月、帰国。日本で初めてディープラーニングを専門的に取り扱うベンチャー企業である株式会社ABEJAを創業。2017年には日本ディープラーニング協会理事にも就任する。2017年12月から2018年3月まで経済産業省のAI・データ契約ガイドライン検討会委員、2018年2月からはLogitech分科会委員を務める。
前回のコンサルタント編では、情報やツール、メソッド、ロジックといった「昔のコンサルタントの武器」に固執し、テクノロジーやリベラルアーツを他人事だと思って、自らをアップデートしないコンサルタントは生き残れないという話をしました。
今はエンジニア不足で引く手あまたの状況でしょうから、エンジニアは危機感を抱きにくいし、将来に不安を感じることも少ないでしょう。専門性の高い分野ですから、職業、スキルとしての参入障壁も高いので安泰と感じる人もいるはずです。
しかし、エンジニア特有だと思うんですが、自身が身につけた得意分野、専門分野だけに閉じこもりその分野を突き詰めていく人が多い。そうなると、専門性は高くてもそれ以外のことができない。
生き残る、生き残れないというよりも今後エンジニアが第一線で活躍するためには、エンジニアリングの世界とは別の職能を持つべきだと私は思っていて、それをエンジニアの方々に知っていただきたいんです。

「エンジニア3.0」とは何なのか

──どんな姿を目指すべきか、詳しく教えてください。
岡田 前回と同じレベル概念で言えば、「エンジニア3.0」です。
私はITエンジニアを3つ、「エンジニア1.0」「エンジニア2.0」「エンジニア3.0」に分けられると思っていて、その話を最初にさせてください。
「エンジニア1.0」は、いわゆる「ザ・システムインテグレータ(SIer)」のイメージです。顧客の要件定義どおりにシステムを組み立てる、いわば「工場制手工業」のソフトウェア産業で重宝される「受け身」のエンジニアです。
「エンジニア2.0」は、比較的新しいIT企業で、自社サービスを持っていて自らもサービス設計に携わりながら能動的に動けるタイプ。
私は、この1.0、2.0にとどまっていては、第一線のエンジニアとは呼べないと思っています。
では「エンジニア3.0」、私が描く理想のエンジニアとはどんな存在か。それは、テクノロジストであると同時に起業家である人材だと思っています。
ABEJAではこうした人材像を「テクノプレナー」(テクノロジーとアントレプレナーを組み合わせた造語で、さらにリベラルアーツを欠かせない要素としてABEJAでは再定義)と呼び、全社員がその行動精神である「テクノプレナーシップ」を身につけられるようなカルチャー、仕組み、支援制度があります。
今回は、ABEJAのエンジニアとともに、エンジニアの目指す道についてディスカッションしていきます。

「完全分業」のゲーム開発に疑問を感じた

岡田 寺本さんは大手のゲーム会社を経て、ABEJAに入社しましたよね。
寺本 大学在籍時から数作品のスマホ向けのゲームを開発してリリースし、シリーズ累計で200万ダウンロードを突破しました。ゲーム作りの奥深さを追求したいと思っていましたから、ゲーム会社に就職するのは自然の流れ。多くのヒット作品を生んできた大手のゲーム会社に入り、新たな経験とスキルの取得に期待していました。
入社後、1年目で社長賞を受賞するなど評価はしてくれていましたが、どうしても拭えない違和感があり、その気持ちは日増しに増えていきました。
名古屋出身。大学はメディア情報を専攻。在学中に次世代型インターフェースの研究を行いながらゲームアプリ開発・配信事業を個人事業として行い、年間で数千万円の売上を達成。新卒でゲームプログラマーとしてセガゲームスに入社。エンジニアとしてゲーム開発やユーザーの利用データ分析を行いながらUI/UXに関する講演を行い、新卒1年目で社長賞を受賞。2016年にABEJAにデザイナーとして入社、その後BtoB事業のカスタマーサクセスやプロダクトオーナーの経験を経て、現在はアノテーション事業責任者を務める。事業の規模拡大を行いながら、機械学習や深層学習などのテクノロジーを活用した新規事業立案などを主に行っている。
岡田 その違和感って?
寺本 入社前、私が個人としてゲームを作っていた時は、当然ですが、全部自分でやるわけです。ストーリーの立案、UI、UXの設計などすべてが自分の手に委ねられている。規模が小さいですが、思い通りに作ることができるわけです。
しかし、入社した企業では、ディレクターがどんなゲームを作るかを考え、機能別に細分化。エンジニアは分担された「ブロック」をスケジュール通りに完成させる。
これでは、ある特定の部分にしか関われないし、全体設計ができない。曲がりなりにもゲーム作りを全部やってきた身からすると、全然物足りませんでした。
その会社では、ディレクターになるには10年ほどはかかるそうで、自分のキャリアステップの時間軸とも大きくずれていて、独立しようと思って退社を決めました。
そんな中、岡田さんに会い「イノベーションで世界を変える」というビジョン、テクノプレナーシップという考え方に共感し独立から一転、ABEJAでチャレンジすることにしたんです。
ABEJAでは、AIの精度を上げるためのアノテーションという分野の新規事業を、ビジネス戦略面、開発戦略の両面で立案・開発しており、自分のキャリアの幅が広がっている感覚を肌で感じています。

転職決意、引き継ぎ先は6人必要だった

岡田 菊池さんはヤフーからキャリアをスタートさせていますね。
菊池 ヤフーではインターネットユーザーのアクセスログの分析結果をもとに、ネット広告の表示最適化システムを研究・開発する仕事に就きました。
その頃は、ネット広告が隆盛といいますか、入り乱れて「広告がうざい」と多くのユーザーが疲弊していた時期で、ここに私も課題を感じていました。
データをもとに一人ひとりの趣味・嗜好に合わせた広告を表示できれば、ユーザーに魅力的な情報が届けられ、広告主も自社サイトへの誘導数やコンバージョン数が上がる。結果的に、ヤフーの広告ビジネスも盛り上がる。感じていた課題をスケールの大きいプラットフォーム上で挑戦できることに醍醐味を感じていました。
学生時代から統計を専攻していたのですが、学問や研究で終わらせるのではなく、統計を用いてビジネスを生む、伸ばすことに関心がありましたから、その意味で、私のファーストキャリアはかなり恵まれていたと思います。
学生時代は知能情報工学を専攻。2007年に新卒でヤフーに入社。インターネットユーザーの興味関心情報を膨大なアクセスログから導き出し、最適な広告配信に還元する仕組みを開発。部門全体として1年間で売上前年比3倍を達成、現在の年間1000億円規模の売上を達成する。Core技術の責任者として従事。その後、独立を経てFreakOutに入社。DivisionManager・ProductManager・TechLead・DataScientistを兼務し、機械学習によるダイレクトレスポンス広告のクリックコンバージョン率の改善施策を担当。CPA指標を向上させた。2017年4月からABEJAに参画し、ABEJA Platformを活用した新規ビジネスの開発に従事している。2018年3月よりABEJAの執行役員、同年4月より株式会社CA ABEJAの取締役副社長に就任。
その後、自分で会社を運営したり、スタートアップで経営に近いマネジメントを務めたりしていましたが、岡田さんに出会い、岡田さんが目指す世界観に共感しました。会社に属しながらも起業家のようにビジネスを生み出せる自由闊達で超フラットなチームに魅力を感じ、ABEJAへの入社を決めたのです。
今は執行役員として新規ビジネスの立案やその具現化に向けたテクノロジーの調査・研究、開発の責任者など幅広く手がけています。
岡田 菊池さんには何が何でも来て欲しかったですからね。
菊池 すぐにも移りたいとは思っていたのですが、自分が持っていたタスクを引き継ごうと思ったら、そう簡単にいかず1年近くかけて、結果的に職能が違う6人に引き継ぎました。
岡田 まさにその話は、私が定義するエンジニアの理想像だと思うんです。単一的な専門力なら1人、能力の違いがあったとしても2人いれば引き継げるはず。でも、菊池さんの場合はそうとはいかず、6人も必要だった。これは、菊池さんがエンジニアとしてだけではなく、さまざまな専門性を持ちジョブを手がけていたから。つまり、私が標榜しているテクノプレナーである証左だと思うんです。
菊池 スタートアップですので、一人二役も三役も四役もこなさざるを得ない状況ではありますが、事業管理、プロダクトオーナー、テックリード、データサイエンティストなどさまざまな異なるジョブを担っていたので、仕事の量が多くて一人じゃ無理というよりもそれら全部を任せる人材がいなかったというのは事実かもしれません。

10年後、今のエンジニアに価値はあるか

岡田 二人はテクノプレナーシップを持ったエンジニアだと思いますし、だから私はどうしても二人を口説いたのですが、同じようなセンスといいますか目標を持ったエンジニアは少ない。なぜでしょうか。
菊池 20代の熱量ある若手は増えていると思います。新卒で大手企業にエンジニアとして入社するのではなく、自分がやりたい、情熱を掛けられることをビジネスにして起業をする。彼らから面白いことが起こる可能性は感じています。ただ、私は今36歳ですけど、確かに同世代は少ない印象ですね。
大手企業の同い年の人を見ても、やりがいのある仕事があるのでしょうが、いまだに組織の枠組みの中で動いている人が多い。
ただ、この年齢になれば、家庭を築いているケースも多い。新しいチャレンジに意欲はあってもアクションを起こせないというのも理解はできます。だから、今後も限定的だと。安住の地を捨てて越境するには、非常に勇気が要りますから。
岡田 でも、10年後も果たして安住の地は存在するでしょうか。
菊池 存在しないでしょう。今は特定分野においてエンジニアのスペシャリストとして価値を認められていても、テクノロジーの進歩が日増しに早まっている時代では、今は専門分野において力があっても時間が経てばすぐに価値はなくなります。
さらにAIが進化し、エンジニアの仕事の一部が代替え可能になるでしょうから、エンジニア不足の状況も一変して不況に陥る可能性も否定できないと私は思っています。
そんな中で、必要なのは、岡田さんも先ほど話していた通り、エンジニアという殻を破ったスキルや経験です。私はヤフーの恵まれた環境でその経験を積み、重要性に気づけましたが、開発力を身につけることだけに集中し、キャリアステップを飛躍できなかったエンジニアを私は何人も見てきました。
海外の事情を話すと、一般的に、アメリカなど海外のエンジニアのほうが日本と比べて価値が高く報酬も多いんです。
それは、「データサイエンティスト×起業家」、あるいは「データサイエンティスト×インフラエンジニア」といったように、能力を組み合わせることで価値を高めているのが理由だと思います。言い換えれば、「ハイブリッドキャリア」を持つ人のほうが、報酬レンジが高くなる。
一つのスペシャリティでは生み出せない価値もありますし、企業としても柔軟にプロジェクトを動かせる。なにより、環境や求められるスキルが変化する中で、一つがダメになったときのリスクヘッジとして健全だと思います。
岡田 私も20代前半はエンジニアとして生きていました。シリコンバレーにいたとき、ある特定領域でとんでもなく優秀な人、天才がむちゃくちゃたくさんいたんです。
その時私は、世界で見ればある分野の一流のスペシャリストになるのは無理だと感じ、スキルの掛け合わせが必要だと思いました。それからです。私が経営やアート、リベラルアーツを融合させ始めたのは。

実現したい世界観からの逆算で見えてくる3.0

岡田 では、どうすれば3.0のエンジニアになれるのか。
菊池 自分はこの領域の専門家、スペシャリストだという固定観念を取り払い、異分野にチャレンジするしかないと思います。
それから、チャレンジの失敗をリスクにしない社会も必要ですが、個人でできるのはマインドセット。究極的には、限られた時間の人生をどう生きるか突き詰めて、新しい世界や産業構造を作るんだ、見たことのないプロダクトを伝えるんだというモチベーションを養うことでしょう。
先ほど申し上げた「越境の不安」を全部取り払うだけのモチベーションがあれば、あとはおのずと世界観を実現できるように環境を変えるという選択になります。
そのために私が心がけているのは、まず自分が実現したい世界観やゴールを決めて、そこに向かって逆算で必要なテクノロジーやスキル、人物像を考えるようにしています。
岡田 世界観ということでは、寺本さんがアノテーション事業の責任者としてすごく思い入れを持って取り組んでいるので、ぜひコメントをください。
寺本 少し専門的な話になりますが、機械学習の精度を大きく左右するのは、学習に使う教師データの品質です。
教師データを作ることをアノテーションといい、その作業者を弊社ではアノテーターと呼んでいます。ABEJAでは、誰でも効率よく高品質なアノテーションができるツールを自社開発し、このツールを使って10万人のパートやアルバイトの方と一緒に品質の良い教師データを作成するサービスを提供しています。
精度の高いAIを高速にビジネスや研究開発に取り入れられるので、ABEJAのビジョンを実現するのに重要なサービスなのですが、実はABEJAのタグラインにもある、『ゆたかな世界を、実装する』ことにもつなげたいと思っているんです。
お話ししたように、ゲーム開発の経験があるので、その知見を取り入れています。すると、ゲームで遊ぶような感覚で、誰でも非言語的コミュニケーションで仕事が可能になるので、どんな国の人でもアノテーターとして働けます。今、世界ではやむを得ず危険な仕事をしながら生きている方々がいる。そこで安全で快適な新しい雇用を生み出すことができれば、ということは考えていますね。
一見すると、単なるデータ作成の仕事のように思えますが、私はそうした世界で仕事をつくり、貧困から救い、新しい世界を実装したいという思いを込めて取り組んでいます。

謎のエンジニア境界を取り払う

岡田 こういう話がなかなか日本で出てこないのは、ロールモデルがいないというのも大きいと思います。世界ではビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグなどエンジニア出身の経営者は多い。しかし、日本にはエンジニア出身の経営者はごくわずか。
菊池 大手企業のエンジニアの現場で、ミドルマネジメントがビジネス思考を取ってきてないから、ビジネス観点を与えられないという責任も大きい。
寺本 マネージャーが考えていることに従うだけで、その結果がどうなろうと「我関せず」というのが1.0や2.0のマインド。自分たちが変えられる力を持っているのに変えないという雰囲気が当たり前なのが問題のように感じます。
菊池 エンジニアの開発プロセスとビジネス戦略の立案は、思考回路自体はすごく似ていて、だからモチベーションとアクションさえあれば1.0や2.0のエンジニアが3.0、テクノプレナーになる可能性は非常に高い。
一例として、システム処理を効率化しようとすると、機能を共通化して他で再利用したり、オープンソースを使ったり、上手にコラボレーションして活かすことで目的までの距離を短くしようと考えるはずです。
視点が違うだけで、経営やビジネス展開でも根本的には同じだと思います。エンジニアの方々も自分たちの労力を最小化し、ビジネス効果を最大化させる素養はあるのだから、少し視点や興味を変えていけば異なる分野への挑戦、その先のテクノプレナーへと変わっていけます。
寺本 とはいえ、私も元は2.0。ABEJAに移って、チャレンジしたいという思いを後押ししてくれたおかげで、2.0から3.0へ移行する時間を短くできました。
菊池 ABEJAは中間マネジメントがないフラット組織なので、極端に言えば全員が経営者として裁量を持って、自分の役割も決められる。決められた枠ではなくて、もっと大きな枠で自由に動き回れるというのは、私のように起業経験があっても居心地がいいですね。
それに、アントレプレナーシップを持ったエンジニアがいないと、シリコンバレーを始めとした海外勢とは、とても張り合えません。
岡田 だから国としても、テクノプレナーシップという考え方を広げていかなければと感じています。「エンジニアだからこの仕事だけ」という考えは取っ払ってしまったほうがいい。ABEJAのメンバーは、本当にいろんな活動を自由にしているし、それを私は奨励しています。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 バナー写真撮影:北山宏一 文中写真撮影:長谷川博一 デザイン:九喜洋介)