創業36年目の絶頂期。今、なぜアドビが「面白い」のか

2018/10/29

クリエイティビティの民主化

アドビという企業名を聴いて、どんなイメージを持つだろうか。
デザイナーや動画クリエイターからすると「Photoshop」や「Premiere Pro」などのツールがすぐに頭に浮かぶだろうし、逆に一般のビジネスパースンであれば、「PDF」ぐらいのイメージしかないかもしれない。
一方、企業の広告やマーケティング担当者にとっては、「Adobe Analytics」などのデジタルマーケティングの巨大プラットフォームとしての顔が何よりも強いだろう。これほど、人によってイメージが異なるIT企業もないのではないか。
クリエイティブ領域だけでも多彩なアプリを持つ(写真:アドビ)
だが、一つはっきりしていることがある。
このアドビが持ついくつもの顔それぞれにおいて、この企業が今までになく「面白く」なっているということだ。
例えば、Adobe Senseiと名付けられた独自のAI技術は世界中の注目を集め、マーケティング分野での積極果敢な買収攻勢は業界を揺らし続けている。そう、アドビは今、創業36年目にして「絶頂期」を迎えているのだ。
実際、売上高はこの5年で2倍に増える見込みで、株価は10年で約10倍に伸びた。
特に、株価伸び率では、今やアップルやグーグルなど、世界に君臨する巨大テクノロジー企業を凌駕するほど。さらには、米フォーブス誌によると、米新卒の人気企業にトップに選ばれるなど、その勢いはとどまることをしらない。
この爆進の背景は何なのか。その一端は、10月、ロサンゼルスで明かされた。
「誰もが今、伝えたいストーリーを持っています」
2018年10月15日、LAで開かれたクリエイター年次イベント「Adobe Max」。ロックコンサートのような熱狂を帯びる会場で、CEOのシャンタヌ・ナラヤンは、約1万4000人を前にこう切り出した。
「我々は、皆さんがそのストーリーを伝えられるようエンパワーしていきます。誰もが内に秘めるクリエイティビティを育てていくのが、我々のゴールなのです」
ナラヤンは、アドビの「生まれ変わり」を実現した立役者だ。
老舗企業を再成長させた手腕には世界中が注目し、今や、アマゾンのジェフ・ベゾスやテスラのイーロン・マスクと肩を並べ、米フォーブス誌が選ぶ「世界で最もイノベーティブなリーダー」のトップ10に入るほど。
そのナラヤンが講演で強調したのは「クリエイティビティの解放」だった。
もはや、アドビはプロのクリエイター向けのツールを提供するだけではなく、世界の誰もが「インフルエンサー」になりえる時代を見据えているということだ。事実、ナラヤンは幾度となく「For all」「Everyone」と繰り返した。
製品としても、YouTuberやインスタグラマーらが、スマホでも動画編集できる「Premiere Rush」を発表し、昔は高スペックのPCが必要だった「Photoshop」も、全てiPadでできる時代がやってきた。
つまり、これまでのプロとは異なる、新世代のクリエイターたちをも、アドビの世界に呼び込んでいくことで、さらなる成長を実現していくのが狙いなのだ。
The Creativity Platform For Allと強調するナラヤン(写真:アドビ)
だが、ナラヤンが目論むのは、クリエイティビティの民主化だけではない。
MAXからさかのぼること、3週間前、ナラヤンの姿は米フロリダ州・オーランドにあった。マイクロソフトの巨大イベント「Ignite」に顔を出していたのだ。
ちなみに、実はナラヤンとマイクロソフトのCEO、サティア・ナデラは、同じインドの高校の出身者だ。ここで、アドビとマイクロソフト、そしてSAPのトップが集結し、新たな提携を電撃発表していた。
「人々はもはや製品を買うのではなく、体験を買う時代です。この3者が集まることで、これまでサイロに閉じ込められていたデータを解放する『魔法』を、そこに生み出すことができます。」(ナラヤン)
アドビは、今やセールスフォースと勢力を二分するデジタルマーケティングの雄であり、データ分析の主導権争いでも、マイクロソフトとSAPとの連携で、新たな勢力を生み出そうとしている。

アドビ爆走の全貌を取材

特集「アドビが面白い」では、創業36年目にして「旬」を迎えるテクノロジー企業アドビの全貌に迫る。
第1回は、今のアドビの爆進を生み出した背景にある「ビジネスモデルの大転換」についてビジュアルで解説していく。ハーバードやスタンフォードのビジネススクールでも教えられ、多くの追随者を生み出した改革の背景に迫る。
第2回は、ナラヤンの側近に、アドビの野望について聴いた。既存のビジネスモデルから脱却し、急成長を遂げるアドビは、今や「アートとサイエンス」の両方を司るビジネス戦略で、テクノロジーの未来を切り開きつつある。
第3回では、近年一気に注目を集めるアドビの「AI」について、クリエイター集団THE GUILDの深津貴之CEOに解説してもらう。グーグルにも、アマゾンにもない、アドビだけが持つAIの強みが見えてくるだろう。
その後も、アドビで急成長するデジタルマーケティングを巡る戦略や、セールスフォースなどライバル関係を解説する記事に加え、アドビが目指す「世界総クリエイター化」を、YouTuberやインスタグラマーの観点から語るインタビューを用意している。
アドビは、これまではクリエイター向けの企業としてのイメージが強かったが、そのビジネスモデルの大転換や、またマーケティングを始めとするB2Bソリューション提供者としての一面は、日本のビジネスパースンに役立つことは間違いない。
その最先端の事例を知ってもらえたら幸いだ。
(執筆:森川潤、デザイン:國弘朋佳)