破壊か破滅か。イーロン・マスクはどこへ向かうのか

2018/9/17

愛好家も愛想を尽かす

米サンフランシスコ随一の観光名所のゴールデンゲートブリッジのふもとに、サングラスを掛けたクールな女性がさっそうと車で登場した。
乗り付けた車は、テスラが大衆向けに売り出した最新車種「モデル3」。最新のデジタルナンバープレートには「MAXXXQ」と愛車の名前が刻まれている。
「車に乗っている感覚もないし、振動も全くないの。魔法のじゅうたんに乗っている感覚なのよ」
持ち主のアン・ブランケンシップさん(50歳)は満足そうに話す。去年6月27日、テスラCEOのイーロン・マスクの誕生日の前日にこの車を手に入れたのだという。
(写真:池田光史)
アンさんは10年来のテスラ愛好家だ。
車好きの父親の影響から、無類のスポーツカー好きになったというアンさんは、初代モデル「ロードスター」が道で走る姿に一目惚れし、そこからテスラと、その経営者イーロンについて研究を始めた。
にわかファンや熱烈なイーロン信者とは異なり、テスラのビジョンを長年きちんと精査した上で、テスラ株も保有する筋金入りのウォッチャーでもある。
だが、そんな長年のイーロン支持者だったアンさんは最近、考えを一変させた。
「株主として彼にCEOを辞任してもらうように投票することも考えているわ。本当に考えてるのよ」

批判が渦巻くイーロン

今や、マスクの経営手腕を疑問視をしているのは、アンさんだけではない。全米、いや全世界がマスクの言動に振り回されている。
マスクを巡る「お騒がせ」エピソードは、枚挙にいとまがない。
4月1日には「イースターエッグを土壇場で大量販売するなど資金調達に奮闘したにもかかわらず、残念ながらテスラは完全に経営破綻してしまった」とツイート。これはエイプリルフールのジョークだった。
8月7日には、「1株420ドルでテスラを買い戻そうと思ってるよ。資金はすでに手にいれた」とツイート。結局、株式非公開化は実現しなかったが、米証券取引委員会(SEC)が真相の調査を進めることになった。
さらに同21日は、米ニューヨーク・タイムズのインタビューで、涙ぐみながら、「子どもたちに会う時間も犠牲にした。友達にも会わなかった」と打ち明けた。
そして、9月に入ってからは、6日に出演したポッドキャスト番組に、マリファナを吸引しながら出演し、猛批判を受けることとなった。
これ以外にも、アナリストや空売り投資家への罵倒など、常軌を逸したかのように見える言動は山ほどある。
イーロン・マスクはどこへいく(写真:Photo by Joshua Lott/Getty Images)
このまま、マスクは「破滅」の道へと向かうのか。
米ペイパルを立ち上げた起業家集団「ペイパル・マフィア」の一員として頭角を表し、宇宙開発会社のスペースXを創業、さらには電気自動車メーカー、テスラのCEOとして既存産業を「破壊」してきた革命家マスクの姿は幻想だったのか。
今、彼は、その岐路に立っているのかもしれない。

テスラの「狂気」を総力特集

特集「テスラの狂気」では、編集部の総力特集として、テスラそして、マスクの今を現地で徹底取材した最前線のレポートをお届けする。
第1回の「【独占スクープ】テスラ、ギガ工場『量産地獄』の全真相」では、テスラが社運を賭けたネバダ州の電池工場「ギガファクトリー」について、どのメディアも報じていない全貌と内側をリポートする。
第2回の「【証言集】イーロン・マスクは本当に『狂った』のか」では、マスクとともに働いたことのある人物たちへの取材を通して、狂気の起業家の素顔を明らかにする。
第3回は「イーロン・マスク、3つの『栄光と地獄』」。現在、スキャンダルが噴出し、窮地に陥っているマスクについて、起業家としてのこれまでの失敗の歴史をビジュアルストーリーで振り返る。
第4回は「スタンフォード卒、テスラ7番目の天才社員が作る『魔法の粉』」。テスラ幹部の退職が相次ぐ中で、最初期からマスクを支え続けてきたエンジニアに取材を敢行、テスラの現状と限界を聴いた。
第5回の「【勃発】注目の新興5社。『真の創業者』も仕掛けるテスラ包囲網」では、近年、テスラのような高級領域で続々と登場しているEVベンチャーのうち、ある1社に取材。テスラがこじ開けてきたEV市場における「次のテスラ」をめぐる覇権争いを描く。
第6回の「【スライド】諦めない男、イーロン・マスク「情熱のDNA」」は今世界を揺るがしているマスクの半生を振り返る。特に、起業家マスクを生み出した家族の物語にフォーカスする。
第7回の「【直撃】過酷労働、テスラ作業員を癒やす『秘密のグルメ』」は、連日深夜まで作業員が働いているテスラの車体工場に、突如表れたグルメの正体を明らかにする。
このほかにも、スペースXを含めたイーロン・マスクを取り巻く様々な記事を用意しているところだ。
キーパーソンへの徹底取材をかけた本特集を通じて、メディアを騒がせているのとは少し異なるテスラ、そしてマスクの姿を感じてもらえれば、幸いだ。
(執筆:洪由姫、編集:森川潤、デザイン:櫻田潤)