宇宙をめぐるメガベンチャーの競争【ピッカー懇親会リポート後編】

2017/7/17
NewsPicksコミュニティ・チームは6月25日(日)、ピッカー懇親会を米国ロサンゼルスで開催しました。当日は、NASAのジェット推進研究所でシステムズエンジニアとしてご活躍中のピッカー、石松拓人さんが「NewsPicks×宇宙」と題した講演を行いました。
その模様を2回に渡ってレポートします。《前編はこちら》
ロケット開発競争につづいて、次に注目したいのが、月の開発競争です。
月を舞台にした競争、というと、冷戦下の米国とソ連の宇宙開発競争を思い出しますが、主役は民間企業たちです。

月面無人探査レース

その皮切りとなっているのが、「Google Lunar XPRIZE」というコンテスト。
XPRIZE財団が運営するレースで、スポンサーのGoogleの名を冠しています。
Image Credit: Google Lunar XPRIZE
これは、民間による月面無人探査を競う大会で、全世界から32チームがエントリーし、まもなく決着することになっています。エントリーできるのは民間チームだけ、というのが特徴的なところです。
優勝賞金は2000万ドル。
その条件は、「月面に民間開発の無人探査機を着陸させて、そこから500メートル以上走行し、高解像度の写真や動画を撮影して地球に送信する」というものです。
優勝以外にもさまざまなボーナスが用意されています。
たとえば、アポロ計画によって月面に残された機器を撮影できたら400万ドルとか、探査機が月面の夜に耐えられたら200万ドル、などですね。
ちなみに、月は太陽光が当たる時期が14日間、当たらないのが14日間という周期になっていて、夜の期間は−170℃の厳しい寒さになります。ボーナスに値するようなサバイバルですね。
32チームで始まったコンテストも、撤退や合併があり、現時点で残っているのは5チームです。
日本からはHAKUTOというチームが参戦しています。このチームがユニークなのは、自分たちではロケット打ち上げをしない点です。インドのチーム・インダスと契約を結び、彼らのロケットに相乗りさせてもらう計画になっています。
石松拓人(いしまつ たくと)
米国航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所システムズエンジニア。東京大学非常勤講師。福岡県福岡市生まれ。東京大学航空宇宙工学専攻修士課程を修了後、マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科に留学。同学科博士課程を修了したのち、博士研究員を経て、2016年夏より現職。趣味はギター、将棋(四段)。

宇宙のゴールドラッシュ

月を巡る競争としては、宇宙資源の開発という側面も見逃せません。
月には北極に6億トンの氷があると言われていて、南極のクレーターからも水が採れるだろうと見られています。
水からは酸素と水素が取れますから、人類が月面に長期滞在するためのライフサポートに使えます。また、液体酸素や液体水素にして、ロケットの燃料として使用することもできます。
また、小惑星をターゲットとする宇宙資源開発もあります。
月や小惑星には、水や酸素のほかにも、核融合に使えるヘリウム3や、構造材に使える鉄やニッケルなどのレアメタル、金やプラチナなどの貴金属もあるのではないか、と期待されています。
月に3Dプリンターを持っていけたら、こうした素材を活用し、その場で何か作り出すこともできそうです。
こうした月面や小惑星の資源開発には、米国を中心に、民間企業も目をつけ始めています。Amazonのジェフ・ベゾスが率いるBlue Originをはじめ、ペンシルバニア州発のAstrobotic、日本からは前述のHAKUTOチームを運営するispaceが参入を発表しています。
Astroboticははじめ、Lunar XPRIZEに参加していましたが、途中で棄権し、独自に月を目指す方針へと切り替えました。

火星をめぐる2つのレース

競争の舞台は、月からさらに遠くまで広がり、火星でも2つの競争が始まっています。
ひとつは火星の試料を無人探査機が持ち帰る「サンプルリターン」という競争。
もうひとつが、火星の地を誰が最初に踏むか、つまり「有人火星探査」に向けた競争です。
サンプルリターンとは、ひとつまたは複数の探査機を使って火星の岩石や砂といった地質学的なサンプルを採取し、地球に持ち帰って分析するものです。そうすることで、火星に生命の痕跡があるかが解明できるだろう、と。
NASAでは、その第一弾として、2020年にローバーを送る「マーズ2020」というミッションを進めていて、私は着陸地点からサンプルを採取する場所までの走行ルートのシミュレーションに携わっています。
Image Credit: NASA / JPL-Caltech
Image Credit: NASA / JPL-Caltech / Cornell
上の写真は、2012年に火星に着陸したキュリオシティというローバーのCG画像。
下の写真は、スピリットという別のローバーが、火星のある場所で実際に撮影したものです。砂地や斜面、大きな岩などがあることが分かります。
マーズ2020では、こうした障害物を避けながら、最適で安全なルートを自動走行するアルゴリズムを搭載する予定です。
といっても、難しい地形では、ローバー自身で判断させずに、停車して、画像を撮って地球に送り、地球側のオペレーターからの指示に従って進む、というやりとりを行います。
現地からのデータが地球に届くまでにタイムラグがあるので、基本的に走行ルートの指示は1日に1度しか送りません。ローバーが1日の終わりにデータや画像を地球に送り、地球側のオペレーターが次の日の走行ルートを決定して、ローバーに送る、という流れです。そのため、ローバーは1日に数十メートルしか走行できません。

ローバーたちのリレー

マーズ2020についてご説明しましたが、これだけでは、サンプルを採取するところまでしかいきませんので、目的は完遂できません。
サンプルの回収は、もっと小型の第2のローバーが行います。
マーズ2020が放置したサンプルを回収してまわり、ロケットに持ち帰って、火星の軌道に打ち上げます。さらに、軌道で待ち受けていた宇宙船が、そのロケットとランデブードッキングし、サンプルを地球まで持ち帰ります。
実は、私がメインで携わっているのは、この第2のローバーのシステム設計です。現在のところ2026年の打ち上げを想定しています。
まだ先の話で、着陸予定地も選定中なので、現在はざっくりとした設計をする段階です。
なぜざっくりしか決められないかというと、たとえば着地点の緯度と到着時期によって、季節が変わるんですね。それによって日照時間も異なりますので、太陽光を集めるために搭載するパネルの大きさや、気温の変化に耐える熱設計などに、いろいろ影響するからです。
もちろん走行ルートのシミュレーションも担当しています。
マーズ2020がどこにサンプルを放置するか、そして第2のローバーがどこに着地するか、によって、何万通りもの組み合わせを調べています。
すべてが順調にいったとして、サンプルが地球に到着するのは、2031年です。
大がかりなミッションとはいえ、「もっと早くできないの」とも思いますよね(笑)。
そして、もしかしたらNASAより先にやってのけるかもしれないのが、中国です。
サンプルリターンの分野については、中国も2020年に探査機を送って、同様の調査を計画しているという話があがっています。
ちなみに日本は、火星そのものへの調査の予定はありません。
その代わりに、火星にとっての月、つまり火星のまわりを回っているフォボスとダイモスと呼ばれる衛星を観測し、うち1つからサンプルを採取する計画があります。

誰が火星に一番乗りできるか?

サンプルリターンに加えて、もうひとつ起きている競争が、有人探査です。
実際に人間を火星に送って、最初にその地を踏めるのはどこの国、あるいはどの企業か、というものです。
Image Credit: SpaceX
米国では、アポロ計画を経験していますから、やはり火星も自分たちが一番乗りしたい、という思いがあるんですね。
火星と米国人の関係については少し面白い話があります。
オランダにMars Oneという民間非営利団体があり、「片道切符で火星に移住する」という企画を発表しました。
全世界から移住希望者を募ったところ、20万人もの応募があったんですよ。その国籍別の内訳をみると、米国人がトップで、全体の24%を占めていたそうなんです。
やっぱり米国人には、移民の血というか、移住願望があるのでしょうか(笑)。
計画をみると、やや無謀なところがあるので、「実現するか分からないな」と私は見ています。
そんな中、NASAが「2030年代後半には人類が火星に行けるのではないか」といっています。先ほどお話したとおり、サンプルリターンが2031年までかかる予定ですから、その結果を受けて、そこからさらに数年かけて、有人探査につなげようという考えです。
一方で、イーロン・マスクのSpaceXは、2024年には実現できると言っています。
計画を見る限り、NASAよりも圧倒的に早く人を送ることができそうです。
NASAとSpaceXがこのレースの最有力候補なのですが、完全な競合かというと、実際は協力関係にもあります。
というのも、SpaceXで火星への有人探査構想を進めているのは、私のMIT時代の先輩なのですが、彼はNASAにも籍を置いているんですね。
我先に、というよりも、互いに協力しながら、確実かつ安全に人を送ることを優先しようとしています。
ほかにも、UAEやナイジェリア、インドなど、すぐに火星を目指すかどうかはさておき、有人宇宙探査に乗り出そうとしている国があります。
中国は、まずは月から攻めようと考えているようで、すでに独自の宇宙ステーションを持っていますし、月面にも基地を作る構想があります。

誰が先か、よりも「どう行くか」

有人の火星探査、私自身はどう注目しているかというと、誰が先に行けるかよりも、「どのようなプロセスで火星を目指すか、そのルートがサステナブルかどうか」という点に関心があります。
アポロ計画のように、単に着陸して旗を立てて帰ってくるだけでは、大金をかけてやる価値がないのではないか。それよりも、人類の火星永住を目指して、基地などを整備するつもりで進めるべきなのではないか、と思うからです。
先に行くことよりも、いかにサステナブルに行くか。この競争に関するニュースを読むときは、そこにも注目していただきたいです。
SpaceXは、現在自らが開発している大型ロケットを何度もピストン輸送して、軌道上で火星行きの宇宙船を組み立て、いわば腕力勝負で火星を直接目指そうとしています。
MIT時代に宇宙物流を專門に研究していた私から見ると、力技というか、過激な計画に見えます。
一方で、NASAは少し違ったプランを考えています。
当初はSpaceXと同様、直接火星を目指すアプローチで進めていましたが、少し違うルートを取ることに変更したんですね。
実は、私が発表した博士論文が、それに少しばかり影響を与えたようなんです。
簡単に私の研究について触れると、月や火星の衛星で資源を採掘し、燃料に変えることができれば、宇宙のガソリンスタンドができる。宇宙輸送のインフラを整備できれば、輸送コストを下げることができるのではないか、というものでした。
グラフ理論という数学的なアプローチで解いていくと、「直接火星を目指すより、宇宙にガソリンスタンドを置いて、月で作った燃料を補給していくほうが、68%ほど打ち上げコストを削減できる」という結論になりました。
Image Credit: Christine Daniloff / MIT
この研究を発表したのは2015年のことですが、ちょっとした注目を集めまして、NASAの有人探査局の局長の目にも止まったようでした。
そして、「火星を直接目指す」アプローチを取る予定が変更され、最近「Deep Space Gateway」というプロジェクトを発表しました。
これは、月の近くに基地を作って、火星に向かう際にはその基地に立ち寄れるようにしよう、というものです。こちらも今後のニュースにぜひご注目いただきたいです。

NASAの存在意義

宇宙開発の舞台が、少しずつ民間へとシフトしてきていることが、本日私がお話した内容からもお分かりいただけたかと思います。
NewsPicksで皆さんのコメントを拝見していると、NASA不要論というか、「これからは民間企業の時代だから、早くNASAを払い下げして、全部民間でやるべきだ」というご意見を見かけます。
政府機関主導の宇宙開発と、民間企業のものと、ゼロかイチかで議論するのは、実際にNASAに身を置く者から見える景色とはやや異なっています。
NewsPicksで活発にコメントしているピッカーに、NASAの同僚の小野雅裕くんというエンジニアがいますが、彼もまた、NASAには民間とは異なる役割がある、と考えています。
それは、端的にいうと、科学探査です。
ロケット打ち上げなど、ビジネスになりうるものは民間にシフトしていくべきだろう、と私たち自身も思っています。
その一方で、お金になるかどうか分からないけれど、大事なこともあるんですね。
たとえば、本日お話した、火星からのサンプルリターンが担う「生命の痕跡探査」は、まだ解明していない点も多く、お金を出してビジネス化できるレベルにはありません。
そういうところにこそ、NASAの存在意義がある、と思っています。
探査こそ、NASAが手がけるべきことであり、そこは先頭に立って、民間企業よりも高いリスクをとってやるべきだ、というのが私の考えです。いつかは民間企業に舞台をお任せできるよう、道を切り拓くのが、NASAの役目なのではないか、そんなふうに考えながら、日々の仕事をしています。
すこし急ぎ足でしたが、講演を終わります。
ありがとうございました!

バーベキュー懇親会

宇宙について学んだ後は、野外スペースへ移動し、バーベキューパーティを楽しみました。NewsPicksの話はもちろん、お仕事や研究の話から、子育てや住まいの話など、夕暮れまで話題が尽きませんでした。
石松さん、そしてご参加くださったピッカーの皆さま、ありがとうございました!
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