デジタル革命第3期。リアルとシリアスの時代へ

2017/4/3
AI、IoT、ロボット、ビッグデータによる第4次産業革命はビジネスのかたちをどう変えるのか。経営共創基盤CEOの冨山和彦氏は、AI革命で「産業構造」「稼ぐ仕組み」が激変すると指摘する。AIが経営に与えるインパクトを著した冨山氏の新著『AI経営で会社は甦る』。同書の第1章の一部を掲載する(全5回)。

「バーチャル」から「リアル」へ

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)によって、産業構造が大きく変わろうとしている。
発電設備や航空機エンジンのビジネスでは、GEやシーメンスを中心に、ビッグデータやIoTの活用によって、「モノ売り」ビジネスから安定で高効率なオペレーションを提供する「サービス売り」ビジネスに転換しつつある。
建機の世界では、コマツが無人運転技術を使って鉱山の採掘サービスを請け負うビジネスモデルを急速に広げている。
自動車産業においても、ネット技術を基盤にしたシェアリングサービスの普及と、自動運転技術の発達で、自動車という「モノ」を作って売ることに価値がある産業構造から、人々に安全で便利なモビリティー(移動手段)サービスを提供する「コト」型産業へと構造転換が起きる可能性が生まれている。
今の状況を私なりにとらえると、1980年代から続く、いわゆる「デジタル革命」の最終段階だと考えている。「革命」と呼ぶのは、主役が入れ替わり、産業構造、競争構造がドラスティックに変化するからだ。
そして「最終段階」とは、革命的な影響が及ぶ範囲が非常に広い領域、ほぼ全産業に及ぶ可能性があるということだ。
冨山和彦(とやま・かずひこ)経営共創基盤CEO
1960年生まれ。東大法学部卒、司法試験合格。スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストン コンサルティング グループ入社後、コーポレイトディレクション設立に参画。2003年産業再生機構に参画しCOO。その後、経営共創基盤設立。オムロン、パナソニックでの社外取締役のほか、経済同友会副代表幹事なども務める。

第一期:IBMからウィンテルへ

デジタル革命の第一段階は、ダウンサイジングと水平分業革命の時代である。
メインフレーム時代の圧倒的な王様だったIBMが潰れかけ、パソコンの基本ソフト(OS)を制したマイクロソフト「Windows」とハード(CPU:中央演算処理ユニット)を制したインテル(Intel)の「ウィンテル」連合が勝者となった。
ここで大事なのは、IBMを窮地に陥らせたのは、当時の競争相手だったユニシスでもなければ、日立でも三菱でもなかったということだ。
ウィンテルは、もともとIBMの下請けにすぎなかった。しかも、当時のIBMにしてみれば、取るに足らない「端牌事業」にすぎなかったパソコン事業の、そのまた下請けにしてやられたのだ。
産業構造が水平分業化し、組み立てメーカー横断的に標準となる基本OSやCPUを提供するプレイヤー、従来だったら単なる下請けメーカーに過ぎないビジネスモデルこそが最も儲かるビジネスになっていったのだ。
それとは裏腹にIBMのような垂直統合的に半導体製造からSIer(システムインテグレーター)まで全て自前でやっているビジネスモデルは厳しくなる。
また、水平分業化の中で、川中の組立工程は個別メーカー単位では付加価値を生まないレイヤーとなっていったのだが、逆にこの時期、EMS(製造請負サービス)というこのレイヤーに特化した業態が現れて、巨大なグローバル組立専業事業者へと成長していく。その代表選手が昨年、シャープを買収した鴻海である。
本来あり得ないことが起きるからこそ、「革命」というわけだ。ただし、この段階では革命が破壊的な影響を及ぼしたのはコンピュータ産業の範囲までである。

第二期:ソニーからアップルへ

デジタル革命の第二期が1990年代以降のいわゆるユビキタス革命、つまり、インターネットとモバイル通信革命によって、いつでもどこでも情報にアクセスできるようになったことだ。
通信手段が固定電話から携帯電話、スマートフォンへと移り変わる中で、通信機器やオーディオ&ビジュアルの世界で主役交代劇が繰り広げられた。
オーディオ&ビジュアル分野の当時のチャンピオンはソニーだった。ライバルはパイオニアやパナソニックであって、アップルなんて眼中になかった。
しかし、全然関係ないところからアップルがiPodを引っさげて殴り込みをかけてきた。とどめを刺したのはiPhoneだ。じつに第一期において、IBMとは異なる形でウィンテル勢に駆逐されかかったアップルが、第二期においては違う事業ドメインでまさに革命的な復活を遂げたのである。
通信の分野では、AT&Tのベル研究所の流れをくむルーセント・テクノロジーズが世界最大の通信機器メーカーとして君臨していたが、通信のモバイル化&ネット化に乗り遅れ、モトローラやノキアの台頭を許した。
しかし、それも一時の繁栄にすぎず、最終的にはスマホの大波に飲み込まれ、アップルやサムスンが市場を席巻した。
また、いわゆる水平分業化の波はこの業界にも押し寄せ、アップルを筆頭にファブレス化が進む一方で、クアルコムのようなキーコンポーネント(基幹標準部品)メーカーが繁栄を謳歌した。
国内勢でいうと、電電公社(後のNTT)に通信機器を納めるNEC、日立、富士通などが電電ファミリーを形成していたが、こうした企業はスマホ時代には残念ながら勝者になれなかった。ここでも競争の構図が劇的に変わってしまったのである。
そして何よりも、1990年代初頭には影も形もなかったグーグルやアマゾンといったベンチャー企業が巨大なグローバル・プラットフォーマーに成長した。
この第二期においても、従来とはまったく異質のプレイヤーたちが時代の覇者となっていった。すなわちこの段階で、デジタル革命は、BtoCのAV機器・通信関連産業を破壊的に変えてしまったのである。
そして現在、AI、IoT、あるいはビッグデータの利用によって起きているのが、デジタル革命の第三幕なのだ。

「リアル」で「シリアス」な世界へ

デジタル革命は、もう一つのグローバリゼーションという革命と同時進行していて、先ほど挙げた企業はその大波をもろに被ってしまったわけだが、ここまではすべてバーチャルな産業、サイバー空間で起きた変化だった。
サイバー空間と人間をつなぐ部分の機器(コンピュータ、携帯電話、スマホ)が、そして何よりも産業構造全体が、ドラスティックに姿を変えてきたわけだが、今回、IoT化の進展とAI技術の急速な進化によって、いよいよデジタル革命で実現する機能がリアルでシリアスな世界に滲み出し、そこでも破壊的な影響を及ぼす可能性が生まれているのだ。
裏返して言えば、今までは、コンピュータ産業やAV・通信関連事業の外側では、デジタル革命は決定的、破壊的なイノベーションを起こしていない。
たとえば、ここに来て自動運転技術が話題の自動車産業。自動車というのは、熱力学や物理的運動、すなわち「現物」が関係しているメカニカルな分野である。かつまた人の命がかかわるシリアスな輸送用機械を製造・販売するビジネスである。重電産業や医療産業なども同じ特性を持っている。
こういうリアルでシリアスな産業は、今までのデジタル革命においては、決定的な影響を受けてこなかった。その証拠に、こうした産業領域では主要なプレイヤーは交代していない。
もちろん自動車産業も、カーナビの登場や燃料噴射の電子制御化など、デジタル技術の影響は受けてきた。
しかし、自動車産業の構図が多少変わったと言っても、相変わらずトヨタとフォルクスワーゲンが競っているだけで、途中でGMが一回倒産したりしたものの、30年前から顔ぶれは変わっていない。
また、最終組み立てメーカーを頂点とするピラミッド型の産業構造もおおむね維持されてきた。基本的に同じ顔ぶれ、同じ構造の中で勝った負けたをやっているにすぎない。
インドのタタ・モーターズのように新興国の自動車メーカーが出てきたといっても、キャッチアップ型で同じことをやっているだけなので、異質でも何でもない。その昔、IBMの背中を日立が追いかけていたのと同じである。
結局のところ、今までのデジタル技術によるブレイクスルーは、基本的に情報通信や情報処理といった、バーチャルでサイバーな世界で劇的に新たな可能性を生み、生産性を飛躍させた。だから基本的にバーチャル空間、サイバー空間に新しいビジネス、産業、競争の構図をあっという間に作り出したのである。
その一方で、熱と質量、モノや人間の「現物」が関わるリアルな世界では、今までのブレイクスルーは、産業の基本経済構造や、競争の構図を一変させるほどのインパクトを持ちえなかった。
しかし、IoTとは、モノのインターネット、すなわち「現物」がインターネットで結ばれることを意味し、AI(人工知能)とは、「現物」を制御する、あるいは生身の人間の「脳」が行っている作業の一部を機械が代替する技術である。
考えてみれば、この世のほとんどの産業、経済的、社会的な営為には人間が関わっており、私たちは脳神経系をコントロール中枢として、色々な仕事をこなしている。
ここから先、AI、IoT技術を梃子に新たな革命的イノベーションの波が覆うとすれば、今まで決定的な影響を受けてこなかった、リアルな世界のほとんど全ての産業が影響を受けることになる。

革命は全産業へ

リアル産業でも革命的な変化が起きるとすると、自動車などの製造業はもとより、金融、小売り、飲食、運輸、観光、建設、医療、介護、さらには農業に至るまで、ほとんどすべての産業で、産業構造、競争構造が激変し、活躍する企業の顔ぶれも大きく入れ替わってしまう可能性がある。
これは既存のプレイヤーにとっては潜在的に大ピンチで、進化論的に言えば、それまで生存していた種が淘汰されて絶滅に追い込まれるのは、まさにこういうときなのだ。これまで恐竜同士の生存競争だったものが、恐竜全部が絶滅に追い込まれる危険があるということだ。
今回の大波は、デジタル革命から最も遠かった医療現場や介護現場、あるいは建設現場など、労働集約型のフィジカルなサービス産業、さらには農業などの第一次産業にまで到達しそうだということで、その影響が従来よりもはるかに広い範囲に及んだとき、そこで活動している既存の企業、そして個人は、大きなピンチとチャンスに同時に遭遇することになる。
一足先にデジタル革命の大波に飲み込まれた日本の電機メーカーが味わった艱難辛苦を、下手をすると、これからは多くの産業で味わうことになるかもしれない。逆にこの波を梃子にして、飛躍的に生産性の高い(≒高賃金の)産業に生まれ変わるところも出てくるだろう。これが現状に対する私の認識である。
(撮影:竹井俊晴)