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「安保法制狂想曲」を振り返る Part 4

【三浦×中野】SEALDsに見えた戦争の「プリミティブな姿」

2015/12/26
今年、日本の政治が最も揺れた出来事といえば、安全保障関連法(正式名称は平和安全法制)に関する一連の審議だろう。9月19日に成立するまでに、国会審議は荒れに荒れ、SEALDsをはじめとする民間の反対デモも相次いだ。あの騒動とは一体何だったのか。議論に欠けていた視点とは何か。政治学者・三浦瑠麗氏と脳科学者・中野信子氏が、「安保法制狂想曲」の本質を読み解く。
第1回:恣意的にすり替えられた安保法制の論点
第2回:安保法制で“お上に逆らわない日本人”が浮き彫りに
第3回:二項対立にとらわれる日本のエリートたち

集団は分けるだけで勝手に戦う

──今回の安保法制に関して、特にツイッターなどでは二項対立的で攻撃的な発言が目立ちました。なぜこんなふうになってしまうのでしょう。

中野:「匿名化されると人はどんな倫理に反したこともできる」という、ジンバルドーという心理学者が訴えているテーマがあります。特にネット空間では心理的な倫理観がなくなる。ですからやはりツイッターは惨たんたる状況でしたね。

今回のSEALDsに対する反応や、SEALDsの人々の反応などを見ていても、およそ文明国の人間とは思えないやりとりが繰り広げられていた(笑)。

SEALDsの人々は、反戦というテーマでデモを行っていたわけですね。でも彼らはテレビに出演しても、安保法制に反対することがどうして反戦につながるのかというロジックを明確に話すことはできませんでした。

本当はそこを勉強しておかなければいけなかったはずです。でもそれを公の場で話すことができなかった。あれはテレビに慣れていないというよりも、ちゃんと考えていなかったということですね。

そういう状態で、あの熱狂に身を任せてしまっていた。あれこそが、本当はもっともやってはいけない戦争のプリミティブな姿だということを、彼らはどれくらい意識していたんだろうと思いますね。

「黄色いシャツ・青いシャツ実験」という有名な社会心理学の実験があります。子どもたちを2つのグループに分け、片方に黄色いシャツを着せ、もう片方のグループに青いシャツを着せる。その状態で1カ月過ごさせます。その1カ月の間、子どもたちに自分がどちらの集団に所属しているのか、ことあるごとに意識させる。

「あなたが青シャツグループの何とか君ですね」と呼びかけたり、「黄色いグループの誰それちゃんが、こんなにいいことしました」と対抗心を煽るようなことを言ったりして、結束を強めるような働きかけをしながら過ごす。

するとわずか1ヵ月で、集団の団結力がすごく育つんですよ。でもそれと同時に外集団に対する否定的な態度も育つんです。だから一触即発の状態をつくることができる。

もっと過激な「泥棒洞窟実験」というものもあります。

11歳ぐらいの男の子たちを集めたキャンプを、近場に2つつくるんです。

最初の1週間はお互いの存在を知らせない。2週目に偶然を装って出会わせて、そのあとにゲームで競わせたり、「向こうのグループはお前たちよりこういうところが優れているけれど、お前らも負けるな」みたいな発言をしたりして、お互いの対立心を煽る。最後の段階で急に「親睦を図ろう」といって、2つのグループを一緒にして食事の準備をさせる。

するとその途端にお互いのキッチンにゴミを捨てたり、皿を投げつけ合ったりのケンカが始まり、殴り合いにまで発展するんです。

つまり、集団というのは分けるだけで勝手に戦争するんですよ。それをきっとSEALDsの人たちは知らない。自分たちがそれに熱狂していて、相手の人格を否定するようなことを歯止めがきかないほど言ってしまうというのも、人間が戦争を楽しいと思っていることの証左です。

そこがわかっていないのかなと、非常に興味深く思いながら見ていました。

三浦 瑠麗(みうら・るり) 1980年茅ヶ崎市生まれ。東京大学農学部卒業、同法学政治学研究科修了(法学博士)。現在、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員。株式会社山猫総合研究所・代表。NHK「ニッポンのジレンマ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などに出演し注目を集める。フジテレビ、ホウドウキョク「あしたのコンパス」木曜アンカー。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)。

三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年茅ヶ崎市生まれ。東京大学農学部卒業、同法学政治学研究科修了(法学博士)。現在、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員。山猫総合研究所代表。NHK「ニッポンのジレンマ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などに出演し注目を集める。フジテレビ、ホウドウキョク「あしたのコンパス」木曜アンカー。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『シビリアンの戦争』

表舞台に出れば一定の責任を負う

──三浦さんはSEALDsをどうご覧になりますか。

三浦:私はSEALDsのうちのお2人とは『朝まで生テレビ!』でご一緒しました。勉強熱心だけどリアルに鍛えられてはいないと思った。

私は青山学院大学で教えている立場なので、若者を叩いてばかりもいられない。中野さんのおっしゃるとおり、SEALDsは戦いのごっこをしています。

でも人間は根本的にそうじゃないですか。そうである以上、それは変えられない。志だけではうまくいかないんだよ、ということを教える必要があると思います。

中野:それは正しいと思います。現実主義的にやらないと駄目よ、それは。

三浦:そう。じゃあどうするかというと、「偽りなき権益」ということがカギだと思います。「偽りなき権益を中国が日本に持つことで平和が成り立つ」とか。人間は、偽りなき権益をもたらしてくれる相手に協力したくなるんです。

これはいろんな分析で定量的に示すことができるし、私の行った調査でも経済的利益があることによって中国の人が日本を好きになるとか、逆に日本の人が中国を好きになるという結果が際だっています。

中野:そりゃそうですよね。個人の関係でもそうですから。

三浦:SEALDsは自分たちで文化交流をやると言っていて、それはそれで主張としては真っ当です。ただ、そこで彼らが見失ってる経済の部分をちゃんとやらなければいけない。

学生に対して厳しすぎるかもしれないけど、デモをして政党の関係者が押し寄せて、注目を浴びて朝ナマに出るとなると、一定の責任を負うことになるんです。褒められればその半面バッシングを受けるのは当然だし、それに耐えうる精神力がないのならば表に出るのはお勧めしません。

中野 信子(なかの・のぶこ) 1975年、東京生まれ。 東京大学大学院医学系研究科脳神経専攻博士課程修了(医学博士)。2008〜2010年までフランス国立研究所で勤務し、現在は横浜市立大学客員准教授、東日本国際大学教授。脳と快楽をテーマにした著書『脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体(幻冬舎、2014年)』が10万部を超えるベストセラーに。新著に『正しい恨みの晴らし方(ポプラ新書、2015年、共著)』。テレビ番組のコメンテーターとしても多数の番組に出演。

中野信子(なかの・のぶこ)
1975年東京生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経専攻博士課程修了(医学博士)。2008〜10年までフランス国立研究所で勤務し、現在は横浜市立大学客員准教授、東日本国際大学教授。脳と快楽をテーマにした著書『脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』が10万部を超えるベストセラーに。新著に『正しい恨みの晴らし方』(共著)。テレビ番組のコメンテーターとしても多数の番組に出演

もう一度議論をするための訓練を

──そのSEALDsには、それこそ政治学者が乗っかってるという構造も実はあったりします。プロがそこに加わっているということについてはどうですか。

三浦:安保法制は国論を二分しましたから、学者も無傷ではいられませんでしたね。多くの政治学者が自分でも意図しないうちに大衆やメディアの力にのまれてしまって、いろいろな活動にのめり込んでいく。自分でもマイクを握ってしまったら、それは政治学者じゃなくて運動家なんです。

中野:私は門外漢なので、誰が本物で、誰が本物でないのかをにわかに判断できないという弱点があります。だから「こういうことをしていたら、この人は日和見ですよ」とか、「こういう人はすぐ同調圧力に負けて簡単に考えを変える人ですよ」ということを、どこで見極めればいいのか知りたいですね。

三浦:これは定性的な見方ですけど、だいたいエゴイズムと目的意識の関係が大切だと思います。人は誰しも注目されたい、評価されたいと思うものでしょうが、自分が注目を浴びることより大事なものを持っているかどうかが大きい。そういうものを持たない人のことはあまり信用できない。

中野:ああ、社会的報酬こじきみたいな感じになるんですね。たとえばよくメディアに登場する学者のなかにも、SEALDsを応援して左翼っぽいことを言ったかと思ったら、「石原慎太郎万歳」みたいなことも言う人がいますよね。有名だったら誰でもいいのかな。

三浦:私は山小屋で家族だけで過ごす時間を大事にしています。山の突端で、人工物が一切見えない。この孤独はバランスをとるうえでは大事だと思いますね。

中野:そうですね。一人で立っていられるかどうかも基準ですね。孤独に耐えられず、社会的報酬を求めて自分を捨ててしまう人は信用してはいけない。

三浦:それにしても今回の安保法制論議を通じていえることは、日本人は議論をするための訓練ができていないということですね。自分を表現したり、理解したことをもう一回再現したりするだけの語彙(ごい)や表現力が足りない。

これは本当に西洋と違う点です。特に多民族国家のアメリカでは、自分の言葉が通じない他人に対して一生懸命言葉を尽くして説明するという訓練をするけど、日本ではそれをしないから。

中野:むしろ言わなくても通じるのが美徳みたいになっている。通じないのは受け手側のフォールト(失敗)にされちゃいますもんね。小林秀雄みたいな悪文を読ませて、わからないのは読み手が悪い、みたいな教育をする。

三浦:だから言葉を磨いて、伝える力を育てるという方向に教育も変えていくべきだと思います。

中野:ツイッターでのやりとりなどがまさにそうなんですけど、アサーション(自分も相手も尊重する自己表現)ができない。ずっと罵倒(ばとう)とネグレクト(無視)の応酬なんです。

罵倒されたときは、「自分は傷つきました、悲しい」と言えばいいのに、「お前のようなアバズレに言われる筋合いはない」みたいなことを言うわけですね。すごく幼稚です。

「自分の考えはこうです。あなたの考えのここは受け入れられないけど、ここは認める」みたいな冷静な議論がすごくしにくい。これから日本人が政治について冷静に議論できるようになるためにも、その訓練は絶対に必要ですね。

(構成:長山清子、撮影:福田俊介)