20160805-regeneration-2_1

“奇跡のV字回復”を遂げたマツダの「現場力」はどう生まれたか

2016/8/9
「20年後の日本のケーパビリティとは何か」。大企業内のイノベーターと、気鋭のスタートアップ起業家による鼎談シリーズ。今回はマツダで営業領域の総括を務める青山裕大執行役員と、日本のみならずイスラエルの起業家支援を行っているサムライインキュベートの榊原健太郎・ヨニーゴランの両氏、そして日本IBMの的場大輔氏による、日本とイスラエルのオープンイノベーションの可能性を探る鼎談をお届けする【全3回】。
20160805-regeneration-2-main_1

日本の「失われた20年」は失われていない

的場:前回は、日本とイスラエルの関係についてお話を聞きました。続いて日本の“現場力”にフォーカスしていきたい。その背景として、日本の製造業が置かれている現状について補足させてください。

製造業の生産方式の研究で知られている東京大学の藤本隆宏教授は、21世紀のモノづくりを考えるとき、「質量のある世界(フィジカルな世界)」と「質量のない世界(サイバーな世界)」を分けて考えるとみえやすいとおっしゃっています。「質量のある世界」では、真の“現場力”がある企業からイノベーションが生まれる、と説いておられる。

バブル崩壊以降の「失われた20年」で、日本の製造業は苦戦を強いられてきました。しかし、中小企業の研究所や工場でレイオフされることなく、雇用を守られた現場の設計者たちが軸となり、生産性を飛躍的に向上させてきている。日本の“現場”は、この20年間でむしろ能力を高めてきました。

途上国の人件費が高騰していく中、「質量のある世界」では、圧倒的に高い“現場力”を持つ日本だけが、今後ブレイクスルーの可能性を持つ、というのが藤本教授の考察です。

ただし、同時に「質量のある世界」でのものづくりは、設計のすり合わせが年々複雑化し、自動車産業にいたっては、もはや人間が制御できる限界に近いとも述べられています。制御系などの部品が増えていくなかで、自動車はたった10キロの軽量化でも、実現が非常に困難になっている。

ところが、マツダの「ロードスター(海外名MX-5)」では、デザインの刷新とともに先代モデルから100キロもの軽量化に成功。ワールドカーオブザイヤーとワールドカーデザインオブザイヤーのダブル受賞という快挙を成し遂げています。

こうした評価を受けて、マツダの売上高は2014年3月期に2.7兆円でしたが、わずか2年後には3.4兆円と、26%も増加しました。藤本教授が言うところの、真の“現場力”をもち、ブレイクスルーを起こした企業が、まさにマツダだと考えています。

自動車産業のなかで“奇跡”と称されたマツダのV字回復と、それを支えた“現場力”について、世界130カ国以上の国や地域に展開するマツダブランドの営業領域総括と、ブランド推進、グローバルマーケティング、カスタマーサービスを担当している青山さんに、インサイダーの視点からお話を伺いたいと思います。
 DSC_6497

「小さい」を逆手にとったマツダの再構築

青山:われわれマツダが企業体質を変化させたきっかけは、リーマンショック後の2009年に、会社存続の危機に陥ったことです。

マツダは自動車業界の中では、規模が小さい会社です。設備投資や生産台数、販売規模が小さい中で、いかにビジネスを成り立たせるか。様々な課題が相反している中で、私たちが考えたのは、「小さい」を逆手に取ったブレイクスルーでした。

「小さい」からこそ、変革を実現しやすいのではないか。

以前は、「自分たちが目指すべき姿とは、目指すべき車とは何か」というテーマで会議をすると、「世界一の性能を目指す」「競合車よりも高いスペックを目指す」といった話になりがちでしたが、どこか本質的ではない。

長時間に及ぶ話し合いの末に行きついたのは、われわれが追い求めたい理想は、やはり“走る歓び”であり、“お客様が笑顔になれる車”だという結論でした。では、人を笑顔にする車とは具体的に何か? それを実現するためには何をすればいいか?

ディテールを作り上げるために、週に2度の“本部長会議”を何十回と繰り返しました。そうやって繰り返した議論から、われわれの目指す理想と、それを実現する新体制が具体的になっていきました。

  青山裕大(あおやま・やすひろ) マツダ株式会社執行役員。営業領域総括、ブランド推進・グローバルマーケティング・カスタマーサービス担当として、130カ国以上の国や地域にて“マツダブランド”を推進する。マーケティング部門への異動前は商品ビジネス戦略企画部長、商品企画ビジネス戦略本部長を歴任し、商品企画部門への異動前には3代目MPVの開発主査を務めた経験を持つ。

青山裕大(あおやま・やすひろ)
マツダ株式会社執行役員。営業領域総括、ブランド推進・グローバルマーケティング・カスタマーサービス担当として、130カ国以上の国や地域にて“マツダブランド”を推進する。マーケティング部門への異動前は商品ビジネス戦略企画部長、商品企画ビジネス戦略本部長を歴任し、商品企画部門への異動前には3代目MPVの開発主査を務めた経験を持つ。

マイナスの企業内力学から脱する

的場:マツダの究極の理想が詰まった車といえば、やはりロードスターだと思います。100キログラムの軽量化に成功する開発は、どのように進んだのですか?

青山:自動車の開発には、ものすごい数の人、部門が関わります。例えばエンジン開発ひとつとっても内部は数百種類のパーツに分かれていて、それぞれの要素に専門家たちがいる。そのなかで「理想的な車を作る」といっても、各自が思い描く「理想」の姿が違えば、結果的に完成する車は、必ずしも理想を体現したものにはなりません。

実は、以前の体制では、例えば製造部門が品質に対する責任を負っていると、品質に影響を与えそうな難しい設計やデザインを排除する、といったマイナスの企業内力学が働いていました。最終目標がどこなのかを見ずに、各部門がバラバラに自部門にとっての権益を守ろうとしていたわけです。

それを打破するために、新体制ではまず「理想」を再設定し、全社をあげてすべての社員が同じ理想を共有することから始めたわけです。
 DSC_6782

「究極の“走る歓び”」と「お客様の笑顔」を突き詰めると、1つの部門では解決できない問題が山ほど出てくるので、自然と部門をまたいだ連携が進みました。「対立する部門」ではなく、「共同部門」という意識に変革していきました。

例えば、ロードスターのトランスミッションのケーシングは、ものすごく複雑な3次元構造になっています。設計担当が「軽量化と強度を保つなら、これをやらなくちゃいけない」と製造担当に訴える。複雑すぎて、到底実現不可能そうな設計でも、製造担当はそれを無下にせず設計と膝を突きあわせ、その実現方法を考えていくわけです。

部品ごとに、1グラムでも、0.1グラムでも軽くしたい。社内のあちらこちらで、そんな会話が繰り広げられていました。その積み重ねが、WCOTYとWCDOYのダブル受賞という成果に結びついたのだと思います。
 DSC_6709

会社の「理想」をどうやって設定するか

榊原:大企業になるほど全社員が共有できる「理想」を設定することが、ものすごく難しい。しかも、それを国内だけでも社員数が2万人を超えるマツダさんで実現できることに驚きます。

青山:そこは、ものすごく時間をかけたから実現できたことだと思います。本部長クラスの従業員が15人ほど、週に2回、終業後の18:00~20:00の2時間集まって話し合いを行いました。総時間は、のべ200時間は超えているでしょう。

会社存続の危機が迫っているという状況のなかで、お互い自部門の権益を守るような話し合いではなく、本当に腹を割って「なんのために働くのか」を突き詰めたわけです。不思議な感覚ですが、それだけ長時間話していると、全員の意見がだんだん同心円状に集約してきたんですよ。

的場:危機を目前にして、お互いに本音をさらけ出しあったというのは大きなポイントですね。

青山:「究極の走る歓び」「お客様の人生に輝きを届けたい」「お客様に笑顔をお届けしたい」。おおよそこんな意見に集約されて、2015年度には、正式にコーポレートビジョンも改訂しました。ただ、単なる「文字」として建前の理想を掲げただけでは、まったく無意味だったはず。

ものすごく遠回りに見えるかもしれませんが、時間を掛けて議論を尽くしたことで、全社員が本当に納得して共有できるビジョンが生まれた。結果として、改革の最短ルートだったと思います。

榊原:「ただレンガを積み上げるのは、つらい作業でも、その先の目標・意義を見据えて働くと、モチベーションがまったく違ってくる」という話に通じますね。
DSC_6772

世界共通の「理想」をあらゆる部門に浸透させる

ヨニー:イスラエルでは、マツダ車の人気がすごく高い。実は私もマツダ車に乗っています。他のブランドと比べて、マツダはカスタマーサポートも非常に丁寧できめ細かいと感じます。

青山:「お客様の笑顔のために」というビジョンは世界共通で浸透させています。ただ、キーワードである「笑顔」をどう訳すかについて紆余曲折があったんですよ。当初、その概念を伝えるために“SMILE”と訳していました。「カスタマーのスマイルを作りたいんだ」と伝えていたわけです。

すると海外のマネージャーは、英語の“SMILE”は、軽い印象があるから、それでは通じないと言うんです。そこで、また膝を突き合わせて丁寧に話をして、「そうだね、作りたいものは、カスタマーのスマイルだね」という話に落ち着いていくんです。

おそらく言葉は、“SMILE”でも“LAUGH”でも、何でもよかったのかも知れません。ベースにある思い、そこに至るまでの文脈を時間をかけて話して共有すれば、ちゃんとわかってくれる。同心円状に落ち着くことができました。

的場:マツダは広島に工場がありますが、生産の現場に携わる方々にも同じビジョンが共有されているのですか?

青山:むしろ工場にいる社員こそ、その理想を一番強く持ってくれているかもしれません。通常、工場で新しい車の量産を始めるときに行うセレモニーでは、社長や会社の役員を招いて、激励してもらうことが多いんです。

ですが、ロードスターの量産セレモニーのときは、ロードスターをご愛用いただいている一般の方々に登壇してもらいました。「ロードスターに乗っていることで、私の人生がこんなに豊かになりました」「人生が変わりました」と、そんなお話を直接語っていただいたんです。

そうやって、自分たちが追求している「お客さまの笑顔」を実感することができたら、やはり生産ラインに立つときのモチベーションが大きく変わってきます。

的場:ビジネスの現場では「目的と手段」が逆になりがちですが、目的をはっきりさせることができれば、生産の“現場力”が強くなるということですね。

次回は、そんなマツダの“現場力”と、イスラエルの“発想力”の融合の可能性を考えていきたいと思います。

※明日掲載の2-3「『日本の現場力』×『イスラエルの発想力』から生まれる可能性」に続く

(編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:岡村大輔)

■IBMコグニティブ・ビジネス・ソリューションのご紹介
コグニティブ・ビジネスの時代は、もう始まっています。IBMのビジネス・コンサルティングは、コグニティブ・テクノロジーがもたらす大きな可能性を、すべての業界・多様なビジネスに適用させ、お客様の変革を加速させます。