「ほっておけば必ず荒れる」
米国ニュースメディア、コメント欄今昔物語と最新トレンド
2016/5/22
「ほっておけば必ず荒れる」と専門家
前回の記事では、米国の多くのニュースメディアがコメント欄を閉鎖するに至った背景をご紹介しました。
そもそもニュースメディアは、読者とより深い関係を築こうとコメント欄を設けたはず。それなのに、なぜ差別や嫌がらせ、個人攻撃を目的とする投稿が集まってしまうのか──。
「コメント欄というのは、空き地のようなもので、適切な管理をしなければ必ずゴミのポイ捨てや落書きだらけになるのです。花が咲き、実りのある場にするには、庭や畑のように手入れが必要です」
休暇中にもかかわらず、メールでのインタビューに応じてくれたのは、Northeastern大学でコミュニケーション論を教えるJoseph Reagle教授です。
インターネットの黎明期から、サイトのコメント欄やレビュー、掲示板の投稿などユーザー投稿型コンテンツ(UGC)の研究を続け、昨年、著書「Reading the Comments」を発表しました。
Reagle教授によると、コメント欄が荒れる要因は大きく2つあるといいます。
・要因1:サイト規模の拡大
開設当初は数十件ほどの投稿だったサイトも、人気になればなるほど、多くのユーザーを惹き寄せます。
大手ニュースメディアのように、一日に数千〜数万件の書き込みが集まる規模になると、過激なコメントでないと目立てなくなり、表現がエスカレートするうちにコメント欄の毒性が強まる、と指摘。
・要因2:モデレーションへの拒否反応
自由で開かれたやりとりができるのがインターネットの魅力。そうした風潮から、モデレーション(投稿内容への運営側のチェック)に対する拒否反応は根強く、反発して大暴れしたり、サービスの利用をやめるユーザーも。
ソーシャルニュースの繁栄と衰退の歴史
親密さが失われ、帰属意識が持てなくなると、オンライン・コミュニティは崩壊します。そしてユーザーはより良い居場所を求めて渡り歩いてゆく、と指摘するReagle教授。
その一例として、米国のソーシャルニュースサイトで起きたユーザー大移動の歴史を次のように描いています。
「伝説的なソーシャルニュースサイト「Digg」で、一部の影響力の強いユーザーが結託して一覧ページの表示順位を操作している、といううわさが開設から3年後の2007年に広まった(筆者注:Diggでは特定のユーザーに重み付けがされており、彼らからのピックが集まった記事はトップページに表示されやすくなっていた。そのため、外部サイトなどから買収された特定ユーザーが集中的に記事をピックするといった現象が起きた)
その後も収益化を急ぐ運営側が、コメント欄の仕様やサイトのデザインで改悪を繰り返したため、ユーザーのみならず主要スタッフもDiggを捨てて競合の「Reddit」に移住した。
すると、もともとRedditに集まっていたユーザーのうち、特にIT分野に関心が高い層は、コミュニティが大きくなりすぎたために議論が薄まったと嘆いた。
そこで、初期のRedditのようなサイトをつくろう、と考えたのが、シリコンバレーの投資集団「Yコンビネータ−」のポール・グレアムだ。彼が「Hacker News」を立ち上げると、Redditの初期のヘビーユーザーが押し寄せた。(「Reading the Comments」より、筆者訳)」
米国のソーシャルニュースの歴史を見ると、コミュニティの規模と質を両立することがどんなに困難かがよくわかります。
有料化、実名、人力チェック
コメント欄はユーザーだけでなく、メディアにとっても重要な場です。
ユーザーとの関係を深める場であり、ユーザーの流入や滞在時間を増やすという意味では広告収入の源泉でもあります。
規模を拡大しつつも、なんとかコメントの質を保つ方法はないだろうか?
メディア側もコメント欄を守ろうと、さまざまな対策を講じてきた、とReagle教授はいいます。
1.ユーザーへの対策
・有料化:
お金を払ってまで「コメントしたい」と思う人しか集まらないようにする
・実名制/SNSアカウント連携:
知り合いや家族に見られても恥ずかしくないようなコメントしか書き込めないようにする
現在米国でコメント欄を設けている主なニュースメディアのうち、匿名での書き込みが可能なのは48.9%だといわれています。実名制などユーザーへの対策は、ルールが明快なのはいいところですが、より良いコメントが集まるようになるかどうかは、Reagle教授の見解では「ケースバイケースで、特効薬ではない」とのこと。
たしかに「Washington Post」のように、「反社会的なコメントが多いのは匿名ユーザーである」という調査結果を発表したメディアもあります。ただ「The New York Times」のように、実名制にしたのちに効果検証し、「実名と匿名ユーザーとの間にコメントの質の差はない」として制度を変更した例もあるのです。
2.コメントへの対策
・ユーザー投票:
コメントをユーザーの間で評価できるようにし、多くの票を集めたコメントをより目立つ位置に表示したり、人気投稿だけを抽出して読めるようにする
・モデレーターによる監視:
投稿されるコメントを監視するチームを設け、いたずらや嫌がらせ目的の投稿を削除する
より確実に成果があるのは、コメントそのものへの対策です。モデレーターによる人力でのチェックは、規模が大きくなるほど必要になる、とReagle教授は指摘しています。
ただ、手間もコストもかかることから、人件費の安いインドやフィリピンの外注サービスに依頼する企業も増えているのだとか。
自らが積極的にコメント欄にかかわるべきだと「Guardian」や「The New York Times」のようにこだわりを見せるメディアもあります。
しかしながらチェックが追いつかないのも事実。いずれもコメント欄を設置する記事数や、コメントが書き込める期間に制限を加え、投稿数をコントロールせざるをえなくなっているのが現状です。
ユーザー間でコメントをチェック
そんな中で、Reagle教授が注目しているのは、オレゴン州ポートランドのスタートアップが提供をはじめたばかりのサービス「Civil Comments」です。
Civil Commentsの仕組みはいたって簡単です。
ある記事についてコメントを書き、投稿しようとすると、ほかのユーザーが書いたコメントを3件チェックすることが求められる、というものです。
チェックする項目は2点。ひとつは「Goodか(よいコメントか)」。もうひとつは「Civilか(礼節をわきまえている=個人攻撃や中傷表現が含まれない)」
特徴的なのは、チェックする側には誰が書いたコメントかは知らされないこと。
また、自分がコメントしたのとはまったく無関係の記事のものが選ばれます。
つまり、書き手が誰か、コメントの主義主張に同意できるかというバイアスから切り離してチェックする仕組みになっているのです。
ほかの人のコメントへの評価が終わると、もう一度自分のコメントが表示されます。ここで自らのコメントが「Civilか」どうかを再確認したのち、投稿することができます。
ポートランドのローカル紙「Willamette Week」が2016年1月に導入したのを皮切りに、現在までに4つのニュースメディアが利用しています。
その導入効果をCivil Commentsは下記のように発表しました:
・「問題あり」として通報されるコメント数が95%減
・運営スタッフによるコメントのチェック時間を90%削減
・運営スタッフが削除するコメント数は全コメントのうちの0.25%
・導入後、コメント数が25%減ったメディアもあったが、数週間後にはもとの
量に戻り、むしろ導入前よりも10〜20%増える
いったいなぜ、そんなことが可能なのでしょうか。
開発者でCEOのAja Bogdanoff氏に電話でお話を伺いました。
コメントの“無毒化” は回避
──「Goodか」と「Civilか」、この2つの指標がなぜ大切なのでしょう?
Bogdanoff:悪用防止のためシステムの詳細はあかせませんが、コメントは複数人にチェックしてもらうようになっています。
一定数以上の人が「Civilではない」と答えると、コメントは削除されます。意見が割れる場合は、運営側に判断の依頼がいくようになっています。
つまり、どんなに興味深いコメントでも、個人を傷つける表現が含まれている場合には掲載されないのです。
相互チェックのシステムを構築するにあたって、私たちが一番試行錯誤したのは、「どうすればコメントを“無毒化”させずにすむか」という点です。
ほかのユーザーから承認を得ることを気にするあまり、面白みにかけるコメントばかりになってしまっては意味がありません。
2つの指標を設けたのは、「よいコメントだけど、個人攻撃が含まれている」「そこまでいいコメントではないけど、礼節はわきまえている」ということがあり得るからです。
つまり、Civilである限りは、自分の見解とは無関係に、そのコメントを承認することができるのです。(ちなみに「Good」の指標は表示するかの判断には使われず、①記事の表示順位や、②どのユーザーがコミュニティに貢献してくれているかを把握するために使われています)
評価しあう納得感
──導入効果の数字によると、かなり良い成果をあげているように見えます。しかも、ユーザーにとってひと手間増えているのに、投稿されるコメント数が減るどころか、むしろ増えていると聞いて驚きました。
実は最初のクライアントであるポートランドのローカル紙「Willamette Week」では、導入後に他のコメントをチェックするプロセスを抜いて反応をみたことがあります。
するとユーザーから「復活させてほしい」との要望が多くあがったのです。運営側が決めたルールにもとづき、トップダウンでチェックされるより、コミュニティ内で評価しあうほうが、納得感があるのかもしれません。
──ほかのユーザーのコメントをチェックした後、もう一度自分が書いた投稿内容が表示され、「礼節をわきまえているか」と再確認されます。ここで修正を加えることもできますね。これにはどういう意図があるのでしょうか?
悪いコメントを投稿する前に、内省を促し、踏みとどまれるようにしています。
私はもともとTEDのエンジニアで、コミュニティマネージャーをしていました。
膨大な量のコメントが寄せられるサイトで、そこで投稿されたコメントから悪意のあるものを抽出するアルゴリズムを試していました。
そんなときに、認知科学の第一人者であるSteven Pinkerの「Better Angels of Our Nature」という、人類の暴力の歴史に関する本を読んだのです。
それによると「どんな残忍な暴力をはたらく人も、自分の行動を脳内で正当化している」とありました。
そのとき、自分の仕事はむしろ、ひどいコメントを投稿してしまうプロセスになんとかして割り込んで、よりよい判断ができるように設計し直せないかと考えるようになりました。
コメント欄の最低限のルールは「他者の意見に敬意を払うこと」です。
どんな言葉を発しても罰せられない空間だからといって、ひどいことを言っていいわけではない。
オンライン上でのやりとりでは忘れがちな点を、相互チェックのプロセスによって考えるきっかけになればと思っています。
コメントはみんなでつくるコンテンツ
Reagle教授は、Civil Commentsを使用してみて、このツールは単なるチェック機能としてだけでなく、コミュニティの文化の醸成に役立つのではないか、という感想を持ったそうです。
デジタル化されたニュースメディアにおいて、ユーザーは単なるお客さまではなくなりました。
コメント欄を通じてコンテンツを制作し、「いいね」などの投票によって掲載場所が決定されることから、編集の権限も持ちはじめたと言えます。
メディアとコミュニティの関係はいっそう深く、複雑になっています。
一つとして同じソーシャルニュースサイトはありませんし、技術も進化しています。ただし、過去の歴史から学び、そして人間の思考や行動特性といった普遍的な問題を考えることこそが、運営者と参加者のより良い関係づくりに大切なのではないでしょうか。
*本連載は隔週日曜日に掲載予定です。