閉鎖に追い込まれるメディアも続出
デジタル時代のニュースメディアを悩ます「コメント欄問題」
2016/5/15
ピッカーの皆さまのおかげです
早いもので、次回で20回目になる本連載ですが、プロのライターでもない私が続けられているのは、皆さんのコメントが励みになるからです。いつもありがとうございます!
頂戴するコメントは、すべてありがたく拝見しています。記事を書きながら、よくピックくださる方のアイコン写真を思い浮かべて「◯◯さんはきっと、こんな感想をくださるだろう」と、想像することもしばしばです。
毎回たくさんのコメントを頂戴するのですが、編集部によれば、コメントされる方は記事を読んでくださるユーザーの中のほんの少しだと聞きました。
さて、米国ではニュースメディアの主役が紙からオンライン、特にモバイルへと急速に変わってきています。情報を受けるだけの読者から、自らコンテンツを提供し、記者やほかの読者とやりとりするユーザーへと変わり、コメントの書き込みにも積極的だといわれています。
さぞ人々のマナーやリテラシーも成熟しているだろう、と思いきや、トラブルが後を絶ちません。この2年ほどはコメント欄を閉鎖するメディアも急増中です。
なにがコメント欄を衰退させたのか。ニュースへのコメントをめぐる米国の話題を、2回に渡ってお届けします。
ニュースは「参加」する時代に
コメント欄の話に入る前に、やや遠回りですが、ニュースメディアの利用動向について先に見ていこうと思います。というのも、米国では日本に先んじて、さまざまな変化を経験していることがわかるからです。
Reuters Institute for the Study of Journalismが世界12カ国2万人を対象に行う調査をまとめた「Digital News Report」がわかりやすいので、ざっくりご紹介します。
・紙からデジタルへ
「ニュースを知るメインの情報源はどれか」という項目からは、いかに米国でデジタルへのシフトが進んでいるかが伝わってきます。
米国:
1位 オンライン(43%)
2位 テレビ(40%)
3位 ソーシャルメディア(11%)
4位 紙媒体(5%)
日本:
1位 テレビ(49%)
2位 オンライン(33%)
3位 紙媒体(14%)
4位 ソーシャルメディア(3%)
変化の背景にあるのは紙媒体の経営難です。
米国は国土が広いせいか、いわゆる「全国紙」よりも地元のニュースを中心に扱うローカル紙の方が人気です。購読者が分散することから、各紙の発行部数も少なめで、全米で最も発行部数の多い「The Wall Street Journal」でも240万部ほど。日本の「中日新聞」(約250万部)よりも実は少ないのです。
部数の低下から廃刊になるローカル紙もあいつぎ、紙版を廃止にしてデジタルオンリーにするところも増えています。
日本は紙媒体の支持の高さが12カ国中1位。「日本ではまだ紙媒体が高い利益を保持できており、デジタル化には時間がかかりそうだ」とリポートでも特筆されていました。
・ニュースは「読む」から「参加する」へ
ニュースとの関わり方、という観点でも、日本と米国では差があります。
この調査では、ニュースメディアで「いいね」ボタンを押したり、写真やテキストを投稿したり、メールやSNSで共有することを「参加(Participation)」としていますが、12カ国中50%を下回ったのは日本のみでした。
米国:
参加する 72%
シェアする 32%
コメントする 27%
日本:
参加する 43%
シェアする 14%
コメントする 8%
リポートでは「そもそも日本は、社会問題や政治について話し合う習慣がないようだ」と指摘されていましたが、変化はこれからなのかもしれません。
確かに現状では、「シェアする」「コメントする」と答えた人が米国ではどちらも25% 以上いるのに対し、日本は少数派。それでも、年々微増はしています。
たとえば「シェアする」の14%というのは、米国でいうと2011年の水準なので、4年ほどの差がある、と捉えることもできそうです。
LA住民の声「コメントなんて邪魔」
ニュースメディアとユーザーの関係が急速に変化している米国で、人々はどのようにメディアを選び、参加しているのでしょうか。
LAの街の人に意見を聞いてみました。
ナターシャさん(20代・大学院生)はiPhoneの「News」アプリと、ニュースの要約がメールで届く「skimm」というサービスを使っている、といいます。
「じっくり記事を読むというより、ぱっと見出しを見て何が起きているかを把握したい。この2つはいずれも媒体ではなく、テーマごとにニュースがまとめられていて、斜め読みできる点が気に入っています。よほど関心のある記事はコメント欄も読むけど、普段はそこまで行き着かないわ」と、あくまで効率重視。
ローラさん(20代・医療関係)もまた「Google News」と「Facebook Instant Articles」を使って記事のまとめ読みをするとのこと。
「気分転換にBuzzfeedも読むけど、コメント欄は読まないし書かない。友だちにシェアするときも“Don’t read the comments.”って添えたりするわ。悪口とか差別的な発言が目に付くし、読んでネガティブな気持ちにさせたら悪いから」
今回話を聞いた10人のうちのほとんどが、上記の2人のように「コメント欄には参加しない」と答えました。
逆に、毎日必ずコメントする、と話してくれたのは1人。
「Huffington Post」をはじめ、ローカル紙「LA Times」のデジタル版、政治ニュースに注力する「Politico」や「MSNBC」をチェックするのが日課のリチャードさん(40代・金融業)です。
「Facebookのアカウントを使って、実名でコメントを書きまくっているよ。意見の対立する人と議論がヒートアップして、ひどい言葉を書き込んだ後で、冷静になって消してまわることもある。自分のダークサイドが出やすいよね」
それでもなぜコメントを続けるのですか?と聞くと、少し考えこんでから、「いろんな意見を知りたいし、特に自分とは違う見解を持つ人に興味がある。敵の考えを知らなければ、不安で暮らせないでしょ?」と続けました。
閉鎖に追い込まれるコメント欄も
ニュースについて意見や感想を交換する場として設けられたコメント欄ですが、いたずらに悪用され、社会問題にまで発展したケースもあります。
女性向けの情報サイト「Jezebel」のコメント欄には、編集部への中傷コメントや、女性をレイプする画像が数カ月に渡って何度も投稿され、ミレニアルズ世代向けの政治メディア「mic」では、ほかの政治思想を持つ団体メンバーが押し寄せ、コメント欄を荒らすという事件も発生し、話題になりました。
なかには、コメント欄の存在意義を疑問視するメディアも。
Viceが運営する科学ニュースメディア「Motherboard」は、「コメント欄を警備してまわるのにリソースを割くより、面白い記事を一本でも多く書くことに注力したい」とコメント欄を撤廃。感想や意見はメールかツイッターで募集する形式に変更しました。
コメント欄よりもSNSのほうが自浄作用もあり、ディスカッションに適している、と移行を呼びかけるところも。「CNN」「Reuter」「Re/Code」「Bloomberg Business」など大手メディアが、次々とコメント機能を停止する動きがブームとして報じられました。
コメントの持つ影響力
一方で、コメント欄には介入せず、荒れても放置しておけばいい、という考え方もあります。そうすることでどんな不具合があるのでしょうか。
科学雑誌「Popular Science」の公式サイトでは、ニュースへの理解を深めるために設置したコメント欄が、不適切な投稿により、むしろ逆の効果を発揮する可能性があると懸念。ウィスコンシン大学で行われた「コメント欄の影響力」に関する実験を紹介し、コメント機能を停止しました。
架空の科学ニュースサイトに、新技術の可能性とリスクに関する記事を作成し、2タイプのコメント欄を用意。被験者を2つの班に分け、A班には普通の口調で書かれたコメント欄を、B班にはA班とまったく同じ記事・同じコメントに加えて、他ユーザーへの悪口など個人攻撃を足したものを読ませます(「こんな技術をいいと思う人はバカだ」など)。
その結果、中傷表現にさらされたB班は、「記事に書かれた新技術に対して不安感をつのらせ、否定的になる人が多くなった」とし、コメント欄の内容が記事の解釈をゆがめてしまう恐れがある、としました。
ガーディアンはダークサイドを分析
コメント欄を閉鎖するのではなく、敷居を上げることでユーザーをふるいにかけようとするメディアもあります。
ユダヤ教のニュース情報サイト「Tablet」など、コメントの書き込みを有料制にしたところもあります。
「The New York Times」と「Washington Post」は、 新規ユーザーの投稿は、運営側がチェックしてからでないと公開されない仕様に変えました。
「コメント欄を管理しきれないと判断し、ユーザーとのやりとりを自分たちのプラットフォームの外へ移してしまうメディアが続出しています。私たちはそんな決断をしたくはありません。(略)私たちは今、ユーザーとともに進化し、新しいマネージの方法を考える必要に迫られています」
そうオピニオン記事を掲載したのは、英国の新聞「The Guardian(ガーディアン)」です。ユーザーとの対話がニュースメディアの可能性を広げるとする「オープン・ジャーナリズム」を提唱してきました。
サイトに寄せられるコメント数は、一日5万件以上。健全な意見交換ができる場を保てるよう、ガーディアンでは「モデレーター」と呼ばれるスタッフが24時間体制で巡回し、ポリシーに反するコメントを削除・ブロックしています。
しかしながら、2016年2月に親会社から3年で7,000万ドルのコストカットを命じられており、このままでは立ちいかないと頭を悩ませているのです。
この問題をユーザーとともに取り組むべく、2016年4月にはその第一弾として、これまでに寄せられた“問題のあるコメント”の実態を発表しました。
・10年間で集まったコメント7000万件のうち、モデレーターがポリシー違反だと非表示にしたのは約2%の1万4000件。
・ポリシー違反の投稿が集まりやすい(=コメント欄が荒れやすい)テーマは「レイプ事件」「フェミニズム」「イスラエル問題」
・コメント欄が荒れやすいライター10人のうち8人が女性、2人が黒人男性。
・逆に最もコメント欄が荒れなかったライター10人は全員白人男性。
ユーザーの増加とともに増え続ける、個人攻撃を含んだ投稿。“良いコメント”と“悪いコメント”の線引きの難しさ。一歩間違えばコミュニティを窮屈な場に変えかねないポリシーとモデレーション。どうすれば参加者にとって有益なコメントが集まるカルチャーをつくり出すことができるのでしょうか。
こうしたガーディアンの悩みの解になるかもしれないサービスを、米国のスタートアップが開発し、注目を集めています。この会社の代表者はかつてコメント欄が荒れていた「TED」(著名人プレゼン動画配信サービス)をよみがえらせたエンジニア。この方に取材の快諾をいただいたので、お話を伺ってきます。
次週は「取り締まる」だけではない、ニュースの理解に貢献しあうコミュニティづくりの取り組みをご紹介します。
*本連載は毎週日曜日に掲載予定です。