失敗、危機、袋叩き。オリックス宮内義彦の「闘う人生」
2016/3/5
オリックス元会長・宮内義彦氏の仕事人生は、日綿實業(現双日)から幕を開けた。米国の大手リース会社と提携。日本で新しい業態だったリース業を学び、オリエント・リース(現オリックス)の創業メンバーになり、45歳で社長に就任する。50歳で経済同友会に入会して世の中の制度について勉強を始めると、さまざまな規制に疑問が湧き上がる。以後、橋本・小渕・森・小泉政権下で政府の規制改革に取り組み、既得権者を相手に闘ってきた。その傍ら、球団経営に情熱を注いだ。宮内氏を駆り立てるものとは何か。全27話を公開。
失敗の山から学んだ単純な法則
僕は非常におめでたい人間で、「社長やれ」と誰も言っていないのに、会社が進める多角化を社長の立場で眺めていました。
端から「アホか」という目で見られていたと思いますが、人の仕事に「これは会社のためにならん」「こんなビジネスはやめたほうがいい」とか意見していました。
新しいビジネスを始めるといっても、うまくいく確率はそんなに高くない。はっきり言って、失敗する確率のほうがはるかに高いんです。
もちろん他人の仕事の評論ばかりでなく、僕も自分で考え、自らイニシアティブをとり、新しいビジネスに挑戦してきました。社長気分でね。
失敗したエピソードは山ほどありますよ。失敗の山から学んだ単純な法則は──。
たこツボから出ろ
周囲に「たこツボから出ろ」と、ずっと言い続けてきました。たこツボとは会社の部署や組織のことです。
ある事業をやろうという目的のために人が集まっているのが会社です。それぞれが勝手に目的に向かってダーッとやってくれればいいけど、それは無理です。
やむを得ないからつくるのが、営業1課や営業2課だったりするわけです。
ところが組織の欠点は、つくった途端にそこに属する人が「組織図」に基づいて動き出すこと。営業1課は「営業2課に負けるな」とかアホなことを始めます──。
規制改革は既得権者との戦い
規制改革は既得権益を持っている人から既得権益を引きはがす作業です。経済が伸びているうちは、その恩恵にあずかれない人も少々のことは我慢できました。
ところが、経済の伸びが止まってしまうと、「なんで既得権者の彼らだけ、のうのうとやれてるんだ」という声が上がり始め、構造改革だ、規制改革だ、という動きになっていきました。
そこで、お役を仰せつかった僕なんかが既得権者のところへ行って、「あなただけ利益を独り占めというのはまずいから、皆と一緒にやりましょう」と言うと、ものすごい悲鳴を上げて抵抗するんです。
既得権益は一つじゃありませんから、別なところへ行くと、また悲鳴が上がる。よっぽどの物好きじゃないと規制改革の旗振りなんてできません──。
仕事で輝くしかないのでは?
僕は若い頃から、ビジネスの場で成果を上げて満足を得ることがビジネスマンとして最高の喜びだと思ってきました。
多くのビジネスマンは少なくとも平日の9時から5時まで、1日の大部分の時間を会社で過ごすしかない。
だとすれば「我はここにあり!」ということを示す舞台は、会社以外に考えられないと思うのです。会社で駄目な人が外ではものすごいというのも変な話でしょう。
趣味の世界で自分だけの成果をいくら上げても、ビジネスマンとしての充実感は得られないと思います──。
一生メシが食える司法試験合格者
そもそも、司法試験に通ったら一生食べていけるなんて、こんなバカな話はありません。既得権益そのものです。
その後の司法制度改革で弁護士が食えなくなったことを問題にする見方もありますが、食えない人が出てくるのは当たり前です。試験に通った500人とか700人の合格者全員が、一生、整然とメシを食えるほうがおかしいと思います。
弁護士同士で競争して、いい弁護士が出てくる。その優秀な弁護士に仕事を頼むというのがあるべき姿です──。
天下の興長銀と雑金融機関の違い
僕は「なんでノンバンクは社債を発行してはダメなんですか?」と問いました。
すると金融制度調査会のおじさんが「このバカは何を言うとるんだ。わかりきっとるやないか」といった蔑んだ目をして、こっちを見るんです。
ノンバンクみたいなのが「長短分離」の金融機関の図式の中に入るわけないだろ、黙っとれというわけです。まぁ、こっちもわかりきってて聞いたんですけどね──。
バブルが弾けたから、たまたま興長銀(日本興業銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行)は3行とも退場しましたけど、退場以前に世界中を見回しても先進国であんな銀行はとうにどこにもなかったんです。
当時、興長銀への就職は学生の憧れでした。いったん入ってしまえば、一生左うちわです。でも、冷静に考えるとそれもおかしいでしょう。
そんな感じで悠々と食っている人は今だって世の中にたくさんいます。こういう仕組みが日本の効率を落としていると思うのです──。
14億円のセ・リーグ既得権益
もう25年以上、球団経営に携わってきました。単体で見るとずっと赤字です。今の日本のプロ野球界では球団が経済的に自立するのはとても難しい。
オリックス・バファローズという一つのチームが一生懸命やっても駄目なんです。12球団が集まって一つのビジネスとして動かないと、プロ野球というコンテンツを稼げるビジネスにはできません──。
昔、セ・リーグの5球団は巨人と試合していると、1試合1億というテレビの放映権料をいただけたと言われています。主催ゲームは年間14ゲームありますから、年14億円という固定収入があるわけです。これがセ・リーグの特色です。
パ・リーグは巨人戦もないし、中継も少ない。これだけでセ・パの両球団の収入に14億円の差がつくわけです。
そこでパ・リーグ側から「アメリカみたいに12球団一緒になってやったら、パイがもっと大きくなりますよ」と持ちかけると、「儲からないからそういうことを言うのだろうが、僕のところは黒字ですよ。頑張ってください」とセ・リーグに一蹴されるのです──。
日本中を巻き込んだ球団再編問題
2004年(平成16年)の5月、近畿日本鉄道の山口昌紀社長から、大阪近鉄バファローズを売却するか清算しようと考えているという相談を受けました。
僕は山口さんと話し合ってオリックス・ブルーウェーブと合併させる方針で合意しました。5月末には巨人の渡辺恒雄オーナーのところへ会いに行きます。
当時、経営再建中だったダイエーさんも「国営ホークスはあり得ない」なんてニュースが流れたりして、球団を手放すんじゃないかという話になっていました。
渡辺さんも「セ・パ10球団になったら1リーグにするしかない」というお考えを示されます。球界の身の丈にあわせていったん1リーグ制にする提案をしていた僕にも異論はありません。
合併の話が新聞に載ると、日本中を巻き込んだ球団再編問題に発展していきました。世間には随分と叩かれもしました──。
戦力拮抗がお客を呼ぶ
日本球界に対して「こうしたらいいのにな」というビジョンは持っています。
まず、コミッショナーに米国並みの権限を集中させます。そしてできる限りコンテンツを一元管理して、シビアな交渉をして少しでも高値を獲得する。海外も含めてです。売れると思いますよ。
アメリカに挑戦状を突きつけて、「ワールドシリーズって言い過ぎでしょう。本当のをやりましょうよ」というのも今は夢ですが面白い──。
2015年に日本一になったソフトバンク・ホークスが「メジャーリーグのチャンピオンに挑戦状をたたきつけて、真の世界一決定戦を実現したい」と言っている話も聞きました。わが球団から見ればうらやましい限りです。
もちろん、各球団も選手も切磋琢磨するのは当たり前ですが、各チームの戦力が拮抗していないとプロ球団という組織はもちません。あるチームが全勝したら日本のプロ野球は死んでしまいます。
アメリカではフットボールもバスケットもアイスホッケーも野球も、リーグ内の戦力拮抗には、ものすごい力を注いでいます。ダントツをつくらない。リーグ戦はそれで成り立つんです──。
かんぽの宿、落札してボロクソに
年間40億円以上の赤字を出す不採算事業のかんぽの宿は、わが社を含む27社が売却の入札に参加し、一番高い値段を付けたわれわれが落札した。それだけです。
なのに、ボロクソに言われてしまいました。かんぽの宿騒動のニュースでオリックスの名前が出るたびに、当社のイメージは傷ついていきました。本当に風評被害です。
あの時、社として戦うべきか、我慢するべきか、ずいぶん悩みました──。
非正規雇用は企業の問題なのか?
非正規労働者、派遣労働者の増加が問題になっていますが、これらは政治が解決すべきことです。裸の企業論理としては安く効率的に労働力を使うのが当然です。
派遣で働いてきた人がクビになった、これは不条理だ、と怒っているとします。しかし、経営者からすれば「昨日までご苦労様でした。契約通り、明日からは結構です。またどこかで頑張ってください」と思っているだけです。
全員、ひとたび雇ったら絶対クビにしてはいけませんと言われたら「ほな、ロボットにしようか」ということになります──。
村上世彰氏との関係
規制改革の仕事をした最後の年、2006年(平成18年)は僕とオリックスに対する抵抗勢力の攻撃はすさまじくなっていました。
6月に起きたのが村上ファンド事件です。僕が彼のスタートアップを手伝っていたこと、彼のファンドに出資していたことで、僕は世間から集中砲火を浴びました。
彼に初めて会ったのは1998年(平成10年)のことです。非常に志の高い若手通産官僚ということで紹介されたのですが──。
スタートアップ、ゴールはIPO!?
最近の若い起業家とお話をしていると、ガッカリすることがあります。IPO(新規株式公開)や事業売却を目標に据えている方がいるのです。
IPOはスタート地点でしょう。社会に対して何か付加価値を提供するために起業した。しかし、自分の資力だけでは限界があるから、IPOで外部から資力を得る。
そうやって得た他人様のお金を使って、必死で働いて事業を大きくするというのが本来の姿ではないでしょうか。もうちょっと志を高く持っていただきたい。
日本のベスト・アンド・ブライテストは、財務省とか財閥系の大企業に目が行っていて、起業しようという方は、はぐれ狼のようなタイプが多い。この差が日米のスタートアップの成功率の差につながっているのではないでしょうか──。
日本はなぜ変わらないのか
2016年7月に国政選挙があります。民主政治における政策の根源は、次の選挙に再選されるかどうかです。嫌がる人をたくさんつくる政策はなかなか出てこない。
今、国民が一番心配していることの一つは国の財政です。誠に申し訳ないけど、このままではわれわれみたいな年寄りがつくった1000兆円を超える国の借金を、若い世代に「お願いします」と押しつけるしかありません。
「社会保障と税の一体改革」の関連法案は第2次安倍政権ができる前の2012年(平成24年)に成立していますが、改革がなぜか進まない。
どんどん年寄りが増えるのに社会保障費を削るなんてとんでもない、と支出削減も手つかずです。僕に言わせれば「タンスにお金を持っている、国の借金を溜め込んだ年寄りを、まだそんなカネをかけて面倒みるのか」と思いますよ。
だけど、そんなことを言ったら選挙に通りません。年寄りは投票率が高いから、言った途端に自民党議員が次に何人落ちるんだという話になります──。
(予告編構成:上田真緒、本編聞き手・構成:南部健司、撮影:遠藤素子)
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宮内義彦(オリックス シニア・チェアマン)
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