2016年東南アジアバナー
1999年東京外国語大学東南アジア課程マレーシア専攻卒業、外務省入省(マレーシア語研修)。マレーシア国民大学留学の後、在マレーシア日本国大使館、外務省国際情報統括官組織等に勤務。2010年11月〜15年7月はSMBC日興証券で、ASEAN(東南アジア諸国連合)担当のシニアエコノミストとして政治経済リポートの執筆、機関投資家・事業会社に対する情報提供などに従事。2015年8月、Uzabase/NewsPicksに参画。  共著書に「マハティール政権下のマレーシア」(アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(東京外国語大学出版)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員、アジア経済研究所研究委員、日本マレーシア学会運営委員。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程マレーシア専攻卒業後、外務省入省(マレーシア語研修)。マレーシア国民大学留学の後、在マレーシア日本国大使館、外務省国際情報統括官組織等に勤務。2010年11月〜2015年7月はSMBC日興証券で、ASEAN担当のシニアエコノミストとして政治経済リポートの執筆、機関投資家・事業会社に対する情報提供などに従事。2015年8月、ユーザベース/ニューズピックスに参画。共著書に『マハティール政権下のマレーシア』(アジア経済研究所)、『東南アジアのイスラーム』(東京外国語大学出版)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員、アジア経済研究所研究委員、日本マレーシア学会運営委員

予測の3つのポイント

・ASEAN経済共同体の発足に加えて、RCEPやTPPが進展し、モノだけでなくサービスの自由化が前進する「アジア大分業体制」の時代へ。

・金融市場は米国の利上げに伴い変動性が上昇。通貨暴落のリスクについては経常赤字国を中心に留意。

・政治はフィリピンとミャンマーの大統領選挙。フィリピンはアキノ改革路線を引き継げる候補者が勝利できるか。ミャンマーは新政権が発足するが行政手腕は未知数であり、まずは政策内容に注目。

自由貿易協定で大分業時代へ

2016年の東南アジアにとって、最も大きな話題は東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済共同体(AEC)である。

AECの効果は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)と環太平洋連携協定(TTP)が進展すれば相乗効果が期待できる。今後の自由貿易体制の拡大と深化を踏まえると、「アジア大分業時代」が一層加速するといえるだろう。

ここでいう分業には、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などのサービス業も含まれる。製造業に目が行きがちだが、より広い産業セクターが関係する。

モノの貿易から進展できるか

AECは2015年末に発足する。ただ、大きな変化が突如として出てくるわけではない。

筆者は過去の記事でも「すでにASEAN協力は相当程度進んでいる。AECは、これまでの一歩一歩の積み重ねを総括し、次の段階に進む象徴的かつ大股の一歩だ」と主張した。

ASEANでは物品貿易について相当程度の自由化が進んでおり、AECでは2018年には関税の完全撤廃が予定されている。

2010年の段階で、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン(ASEAN6)は、ASEAN自由貿易地域(AFTA)を先行スタートした。

2015年2月にASEAN事務局が発表した資料によれば、ASEAN6カ国間では、ASEAN物品貿易協定に基づいて99.2%の品目について関税が撤廃されている。

残りのカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)もASEAN6に追随して徐々に関税撤廃を進め、90.85%の品目の関税撤廃が完了している。

AECが掲げる2018年の関税の完全撤廃は、このCLMV諸国の貿易自由化を加速させることが念頭にある。タイに生産拠点を持つ日本企業は多く、AECによってCLMVとのサプライチェーンでのコスト減が望めると期待が高まっている。

(参考:AECの発足ついては、「経済共同体としてのASEANのポテンシャル」〈2015年8月25日〉と「ASEAN経済共同体は年末発足で合意、EUとの比較はナンセンス」〈2015年11月25日〉を参照)

通貨下落リスクは経常収支に注目

次に注目すべき点は、金融市場の動向だ。

2016年の金融市場では、新興国と十把一からげにする時代は終わり、経済ファンダメンタルズによって明確に「ふるい」にかけられる時代になるだろう。

米国が利上げにかじを切っているため、これまで新興国に流入していたマネーが引き揚げられる恐れがある。それに耐えられる経済かどうかがポイントだ。ASEAN諸国は比較的、経済ファンダメンタルズが良好だが、個別には脆弱(ぜいじゃく)な部分がある。

基本シナリオとして米国の利上げは緩やかで段階的と予想されるが、依然として変動性(ボラティリティ)が高いことが予想され、下振れリスクに備えておくべき状況には変わりはない。

そうした中で、最も怖いのは通貨の暴落だ。通貨下落を招く要素はさまざまあるが、経常収支に注目してみる。その理由はこうだ。

経常収支が赤字になると、外国への支払いのために米ドル需要が増える。そして自国通貨を売ってドルを入手するため、通貨安となる。

インフレと金利も重要だが、ASEAN諸国はインフレと金利はおおむね安定的な水準で推移している。

経常収支は、「貿易収支」「サービス収支」「第1次所得収支(旧所得収支)」「第2次所得収支(旧経常移転収支)」で構成される。

新興国の場合に注目すべきデータは「貿易収支」。ほかの項目については、長期的な黒字または赤字のトレンドが一定しているため、貿易収支の額が経常収支の黒字または赤字を左右する国が多い。
 経常収支

資源価格の動向がカギ

主要ASEAN諸国のうち、経常赤字国はインドネシアである。

インドネシアの場合は、「第1次所得収支」と「サービス収支」は赤字、「第2次所得収支」は小幅な黒字という構造が定着している。そのため「貿易収支」が経常収支の黒字か赤字かを決定することになる。

しかし、主要輸出品である石炭、天然ガス、原油の国際価格が大幅に下がった結果、貿易黒字が縮小して経常が赤字に転じてしまった。特に石炭については中国の鉄鋼需要の減退が影響しており、火力発電に使われる石炭の輸出の不振が長く続いている。

インドネシアの経常収支は短期間での黒字化は難しい状況なので、インドネシア・ルピアに対する下落圧力は継続するだろう。従って、最悪の暴落という事態を避けるには、経常赤字の拡大をいかに防ぐかがポイントだ。

マレーシアも国際商品価格の影響を受けやすい国である。

マレーシアの貿易構造を見ると、価格が安定的な製造業部門が64%を占めるが黒字幅は小さく、大幅な黒字を稼いでいるのは液化天然ガス(LNG)とパーム油だ。原油ほどではないが、どちらも価格が下落している。

マレーシアの経常収支が赤字に転じる可能性は低いが、黒字幅は縮小している。これが、マレーシア・リンギットに対する下落圧力となっている。

ただ、マレーシアの場合は後述の政治スキャンダルによって、市場では政府のガバナンスに対する疑義が高まっており、それがリンギの必要以上の売りを誘発していると考えられる。

従って、マレーシアの場合は政治に対する不安要因を和らげることが重要だろう。
 資源価格

三つ巴のフィリピン大統領選

政治情勢で最も注目すべき国は、大統領選挙を控えているフィリピンとミャンマーだ。

フィリピンでは憲法で大統領の任期は6年1期までと規定されている。現在のアキノ大統領は高い経済成長を実現し、ガバナンスも一定程度は改革されたが、2016年6月で任期満了となり、再選はできない。

大統領選挙の投票は2016年5月に予定されている。すでに2015年10月から選挙戦が開始しており、グレイス・ポー上院議員、ジョジョマール・ビナイ副大統領、エマニュエル・ロハス前地方自治・内務相の3候補が三つ巴の争いをし、最新の世論調査ではかなり拮抗(きっこう)している。

このうち、最も注目されているのがポー氏だ。

ポー氏は赤ん坊の頃に捨て子となり、国民的映画スターのフェルナンド・ポー・ジュニア氏と女優スーザン・ロセス氏夫妻の養子となって育てられた。

米国ボストン大学を卒業して同国で働いた後に、父の大統領選出馬のサポートのためにフィリピンに帰国した。ポー氏は清廉潔白な政治家として知られ、また、苦労人としてのエピソードが有権者からの支持を得ている。

ロハス氏は、アキノ大統領からの後継指名を受けているが、党内の求心力がいまひとつだという指摘もある。

ビナイ氏は貧困層を中心に人気があり、現役副大統領の強みを生かして支持を集めているが、汚職疑惑の絶えない政治家でもある。

フィリピンは「アジアの病人」と呼ばれてきたが、アキノ政権下で高度成長を実現し、遂に経済がテイクオフするという期待が高まっている。

ただ、激しい貧困格差に代表される根深い社会問題や、南部で活動するモロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平交渉、新人民軍(フィリピン共産党軍事部門)対策など重要な課題が残されている。

どれもガバナンスの強化が必要な政策課題。新大統領はアキノ大統領の改革路線を継承するような人物が当選する必要があるだろう。過去のしがらみに縛られない強いリーダシップと国民的支持がポイントだ。

それができそうなのは、ポー氏かロハス氏だと考えられ、フィリピン政治史に残る重要な大統領選となりそうだ。

新生ミャンマーの実力は未知数

ミャンマーでは2015年11月に総選挙が行われ、野党、国民民主連盟(NLD)が圧勝。そして、大統領選が2月ごろには実施され3月末までには新政権が発足する見通しだ。

注目のアウン・サン・スー・チー氏は憲法規定上、大統領に就任することができない。なぜなら、ミャンマー憲法は配偶者や子に外国籍者がいる人物の大統領就任を禁じており、スー・チー氏の子は英国籍だからだ。

もともと、この規定はスー・チー氏の夫が英国人(故人)だったため、旧軍政がスー・チー大統領誕生を合法的に阻止するためにつくったもの。恐らくNLD幹部が大統領に就任し、スー・チー氏と密接な連絡を取り合いながら政権を運営していくことになるだろう。

スー・チー氏は首相など主要な閣僚に就任することはできる。たとえば、スー・チー氏が大統領に就任できないのであれば、首相を筆頭とした内閣の権限が強くなることもあり得る。

「新生ミャンマー」に向けた期待は高まっているが、不安要素としてはNLDが政権運営の経験がなく、政策の立案と実施能力が未知数だということ。まずは新政権が発表する政策内容を精査し、その後の実施状況について注視していく必要があるだろう。

(参考:大統領選の仕組みについては2015年11月10日付記事「『新生ミャンマー』道半ば。選挙後の課題、次の焦点は大統領選へ」を参照)

総選挙で地滑り的勝利を収めたNLDを率いるスーチー氏。「新生ミャンマー」はうまくいくのか?(写真:ロイター/アフロ)

総選挙で地滑り的勝利を収めたNLDを率いるスー・チー氏。「新生ミャンマー」はうまくいくのか(写真:ロイター/アフロ)

スキャンダルは強行突破

マレーシアでは、1MDBをめぐるスキャンダルが注目されている。

1MDBとは政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメントのことであり、巨額の政府予算が投じられている。この1MDBの資金が首相の個人口座に振り込まれたという疑惑が浮上している。

ナジブ首相は2015年7月、1MDB問題に批判的な考えを示した副首相を更迭した。強行突破へと向かい、力業で押さえ込んでいく見込みだ。ナンバーツーが更迭された衝撃は大きく、与党内での「ナジブ降ろし」に対する抑止にもなっている。

マレーシアは基本的に政治は安定している国であり、1MDB問題で社会混乱が起きるような危機的な状況は想定し難い。

ただ、1MDB問題はマレーシア政府のガバナンスに対して疑問を生じさせる出来事。先に触れたように、市場における懸念がリンギ安に拍車を掛けている。

2016年も1MDB問題は、マレーシアにおいて最も中心的な話題となるだろう。

ベトナム共産党の経済政策に注目

ベトナムでは5年に一度の共産党大会が実施され、今回は指導部が交代する見通しだ。

最大の注目点は行政の長であるグエン・タン・ズン首相の去就。ベトナムは共産党一党支配のため、党幹部の人事が行政のポストにも直接影響が生じる。

また、党大会では経済政策の方針も発表される。前回2011年の党大会で打ち出された方針のうち、ソフトウェア産業の振興が打ち出された。これは、現在のベトナムで実際に成長が著しい産業になっている。

今回の経済政策の内容も、今後5年間のベトナム経済を占ううえで要注目だ。

気になる中国のプレゼンス

2015年は中国がASEANで実施する大型の鉄道プロジェクトの動きが目立った。

まず中国雲南省からラオス、そしてタイの首都バンコクを抜けて軍港マプタプット港へとつながる鉄道案件。2015年12月、すでにラオス部分についてはスタートしている。タイ部分は2016年5月の着工で両国政府が合意している。

インドネシアの首都ジャカルタから第4都市バンドゥンへの鉄道計画については、2016年の早い時期に着工すると報じられている。

このように2016年は中国による鉄道プロジェクトの工事が本格的な進展を見せる年となる。さらに、シンガポールとマレーシアの首都クアラルンプールの間にも高速鉄道構想があり、日本、中国、欧州諸国が関心を示している。このプロジェクトをめぐる各国の動向も注目点となるだろう。