ohmae_06_bnr

Chapter4:世界の社会人教育と日本の教育改革の道筋

大前研一が考える日本の教育が目指すべき方向とは

2015/11/11
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第6弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』(初版:2015年7月17日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
大前研一特別インタビュー前編:「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド(9/14)
大前研一特別インタビュー後編:これからの若者は、好きな場所で好きな仕事をすればいい(9/21)
本編第1回:21世紀型、答えのない時代の教育とは(9/30)
本編第2回:日本人のアンビションを奪ってきた「偏差値」(10/7)
本編第3回:世界各国はいかに、競争力を高める教育を実現したか(10/14)
本編第4回:トップ大学を擁する米国教育、その光と影(10/21)
本編第5回:出入り自由、転学も自由のドイツの「デュアルシステム」(10/28)
本編第6回:アジア型詰め込み教育、北欧の「考える」教育(11/4)

日本には「学び直し」の場がない

次に、世界の「社会人教育」の現状を見ていきましょう。世界では、社会人になってから、大学や大学院で学び直す人が非常に多いです。図-29を見ていただきたい。再教育をするために高等教育機関に戻ってくる社会人の割合が、OECDの平均では全体の20.4%です。日本はわずか3.1%。OECDの中でもずば抜けて低い数字です。
 29

理由は二つあります。一つは、そもそも「学び直し」という概念が一般的でない。勉強は学校でするもの、学校を卒業したら勉強は終わりだと考えている人が多いのです。本来、勉強は一生続けていくものです。卒業から5年、10年と時間が経てば、新しいこと、学ぶべきことがたくさん出てくるはずです。米国には、学び直しのためにもう一度マスターコースに行く、働きながら時間をつくってドクターコースに行くという人がたくさんいます。

二つ目の理由は、「戻る価値のある大学・大学院がない」ということです。20年前と同じ講義をする教授の話を聴いても実りはありません。めまぐるしく環境が変化し続ける21世紀において、学び直しのモチベーションがない、その場所もないということは由々しき問題です。

グローバル企業はいかにして後継者を選ぶか

●日本型採用・人事制度の問題点

そもそも日本企業では、人材の採用、教育、幹部選別方法に問題があります。新卒一括で採用し、中途採用は外様扱い。年功序列で昇進し、花形部門から社長を選抜するという従来のやり方を続けている企業が非常に多いです。このような方法では、社員が自ら学ぼうというイニシアティブが働きにくくなります。

世界に目を向けると、グローバル企業は採用方式や幹部候補の選別方法を大きく変えています。世界中どこで採用した人間も、国籍に拘わらず社長までの距離は同じです。能力を見きわめて幹部候補生を選び、彼らを集中的に教育・評価する。最終的は4、5人に絞って後継者を決めていきます(図-30)。
 30

●世界の一流企業の人材採用の仕組み

図-31、世界の一流企業の人材採用と、人事ファイルの仕組みを見ていただきたい。そもそも一括採用という仕組みはないので、その都度個別に採用します。どういう人材を採るか、決めるのは社長です。人事部任せにせず、社長が自ら用意した質問を基に、面接官が面接を実施します。
 31

面接のノウハウもデータベース化します。採用後5年、10年経つと、パフォーマンスがいい人材、そうではない人材が分かります。いい人材を採用した面接官と、そうではない面接官を比較し、データベース化することで、採用に向いている人間と、向いてない人間が分かります(図-31)。

●GEとIBMの後継者選定方法とは?

幹部候補者を選定する際に、たとえばGEやIBMでは、まず10万人の中から200人ほどを選びます。米国にある世界トップレベルのリーダー育成機関「クロトンビル」で彼らに徹底的な教育をして、最終的に5人くらいの後継者候補を選定します。その後、候補者にそれぞれ違うタスクを与えます。その結果、一番顕著な業績をあげた人間、GEならGEの将来的な課題を解決するのに最適な人間を選ぶのです。選ばれなかった候補者も、まったく心配ありません。これだけの競争に生き残った人間は、米国中の会社で高給待遇を受けられます。

2001年、GEの天才経営者だったジャック・ウェルチ※21は、ジェフ・イメルト※22を次のCEOに選びました。伝説と呼ばれた経営者の後、GEほどの巨大企業をリードしていくのはさぞかし大変だろうと思われましたが、ふたを開けてみれば、イメルトは大きな改革を成し遂げ、ウェルチよりも業績を伸ばしています。

それから、IBM中興の祖、ルイス・ガースナー※23の後を引き継いで、2002年にCEOに就任したサミュエル・パルミサーノ※24も、問題なく業績を伸ばしました。企業トップが人事にコミットするという後継者選びの仕組みが作り上げられているからこそ、経営者が変わっても、継続的な成功が可能になるのです。

※21 ジャック・ウェルチ:米国の実業家。20年間にわたりGEのCEOを務めた。1999年には、米誌「フォーチュン」で「20世紀最高の経営者」と称賛されている。

※22 ジェフ・イメルト:米国の経営者。1982年にGEに入社し、医療システム部門のCEOを経てGEの会長兼CEOに就任した。

※23 ルイス・ガースナー:米国の経営者。アメリカン・エキスプレス社の会長兼CEO、RJRナビスコの会長兼CEO、カーライル・グループの会長を歴任し、IBMのCEOに就任した。

※24 サミュエル・パルミサーノ:米国の経営者。2002年から10年間にわたってIBMのCEOを務め、IBM会長に就任。

日本企業の「シャープ現象」

日本では、優れた経営者のいる大企業ほど「アラブの春」化しやすいのです。どういうことかと言うと、リビアにしてもエジプトにしても、独裁者を追放したのはいいけれど、その後の指導者が現れず、組織ができない。同様に、カリスマ経営者が退いた後、後継者に恵まれず勢いを失っていく会社が多いのです。パナソニック、シャープ、どこもこのような状況です。私はこれを「シャープ現象」と呼んでいます。GEやIBMのような後継者選定システムがあれば、このような事態は起こらないのですが。

日本の場合、優れた経営者が会社をつくっても、肝心の人事制度、後継者選定制度が整っていないことが多い。幹部候補者が5人いるなどという贅沢は望むべくもありません。それどころか、日本の大手電機メーカーの多くは内輪もめを抱えています。

東芝も、NECも富士通もそうです。中には訴訟に至るケースもあります。外の敵が強すぎるので、内ゲバが始まる。学生運動の末期と同じです。

そのために、経営者は、自分の寝首をかかないだろうと思う人間を後継者に選んでしまう。これでは、世代交代はうまくいきません。グローバル企業のような仕組みを整えなければ、日本企業は「シャープ現象」から抜け出せません。

日本も北欧型の教育に舵を切る必要がある

これまで述べてきたことを整理します。図-32を見ていただきたい。
 32

国、地方、学校、親(家庭)の四つの単位で、21世紀型の教育に大きく舵を切る必要があります。日本、シンガポール、イギリス、フィンランド、ドイツ、スイス、米国とありますが、パーフェクトな制度を持つ国はありません。

かつて日本の教育は、工業化社会をつくるという目標を達成することに成功しました。では、これから先どうすべきか。今後は確実に少子化、人口減少が進みますから、北欧型に舵を切ることが必要です。すべては無理でも、少なくとも教育の一部は、文科省の全国一律の指導要領から自由にすることが望ましいでしょう。

日本の教育が目指すべき方向

●社会性のある人間をつくる

21世紀の教育が目指すべき方向ははっきりしています。「社会性のある人間をつくる」「食べていく手段を身につけさせる」の2点です。前者は義務教育、後者は大学の役割です。そのために、義務教育を高校まで延長し、優れた人材にはメンター、ファシリテーターをつける。大学は職業訓練学校だと割り切り、場合によっては自治体や企業と組んで、デュアルシステムを導入することが有効ではないかと思います(図-33)。
 33

●教育が変われば世の中が変わる

まずは日本全体で、国の人材力・国力の低下に対する危機意識を持つことが必要です。人材は、国力を高める上で一番大きな武器になりますから、日本も生き残りをかけて、人材育成・教育に正面から取り組まなければなりません。

教育システムを変えると、世の中は5年で変わります。親が変わり、企業も変わります。「20年かかる」と言う人もいますが、私が見た韓国、フィンランド、デンマークは5年で大きく変わっています。小手先の改革ではなく、本質的な考え方を変えることで、新たな価値観が社会全体に広がっていくはずです(図-34)。
 34

政府・個人・企業はどうすべきか

●学校を自由に選択できる「教育バウチャー制」

最後に、日本の教育を改革する上で、政府、個人、企業がどうすべきか、それぞれまとめておきます。

まず政府は、教育の目的をはっきりさせる。「世界のどこでも通用する人材」を育てることを目指し、義務教育は社会人の育成、大学は世界のどこでも稼ぐことができる能力の習得を最終目標とします。

「教育バウチャー制」を導入し、親に教育バウチャー(使用目的を教育に限定した引換券)を交付して、親が自由に学校を選択できるようにします。現行の制度のように、文科省が学校に定額の交付金を出すのではなく、学校を競争にさらすのです。中学・高校の教育費に、日本は1人につきおよそ70万円かけていますから、70万円分のクーポンを最初から親に与えます。学校は集まったクーポンの額に応じた補助金を受け取る仕組みにすれば、選ばれなければ学校経営が成り立たないため、一気に改革が進むと思います。

●親が教育の主導権を握る

その上で個人としては、やはり親が教育の主導権を握ることが大切です。学習指導要領のエージェントと化した先生、学校に任せきりで、子供が家に帰ってきたら「宿題やりなさい」などと言っているようでは駄目です。学校の先生の言いなりになるのではなく、子供に責任感、社会性、思いやりなどを教えながら、適性を見きわめてテーラーメイドの教育をすることが、子供の能力を引き出すことにつながります。

●採用するなら30±2歳まで

企業も新卒一括採用をやめる。1人ずつ個別採用で、30±2歳くらい、28~32歳の人を採るのです。給料も個別に決めます。大学を出たばかりで実務遂行能力のない新卒を採ると、社会に順化させるために6年間は投資が必要になります。私の経験則から言って、だいたい28歳以上で、社会人としての基本が身についた人材を採用するのがいいでしょう。逆に、32歳を過ぎた人材は前の会社で10年働いているので、良くも悪くも前の会社の色に染まってしまっている。ということで、30±2歳というのが、私の見つけ出したゴールデンルールです。

文科省は変わりませんから、まずは皆さんの会社で危機感を持って採用方式を変える、家庭で子供の教育を変える。ここから始めるしかないだろうというのが私の結論です。

(大前研一向研会定例勉強会『世界の教育トレンド(2013.6)』より編集・収録)

*次回は12月上旬に掲載予定です。次回からは『大前研一ビジネスジャーナル No.7』の内容を掲載します。本連載は毎週水曜日に掲載します。

『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』の購入・ダウンロードはこちら
■印刷書籍(Amazon
■電子書籍(AmazonKindleストア
■大前研一ビジネスジャーナル公式WEBでは、書籍版お試し読みを公開中(good.book WEB
N00311-cover