「Wiiの奇跡」から10年。帰ってきた「ザ・プラットフォーマー」

2017/9/4

任天堂、「賭け」に出る

ついに「ゲームの王者」が帰ってきた──。
「ニンテンドースイッチは、テレビゲームのプレイスタイルを多様化させる、新しい家庭用据え置き型ゲーム機です」
2017年1月13日、任天堂の君島達己社長は、5年ぶりとなる新たなゲーム機「ニンテンドースイッチ」の全貌を発表した。
ニンテンドースイッチの全貌を発表する、任天堂の君島達己社長(写真:Bloomberg / GettyImages)
スイッチは、リビングでテレビに接続してプレイできる「家庭用据え置き型ゲーム機」でありながら、タブレットのような手元の画面をそのまま持ち出すことで、どこでもゲームの続きを楽しめる。
ゲームの途中であっても「携帯型ゲーム機」にシームレスに“スイッチ”して、例えばカフェのソファでも、まるでリビングのテレビゲームのようにリッチなゲームを体験できる。まさに任天堂らしい独創的なゲーム機だった。
しかし、3月に発売されるまでの世間の反応はといえば、「失敗した前作Wii Uと全然変わらない」「また絶対に失敗する」という、極めて厳しいものだった。
株式会社ポケモンの石原恒和社長もその1人だ。スイッチのスペックを知った約2年前、まだ存命だった岩田聡・前任天堂社長と情報交換する中、「こんなハード、絶対売れませんよ」と釘を刺した。
ところが、である。ふたを開けてみれば、3月の発売以降、スイッチは日本のみならず、世界中で飛ぶように売れている。
かつて任天堂がファミコンやWiiを生み出してきた時代とは、今は訳が違う。スマートフォンを1人1台持ち、約7割が毎日スマホゲームで遊んでいると言われる中、ただでさえゲーム専用機は売れないご時世だ。
スイッチは携帯ゲーム機としてみれば、スマホには当然ついているインターネットとの常時接続機能もなければ、GPS機能もついていない。
家庭用ゲーム機としてはコントローラーが小さすぎる一方で、携帯ゲーム機としてはやたらに大きく、すぐに電池が切れてしまう。失敗することは、火を見るより明らかだったはずだ。
だが、任天堂は自ら「信じる道」を突き進んだ。
任天堂スイッチを買うために、家電量販店には大行列が出現した(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
9月1日現在も、スイッチは供給がまったく追いつかず、品薄状態が続いている。
定価は2万9980円(税抜き)と3万円未満に抑えたにもかかわらず、入手困難でプレミアムがつき、転売市場では一時5万円を超える価格高騰が起きているほどだ。
任天堂は、「賭け」に勝ったのだ。

Wii U失敗の「教訓」

任天堂が今回、スイッチで目指すべきことは明確だった。それは、2012年に発売した前作「Wii U」で成し遂げられなかった、「リビングの主役になる」ということだ。
リビングにおいて、それなしではいられない存在へ──。
しかし、リビングでの生活スタイルは日々進化している。近年では、テレビはNetflixやAmazonビデオなど、定額制の動画サービスが、その時間を占拠しつつある。
そこで任天堂が出した「答え」は、おそらくこういうことだ。
リビングでは大勢が集まってゲームもできる一方で、テレビという条件に拘束されることなく、1人でもゲームができる「時間」を確保する。
そのためには、手元でもゲームに専念できるサイズの「画面」に“スイッチ”させればいい──。
かつて誰も見たことのない“あの形”になったスイッチは、こうして任天堂が描いた通りに、人々に受け入れられつつある。
(写真: Future Publishing / Future / GettyImages)
さらに任天堂は今回、「Wii U」の失敗から学び、実に用意周到だった。
まず、開発段階から、外部のゲームソフトメーカー、いわゆるサードパーティーを巻き込み、彼らが開発しやすい環境を整えた。
これまでなら、数あるゲームソフトメーカーが任天堂のゲーム機向けにタイトルを出したいというときには、「“京都詣で”がつきものだった」(業界関係者)。
任天堂と厳しい契約を交わし、任天堂の基準で質が担保されなければ最終的に出せないなど、やりにくさがあったという。
実際、前作のWii Uでは、独創的すぎるゲーム機でありながら、普及台数も任天堂のゲーム機史上、過去最低を記録したとあって、サードパーティーがついてこなかった。こうしてタイトルが充実しなかったことが、失敗の大きな要因の1つとなったのだ。
しかし今回は、スイッチの開発段階からハードウェアの情報を開示し、ソフトの開発環境を構築すべく、外部企業にも協力を要請。広く門戸を開いた。
これを受けて、すでにスイッチは発売半年で早くも100本を超えるタイトルが揃うばかりか、個人で活動するクリエイターも10万本の売上を超えるヒット作を生むという、サクセスストーリーが既に誕生している。
「スマホ向けにゲームを作ろうとしていた企業から、スイッチ向けに切り替えたいという要望が増えています」(ゲーム受託開発企業)
スマホに奪われたゲームの「プラットフォーム」の主役が今、再びスイッチに回帰しつつある。
(写真:Bloomberg / GettyImages)

任天堂とアップル、2人のイノベーター

「花札」にルーツを持つ任天堂は、かつて「遊びをデザインする」イノベーターだった。
例えば、今やゲーム機の一般的な入力インターフェースとなっている「十字キー」を発明したのも任天堂だ。
さらに任天堂という企業を「世界のNINTENDO」に飛躍させたのは、2004年の携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」と、2006年の家庭用ゲーム機「Wii」だっただろう。
ゲームの進化に伴い、コントローラーが複雑化していったことが一般ユーザーをゲームから遠ざけたと考えた任天堂は、DSでは「タッチパネル」、Wiiでは「Wiiリモコンを振る」という、シンプルな入力インターフェースを提案。
これにより、「ゲーム人口の拡大」という成功を収めたのだ。
ところがWiiの発売の翌年の2007年。任天堂を脅かすもう1人のイノベーターが、革命的な商品を世に出した。アップルの「iPhone」だ。
テクノロジーアナリストの泉田良輔氏は、「アップルは、ニンテンドーDSのタッチパネルにさらなる自由度を与えることで、新しいユーザー体験を提供することに成功した」と指摘する。
実際に、ゲームの主戦場は以降、アップルが生んだスマートフォンにシフトした。任天堂が掲げた「ゲーム人口の拡大」は、皮肉にもゲームとは異なる分野から現れたイノベーターの手によって、完全にその“お株”を奪われたのだ。
そして任天堂は、そんなスマホゲームとは距離を置き続けた。
世間からは、いつしか任天堂は「スマホに出遅れた」「もはやかつての輝きを失った」と評されるようになった。

独創的な商品を出し続ける「秘密」

任天堂とアップル──。ゲーム専用機の王者と、スマートフォンという汎用機の発明者という、2つの企業の関係は、実に興味深い。
共に、ハードウェアの入力インターフェースでイノベーションを生み出し続け、新たな市場を創り上げてきた。
アップルのキャッチコピー「Think different.」(写真:Gilles Mingasson / Hulton Archive / GettyImages)
アップルの哲学である「Think different」と、任天堂の哲学である「よそと同じが一番あかん」というのも、どこか似た印象を受ける。
何より、故・岩田聡氏自身、アップルのファンであり、MacBookからiPhoneまで、アップル製品を愛用していたという。
そんな2社が一気に距離を縮めたのは、2016年9月。
アップルのイベントに、マリオの生みの親として知られる宮本茂・任天堂代表取締役がサプライズ登壇し、iPhone向け「マリオ」の12月配信を発表したときだった。
 (写真:Chesnot / Getty Images Entertainment / GettyImages)
宮本氏自身、このiPhone向け「マリオ」の開発でアップルの協力を得たことを振り返り、「アップルもインターフェースにこだわり、シンプルな使い勝手を実現しているところは、任天堂と似ています」とインタビューで述べている。
常に互いをリスペクトし、時には協業して距離を縮める一方、時にはライバルとしてぶつかりあう。
そして、今。
アップルはiPhoneを発明してから4年後、56歳という若さでスティーブ・ジョブズという天才を失った。一方の任天堂は、Wiiの発明から9年後の2015年、岩田聡というWiiやDSを生んだ天才を55歳という若さで失っている。
そんな圧倒的なカリスマを失った任天堂とアップルは、カリスマなき後、これからも世の中に驚きをもたらし続けてくれるのか、疑問を抱かれるようにもなった。
 2015年、55歳という若さで急逝した岩田聡・任天堂前社長(写真:Handout / Getty Images News / GettyImages)
その両社が今、WiiとiPhoneの登場から約10年の時を経て、水面下で正面からぶつかっている。
現在も品薄状態が続くスイッチの増産体制と、今年10周年モデルの発売を控える次世代iPhoneが、中国の生産工場で電子部品を奪い合い、需給が逼迫しているという。
共に自前の工場を持たないファブレス企業であり、これら2社の生産を手掛けるのも、同じ台湾企業の鴻海精密工業(フォックスコン)だ。
これからも部品を優先して安定的に調達するには、資本力や生産台数、そして人々の「圧倒的な支持」を得られるかが勝負になる──。
本特集では、日本を代表するイノベーター、任天堂が独創的な商品を世に問い続けることができる「秘密」に迫っていく。
まず、任天堂をつくりあげてきた「天才たち」と古くから親交の深い、ほぼ日社長の糸井重里氏に、スイッチのヒットの背景から、任天堂イズムとは何かまでを、たっぷりと聞く。
【糸井重里】スイッチは、任天堂らしい「答え」だったと思う
また、スイッチを即購入し、分解して中身を分析したという、メディアアーティストの落合陽一氏。
自身もゲーマーだという落合氏に、スイッチの「ハードウェア」としての魅力や任天堂のポテンシャル、そしてゲームの未来について解説してもらう。
【落合陽一】任天堂はアニメ、プレステはハリウッド。超チャンスがある
特集中盤では、任天堂という会社が生み出してきたイノベーション史や歴代の天才たちを紹介していく。
当たれば天国、外れれば地獄の「バクチ経営」を成立させてきた仕組みについても分析を試みる。
【スライド】天国か地獄か。天才たちが生んだ任天堂「バクチ経営」
さらに特集後半では、任天堂がついに進出したスマホゲームの行方を見ていく。
果たしてスマホ版「マリオ」で得られた評価や収益は、任天堂の想定した通りだったのか。
そして、2015年3月に発表したDeNAとの提携は、うまく機能しているのか。
ガチャか買い切りか。悩める任天堂「スマホ課金」の大実験
そして最後に、海外から見た任天堂の魅力や、海外展開における課題についても、詳しく見ていくことにしよう。
ハリウッド最新「セガvs任天堂」原作者が明かす、ニンテンドーの秘密主義
輝きを失ったと誰もが思っていた「僕らの任天堂」は、果たしてこれからも「驚きの遊び」をわれわれに提案し続けてくれるのか──。
任天堂の「逆襲」が始まった。
(デザイン:砂田優花)