グランパス豊田章夫就任

トヨタ社長が名古屋グランパスの会長に就任

豊田章男の野望はJリーグに革命を起こすか?

2015/4/29
これまでトヨタはJリーグの地域密着の構想に賛同し、前面に出ることを避け続けてきた。だが、ついに潮目が変わろうとしている。4月中旬、トヨタ自動車の豊田章男社長が、名古屋グランパスの会長職に就任した。トヨタの人間がグランパスの会長になるのは初めてのことだ。いったい名古屋で何が起きようとしているのか?

トヨタは財布ではない

日本を代表する大企業のトップがJリーグのクラブに参画すれば、誰でもビッグクラブの誕生を期待するだろう。

4月16日に名古屋市内で行われた就任会見には、サッカー記者だけでなく、たくさんの経済記者も駆けつけた。

会見では、早速、“トヨタマネー”に関する質問が飛んだ。「トヨタの支援によって大型補強が実現するのか?」と。

だが、豊田章男氏ははっきりと首を横に振った。

「私は財布ではありません。それにトヨタといえば、社長の言うことを社員が聞かない会社としても有名です。私がグランパスの会長になったからといって、おカネを出せるわけではありません」

GMから代表取締役に昇格した久米一正氏も、会長の主張を後押しした。

「すぐに(トヨタに頼って)予算規模を2倍、3倍にするのは難しく、プロセスを踏む必要があります。10億円増やすことすら、サッカー界では大変なことであることを忘れてはいけません」

資本金5億円の壁

せっかく会長になったというのに、なぜ豊田氏は控え目な姿勢を崩さないのか?

そこには2つの理由がある。

1つ目は「資本金5億円の壁」だ。

今、グランパスにとって頭が痛いのは、赤字の解消だ。

Jリーグは2013年にクラブライセンス制度を導入し、クラブの累積赤字が資本金を越えるとJ2に強制降格させられることになった。

昨年の経営開示によれば、グランパスの累積赤字は約3億6000万円。それに対してグランパスの資本金は4億円である。崖っぷちがすぐ目の前に迫っていたのだ。

トヨタの経済力をもってすれば何てことのない額であり、すぐに増資すればいいのだが、彼らにはそれをしたくない事情がある。

クラブ関係者が語る。

「資本金が5億円以上になると日本の会社法によって『大会社』と見なされ、組織を改変しなければならなくなる。たとえば会計監査人の設置義務が生まれる。トヨタとしては、現行の中規模の会社組織にとどめておきたいのが本音です」

ちなみに浦和レッズの資本金は1億6000万円、ガンバ大阪は1000万円だ。

地元企業への配慮

そして2つ目は、“五摂家”への配慮である。

これまでグランパスは、トヨタだけでなく、“五摂家”と呼ばれる名古屋の企業(名古屋鉄道、中部電力、東邦ガス、松坂屋、東海銀行〈現・三菱東京UFJ銀行〉)によって支えられてきた。

いかにトヨタが“五摂家”に配慮してきたかは、グランパスの過去の会長の顔ぶれを見ればわかるだろう。歴代会長は中部電力から5人、名古屋鉄道から1人が出たのみ。トヨタから会長に就いたのは豊田氏が初めてだ。

これまでの経緯を考えると、いきなりトヨタ一色に染めると角が立つ。内部事情がブレーキになった。

クラブ人事からわかるトヨタの本気度

しかし、ブレーキが外れるのは、時間の問題かもしれない。

今回のクラブ人事から、トヨタの本気度が透けて見えてくるからだ。

豊田氏の会長就任、久米氏の社長就任に伴い、これまでグランパスの社長を務めてきた佐々木眞一氏が新副会長になり、トヨタから出向の中林尚夫氏が専務に就任した。

組織として異例の決定となったのは、この4人がいずれも代表権をもつということだ。

豊田会長は理由をこう説明する。

「この規模の会社で代表者が4人というのは、トップヘビーではある。ただ、グランパスは選手とサポーターが主役の組織。われわれフロントは応援団。4人がひとつになって、それぞれの得意分野を生かしながら横一線でやっていきたい」

4人にはそれぞれ“得意分野”があり、それをうまく組み合わせれば、トヨタとグランパスの関係が強固になることが期待できる。

たとえば、佐々木氏はグランパスに来る以前はトヨタに在籍しており、関係者によれば「トヨタグループ各社に影響力があり、さまざまな働きかけができる」。

また、中林専務はトヨタからの出向の身なので、両者のパイプ役としてうってつけだ。

そして言うまでもなく、豊田氏の会長就任によって、トヨタのトップとグランパスのトップが同一人物になったことが最も大きい。

昨年までGMだった久米社長は、ここまでの苦労をこう説明する。

「これまで強化費や運営費を増やすために、株主総会やトヨタ側との折衝に相当な神経を使ってきた。今後はスムーズにコミュニケーションを取れることが期待できる」

豊田会長がもたらす意識改革

トヨタからもたらされるプラスは、資金だけではない。

豊田氏の会長就任を受け、トヨタはグランパスに世界トップの自動車企業と同じ水準の経営努力を求め始めたのだ。

クラブ関係者はこう語る。

「トヨタ側の人間には『リーグの中では決して少なくない金額(強化費約21億円)を使っているにもかかわらず、この成績はおかしい。まずは現状でも成績向上をしないといけない』と言われています」

掲げる目標も、トヨタ基準である。

「将来的にはFIFAクラブW杯の決勝に、グランパスが立ってほしい」

現時点ではまだグランパスの経営には甘さが目立ち、トヨタが大金を注ぎ込む価値のあるクラブではないかもしれない。だが、トヨタ式の“カイゼン(改善)”を繰り返し、プロクラブとしての土台が固まってきたら──。

かつてない額の資金が、グランパスに注ぎ込まれるかもしれない。