2024/1/2

【市川沙央】「障害者で初の芥川賞」から考える本当の多様性

「紙の本を読む行為」について、疑ったことがあるだろうか。
私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、──5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。
こんなドキッとする一節が描かれているのが、2023年の芥川賞受賞作『ハンチバック』だ。
この衝撃作を生んだのは、重度障害を抱える市川沙央(いちかわ・さおう)さん。
芥川賞の贈呈式では、「読書バリアフリー」が進まない現状に殴り込みをかけるようなこの作品について、「怒りだけで書きました」とも語り、話題を呼んだ。
市川さんは、この作品で何を伝えたかったのか。そして、いまどんな景色で日本社会を見ているのか。NewsPicks編集部が書面でやりとりしながら、インタビューを行った。
INDEX
  • 当事者だから書けることがある
  • 「紙しか勝たん」世界は偏っていた
  • 障害者は「隔離」されている
  • 「良くなった」は毒であり薬
  • 「老障介護」「親亡き後」問題
  • 「見ないふりをしてきたもの」を見る
  • 次作は「ヤクザ」を書きたい
  • 悲観思想は居心地が悪い

当事者だから書けることがある

市川さんが手がけた『ハンチバック』の主人公は、通信制大学に通う重度障害者の女性、釈華(しゃか)。

背骨が湾曲していく病気「先天性ミオパチー」を抱える彼女は、裕福な両親が残してくれたグループホームで暮らす。

社会との接点は、大学かインターネットだけ。
そのため「心も、肌も、粘膜も、他者との摩擦を経験していない」。

自らを「せむし(ハンチバック)の怪物」と自嘲する彼女は「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶する」という摩擦にまみれた夢を抱く──。

『ハンチバック』の中で、彼女は自身をこう表現する。
──市川さんは、『ハンチバック』以前からライトノベルなどを執筆され、通信制大学でも論文を書き上げています。『ハンチバック』を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
第一は、まだ書かれていない題材で純文学の応募作を書こうと思ったことです。
近年のフェミニズム文学の隆盛の中にも重度身体障害者であり女性である主人公の物語はありませんでした。