2023/11/4

【糸井×為末】「自分の中心」が分かるとリラックスできる

Deportare Partners CEO
昨日より今日、今日よりも明日…。仕事でも料理や洗濯などの日常生活であっても、少しずつ上達すると楽しいものだ。
最初は何気なく始めたことも次第に基本のスタイルが確立され、どんどん「らしさ」が出てくる。大なり小なり、誰もが一度はそんな経験をしたことがあるだろう。
本連載では、こうした「熟達」をテーマに各界の第一人者にその方法論を聞いていく。聞き手を務めるのは、元陸上選手の為末大氏だ。
スプリント種目の世界大会で日本人で初めてメダルを獲得した為末氏は、短距離走の熟達のプロフェッショナルでありながら、他の業界との共通点を探し続けてきた。
そのメソッドを1冊にまとめた『熟達論』をベースに、あらゆる角度から質問を投げかける。
初回のゲストはほぼ日代表の糸井重里氏だ。2人の対談は熟達から「人間」という壮大なテーマにまで及ぶ。
奥深いけれどどこかゆるい、人間探究の世界へ、ようこそ。脱力しながらスクロールしてほしい(第2回/全3回)。
糸井重里(いとい・しげさと)
ほぼ日代表
1948(昭和23)年、群馬県生まれ。ほぼ日代表。コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、ゲーム制作など多岐にわたる分野で活躍。1998年にスタートしたウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」では、『ほぼ日手帳』をはじめ、AR地球儀『ほぼ日のアースボール』、「人に会おう、話を聞こう。」をテーマにアプリ・Webでお届けする『ほぼ日の學校』など様々なコンテンツ開発、企画を手掛ける。
為末大(ためすえ・だい)
1978(昭和53)年、広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2023年11月現在)。現在は執筆活動、身体に関わるプロジェクトなどを行う。45歳を迎える本年、初めて文章執筆した『熟達論』を刊行

身体が“セグウェイ化”する瞬間

為末 熟達の五段階のうち、四段階目が「心」です。
遊びによって熟達の道が開かれ、型を会得することで覚えたことを無意識的に行えるようになり、今度は型を構成する構造が見えてきます。すると、「ここを押さえればうまくいく」というのが分かる。
この核となる部分が「心」であり、「自分らしさ」とも言い換えられると思っています。
糸井 僕はずっと広告屋でしたから、商品らしさとか、ブランドらしさとか、そういったものを表現し続けてきました。
でも、「らしさ」とは脆いものですよね。「らしさ」を表現すると、みんなが寄ってきてくれます。ただ、それは言い換えると「逃げられない」ということでもあるので、難しくもあります。
例えば、僕が「ちょんまげの人」として認知されたければ、いますぐにちょんまげにすればいいと思うんです。そのうち、「糸井重里=ちょんまげの人」として認知してもらえるでしょう。
ただ、ちょんまげを切ってしまうと、「あれ、そんな人いたっけ?」と忘れられてしまいます。
個性とは、そんなものです。「ちょんまげの人」とあだ名が付けば、個性が生まれたような気がしますけど、それによって分かってもらえないことも増えます。『ゲド戦記』ではないですが、名前を呼ばれてしまうことには、少なからず弊害がありますよね。
そういうことを考えていたからこそ、この段階で「心」という表現をしたことに感動したのです。ここでいう「心」が意味するのは、ハートではなくコンパスの中心ですよね。揺るぎない「心」がなければ本当の意味でうまくいかないことが多いので、それを再認識させてくれて、もう真夜中に快哉でした。