日本テニスレボリューション (1)

1日のエネルギーレベルを一定にする秘訣

ビジネスにも生かせるプロテニス選手の食生活

2015/3/14
プロテニスプレイヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキングを5位とする快挙を成し遂げた。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、現マリア・シャラポワのトレーナーである中村豊氏にプロテニス界の現状、スポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについて聞く。4回目はビジネスにも生かせる食生活などについて聞く。
第1回:私と錦織圭をつないだ不思議な縁
第2回:錦織圭は、指導者を超える選手だ
第3回:シャラポワが圧倒的に他の選手と違う理由

間食を取り入れて血糖値を保つ

――今回はテニスプレイヤーの食生活について聞かせてください。ビジネスにも参考になりそうな食生活の話はありますか?

中村:やはり、ビジネスパーソンにもアスリートにも共通しているのは、1日の中に大切な時間があることです。ビジネスだと、会議やプレゼンなどがありますよね。そこに向けてどうピークをつくるかが大事です。1日のエネルギーレベルをある程度一定にしておかないと自分の思考回路が上手に動きません。1日2食にしてしまったり、朝食を抜いてしまうと集中力が続かなくなります。

だから、朝食を取ることは大事ですし、昼食や夕食の間にも間食を上手に取り入れて1日のエネルギーを上下させないようにすると、パフォーマンスは充実していきます。

――エネルギーを一定に補給しないと思考能力が落ちるというのは理論的にデータとして出ているのですか?

中村:そうです。それには血糖値が関わっていまして、その血糖値が上下すると思考に影響が出ます。上がっても、下がってもダメ。血糖値を正常な状態に保つことが必要です。そのためにはエネルギーと水分が一定の間隔で入ってこないといけません。

――日本では間食をすると太るというイメージがあって、間食にあまりよい印象がありません。

中村:こちら(アメリカ)ではそんなことはないと思いますよ。例えば、私が好きな「スムージー」や「スポーツバー」を食事の合間に取ると健康にいいと考えられています。逆にそうすることで、食事のときに食べ過ぎることがなくなります。上手に間食すればダイエットにもつながるということです。

――例えば、午後の3時から会議だとして、中村さんならどのように食事を組み立てますか?

中村:まずは会議の30〜40分くらい前の水分補給が大切ですね。水を飲まないと血糖値が上がるので。あとは少しのリンゴやバナナといったちょっとした果物を食べるのもコツです。

――サッカードイツ代表のトレーナー、マーク・バーステーゲンの本を読んだら、ナッツなどもいいという話が書いてありました。

中村:ナッツもいいですね。ナッツや果物・野菜類をパックに入れて持ち歩くのが理想です。そういったものが手近にあれば、やっぱり食べると思うんですね。準備するのには少し手間がかかりますが、それができるかどうかも意識の問題です。そうでないと、周囲に流されて、周囲の人たちが食べている高カロリーなものを食べてしまいます。

——食事面に関して、選手にはどのようなアドバイスをしていますか?

中村:まずは試合前に食べるべきもの、試合後に食べるべきものというものがあるので、そのルーティンを守らせます。また水分補給なら、1日にある程度の量を飲まないといけないですね。体重によって飲むべき量は変わってきます。あとは、練習時間に対しても水分を飲む量を理論に基づいて出せるので、その通りに飲むことを徹底させます。

——試合前に食べるものは、先ほどのバナナやリンゴといったものが多いですか?

中村:そうですね。あとはスムージーやジェル状の液体の食べもの。柔らかいものは体に吸収されやすいので、胃に負担がかからないし、脳がより活性化されます。

——スムージーを作るのには手間もかかりますね。

中村:トップ選手になれば、周りのスタッフが作ってくれますが、ランキング下位の選手は自分で作らなきゃいけないことが多いですね。でも、意識が高ければ自分で作ることができると思うんです。そういったことができるか・できないかの違いが、数カ月後、数年後にトップに行けるかを左右すると思います。

中村豊(なかむら・ゆたか)アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。公式サイト:yutakanakamura.com

中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。
公式サイト:yutakanakamura.com

人気や放映権があってこそ

——テニスでは試合の開始時間が昼と夜で調整が変わってくると思うのですが、前日に試合時間が決まることが多く、選手は大変なのでは?

中村:確かに大変ですが、テニスではジュニアの時から、そういった試合時間が読めない環境で育っています。週末の大会に申し込んでも、土曜日の試合の開始時間がいつになるのか、前日の金曜日の夜まで分からない時もあります。もう慣れているんですね。

だから、試合に対して自分でのウォームアップの仕方や食事、そして気持ちの高め方など、ジュニアのときから学んでいかなければいけません。そこも差がつく部分です。

——シャラポワ選手など、やはり人気があるためどうしても夜に試合が組まれることが多いと思います。これは人気や放映権を考慮してのことだと思いますが、選手の心理状態にも影響しますか?

中村:人気や放映権があってこそ、プロスポーツが成り立っているわけです。それは若い時にはなかなか理解できないと思うのですが、ベテランになると理解していきます。シャラポワもテニスに貢献するという意識は年々高まっています。まあ、夜の試合に関しては、みんな結構好きなので大丈夫だと思います。

日本人にもチャンスは絶対にある

——大会中、試合を重ねるごとに体力は落ちるものだと思いますが、肉体的にはどんなメカニズムが働いているのでしょうか?

中村:ここで大事なのは、選手の気持ち次第で、体の力学というのはかなり変わってくるということです。例えば、100%で挑むと力みますよね。それが良い場合もあれば、力みすぎて乳酸がたまるということもあります。

——筋肉には速筋、遅筋とありますが、一般的にテニス選手はどちらの割合が多いでしょうか。

中村:テニスはその両方が必要なスポーツです。例えば、高速サービスを打つには速筋が必要です。一方、長時間の試合に対応するには、遅筋が必要になってきます。そこがテニスの面白いところであり、トレーナーとしてもチャレンジできるところです。だから、トレーニングでも速筋系、遅筋系と両方やっています。だからこのテニスというスポーツは、すべてをオールラウンドにこなせるアスリートでないと難しいですね。

——セレナ・ウイリアムズは見るからに速筋ですよね。

中村:速筋ですね。でも、トップですから当然彼女には遅筋も備わっています。あとは、彼女は感情的になることもあるので、そこもポイントです。女子は試合中に感情的になる選手が多いのですが、その感情のバランスを保つためにも血糖値を保つことが大事になります。感情を2時間、3時間の試合を通してバランスよく保たないと勝てませんから。

——錦織選手はどういったタイプなんでしょう。

中村:彼もけっこう速筋タイプですね。彼のふくらはぎや大腿四頭筋やお尻の筋肉の引き締まり方を見れば分かります。もちろん遅筋も備わっているので、彼はバランスよく体が出来上がっている選手です。

——錦織選手といえば、持久戦に強いという印象があります。

中村:彼の10代のころを見ていましたが、やはり海外の選手とは体格に差がありました。だから、一発のショットで仕留めるというのはなかなか難しかったんですね。なので、持久力や粘りでの勝負となるのですが、だからこそ当時の彼には私も「体力的にも精神的にも絶対に粘りで負けるな」と指導していました。

——男子ではジョコビッチのような選手を見ていると、もう体格のよいフィジカルエリートで、他のスポーツをやっていてもトップになれたと思います。そんな中で錦織以降の日本選手が今後戦っていくには不安を覚えるのですが、どうでしょう。

中村:その体格のハンデがある中での戦いもテニスの面白さです。例えばボクシングには階級があると思いますが、テニスにはありません。心技体、そういったものを全てひっくるめた勝負になるわけです。

確かにジョコビッチは強い選手ですが、人間なので波が絶対にあります。だから、対戦することになったらその波を感じて、攻撃するときは攻撃、守るときは守るということを徹底できればチャンスはあります。だから去年の全米で錦織は勝てたわけです。

私がここまでテニスに関わってきて感じていることは、日本人のよさはやっぱり勤勉さです。ある程度の規律を与えると、それを上手に遂行できるんですね。だから、その規律をしっかり守れる選手に、指導者がちゃんと就いて環境を作っていけば、日本人にもチャンスは絶対にあると思います。

※本連載は毎週土曜日に掲載します。

(聞き手:上田裕・木崎伸也、写真提供:中村豊)