日本テニスレボリューション (1)

プロテニス選手から学ぶメンタル管理法

ミスをするにもどうミスをするかが大事だ

2015/4/4
プロテニスプレイヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキング5位という快挙を成し遂げた。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、現マリア・シャラポワのトレーナーである中村豊氏に、プロテニス界の現状やスポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについて聞く。5回目はテニス選手のメンタルなどについて聞く。
第1回:私と錦織圭をつないだ不思議な縁
第2回:錦織圭は、指導者を超える選手だ
第3回:シャラポワが圧倒的に他の選手と違う理由
第4回:ビジネスにも生かせるプロテニス選手の食生活

メンタルの強い選手、弱い選手の差は

――今回はメンタルについて聞かせてください。テニスは非常にメンタルが非常に重要なスポーツと言われています。中村さんから見て、メンタルの強い選手、弱い選手の差はどこにあると考えますか?

中村:選手のメンタルの強さや弱さは、目的意識を持って実際にアクションが出来ているかどうかにかかってきます。しっかりと準備し、目的意識を持っている選手は、試合で緊張する場面になっても落ち着いてプレーできます。

逆に、そこがしっかりしていない選手は、オドオドするなどボディランゲージがよくないですし、常に不安なまま試合を進めています。その結果は、自明ですよね。トップの選手で私が感じることは、勝負強さです。トップ選手は一番大切なところで緊張感を楽しむことができます。

また、テニスは、絶対にミスするスポーツですが、その後にどう切り替えるかがとても大事です。ミスからの切り替えは、人生やビジネスにおいても大切ですが、自分が目指した過程の中でミスしているのか、それともただ集中力を欠いてミスしたのかということは、同じミスでも全然違います。

だから、指導者として見ているのは、選手がミスした時のメンタルの保ち方です。ミスしても試合は続いていくわけです。練習にコーチはいますが、試合ではいません。ミスの分析や処理を一人で行わないといけません。その対処がうまくて、同じミスを繰り返さない選手は、伸びていきますし、勝負強い。

——そういったものは生まれ持ったものなのでしょうか。

そうですね。強い選手は、大切な場面で凡ミスを繰り返さなかったり、子供の時から気持ちが強いです。私の今までの経験からすると、錦織もシャラポワも、子供の時からその片鱗がありました。また、トップ選手は、相手が弱っていたり調子を落としていたりするときに、それに付き合わず、叩きのめすようなプレーが出来ます。フェデラーはまさにそうですね。常に自分の強さを突き詰めています。だからこそ、あの年齢までトップクラスでプレーができているわけです。

中村豊(なかむら・ゆたか)アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング・栄養・リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて、盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。公式サイト:yutakanakamura.com

中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。
公式サイト:yutakanakamura.com

競技年齢が伸びている

——フェデラーは今、33歳ですが本当にすごいですよね。もう10年以上トップクラスの座を維持し続けています。フェデラーに限らず、32歳のフェレールなどテニス選手の競技年齢が伸びている印象があります。

中村:競技年齢が伸びた一番の要因は、スポーツ医学が浸透した結果だと思います。スポーツ医学の考え方や健康管理をしっかりと日々の生活に取り入れている選手は、選手寿命が長い。以前は、30歳を過ぎたほとんどの選手は、パフォーマンスを落としていましたが、ちゃんと自己管理をしている選手は、30歳を過ぎてもパフォーマンスが上がっています。

——それはもちろんいいことだと思うのですが、ベテランがずっと強いと、若手の活躍が相対的に難しくなることはありませんか? 例えば、女子だと10年ほど前にはクライシュテルス、エナン、シャラポワのような勢いのある若手がいました。今のテニス界にはそういった選手が欠けている気がします。

中村:それは確かですが、仕方のないことですね。テニスは経験が勝敗を大きく左右するスポーツで、勢いだけでは勝ち続けることが難しい。また、女子の場合は大会出場に年齢制限があります(編集部注:14歳までプロ入りは認められず、18歳までは出場できる大会の数に制限がある)。以前のシャラポワのように17歳で優勝するという流れも、今後はちょっと難しいと思います。

——シャラポワの話が今出ましたが、今後脅威となるような若手の存在はいますか?

中村:あえて注目する選手はいません。シャラポワのライバルだと思っている選手は、セレナ・ウイリアムズだけです。シャラポワはもう長い間実力的にナンバー2なわけです。セレナに常に勝つ実力があれば、ほかの下の選手は、もう問題ないという考え方です。

——なるほど。ただ、セレナとシャラポワの勝敗の統計を見ると、セレナが圧倒的に勝ち越しています。1月の全豪オープンの試合でも、勝負どころでシャラポワが落としている印象です。そこを勝ち切るための対策にはどのようなものがありますか?

中村:それは、もうすべてにおいて対策しています。とりわけ、シャラポワにはメンタルの強さがあります。メンタルの強さと、武器であるベースラインからの強打を軸にしつつも、それだけではなく、ネットに出たり、スライスを使ったり、ドロップショットを使ったりと、ショットのバリエーションを広げられるようにしています。一本槍だと対策を打たれやすいので、いろいろな戦術を使って、プレーの幅を広げることが大切です。

その戦術を実行するためにも、それにマッチしたコートカバーリングをするフィジカル的な能力が必要です。具体的には、ベースラインでの横での動きから、ネットに詰めていく縦の動きを強化していくということです。

——強化ポイントはわかりましたが、テレビで見ていると、セレナは本当に強い選手で、弱点があるのかと思うことがあります。

中村:確かにナンバーワンのセレナは本当に強い。ただ、セレナは、感情的にかなり豊かな選手でもあります。彼女は精神的なアップダウンが試合中に激しいので、そのダウンの時にたたみかけるのはひとつの戦術です。セレナとシャラポワの差は年々縮まっていますし、シャラポワ本人も我々スタッフも、チャンスはあると思っていて、毎回チャレンジしています。

(聞き手:上田裕、写真提供:中村豊)