プロフェッショナリズムこそが一流たるゆえん
シャラポワが圧倒的に他の選手と違う理由
2015/3/7
プロテニスプレイヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキングを5位とする快挙を成し遂げた(現在4位)。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、現マリア・シャラポワのトレーナーである中村豊氏にプロテニス界の現状、スポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについて聞く。3回目はシャラポワの強さの秘密や、テニス選手がツアーを回るのに必要な金額などを紹介する。
第1回:私と錦織圭をつないだ不思議な縁
第2回:錦織圭は、指導者を超える選手だ
アドバイスを聞いて実行できる能力
――中村さんは、今、シャラポワ選手のトレーナーをされていますね。
中村:はい。今年1月の全豪オープンで、彼女は準優勝という成績でした。彼女のレベルになると、もうすべての大会で優勝を目指しています。セレナ・ウイリアムズには勝てませんでしたが、第2セットは数ポイントの差でした。オフシーズンに厳しいトレーニングを積んでこの大会に臨んだのですが、準優勝という結果は調整がうまくいった証拠だと思います。
――シャラポワのトレーナーになったのはいつからですか?
中村:私はIMGのテニスアカデミーにいましたので、IMGのクライアントだったシャラポワとは2004年ごろから知り合いでした(当時シャラポワは17歳)。その頃は、数週間単位で彼女のフィジカルをチェックしていました。そこから私はオーストラリアのテニス協会のトレーナーに就任することになって一度アメリカを出たのですが、戻ってきたときにシャラポワのサイドから「一緒に組みませんか?」と言われて2011年にタッグが始まりました。
彼女は身長が188センチもあるので、コート上での機敏さにどうしても納得ができないと言っていました。そこを改善しないと世界のナンバーワンになれない、より多くのグランドスラムに勝つことができないという問題意識を持っていました。
そういった話を聞き、私が加わることによってシャラポアの足りないところを補えるのではないかと思いました。
一緒に組み始めたら彼女は私のアドバイスを受け入れてくれて、1年後にはフレンチオープン(全仏オープン)で優勝することができました。
――すぐに結果が出たんですね。
中村:そういうすぐに結果を出す力は、シャラポワのようなトップ選手が持っている底力です。トップ選手は皆、意識が高いし、自分に正直です。常に自分に必要なもの、足りないものを意識して生活をしています。
その足りないものに対して、どう対処するのか、対処するためにはどういった人が必要なのかを考えて実行しています。シャラポワはそういった自分に必要な人のアドバイスを聞いて実行できる能力が備わっているので、指導者としては理想の選手でしたね。
彼女と他の選手の違いは、意識の高さです。「プロフェッショナリズム」とも言えます。集中力も明らかに他の選手と違いましたし、「自分は他の選手とは違うんだ」というオーラを醸し出していました。プライドもかなり高いですが、そのプライドの高さが試合の大事な局面で「自分は絶対に負けられないんだ」という強さを生んでいます。
数千万円のツアー費用
――話題を変えて、テニスのツアーについて聞かせてください。選手にとってテニスのツアーで世界を飛び回るのはすごくお金がかかるイメージがありますが、具体的にはどんなものなのでしょうか。
中村:それは選手によりけりですね。トップの選手ほど資金的には余裕がありますし、トップの選手ほど求めるものが高いです。なので、コーチやヒッティングパートナー、フィジカルコーチなど万全の体制を敷いて臨む選手もいます。逆に、下位の選手だとそのようなチームをつくりたいけれども資金的に難しい、またはそこまでするほどの意識がないという選手もいます。自分が求めるものによってチームづくりも変わるし、それにともなって費用も変わりますね。
トレーナーやコーチの報酬の額は、契約形態によってまちまちです。年間契約の場合が多いですが、結果によってボーナスが出ることもあります。また、その額も何百万円の世界から、何千万円の世界までピンきりです。
例えば、今の錦織圭を見ていると、恐らく1年間ツアーを回り、数千万円の費用がかかっているでしょう。まずツアーで一番お金がかかるのが飛行機代です。次にコーチやトレーナーの宿泊代ですね。あとは食費もありますが、この飛行機代と宿泊代が本当に大きいです。
――プロテニスはゴルフなどとは違って世界に出ないと稼げない印象があります。日本では大学時代強かった選手がプロにはならずに、実業団でテニスを続けるケースが多いのではないでしょうか。
中村:実業団というシステムは、日本独自のものです。ただ、私はこういったシステムはあっていいと思います。こういった受け皿がないと、選手としてプレーできる環境がなくなってしまう可能性があります。プロとして世界に出ても、実際にどれだけの人が結果を出し続けられるかは分かりません。
とはいえ、やはり実業団と世界トップのレベルは違うので、本当に世界トップを目指すには、なるべく早く世界と自分の差を実感すべきです。
誰もが海外に留学できるわけではありません。だから国内にいながらにして、海外経験が豊富な選手や指導者から直接指導を受け、話を聞く環境を整備していくことも、今後大事になってくると思います。
錦織圭を筆頭に添田豪、伊藤竜馬と男子は若くて実力のある選手が何人も出てきているので、今後はそういった選手と10代の選手がうまくコミュニケーションを取っていいスパイラルを生み出してほしいですね。
私が高校生のときに影響を受けた指導者も、海外経験が豊富な方が多かったです。だからこそ、自分が指導者となった今も、若い人にはそういった経験を情熱を持って伝えていきたいと思っています。
若い選手たちには、テニスの技術はもちろん、海外のテニスの情報や海外生活にも興味を持って欲しいですね。経験した人から話を聞くと、自分で経験したような気持ちになり、大きな刺激を得られると思います。
※本連載は毎週土曜日に掲載します。
(聞き手:上田裕、写真提供:中村豊)