2023/7/25

【入門】AI普及期、文系が「デジタルスキル」を磨く最適解

NewsPicks コミュニティチーム
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コメントを通じて「新しい視点」を提供するプロピッカーは、自らの持つ専門知識をどう身に付けてきたのか。

オリジナルなキャリアを築くプロピッカーたちの「学びのプロセス」をひも解きながら、ユニークな知恵を仕事人生に生かすヒントを探る。
【Q】直近1年で、新しく何かを学んだか?
【Q】今後1年で、新しい何かを学習したいか?
これらの問いに、両方ともNoと答えた人の割合は39.9%──。
これは、オンライン学習大手のUdemyとベネッセが、18歳〜64歳の男女3万9998人を対象に行った調査の結果だ(参照元は下の記事)。
ChatGPTなどの生成AIツールが世界的に広まる中でも、約4割のビジネスパーソンが現状維持を決め込んでいる......。
この状況を変えようと奮闘しているのが、今年7月、プロピッカーに就任した高橋宣成さんだ。
7月20日に『デジタルリスキリング入門──時代を超えて学び続けるための戦略と実践』(技術評論社)を出版したばかりの高橋さんは、なぜDX人材の育成を支援し続けてきたのか。
彼の実体験を通じて、「大人が学ばない国」でデジタルスキルを学習する価値を再確認していこう。
INDEX
  • 転職で再三言われた「ある言葉」
  • 「最初は表計算から」の真意
  • 鍵を握る「学ぶ仲間の適正人数」
  • 学び直しが生む、2つの幸せ

転職で再三言われた「ある言葉」

── まずは新著『デジタルリスキリング入門』の執筆理由を聞かせてください。
昨今、ビジネスパーソンの間では、デジタル分野を中心にリスキリングがブームになっています。ただ、実際には、リスキリングをどう始めたらいいかが明確になっていないと思うんですね。
そのために拙著を通して、リスキリングで成功を収めるための知識と戦略、実際に行動していくための原則を分かりやすく伝えられたらと考えたのが執筆の理由です。
ビジネスパーソンが時代の流れに合わせて成長し、価値のある「働く」を実現し続けることができるように、サポートできればと考えました。
(Photo:iStock / BeritK)
── デジタルリスキリングに課題意識を持つようになったきっかけは?
30代で経験した、4度の転職です。
実は転職したうちの1社がものすごく激務でして。今で言うブラック企業でした。
当時はモバイル向けコンテンツの企画・プロデュースを担当していたにもかかわらず、忙しすぎて新しいことを企画し、始める余裕がなかったんです。
「すぐにでも転職しないといけない」という危機感ばかりが募る環境でした。
とはいえ、当時はすでに30代後半。転職活動ではかなり苦労し、年収ダウンも余儀なくされました。
そして、その転職活動時に各社から繰り返し聞かれたのが、「プログラミングはできますか?」という質問でした。
(Photo:iStock / gorodenkoff)
私自身、当時は企画やマーケティングの経験こそあったものの、プログラミングのスキルは備えていませんでした。
しかし、あまりに「プログラミングはできますか?」と聞かれたので、心の中でずっと引っかかっていて。4社目を退職する際に、プログラミングに初挑戦してみることにしたのです。
その時、改めて注目したのが、当時携わっていたコンテンツ関連業務の実態です。
本来はコンテンツやアプリをどんどん生み出すことが求められているのに、実際は多くの社員がエクセルでの数字管理や売り上げ報告資料の作成に忙殺されていました。
(Photo:iStock / AndreyPopov)
そこで、本業であるはずのコンテンツづくり以外の業務を自動化してみようと、独学でVBA(エクセルの機能を拡張するプログラミング言語)を学んでみました。
すると、今までみんなヘトヘトになりながらこなしていた長時間労働が、あっという間に終わってしまいました。
「何のためにあんなに働いていたんだ」と気付いて以来、プログラミングを学べばつらい仕事を減らして時間を確保できるし、幸せになれるのではないかと考えるようになりました。
それで、プログラマー以外の人にもプログラミングのエッセンスを学ぶ機会を提供できたらいいなと、2015年に独立した次第です。
その後は、ノンプログラマー向けのセミナー講師を始めたり、関連する学習コミュニティを運営したりと、活動の幅を広げてきました。
2021年に一般社団法人として「ノンプログラマー協会」を設立したのも、その一環です。

「最初は表計算から」の真意

── 実際にノンプログラマーがデジタルスキルを使いこなすには、何から始めるのがいいのでしょう?
何かしらのスキルを学習する前に、まず業務における課題を探すのが第一歩だと思います。
そこで見つけた課題をデジタルスキルで解決していく、という流れが一番効率的なので。
(Photo:iStock / JulPo)
また、成功体験を積み上げる意味でも、はじめから大きな課題を解決するのではなく、小さな課題を解決して一歩を踏み出したほうがいいと考えています。
これらの点から、具体的には本格的なプログラミングを学ぶよりも先に、マイクロソフトのエクセルやGoogle スプレッドシートといった表計算ソフトで基礎を学ぶことが推奨されます。
── 高橋さんが最初にVBAを学んだように?
なぜかと言えば、表計算ソフトの使い方を学んでいくと、プログラミングにおける
  • データ型
  • 関数
  • データベース
という基本の3要素が理解できるようになるからです。
これらを使いこなす方法を知るだけでも、仕事を一気に効率化できます。
例えばエクセルで売上管理をする際、何気なくセルに「100円」と入力してしまっている方は意外と多いのではないでしょうか。
ところが、「100円」と入力してしまうと、その後に加工する際、「数値」として認識されなくなります。これだと、表計算ソフトの能力を存分に引き出せません。
これは「データ型」の基本中の基本ですが、これを知らずに膨大な数字をエクセルに手入力している人がどれだけ多いことか。
(Photo:iStock / Savushkin)
業務の効率化を図りたいなら、まず表計算ソフトを操るための仕組みから学ぶのがおすすめです。
── デジタルスキルと言えば「ノーコードツール」や「生成AIツール」を使いこなすのをイメージしていました。身近なところから始めるのがいいのですね。
エクセルやスプレッドシートなど、日常的に使用するツールの基礎を固めたら、次なるステップは業務のムダを洗い出し、実際に効率化することです。
スキルを身に付けるにあたって、どうしても学習時間が必要になります。そのため、時間をムダにしないという意識を高め、実際にムダにしている時間をなくすことが求められます。
例えば、届いたメールをすべて開封してチェックするのをやめたり、出席してもしなくても問題ない会議を欠席することで、勉強に必要な時間を捻出できたりします。
(Photo:iStock / Erikona)
ムダをなくすためには、日々の業務において何に時間を消費しているかを分析することも効果的です。
パソコンを使った業務であれば、インターネットブラウザと業務ソフトの利用がほとんどでしょう。そのため、ショートカットキーの活用や、ブラウザ上で行う作業をデフォルト設定するといった工夫が求められます。
これらは数秒の短縮のように思われますが、1日、1カ月、1年という単位で考えればかなりの時短となります。他のスキルを学ぶ時間を生み出すことにも、間違いなくつながります。
ムダを省いて生み出した時間で効率化を図るという考え方は、スキルを身に付ける以上に重要です。
── 何事も、「足し算」する前に「引き算」を考えよう、と。
(Photo:iStock / DrAfter123)
そうですね。ChatGPTのような生成AIツールを使い始める時も、習得するためのコツは似たようなものです。
いきなり多くの仕事を「足そうとする」のではなく、気軽に触ってみながら「どんな業務が引き算できるか」を考えてみる。ここから始めるのが、習熟への近道です。
最初から高い目標を設定して、難しい使い方やプロンプト(指示文)のルールを覚えようとしても、実際に使いこなせなければ途中で挫折してしまいます。
プログラミング学習における最初の壁も、実は同じなんですね。学習し始めた段階でつまずいてしまうと、長続きしません。
(Photo:iStock / sesame)
そのため、私がやっているノンプログラマー向けの学習コミュニティでも、独学では避けがちな基礎から身に付けていただくような講座から始めるようにしています。

鍵を握る「学ぶ仲間の適正人数」

── スキルを学び、それを定着させるための秘訣は何だと思いますか?
基礎さえ身に付けば、あとは自分で調べることができ、自然とテクニックも高まっていくものです。
例えば、私の学習コミュニティである「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」は、1回2時間のカリキュラムを全2回開催し、データ型と関数、データベースの3つを2日間で学べる構成になっています。
ただ、基礎スキルの定着のためには「自習」の時間も必要になるため、宿題を課すことで学ぶ時間と学習習慣を作り出すような設計にしました。
(Photo:iStock / z_wei)
コミュニティ自体もオンラインのため、講座以外でも受講者同士でやり取りができ、周囲の力を借りながらモチベーションを上げていき、学習習慣が身に付くようにもしています。
ノンプログラマーの方々は、そもそもデジタルスキルを気軽に学べる環境に身を置いていないというケースが多いものです。
身近な同僚がノーコードツールやプログラミングを使いこなしていたら、少なからず影響を受けるでしょうし、「それどうやるの?」と聞くこともできますから。
そういう環境で働いていない人こそ、本当に学びたいという気持ちを持ったなら、同じ志を持つ人々が集まる場に参加するのが学びを早める一助になります。
(Photo:iStock / grivina)
私が運営するコミュニティでも、参加者全員がSlackでコミュニケーションを取れるようにして、情報交換もしやすく、質問したいことがあればすぐに質問できる仕組みにしています。
── 気軽に相談できる場が、学習スピードを高めると?
そうですね。
社内で学ぼうとするのであれば、まず基礎を理解している人を見つけるところから始めなければなりません。
そしてうまく見つけたら、「基礎を学ぶには、どう勉強したらいいか」と相談する流れになるかと思います。
その際、1人ではなく仲間がいれば、「これ、どうすればいいんだっけ?」と仲間内で教え合うコミュニケーションも発生し、学ぶ効率も上がっていきます。だから仲間が大切なのです。
(Photo:iStock / recep-bg)
一方、注意すべきは、ネットワークには適正人数があるということです。
例えば、教える側と学ぶ側の「1対1」、あるいは教える側が1人で学ぶ側が大人数いる「1対N」の状態では、学ぶ側が受け身になりがちです。
教える側と学ぶ側の関係が生まれてしまうと、学校教育のように学ぶ側が口を開けて待っているだけの状態になりがちなのです。
理想は、学びたいという人々が多く集まって教え合うという、「N対N」のネットワークが数多く生まれること。
互いに教え学び合うという場をいかに作り出せるかが、学びの質を上げていくためのポイントと言えるでしょう。
(Photo:iStock / Rudzhan Nagiev)
── コミュニティの人数は、多ければ多いほどいい?
実はそこが難しいところで、人数が増えれば増えるほど、「周りが何とかしてくれるだろう」と考えてしまい、学習効率は落ちてしまいます。
フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンは、これを証明した「リンゲルマン効果」という理論を提唱しました。
別名「社会的手抜き」とも呼ばれ、人は集団になると手を抜き、1人で作業するよりも発揮する力が減少してしまうという理論です。
人間は共同作業だと無意識に手を抜いてしまう特性がある以上、学習コミュニティもスタート時は人数が多すぎないよう、絞るべきだと考えています。
── 適正な人数はどのくらいなんですか?
組織マネジメントでも似たようなことが言えるかも知れませんが、Amazonの創業者であるジェフ・ベゾスが提唱する「ピザ2枚ルール」のように、2枚のピザを分け合えるような関係性や距離感が理想的ではないでしょうか。
具体的には6〜8人くらいになると思います。
(Photo:iStock / FG Trade)
これくらいの人数であれば、誰もがモチベーションを持って、主体的に学ぼうとするはずです。
── 高橋さんの学習コミュニティでも、高橋さん自身が教えるよりも、参加者同士で教え合うといったコミュニケーションが活発なのですか?
そうですね。はじめは私が講座を開いて講師も務めていましたが、数回後には講師をコミュニティのメンバーに代わってもらっています。
基礎が固まれば、学ぶ範囲に広がりや深みが出てきて、さらに他人に教えるようになると自身の学びが加速していきます。
そのため、私の学習コミュニティでも、最初は教わる立場であっても、次第に教える側に回っていけるような仕組みを取り入れています。

学び直しが生む、2つの幸せ

── リスキリングで高めた生産性を、ビジネスや個人のキャリアメイクに生かしていくためのコツはありますか?
効率化を追求しても、売り上げ自体の伸びには直結しないかもしれない......。そこで出てくる問いが、仕事の効率化を自身の給料アップや事業の付加価値向上にどうつなげていくか?でしょう。
(Photo:iStock / Andres Victorero)
私の答えは、コンピューターに任せられる仕事は任せ、人間がやるべき仕事にフォーカスすることが鍵を握るというものです。
そして、売り上げといった金銭面に直結する活動ばかりではなく、未来に蓄積される活動も推奨されるべきだと考えています。
例として、プログラミングを学んで業務効率ツールを自作できるようになったとしましょう。
そのスキルを自身の仕事の効率化だけに生かすのではなく、隣の席に座る社員に教えてあげる形で発揮できれば、スキルの伝播によって未来の価値も積み重なっていくはずです。
これは、周囲に好影響を与えることで、未来をより良くしていく活動とも言えます。
結果として、社員一人一人が本来自分のやりたい活動に時間を割けるようになったら、働く意義も変わってきますし、最終的に経済的なメリットが得られる可能性も出てくるのではないでしょうか。
人によって活動は異なってくるでしょうが、コンピューターにできることは任せるだけ任せて、人間は未来に向けた活動を見つけて力を入れていこうと。それが私の考えです。
── ビジネスパーソンは、スキルを身に付けた先を想像することも必要になりそうです。
リスキリングによるスキル獲得の最終的な目的は、「幸せに働くこと」だと思うんですね。
そして、幸せに働くためには、学びによってスキルを身に付ける必要があります。
スキルを身に付ける学ぶ過程も実は幸せなことであり、リスキリングには2つの幸せがあると伝えていきたいと思っています。
人生は働くだけが目的ではないし、遊んでいるだけでもいけない。働くこと、遊ぶこと、さらに働くにあたって学ぶことも含め、すべて楽しんでいきたいですね。