日本テニスレボリューション (1)

錦織の留学時代、そして現在

錦織圭は、指導者を超える選手だ

2015/2/28
プロテニスプレイヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキングを5位とする快挙を成し遂げた。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、現マリア・シャラポワのトレーナーである中村豊氏にプロテニス界の現状、スポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについて聞く。2回目は留学時代の錦織圭の様子、そして現在の錦織圭を中村氏がどう見ているかを聞く。
第1回:私と錦織圭をつないだ不思議な縁

アカデミーの非常に厳しい選抜

——留学当時の錦織選手について聞かせてください。やはり最初から他の選手とは違いましたか?

中村:それはもう、全然違いましたね。錦織が13歳の時から担当しましたが、体の動かし方、ラケットを持った時の雰囲気、トレーニング時の意志の強さなど、プロとしてやっていけるであろう非凡なものを錦織からはすぐに感じました。そして何より本人が「プロとしてやっていきたい」という思いを強く持っていました。シャイだったので口数は少なかったですが、大事な時には自己主張できる強さを持っていました。

錦織がいたIMGアカデミーは約350人の生徒がいて、エリートコースに入れるのは20人に満たないなど、非常に厳しい選抜で有名です。そこで生き残れたということは、意志の強さはもちろんのこと、競争という要因が大きかったと思います。

当時、そのエリートコースには10〜15人ほどの選手がいました。アカデミーとしてはここで選手を競争させて力を伸ばし、いかに世界に羽ばたかせるかを重視しています。錦織はアメリカ、カナダ、ヨーロッパ出身の強い選手ばかりいるレベルの高い環境で日々、切磋琢磨していました。

このコースには毎年新しい選手が入ってくる一方、競争から振り落とされてしまう選手もいます。錦織はそのような環境に13歳からいたので、世界の競争の厳しさを肌で感じられたのが大きかったでしょうね。

——将来、世界で活躍するためには、やはり世界の厳しさを若いうちから知っておくべきですか?

中村:そうですね。やはり雰囲気が成長を促す部分があります。IMGのような名門と言われるところは、指導者も選手に求めるものが高い。そういった環境で日々過ごすと選手の意識も高まっていきます。すると選手も練習だったり、トレーニングだったり、食生活だったり、あらゆることに対して厳しく自分を律してやらなければと考えるようになります。錦織もそれは感じていたはずです。

中村豊(なかむら・ゆたか)アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。公式サイト:yutakanakamura.com

中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。
公式サイト:yutakanakamura.com

口で表現するよりプレー全体で表現する

——松岡修造さんは、中村さんや盛田ファンドのコーチ兼監督である米沢さんのような信頼できる日本人の大人が錦織を近くでサポートしていたことが大きかったと言っていました。どのようなサポートをされていたのでしょうか?

中村:米沢さんは海外でのテニス経験が豊富な方でしたので、まず米沢さんが錦織のテニスを今後どうしていくかについて、大きなグランドデザインを描いていました。

そして、米沢さんから「錦織という選手は才能はあるんだけれど、とにかく華奢だ。世界的な選手にするためにも、フィジカル面を中村さんと一緒に徹底的に鍛えていきたい」と言われました。

確かに、最初見た時に彼は本当に華奢だったし、走ることも得意ではないように見えたんですね。でも、一緒に2週間ほどトレーニングをすると、まず錦織の目が変わりました。意識が高くなったように見えましたし、実際に走るスピードも上がりました。なので、錦織という選手はいい環境をつくればすごく伸びる子なんだなと感じました。

私は日本人ですがアメリカでの生活も長かったので、フィジカル面に加えて、国際的なスポーツであるテニスで活躍していくためにも、アメリカの文化も同じくらい彼に学んでもらいたいと思っていました。こういう日本人のサポートチームをつくれたことは盛田ファンドの大きな功績です。

錦織は日本人の中でも口数が少なくシャイな方で、留学時代はそれで苦労していました。ただ、錦織は自分の気持ちをプレー全体で表現することが出来ました。指導者は日々錦織に「もっとアグレッシブになってほしい」という思いを持って接していたのですが、それに対して錦織は口で表現するというよりもラケットや体の動かし方で表現していました。

「意表をつく」ということ

——錦織が17歳でプロ転向してからここまで結果を出せると予想していましたか?

中村:いや、ここまでは予想していませんでしたね。プロ転向の翌年(2008年)2月にアメリカ、デルレイビーチの大会でいきなりツアー優勝を果たしましたが、実はそのデルレイビーチの大会に出場する前もあまり体調がよくなかったんです。出るか出ないか、コーチ陣でギリギリまで話し合いをしていたのですが、アカデミーから大会の場所も近かったので、経験を積むことを目的に出場しました。

この大会は予選からの出場で、毎試合ギリギリで勝っていました。本戦に入ってからは、あれよあれよと勝ち上がって優勝してしまいました。本当に驚かされました。錦織はテニスのプレーでも結果の出し方でも「意表を突く」というところがありますね。この年の8月の全米オープンで当時世界4位のフェレールを破ってベスト16に進出した時もそうです。

——こういった結果を見て、錦織は最終的に世界ランキングでどのあたりまでいくと考えましたか?(2008年の全米終了時でランキングは81位)

中村:30〜50位くらいまでいく才能はあるだろうと言われていました。そこから上のレベルには、錦織本人がどれくらいのモチベーションを持ってツアーに順応していけるかが大事になるだろうと考えていました。

しかし、昨年全米オープンに準優勝し、5位にまで登り詰めてしまったとは…もう、想像以上の快挙です。

テニスをする環境も当時からかなり変わりましたが、彼が変わらず持っているのは「意表をつく」ということです。「指導者を超える選手」とも言えます。これは、超一流の証です。

錦織圭は2014年の全米オープンで日本人初の準優勝という快挙を成し遂げた。(右は優勝者のチリッチ)

錦織圭は2014年の全米オープンで日本人初の準優勝という快挙を成し遂げた(右は優勝者のチリッチ)。Julian Finney/Getty Images

大切なのは場数を多く踏むこと

——今の錦織選手がグランドスラムで優勝するためにあとは何が足りないのでしょうか?

中村:今後大事なのはトップとしての経験値だと思います。トップ3になりたい、1位になりたいという気持ちを彼は強く持っているはずです。大切なのは場数を多く踏むことです。

経験が生きてくるのが今年か来年かは分かりませんが、錦織はその経験を積む機会を自分でつかみとっています。今回の全豪ではプレッシャーに負けて1回戦、2回戦で負ける可能性もありましたが、彼はそれに打ち勝ち、ベスト8まで進出しました。それは、錦織の持っている底力です。

グランドスラムで毎回上位進出するようなトップの選手は、大会2週目以降を視野に入れた調整をしています。

決勝までは7試合あるので、トップ選手は決勝で最大限のパフォーマンスを出せるように調整するのですが、下位の選手は1試合1試合全力でぶつかってきます。シード選手はそのチャレンジを受け止めて勝ち上がる必要があります。これは口で言うのは簡単ですが、本当に難しいです。

これができるのがフェデラー、ナダル、ジョコビッチのいわゆるビッグ3です。つまり、錦織も経験を詰めば、その3人の立ち位置にいけます。簡単ではないでしょうが、そのレベルにどうたどり着くかがテニスの奥深さ、面白さだとも言えます。

——グランドスラムに優勝する日がいつになるのか、期待が高まります。

中村:もし優勝するならば全豪オープンか全米オープン、つまりハードコートでのグランドスラムですね。ジョコビッチやフェデラーのように、過去何度もハードコートの大会で優勝した選手がいます。

クレーコートやグラスコートも錦織は上手ですが、プレーのテンポの早さ、フットワークの使い方を考えるとやはりハードコートです。何より、彼はアメリカのハードコート育ちですので、全米オープンが一番彼にはマッチしています。

全米オープンはアメリカのダイナミックさが詰まっているエキサイティングな大会です。油断はできませんが、昨年の錦織圭はそんな全米独特の雰囲気の中で楽しそうにプレーしていましたから、期待できますね。(次回に続く)

※本連載は毎週土曜日に掲載します。

(聞き手:上田裕、写真提供:中村豊)