2023/4/29

社員が毎日退職、半数に…そして吹いた“神風”、最高業績に

ライター
DIY用品のECサイトで2010年代に急成長し、体験型実店舗の展開など複数の事業を立ち上げてDIY業界に新風を巻き起こした会社が大阪の下町・生野区にあります。日中戦争が始まった1937年の創業で工具問屋が祖業の「大都」。しかしそれらの新規事業はことごとく失敗し、代表取締役社長の山田岳人さんは失意の中で残ったEC事業に集中し、再起をかけています。

苦難が待っているかと思えた事業の立て直しですが、2019年以降、売上高が過去最高を塗り替え続けています。要因の一つがコロナ禍による巣ごもり需要でした。チャンスをつかみ、再び成功への階段を上り始めた経緯に迫ります。(全4回の第2話)
INDEX
  • 1年でスタッフの数は半分以下に
  • 心の支えになったボードメンバーの結束
  • EC事業を一丸となって立て直す
  • 落ち込んだレビュー評価もV字回復
  • 神風となった「巣ごもり需要」
  • コロナ前に導入したリモートワーク

1年でスタッフの数は半分以下に

大都は2010年代、EC事業に加えて、DIY体験ショップ型実店舗「DIY FACTORY」の運営、SNSコミュニケーションアプリ「stayhome」の開発、プライベートブランドの展開と、3つの新規事業を進めてきました。しかし採算性などの課題から2019年に3事業すべてから撤退。当時準備していた株式上場も断念。山田さんは当時、失意のどん底にありました。
山田 「(2019年)6月に実店舗の閉店を決めて、すべての新規事業から撤退することになり、そのときから2カ月間、SNSでも一切発信ができませんでした。それほど経営者としての自分に自信を失っていたし、ダメージが大きかった。こうしてメディアで当時のことを話せるようになったのも最近のことです」
新規事業に従事していた社員が去ったため、2019年1月の時点で社員40人・パート16人の合計56人だったのが、12月には社員21人・パート1人の合計22人に。たった1年で半数以下になっていました。
山田 「いずれ上場するという期待もあって入社したメンバーも多かったので、上場を断念することになってから連日1人、そしてまた1人と、次々と人が辞めていきました。毎日退職届にハンコを押してるような感じでした。あれは本当につらかったですね」
山田さんは当時のことを思い出しながら、挫折の原因を語ります。
「いつのまにかスタートアップとして大型資金調達をして上場することが、手段ではなく目的となっていました。(祖業の工具問屋から業態を)ECに切り替えてから毎年業績が伸びて結果につながっていました。その成功体験が、“絶対に望む未来が手に入る”という慢心につながっていたのかもしれません。
自分たちがめざしている未来のビジョンが、世の中に認められないはずがない――。そんな想いが、あれもこれもと事業を広げる結果になりました。もっとよくなかったのは、“うまくいかないはずはない”という気持ちが強すぎて、実際はあちこちほころびが出ていた現実に、まっすぐ向き合えなくなっていたということです」

心の支えになったボードメンバーの結束

しかし、いつまでも失敗に落ち込んでいる暇はありません。ボロボロの業績を立て直すべく、唯一残った本業のECサイトに注力しなければならなかったのです。
山田 「死なないために生きるのに精一杯。まさにそんな状態でしたね。もちろん、社員たちは1年の間に事業はどんどん撤退するわ、社員数は半分になるわで、不安だったはずです。社長として彼らに伝えられるのは、めざす未来を必ず実現するという想いに変わりはないということ。それはどんなに状況が追いつめられても、言い続けていました」
大きな支えとなったのは、山田さん以外のボード(経営)メンバーが1人も欠けることなく、全力で大都の再生にあたったことです。メンバーはもともと経営者仲間で友人でもあり、2015〜2016年にかけて参画しました。山田さんにとってまさに盟友と呼べる3人です。
大都の経営メンバーたち。左からCSL(最高渉外責任者)山内拓也さん、CFO(最高財務責任者)山内智和さん、CTO(最高技術責任者)稲田哲也さん(いずれも提供・大都)
山田 「3人がボードメンバーとして決して逃げずに、責任を取りきると覚悟してくれたのは、本当に心強かったです」
当時、憔悴しながらも代表として厳しい判断を続けていた山田さんの姿勢に「感謝すらしていた」と言うのはCFOの山内智和さんです。
山内 「経営陣の一人として、ここまで大都を危機的な状況に追い込んでしまったことに私自身、深い反省しかありませんでした。事業再編を行い、子会社の株式を売却することで資金をつくれば、大都は、JACKは必ずチャンスをつかめるはず。そう信じて前を向くしかありませんでした」
山田さんの踏ん張りを支えていたのは経営メンバーだけではありません。どの取引先も大都の事業が危ういのを知ったうえで、その取引を継続してくれていたのです。
山内 「取引先の皆様も、当時のJACKの姿勢を見て、『きっと大都を立ち直らせてくれる』と信じてくれていたのだと思います」

EC事業を一丸となって立て直す

もちろん、残った社員・スタッフも大都の再生に向けて一丸となって立ち上がります。「自分たちがこの会社の危機に立ち向かい、EC事業をなんとかしなければいけない」と、がぜんやる気を発揮してくれたのです。
それまでは新規事業に向いていた経営メンバーたちの注目が一気にEC事業に集まったことで、「期待に応えなくては」という責任感がそれぞれのメンバーの中に芽生えていました。経営から現場まで「とにかくみんなでEC事業を伸ばすんだ」と、それまで以上の一体感が生まれていきました。
当時、EC事業部の責任者だった前田俊介さん(現SP事業部リーダー)は、それまでEC事業部がいくらがんばっても、3つの事業部の赤字が大きすぎて「どうしようもない」という気持ちがあったのかもしれないと言います。
前田 「3つの事業を清算しEC事業部のみになったことで、強い危機感を持つようになりました。早くEC事業を黒字化してその結果で会社全体を鼓舞していかなくては、と感じていました」
さっそく、売り上げ増加をめざす施策に着手します。メールマガジンやポイント施策、SEO対策、クーポン、商品情報の拡充などさまざまな手を打ち、多少の売り上げを得ることはできました。しかし、現状の打開には不十分でした。
こうした打ち手をやめ、システムの自社開発に集中することで、売上高から変動費を引いた「限界利益」の比率が20%以上は伸びると見込み、前田さんは現場の声として経営メンバーに「売り上げ拡大から限界利益拡大への方針転換」を提案しました。このことが、その後の大都のV字回復、成長路線へとつながっていきます。

落ち込んだレビュー評価もV字回復

実は2019年初めの大都のECサイト「DIY FACTORY」は、楽天市場のレビュー評価で3.9まで落ち込んでいました。「評価で4を割るということは、相当悪いです」(山田さん)。新規事業に忙殺されている間、いつのまにかEC事業の細かい部分がおざなりになっていたことが数値として表れていたのです。
しかし、そこから急ピッチでサービスの向上を実現していきます。ていねいな顧客対応、迅速な発送の工夫など、小さな改善をコツコツと進めていきました。
前田 「『会社を黒字化させる』とチームで目標を絞り一体感を持つことで、システムの改善案から実装までのリードタイムも短くなり、毎日改善し続けることができたのが結果につながりました」
提供・大都
問屋時代からの工具メーカーとの付き合いという財産を生かし、10万点以上の豊富な品ぞろえの魅力を兼ね備えた「DIY FACTORY」。派手に何かするわけでなく、地道な努力を重ねていくことで、気がつくと業績が向上。2019年の売上高は過去最高の約43億円となっていました。楽天ユーザーからのレビュー評価も、今では4.5(2023年3月現在)にまで改善しています。
山田 「当時、過去最高の売上高を達成できたのは、残った社員が本当に踏ん張ってくれたおかげとしか言いようがありません。新規事業のような派手なビジネスに比べたら地味なEC事業ですが、これこそが大都の本業です。自分の中でもEC事業の足場をしっかり固めていくことが何よりも重要だと、改めて決意しました」

神風となった「巣ごもり需要」

本業の立て直しで、ようやく明るい兆しが見えてきた大都。そこに追い風となったのが2020年3月からのコロナ禍による巣ごもり需要です。
多くの人が家で過ごさざるを得なくなり、家の中を快適な空間にしたいというニーズが急増。リモートワーク普及で、家にワークスペースを作る必要に迫られる人も多くいました。その結果、簡単なDIYを自分でやってみようという人が増え、DIY FACTORYへの注文も殺到したのです。
山田 「2020年4月時点で、Googleの検索ワードで『DIY』は2倍の検索量を記録していました。DIY FACTORYでも5月の連休は注文がパンク状態となり、即日出荷に対応できなくなったほどです」
大きな挫折からたった1年後。大都にとっては、まさかの「神風」が吹いた時期でした。

コロナ前に導入したリモートワーク

もちろん、大都でも外出禁止・ステイホームに対応して、リモートワークにシフトすることになります。ただ、多くの企業が突然のリモートワーク導入に混乱する中、大都では偶然、前年からリモートワークを一部社員に導入していたのが功を奏しました。
山田 「2019年の終わりに、男性社員から妻の里帰り出産に付き添って地方にしばらく帰省したいという相談があったんです。“じゃあ、とりあえずトライアルでリモートワークをやってみよう”と挑戦することにしました。もし、それがうまくいかなければ、大都では今後リモートワークは認めないつもりだったんです。結果的に、リモートワークで働いてもなんら業務に支障がなく、逆に生産性が上がりました」
コロナ禍で全社員がリモートワークをするために課題となったのは、社員の自宅の環境でした。自宅に仕事用のデスクがない、Wi-Fiがない、パソコン1台では作業効率が落ちるなど、仕事をする環境が十分ではない社員もいたのです。
「そういう社員には、僕が自分で車を運転してパソコンや机を直接、自宅に届けました。自宅作業にはWi-Fi代や電気代などもかかりますから、ひとり3000円のリモートワーク手当も用意しました」
こうして、巣ごもり需要で殺到する注文への対応をこなしたことが、業績アップを加速させます。2020年の売上高は約55億円、2021年は約62億円、2022年は約71億円と、完全に上昇気流に乗ることができました。
新規事業撤退から4年、好調なEC事業のおかげで、2023年3月現在は一度断念した上場を再びめざしているところです。第3話では、新たにスタートした法人サイト、そして上場にかける思いについて聞きました。
Vol.3に続く