2023/5/3

【秘訣】BtoBサイトで収益大改善。奇跡も運んだ上場再挑戦

ライター
工具問屋からDIY用品のオンラインショップに業態転換し、一度は断念した上場をめざしているのが、大阪の下町にある創業1937年の「大都」です。新型コロナ禍の巣ごもり需要をバネに売り上げを大きく伸ばし、次の一手として手がけたのが法人向けサイトのオープンでした。しかし、法人サイトはオープンから1カ月もたたずに個人情報漏えいというトラブルに見舞われます。このトラブルをどう乗り越え、さらなる成長へとつなげたのか。過去の新規事業の失敗からECサイトに注力することを決断した大都のこれからの戦略をひも解きます。(全4回の第3話)
INDEX
  • 法人サイトで不祥事、わずか20日で閉鎖
  • サイト閉鎖…守るべきは顧客の安心感
  • サイトの名称を一新、再スタート
  • 法人向けサイトが実はもうかる理由
  • 奇跡がつないだ上場への再挑戦

法人サイトで不祥事、わずか20日で閉鎖

新型コロナウイルス拡大に伴う巣ごもり需要でDIYがブームとなり、ECサイトを通じた注文が大きく増えた大都。代表取締役の山田岳人さんは過去に経験した数々の失敗から「派手なことはしない」と心に決めて、EC事業をさらに固めることに集中します。
2021年には、関東に物流拠点を設け、物流の負荷を分散。注文数が多い関東圏の顧客にとっては送料の負担の軽減にもなります。また全社的なリモートワーク導入を機に沖縄のコールセンターに一次受け付けを委託。細かな電話応対がなくなったことで、社員の生産性がさらにアップしました。
そして、2022年3月には、BtoBの法人サイト「DIY FACTORY Business」をローンチしました。
山田 「もともとDIY FACTORYの利用者の半分が法人で、客単価も購入頻度も法人の方が圧倒的に高いんです。そこで我々らしい付加価値をプラスしたtoBのECサイトを構築し、さらなる飛躍をしていくつもりです」
ベンチマークとするのはいち早く法人向けサイトとして急成長を遂げている「モノタロウ」です。「そこにまだ開拓しきれていないブルーオーシャンが広がっている」。そう考えた山田さんは、ユーザーである法人目線で、そして商品を提供するメーカー目線で、使い勝手のよさを追求した法人サイトを開発。満を持して、新たな事業創出の勝負に出たのです。
しかし、滑り出し好調だった法人サイトは、ローンチして1カ月もたたない2022年4月20日、顧客のクレジットカードの個人情報漏えいの可能性を指摘されてしまいます。山田さんは、即日サイトのクローズを決断しました。

サイト閉鎖…守るべきは顧客の安心感

山田 「カード決済以外の方法を残して継続するという選択肢は、自分の中でまったくありませんでした。継続すれば法人サイトでの売り上げの5割は維持できたでしょう。でも、調査も終わっていない、安心して買い物ができる状態なのかわからないサイトをお客さまに使っていただくことが、正しい判断と思えなかったのです」
情報漏えいの可能性があると考えられたのは、当初3万件でしたが最終的には122件となりました。
個人情報漏えいを指摘されると、半年以上、サイトを再開することができません。しかし、これも結果的に「チャンスをもらった」(山田さん)と受け止めています。
山田 「DIY FACTORY Busuinessを1カ月弱運用してみたところ、既存のDIY FACTORYとの混同が生じていました。どれが法人向けサイトかわかりにくい、使い手の職人さんには名前が長くて覚えにくいということがわかったんです。どうせサイトを閉鎖するなら再開時はサイト名を変えようということになりました」
法人サイト閉鎖という予想外の大きなトラブルにより予定していた6億円の売り上げがなくなりましたが、ECサイトでの売り上げでカバーし、2022年12月の決算では予算の修正もなく、売り上げを伸ばすことに成功。
2023年2月、法人サイトは新名称「トラノテ」として、改めて新規リリースしました。
大都のWEBサイトから

サイトの名称を一新、再スタート

トラノテの特徴は次の3つです。
●自社開発の売価決定システムプライシングエンジンでダイナミックプライシングを採用、売価は需給で変動
●在庫は取引先のメーカーが持つことで、在庫管理コストをなくし、その分を売価に反映
●買い手である事業者を200業種に分けて登録し、最適化された商品検索結果・周辺商材の“おすすめ”を表示
「トラノテではPB商品を開発しない」と山田さんは明言します。これは過去に手がけたPB事業での失敗で痛い思いをしたからだけでなく、メーカーにとって競合商品となるPBをつくらないことで、協力関係を築きたいと考えています。
山田 「トラノテは、メーカーと顧客をつなぐプラットフォームです。メーカーが在庫を抱えて、どの商品を販売するかも自分で決めて登録する仕組みです。メーカー在庫と連携したAPIを開発しているので、メーカーが欠品になれば、トラノテのサイト上も自動的に欠品となるなど、品ぞろえをメーカーがコントロールできるようになっています」
しかも、トラノテに登録しておけば、Amazon、楽天、Yahoo!でも自動的に商品を販売することが可能に。楽天では売っているのにYahoo!では売ってないという事態も解消できます。メーカーにとっては、手間をかけずにローコストでECが運営できるというのが大きなメリットです。

法人向けサイトが実はもうかる理由

一方、独自の価格調査システムで競合サイトの価格をすべて取得してお届け日数と組み合わせた最適な値段を提示するので、ユーザーは安心して買い物ができます。大都側も、自社で在庫を保つ必要がないため大幅なコスト削減が実現。その分を売り値に反映し、ユーザーが買いやすいサイト作りに投資できるのです。
「他社では何十億円もかけて、在庫を管理するための倉庫をつくるなど設備投資をしています。しかし、トラノテではそのようなコストが一切不要ですから、販売価格で優位に立てることは間違いないでしょう。僕たちのミッションである、作り手、売り手、買い手の3者がハッピーになる『ハッピートライアングル』を実現できた形です」
「法人サイトは使い勝手をよくすることで、より収益を増やせる領域だ」と山田さんは語ります。法人は一度いいと思ったサービスを使い続けてくれるので、サービスを向上させて顧客を確保し続けることが何より重要です。
逆にいえば、ECのショッピングモールのように低価格で勝負しなくてもいいということ。また、トラノテはロイヤルティー不要の自社サイトなので、売り上げが伸びるほど収益性も高くなっていきます。
山田 「EC事業の利益率は低いですが、ここまで売り上げも利益額もどんどん伸ばしてくることができました。社員は現在26人ですが、2022年の売上高は70億円を突破しました。社員1人あたりの売上高は5年前と比べて3倍となり、収益性も格段に上がっています。トラノテはさらにその収益を上げる存在として、これからの大都の主力事業となります」

奇跡がつないだ上場への再挑戦

法人向けサイトの顧客情報漏えい問題の発覚と、その後の「トラノテ」のローンチと成功は、2024年の上場に向けて準備をしている大都にとって「絶妙なタイミングだった」と山田さんは言います。
3つの新規事業の採算性悪化などからいったんは断念。山田さんは、大都に投資していたベンチャーキャピタル(VC)に「上場準備はやめる。大都の株は売ってもらって構わない」と伝えました。しかしVCは、2020年の業績が一気に好転したことを受け、継続して応援するという判断をします。
山田 「法人サイトの情報セキュリティー事故の対応で、上場準備のスケジュールに大きな影響がでていました。2024年の上場をめざす大都にとって、2023年2月のトラノテのスタートは待てるギリギリのタイミングだったんです。
あとから考えると、二子玉川店の閉店もコロナ禍が始まる半年前と、絶妙なタイミングでした。あのまま半年店を続けていたら、さらに膨大な損害が発生していたはずです。トラノテのオープンもそうですが、これまでの歩みを振り返ると、実はどれもが『奇跡の連続』だと感じています」
オフィスの階段の壁には社員たちがめざす挑戦や事業への決意が書かれている
大都は2019年ごろにも上場をめざしていましたが、当時手がけていた3つの新規事業の採算性悪化などから断念しました。山田さんは、そのときと今とではまったく気持ちが違うと言います。
山田 「なぜなら、僕自身が全然違うから。2019年は本当にこれで上場できるのかという迷いが大きかったんですが、今回は自信しかありません(笑)。トラノテは取引先を巻き込んだプラットフォームで、みんなで育てていくビジネスです。もちろん、予実管理もしっかりついてきているので、数字的な不安もありません」
挫折を乗り越えてめざす上場は、大都に何をもたらしてくれるのでしょうか。
「会社として成長して社会で認められることで、大都のパーパスである『らしさがあふれる、世界を』創り出すという、めざすべき未来に近づくことができると思っています」
最終回では、「住」の未来を変えるために、山田さんがつくり上げてきた企業カルチャーと組織づくり、そして日本のDIY文化の今後について聞きます。
Vol.4に続く