2023/4/1

【コメント募集】先輩が贈る、新社会人への応援メッセージ

NewsPicks コミュニティチーム
新年度「春の特別企画」

プロピッカーとNewsPicks読者によるコメントで、期待と不安を抱える新社会人にエールを送る企画です。

社会人の先輩としてのアドバイスや、新人時代の失敗談など、コメントを投稿して応援の輪を広げてみませんか?
4月1日、社会人への第一歩を踏み出すあなたへ。
3年前の春、世界は一変しました。友人との出会い、仲間と感じる達成感、思い描いていた普通の学生生活──。「普通」を奪われる苦しみを、皆さんは誰よりも知っている世代です。
「もう社会人なんて早すぎる」。「慣れない環境に適応できるかな」。
思い通りにはいかなかった学生生活を経て、新生活へ一歩踏み出す今日、きっとたくさんの不安を抱えていると思います。
そこで、本記事では、プロピッカーから新社会人の皆さんに向けて応援メッセージをいただいています。
さまざまなフィールドで活躍してきた、年齢も性別も異なる4名の先輩たちが贈る言葉は、きっと不安を覚悟に変えてくれるはず。
ぜひ、これから始まる社会人生活の糧としてください。
INDEX
  • 🌸 新生活に、エールを
  • ✨ プロピッカーからのメッセージ

🌸 新生活に、エールを

そして、今日からも社会人のあなたへ。
社会人1年目は、誰しもが通る道です。
今日の皆さんがあるのは、降りかかる困難に立ち向かってきた日々や、数々の失敗と成功の経験、そしてなにより、上司や先輩の存在があったからではないでしょうか。
ぜひ皆さんも、荒波を乗り越えてきたからこそ伝えられる、「若いうちはここを磨くといい」「こんな失敗をしても大丈夫」など、新社会人への応援メッセージをコメント投稿してください。
あなたのエールが、新世代への襷をつなぎます。

✨ プロピッカーからのメッセージ

※コメントに共感したピッカーをフォローすると、アプリ下部の「フォロー」枠に最新のPick情報が表示されます。
これから始まる社会人生活、特に20代の社会人経験は、その後の仕事観や価値観形成に直結する、人生において非常に重要な期間です。
私は新卒でDeNAに入社しますが、この時点で起業を考えていたわけではありません。DeNAで働く3年の間に起業家マインドと事業スキルが身に付き、その土台があったからこそ今の自分がいると思っています。
これからキャリアのスタートを切る皆さんに向けて、私からは「努力する人は夢中な人に勝てない」という言葉を贈りたいです。
私の新社会人時代を振り返ると、まさにこの「夢中」な状態でいられたことが大きな成長につながったと思っています。
同期入社の社員には、すでにインターンをしていて仕事の経験がある人や頭の良い人もたくさんいたので、スタート地点では多くの人よりも劣っていました。
初配属の部署で夢を語る秋元さん/写真:Takuya Isobe
しかし、その焦りがあったからこそ、与えられたどんな仕事にも夢中になって取り組み、1の仕事から100を学べるように貪欲に情報を取りにいきました。
「雨が降っても自分のせい」の精神で、他の人の失敗もすべて「自分ごと」として捉え、何事からも成長因子を吸収しようと努めました。
とにかく夢中で目の前のことに取り組んだ結果、未知の仕事を振られても「なんとかする力」が身に付き、入社2年目からは希望していた新規事業の仕事や、数億の予算を持つゲームの宣伝責任者など、様々な経験を積ませていただくことができました。
これから会社で任される仕事は、必ずしも自分がやりたいことばかりではないかもしれません。
それでも目の前のことに夢中になることができれば、見えていなかった面白さに気付いたり、その姿勢が周りの人に評価されたりして、多くのチャンスをもらえるようになります。
どんなことも思いっきり楽しんで、素敵な社会人生活を送ってください!
フレッシャーズの皆さん、新しい人生の扉を開いたこの瞬間を心よりお祝い申し上げます!
私は今、銀行の頭取をしていますが、就職活動中はまったく銀行業界に関心がなく(むしろ避けていた)、ただ気が付けば地元志向というだけで地方銀行に入行したという黒歴史?が社会人としての始まりでした。
ですから、当時入行したばかりの支店勤務の窓口で、とにかくお客様から預かったお金を数えたり、ATMコーナーでお金を詰めたりする毎日に嫌気がさし、3カ月もしないうちに「辞めよう」と思ったことを懐かしく思い出します(笑)。
では、なぜ辞めずに今に至るのか?
変なところで負けん気の強い私は、「今、与えられている仕事で誰にも文句を言われず、誰にも負けないレベルになったら辞めよう」、そう決めて一生懸命取り組んだからだと考えています。
応援団に所属していた大学時代、銀行業界には興味がなかった永吉さん/写真:本人提供
どのような業種・企業でも、1つの仕事や業務を6カ月もやれば無難にこなせるようになるものです。そうこうしているうちに、次の新しい仕事を任される。
こんなサイクルを繰り返していると、「銀行員という仕事を極めるには一生かかるかも……」と思うようになりました。
もちろん、ただ同じことの繰り返しでは成長できません。1つクリアしたら次、また次と、常にチャレンジしようとする人、そして結果を示した人のもとにやりたい仕事はやってくるのです。
私は銀行員という職に就きましたが、これまでやってきた仕事は、皆さんが想像する銀行業務(窓口や法人融資担当など)にとどまらず、経営企画や広報・ブランド戦略、商品開発やM&Aなど本当に多岐にわたります。
写真:本人提供
皆さんが思う「こんな仕事がしたい」の“こんな”には、企画やマーケティング、営業やシステム開発、さらには人事領域などさまざまな種類がありますが、これらは会社の規模や業種にかかわらず、どんな会社にも必要な機能や役割です。
どこに就職しようが、今何をしていようが、自ら望み行動すれば必ずチャンスをつかめる「仕事」だと思います。
そう考えると、扉を開いた新しい会社で何ができるかは、皆さん次第ですね。Fight!!
※私が立ち上げた「みんなの銀行」にもさまざまな種類の仕事が存在します。書籍『イノベーションのジレンマからの脱出 日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」誕生の軌跡に学ぶ』(日経BP刊)の中では、各領域のスペシャリストたちの奮闘を描いていますので、未来の銀行づくりに興味のある方はぜひ手にとってみてください。
新社会人になる方は新しい大きな節目を迎えるタイミングだと思いますが、私が特に新しいことに飛び込むときに意識しているのは「良い未来」に覚悟を決めることです。
覚悟せよ、と聞くと悪いことや大変なことに対して心構えをしておく意味合いで使われるかもしれませんが、私の定義は逆で、良い未来になるように事前に自分と約束しておくことと定義しています。
例えば就職してから、「本当にこの会社でよかったのだろうか」と迷走してしまうことや、意気込んで入社したのに数カ月後には会社の愚痴を言うだけの人になってしまうのは、覚悟がないときに起こりやすいことです。
そもそも、これから社会に出て皆さんが出くわす問いには、これまでの受験勉強や試験のように正しい解はありません。不確実で曖昧な未来に対して、「この選択が正解だったのだろうか」と考えることはほぼ無意味で、「選択した道を自分の正解にする」と決めきって取り組むことの方が、圧倒的に意味があります。
新人時代の高橋さん/写真:本人提供
同じ会社への就職でも、「この機会を絶対に良い期間にする」、「学び成長できる期間にする」とあらかじめ決めておくと自分の行動が変わり、結果的に良い選択になります。
覚悟は迷いを凌駕します。
また、覚悟はいつでも自由です。誰にも改ざんされないし奪うことのできない、自分で決めることができる性質のものです。今日1日の過ごし方から人生の大きな選択まで、就職も起業も研究も結婚も生き方も、同じことが当てはまります。
「ここまでは絶対やり切るし、それでダメでも後悔しない」と先に決め切ると、誰に何と言われようと自分に胸を張って清々しく挑戦ができます。なぜなら、先に自分がそう決めているからです。多少失敗しても回り道しても、颯爽と生きることを先に決めてしまおう。
「新しい環境や挑戦、選択を後悔しない決断をできているか」と私もよく自分に問いをたてます。
明日からの人生を晴々しく生きる覚悟はできているか。
いまから27年前、1996年の4月に新卒社員としてユナイテッドアローズに入社しました。
当時の私が今の役割、CHROを目指していたのか?まったくのNoです。
10年前に私がしていた仕事は経営企画の責任者でした。22歳の私がそれを目指していたのか?Noです。
22歳の私はとにかく、ファッション、洋服が好きでした。
「お客さんとして通い、憧れたユナイテッドアローズの内側に入りたい、一員になりたい」
その願いが叶い、バイヤー、ディレクター、販売員たちと一緒に働けることに喜びを感じ、同時にミスもたくさんし、未熟ゆえの苦しみを同じ分味わっていました。
今思うと、侍ジャパンのチームになれた喜びを爆発させたヌートバー選手と同じ。なんだってやる、みんな大好き、元旦に揃いのTシャツでお客様をお迎えするのも嬉しくてたまらない。つらいこともたくさんあったけど、それを上回る気持ちの強さがありました。
そのころの私は何を目指していたのか?何も目指さない。
ただ一人前になりたくて、みんなに貢献したくて認めてほしくて、職種とか部門とかどうでもよくて、一人前になるためにただがんばった、それだけです。
20代後半、私よりもずっとできる後輩がたくさん出てきて、彼ら彼女らと競い合うか、
別の仕事をするか、キャリア戦略を初めて考え、「管理職に就こう」と思いグロービスに通いました。
2010年7月経営企画室長として最年少執行役員に就任。経営会議のファシリテートに悪戦苦闘していた頃の山崎さん/写真:本人提供
勉強をはじめたら経営管理側に行きたくなり、経営企画にジョブスイッチしました。
その当時の私に将来人事をやりたいか?と聞いたら「まったく興味がない」と言うでしょう。
40歳のころ、22歳の私があれだけ憧れていたブランド事業部に異動することになりました。当時の私は経営企画の仕事が面白くてたまらなくて、しぶしぶ異動しました。
異動してみたら、商品部、販売部、商売ど真ん中のメンバーとする仕事が面白くなり、これが天職だと思いました。
すると次は、人事をやってほしいと内示が。当時の私もしぶしぶ異動しました。
人事の仕事を始めて6年、CHROになった今はまた、「人事が一番おもしろい」、「天職だ」と思っています。
キャリアってそういうもの。望んだところへ一直線に行くことはない。
踊り場や回り道も味わい尽くし、10年、20年たったとき、自分で自分を「まあまあやるやん」と認めることができる、そんな螺旋階段のような仕事人生を謳歌してください。