2023/3/30

“誤解”だらけのパーパス経営。孤独な経営者への処方箋

NewsPicks Brand Design editor
 ここ数年で、多くの企業がパーパス経営に舵を切った。一方で「企業はパーパスを掲げるべき」との風潮が一気に高まり、その言葉自体が多少バズワード化しているのも事実。

 曖昧な理解のままパーパス経営に取り組んでいたり、パーパスを策定したものの社内に浸透させる術が分からなかったりと、悩みを抱えている経営者は多いのではないか。

 そもそも本質的なパーパス経営とは何か。パーパス経営を実践する中で、多くの企業が陥る“誤解”とは。

 慶應義塾大学総合政策学部准教授で、スタートアップと日本の大企業の経営戦略を探求する琴坂将広氏と、企業の人材・組織開発を支援する株式会社セルム 代表取締役社長の加島禎二氏の対談から読み解いていく。

無言で受け入れられるのではなく、議論し続けるもの

──「企業がパーパスを掲げる重要性」は、ここ数年で広く認識されるようになりました。この潮流にはどんな背景があるのでしょうか?
琴坂 パーパスが表現しようとしてる概念自体は、経営学が生まれた100年以上前から、さらに遡れば、人間が集団で活動し始めた時点から存在しているとも言えるはず。
 何も新しいものではなく、むしろ人間の組織の原点と考えてもいいでしょう。
 ではこの3、4年で、改めて注目されているのはなぜか。そこには大きく2つの理由があると思っています。
 一つ目は、グローバル化や社会の認識の変化により、経営におけるダイバーシティとインクルージョンなどの重要性が再認識されてきたという潮流です。
 同じ企業の中で働く多様な出自や個性を持つ人たちが一緒に心地よく働くには、共通して目指す“あるべき姿”が必要です。パーパスは、多様な集団を束ねる力になります。
 もう一つの流れがテクノロジーの進化です。人間がこなしていた作業を機械が代替できるようになった分、人間が手掛けるべき仕事は創造性あるものに移行していきます。
 人間がクリエイティビティを発揮するには、個々人が自由に発想・行動できる組織が求められる。
 個々人が自由に働く中でも、組織が目指す方向性を提示するために、パーパスの価値が見直されているというわけです。パーパスは、人間の自由意思を担保しつつ、その意志の方向をそろえる力になります。
──一方で、「なぜパーパスを掲げるのか」という理解が曖昧なまま、言葉自体が一人歩きしている印象もあります。お二人から見て、パーパス経営におけるよくある“誤解”には、どのようなものがあるでしょうか?
琴坂 「社員全員がパーパスに共感しないといけない」と捉えている人は、もしかしたら多いのではないでしょうか。
 ですが、パーパスには「好き嫌い」があって当然です。
 パーパスのように、「人生をかけてこれを実現したい」と思わせるほどの熱狂的な言葉には、偏りがあって当たり前。ある人から見れば、「それっておかしくない?」と思うようなものです。
 だからこそ、“誰からも愛されるパーパス”というのは、むしろ機能していないのではと思います。
加島 パーパスは、どこまでいっても「主観」ですよね。
 経営者自身や社員の中から溢れ出てきた主観が混ざり合って、その会社のパーパスが形作られるのです。
 だからこそ、パーパスを掲げる目的は、多くの人に共感してもらうこととは限らない。自分たちの世界観を世の中に示し、それに熱狂できる人を社員やファン(顧客)という形で巻き込めればいいのです。
 簡単に言えば、「この指とまれ」と指を掲げるイメージに近いでしょうか。
琴坂 そうですよね。加えて、現時点で組織が共有している価値観を、パーパスとして言葉にしてしまうことも、よく見られる勘違いです。
 描くべきは、現状ではなく、未来の“ありたい姿”。
 現状の姿を表明しても、共感は得られるかもしれませんが、何も前進させることはできません。賛否両論があると分かっていても、進むべき未来の方向性を定めるべきなのです。

パーパス同士の摩擦がイノベーションを生む

──「パーパスに共感する、しない」の前に、そもそも社員が自社のパーパスに関心を持てていないケースもあるのではないでしょうか。
琴坂 それはおっしゃる通りです。そういった事態を防ぐために、パーパスを作る段階から、社内外の全階層を巻き込むことは有用です。
 ポイントとなるのが、現在のリーダーだけではなく「未来のリーダー」を巻き込んでいくこと。
 私がパーパス策定を支援した大手金融機関では、パーパスを策定する際に、「経営陣だけでは発想が古くなるかもしれない」と、若手チームを別途立ち上げました。
 若手チームは独立して議論を進め、そこからのインプットをもとに、策定プロジェクトが進んでいきました。
 このように、策定のプロセスから社員が参加することで、パーパスが「上から押し付けられたもの」という意識は減らせるのではないでしょうか。
加島 そうですよね。一方で、パーパスは常に壮大で抽象的なものです。
 経営者が「社員を巻き込みたい」と思っても、社員が“腹落ち”するまで理解を深めるのは、やはり難易度が高いと感じます。
 その距離を縮める上で重要なのが、個人のパーパスだと考えています。つまり社員一人ひとりが考える人生の意味や存在理由。自分が生きる軸のようなものです。
 まずは個人ごとのパーパスを振り返り、そこに会社のパーパスを重ね合わせてみる。
 そうすることで、「自分の人生の目的を果たすために、私はこの会社で何を成し遂げたいのか」という想いが浮き彫りになり、企業のパーパスを自分事として捉えられるようになると考えています。
セルムが支援したパーパス経営の事例はこちら。
──ですが、個人のパーパスを突き詰めるほど、会社のパーパスとの折り合いはつけづらくなると感じます。極端ですが、個人のパーパスが明確になった結果、「私はこれを大切にしたい、だから会社の売上なんてどうでもいい!」と考えてしまう人は出てきませんか?
琴坂 その葛藤こそが、組織にイノベーションを生んできました。
「会社はこんなパーパスを示しているけれど、私が働く理由は別にある」という社員が現れることで、組織内に摩擦が生まれます。
 それが健全な衝突と議論を生み、自身のパーパスや会社のパーパスが、より研ぎ澄まされていくのです。
 実際に、企業の方針に違和感を覚えた社員が集まって、いわゆる“闇研”としてひっそりと研究を続けた結果、イノベーションが生まれたという事例は数限りなくあります。
 一番望ましくないのが、社員がパーパスに「無関心」であること。違和感でも反発でもいいから、自分事として考えてもらい議論することが重要です。
加島 パーパスを「未来永劫続くもの」と捉えている人もいますが、変わって然るべきものだと考えています。個人の人生のフェーズも変わるし、社会も変わりますから。
 どうアップデートするかの議論を進める上で、経営陣の中、そして社内にもある程度の緊張関係があった方が、むしろ健全だと思いますね。
琴坂 そして経営陣やリーダー層に求められるのは、パーパスを軸に、組織制度や事業内容を“点検”すること。
 言葉を作るだけではなく、それらを組織に実装することです。
 たとえば、「個人が輝ける社会を創る」と掲げながら、全ての人事がトップダウンで決まる制度を採用していたら、社員は「なんだ、口先だけじゃないか」と感じてしまいます。
 パーパスは、たとえるならば「憲法」のようなものです。
 憲法に基づいて法令を改正するように、パーパスを参照しながら「この事業は続けるべきなのか」「この承認フローは正しいのか」といった見直しをした方がいい。
 パーパスを打ち出すだけではなく、誠実に向き合っていることを示せない限り、従業員や顧客、株主から信頼を得ることは難しいのではないでしょうか。

「仕事ができる人がリーダー」の時代は終わり

──社員それぞれがパーパスを自発的に議論できる組織にするために、経営者にはどんな素養が求められるのでしょうか?
加島 パーパス経営を実践する上で、階層的な断絶がない組織であることは欠かせないと考えています。
「パーパス経営をやります、でも社員は取締役の顔も見たことがありません」という会社で、社員がパーパスに真剣に向き合うのは、やはり無理があるでしょう。
 ではそういった時に求められるリーダーは、どんな人物か。
 これまでのリーダーといえば、語り草になるようなエピソードを数多く持つ、百戦錬磨のカリスマ経営者が目標とされる傾向にありました。
 ですが、これから求められるのは、言ってしまえばもっと“普通”の人だと思うのです。
 パーパス実現に向けて、さまざまなステークホルダーを巻き込むには、異なる意見をきちんと聞いて、その上でフラットなチームを作れる能力が求められます。
 そう考えれば、誰も手の届かないカリスマよりも、等身大で親しみやすい人の方が、適している。
「とびきり仕事ができる人がリーダーになる」という時代は、もう終わりつつあるのではないでしょうか。
琴坂 共感しますね。ここまでAIが発達した時代、経営者はKPI管理や数値分析、予算管理なんかに時間を割いてはダメです。
 むしろ時間を使うべきは、社員や社外とのコミュニケーション。
 ここでもテクノロジーを活用して自分自身を拡張したリーダーシップが大事になると思います。つまり、リーダーとしての発信をより効果的に行う力が重要です。
加島 ただ、これほどまで従来の成功法則が通じない世の中で未来を描き、周りの意見を取り入れながら、パーパスの実現を目指すなんて、どう考えても難易度が高い。
 これを一人に背負わせるのは、さすがに負担が大きすぎます。
 私たちセルムは、そんな経営者に伴走し、パーパス経営の実践をはじめとした、組織や人材の課題に向き合う存在です。
 人材・組織開発のコンサルティングの中でも、特に強みを持っているのが、現役員や次期経営者などのエグゼクティブ層へのメンタリングです。
 そもそも経営層のメンタリングとは、経営におけるサポート役として、悩みや課題の相談に乗ること。1on1などの面談を通して、本人が自ら答えを見つけられるように導いていきます。
 ですが一般的な経営者メンタリングは、非常に“属人的な”サービスなんですね。相性の良いメンターを見つけて、その人に全てを相談するというスタイルが主流なのです。
 一方でセルムの強みは、経営者を“組織的に”支援できるという点です。
──“組織的に”支援するとは、どういうことでしょうか?
 組織課題と一言で言っても、その内容は複雑かつ多岐にわたります。
 私たちが支援する「パーパスを組織や経営戦略にどう落とし込むか」という課題にも、マネジメント層の育成や、社員とのコミュニケーション設計など、さまざまなアプローチが求められます。
 一人のメンターが、経営者が抱える全ての問題に対して、万能な解決策を提示できるとは限りません。
 その問題に向き合うため、セルムは「外部の専門家ネットワークを活用する」というビジネスモデルを掲げ、多様な専門性を持つプロフェッショナルと協業してきました。
 変化する環境下で経営者が抱える課題の解決に、「点」ではなく「面」で持続的に向き合える。それが私たちの強みです。
琴坂 セルムはプロフェッショナル人材のネットワークが広大で、人材の引き出しが本当に多い。「この組織にはこんな課題があるから、こういう強みを持った人が必要では」と提案すると、次々と名前が出てきます。
 そもそも経営者は、非常に孤独ですよね。
 権限を多く持っているがゆえに、周りの人が本音で話したくない状況が生まれてしまうためです。もちろん仕事量も多く、深く思考する時間はどんどん削られていきます。
 その中で、目先の課題から自分の思考をいったん解放して、中長期視点で自社の方針を定めることは、経営者の最も根源的な仕事です。それができるのがメンタリングの時間であり、経営者にとって息をするくらい大切なものだと思います。
加島 ええ。私たちも経営者への伴走を通して、日本企業のパーパス経営の実践を支援していきたいと考えているんです。
 現在、日本における人材育成への投資額は、あまりに過小です。欧米の優良企業の現場においては、経営者自らが「OJT」、「企業内大学」と称してリーダー人材の発掘に多くの時間をかけ、持続的な組織づくりを牽引しています。
 まずは経営者が変わることで、日本企業も大きく変わる。伸び代の大きいこの領域で、さらなる価値を提供できるように進化していきたいですね。