2023/3/16

【山田悠史インタビュー】医療のAI活用最前線

フリー ライター・編集者/ポーカープレイヤー
ChatGPTをきっかけに日本でも急速に関心が高まりつつあるAI。

アメリカの一部の病院ではすでに医療の現場でもAIが日常的に使用されているが、日本ではまだ本格的なAIの医療活用は始まっていない。

アメリカのマウントサイナイ大学病院で医師として働く山田悠史氏は、以前からトピックス「その論文が世界を変える」で自身の医療におけるAIの活用例を紹介し、本年年始の記事「2023年医療界で起こること」では2023年のAI活用領域の拡大についても言及していた。

今回は、アメリカの医療現場で実際にAIを使用する山田氏に、医療におけるAIの現在と、今後見込まれる発展について詳細を伺う。
INDEX
  • AIはすでに医療現場の日常で活用されている
  • 医師の生産性を上げるため、機械作業をAIに任せていく
  • 認知症や孤独ーー老年医学の分野でAIに期待されること
  • 医療の個別化が加速する未来にAIは不可欠

AIはすでに医療現場の日常で活用されている

ーーまず初めに、医療分野におけるAI活用の現在の概況についてお伺いできますでしょうか。
山田まず、医療分野で最も人工知能が入り込みやすい活用法に画像解析があります。とりわけ放射線医学と病理学の二つの領域で活用が進んでいます。たとえば、私も患者さんのX線を撮ったり、CT検査やMRI検査を行うのは日常ですが、人間の目と脳みそだけで写真から情報を処理するのはそれなりに時間を要します。これまでのプロセスでは、まず撮影したCT画像が上がってくるのにシステムの問題で15〜20分ほどかかっていました。その後、放射線診断医が数時間かけてレポートを作成。この一連のプロセスの間に、どうしても6〜7時間ほどのタイムラグが生じていました。
一方、人工知能の場合、撮影した写真を一瞬で解析してレポートを返してくれます。私が所属しているマウントサイナイ大学病院ではAIが画像を読み込み、レポートを出すことが標準的になっています。ただ、あくまでもそのレポートは「preliminary(予備の)」であり、「このレポートはAIが作成したものです」との注意書きがあります。要するに、まだ完全なレポートではなく、医師の最終的な確認を待つ必要があります。現状でいえば、そのレポートのうち3〜4割は修正を要するものの、残りの6〜7割は手を加えないで済む精度まで向上しつつあります。AIレポートは毎日のように目にするので、その意味ですでに日常に溶け込んでいると言えます。
ーー活用法のイメージとしては、今日本で騒がれているChatGPTの使われ方に近いですか?
山田:いや、ChatGPTとは異なります。画像をパッと読み込んで、そのままレポートにしてくれるので、ChatGPTのように誰かが何かを問いかけるわけではありません。たとえば、ある画像を一枚撮ったときに、AIが「ここに山があり、この山は何々山と呼ばれていて、その下にある川の長さは何メートルで、水質はこうです」と解析してくれるのです。CT画像を人力で読み込もうとすれば、どうしても数時間かかってしまう作業を、AIは5〜10分でやってのけてしまうのです。
ーー医療におけるAI活用が最も先進的に進んでいるのはアメリカでしょうか?
山田:地域に限定すれば、シリコンバレーのスタートアップが一番リードしているチームの一つではないかと思います。もう一つは中国でしょうが、中国の場合はやや見切り発車な部分が否めません。アメリカの場合はFDA(アメリカ食品医薬品局)が第三者機関として現場で使用に耐え得るかの判断を行っているので、十分な正確性や安全性を担保している意味で、総合的にはアメリカと言えるのかもしれません。
ーー最先端の研究のあり方として、医師のバックグラウンドを持った方がスタートアップを興しているのか、データサイエンスに専門的なバックグラウンドを持つ人と医療分野の人が協力しているのかで言えば、どちらのパターンが現在のメインストリームですか?
山田:後者だと思います。マウントサイナイ大学病院はGoogleとの連携が強いですが、他の大学病院でもIT企業と連携しながら研究開発を進めているケースが多いと思います。
ーーいろいろなスタートアップが医療を目的としたAIを作り始めているということですが、より優れたAIがあるにも関わらず、医師に利益をもたらすAIが選ばれる、といった懸念も今後あり得るのではないでしょうか?
山田:そういったものが出てきてもおかしくはないと思います。今アメリカで特に時代の流れを感じ、懸念していることがあるのですが、Amazonが「ワン・メディカル」というグループを買収してクリニックを持ち、「ピルパック」という薬局も買収しました。
大学病院や一般の病院は人を助けることを目的としていて、国が赤字補填などをしながらなんとかやっているわけですが、企業であれば利益を追求するという価値観が入ってくる。
企業に利益を与えるにはどういう検査、診断、治療薬を提案すればいいか、ということをAIがアルゴリズムで巧みに誘導できるようになってくる可能性がありますよね。そこはブラックボックスなので、プロセスは患者にはわかりません。医師ならわかるかもしれませんが、企業に雇われた医師ならそれを批判することはないでしょう。
医師には高い給与を払い、患者にはできるだけ低コスト、そして企業にとっては利益になる。しかし必ずしも患者にとっての健康上のメリットを優先していない道筋を辿らせる医療が出てくることが懸念されます。
ヘルスケアはポテンシャルは大きな産業ですが、これまでは規制され続けてきました。そこにいよいよ利益中心のビジネスが入ってこようとしていて、一般市民にも歓迎されています。一般市民の歓迎はこの流れを後押しするでしょうが、本当に人の健康にとって良い流れなのかはわかりません。
このような部分で巧みにAIを使う企業はこれから増えるでしょう。アメリカではその風が吹き始めました。

医師の生産性を上げるため、機械作業をAIに任せていく

ーー山田先生ご自身が一番関心を抱いているAIの活用法をお教えいただけますか。
山田:昔でいうところの「カルテ」です。現在では、日本でも標準的に電子カルテになりましたが、電子カルテにした一番の理由は医師の労働時間を減らすことにあったと思います。ところが、紙カルテから電子カルテに変わっても、医師の労働時間は全然減っていません。ネックになっているのがタイピングの時間で、私もおそらく一日の仕事のうち三時間ほどをタイピングが占めています。まるで物書きのようにカルテを書き続けているわけで、非常にもったいない時間が奪われています。この時間を患者さんに充てることができたなら、患者さんにとってもより安心できる医療環境になるはずなのですが、それを許してくれないほどドキュメンテーションが多い。カルテを書く時間の労働を減らすソリューションを多くの医師が求めています。
カルテには独特の書き方や用語がたくさんあります。シリコンバレーのスタートアップでは収音マイクから医師の言葉をカルテの書式に翻訳して、電子カルテに落とし込むソリューションが開発されています。実際、マウントサイナイ病院内でもこの技術の試用が開始されたところで、この技術が本格的に用いられるようになれば、医師の労働時間が一気に減る可能性があります。コロナをきっかけに遠隔診療が増えたことも、この技術が活用される流れにとって後押しになると思います。遠隔診療は画面越しにコミュニケーションを取るので、マイクを置かずして、システムに収音されます。それをそのまま電子カルテに落としてくれる仕組みが整えば、医師の仕事の生産性は劇的に向上することが期待されます。
ーー最近ではPDFをアップすると、論文を一瞬で要約してくれるAIサービスもあります。NewsPicksトピックスで「その論文が世界を変える」を運営されている山田先生からみて、この動向についてはどう思われますか?
山田:論文を読む上で大事なポイントは要約することではなく、示されたデータを批判的に吟味できるかどうかの思考過程にあるはずです。論文の内容をざっと掴む意味で、AIにサマリーを作ってもらうのはむしろ賢い使い方です。頭を使わない機械作業はどんどんChatGPTをはじめとしたAIに任せながら、本来人間として集中すべきブレインワークに時間を投下できるのはむしろ望ましい。こうした活用法は実際、電子カルテの領域にも導入されつつあります。たとえば、患者への紹介状やレターを書く作業は限りなく機械作業に近いものです。医師が頭を使うことがないので、ChatGPT的なAIが自動的に作文してくれれば、医師の生産性も上がります。
ーー今後、医療分野においてAI活用が進んでいくとして、究極的に残る医師にしかできないことはどの辺りに突き詰められそうでしょうか?
山田:「診断や治療の判断は、AIがアルゴリズム的に全てやればいい」といった意見があるかもしれないですが、果たしてブラックボックスを信頼できるのかどうかの問題が残ります。AIがデータを元に算出した診断や治療の結果だけ見せられても、「本当に誤診ではないのか」を一般的には信じきれないのが普通だと思います。少なくとも現行の世代の間、医療のあらゆるプロセスをAIが一気に置き換えていくのは難しいでしょう。一方、これから生まれてくる世代は、生まれ育っていく過程・環境でAIがいることが当たり前であれば、そうした抵抗も徐々に低くなっていくと思われます。もう一つ重要な論点として、医療においても人の感情やアートに近い感性の部分は無視できない重要性があります。医師が患者さんとコミュニケーションを取る過程は、ただアルゴリズムに沿って何かを提案しているわけではなく、会話の中から機微を汲み取りながら対応する部分が少なくないのです。その意味でも、AIネイティブ以前の世代に関しては、医師がまだまだ人として活躍しなければいけない部分は依然大きいでしょう。
ーー今後よりAIの活用が医療に取り入れられていくにつれて、医師にはよりAIを補完するヒューマンスキルや人間としての感性的な部分が求められていくんですね。
山田100年後の未来を想像したとき、究極的には看護師のような仕事の方がむしろ大事になるかもしれません。100年後に医師の仕事の全てが置き換えられているかは分からないですが、ロボットが手術を行い、AIが診断を行っている可能性は普通にありそうです。

認知症や孤独ーー老年医学の分野でAIに期待されること

ーーAIの議論で、人工知能が人間の知能を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」についてしばしば話題に上ります。医療業界に限定してみると、シンギュラリティと目される未来予測はありますか?
山田診断や治療判断にAIが入り込んでくれば、それは一つの大きな境界線になると思います。ただ、先ほどから言及しているように、現代の価値観で生きる多くの人々にとっては心理的なハードルも大きいため、完全に置き換えられるのはまだまだ時間がかかると思われます。医療におけるAI導入の前提は目的は人間の仕事を助けることですが、逆に、人間にとっての手間を生んだり、効率を悪化させることもある点に注意が必要です。つまり、AIが導いた結果を確認するために、人間側が再び動かなくてはいけなくなることが生じるのです。加えて、人の命や健康に直接関わる医療業界は他のあらゆる業界に比べて多くのリスクを伴うため、どうしてもAIの導入には時間がかかってしまいます。
ーーここまでのお話で、実際に医療の現場で画像解析やレポート作成でAIが活用されていると伺いました。先生のもう一つの専門である老年医学の分野では、AIはどのように活用されているのでしょうか。
山田:たとえば、人となりをAIがアルゴリズム的に高い精度で解釈してくれるのであれば、それぞれの価値観に合った提案ができるようになるかもしれません。もう少し現実的なところでは、薬の整頓にAIが生かせるのではないかと思っています。多くの高齢者は10〜20個の薬を飲んでいることがザラにありますが、多剤併用によって副作用などの有害事象が起きることがあります。これは「ポリファーマシー」と呼ばれますが、この領域は数式の活用と相性が良いため、AIが活躍できそうな部分です。
もう一つ高齢者の大きな問題に認知症があります。認知症は本人に症状が出始めてから、実際に診断が出るまでに数年のタイムラグがあります。症状の変化が微細でゆっくりなため、家族や本人も気づきにくいのです。最終的に、日常生活に目に見えて影響が出るポイントに達して、ようやく家族が病院に連れてくるので、どうしても診断が一つ遅れてしまいます。微細な変化を突き止めるのが医師の役割ですが、人間にとって微妙なニュアンスをAIは正確に嗅ぎ分けます。今後、AIが認知症を早期に発見したり、病気の原因を振り分けて特定することは、私たちの領域で今後より一層脚光を浴びることになるでしょう。
ーー高齢者問題に関連して、孤独の問題に対して、医療業界は現在どのようなアプローチをしているのでしょうか。
山田:孤独は私たちにとってほぼ手付かずの課題としてあります。「社会的孤立」と「孤独」は大きな健康リスクをはらんでいます。それぞれ簡単に説明すると、まず前者は社会的に孤立(isolate)していることであり、人間関係がそもそもない状態です。後者は感覚としての孤独感(loneliness)で、両者ともに単独で健康リスクとなることが知られています。実は認知症のリスク一つとっても、社会的孤立は修正可能な(modifiable)認知症のリスクとして大きく取り上げられています。この問題に対して「コミュニティで支えよう」といったNPOや自治体レベルの取り組みはあるのですが、地域に関わらず、満遍なく問題に取り組もうとする動きはあまり見られません。
ただ、注意したいのは社会的孤立と孤独の違いです。たとえば、一人でいても孤独を感じない人もいれば、一人でいることが孤独につながる人もいます。では、ソーシャルネットワークで人とつながっていれば、孤独感は解消されるのかといえば、必ずしもそうとは言えません。以前トピックスで「SNSは人々の健康にどのような影響をもたらすのか」という記事を書きました。実際に対面で人と会っている人と、SNS上でだけコミュニケーションを取っている人を比べると、前者しか健康リスクが守られていないことが示唆されました。もちろん将来的に、子育てすらAIがロボットが行うようになれば、新しい常識が生まれてくるのかもしれませんが、現代に生きる私たちの価値観が一気に置き換えられることは考えづらいと思います。

医療の個別化が加速する未来にAIは不可欠

ーーやや抽象的な質問になってしまうのですが、医療におけるAI活用は医療を民主化するのか、あるいは医療格差を加速させるものなのか伺いたいです。これまで名医が持っていた属人的な知識や暗黙知がAIに実装できるとすれば、それは一つの民主化と言えそうです。
山田AIを活用することの基本的な目的は、現状多すぎる医師の不要な労働時間を減らし、より多くの患者を見られるようにすることで、医療アクセスを改善することです。ただ、電子カルテの導入に大きな期待が寄せられていたのに反して、現実はまた別の不便を生みました。これはAIにも同様のことが言えて、技術の導入によって本当に事態が改善するかどうかは、蓋を開けてみなければ分からないのです。結局助けにならなかった未来になってしまう可能性もあり得ます。
ーー加えて医療の場合、一度の何らかのミス、たとえば死亡事故が起こることによって、技術の導入に一気に歯止めがかかってしまうこともありますよね。
山田:AIにせよ人間にせよ、間違いを起こすことは必ずあります。仮にAIが間違いを犯したとき、その尻拭いは誰かがしなくてはなりません。それによって、逆に医療コストが増えたり、医師の仕事が増えることは全然あり得ます。たとえば今、ChatGPTを使っていても、得意なことはさらっと驚くレベルのクオリティで返してくるのに対し、まったく頓珍漢なことを返してくることもあります。AIが作業の途中で変なスポットに入ってしまったときに起こるこうした不手際に対して、誰が責任を負うべきなのか。まだまだ人も社会もこうした問題への準備はできていないと思います。医療の世界に限っていえば、まずその準備が十分に行われた上で、AIが少なくとも人間と同等の仕事ができることが臨床研究の範疇で確認されないことには活用は進んでいきません。医療での活用は拙速に進められないのが当たり前なのです。
ーー山田先生個人として「AI × 医療」の一番望ましい未来像はどのように描かれていますか?
山田:振り返ると、私が医師をやっている15年だけでも知識の量が膨大になりました。膨大化した結果、私たち医師は専門分化し、どんどん領域を狭めていきました。それによって一人の医師がカバーできる領域はどんどん小さくなりつつあります。人は病気ごとに生きているわけではないといいますか、「私は何々病です」といきなり教えてくれるわけではないので、人としては病院の中で迷子になりやすくなってしまいました。こうした医療の個別化と進化に医師の脳みそがついていくのにも限界があるなか、AIの活用は不可欠だと思っています。医療業界全体の進歩のスピードに個人の人間が追いついていくのが難しくなっているので、私個人としてはAIの活用は歓迎しています。もちろんAI活用へ積極的かどうかは世代によって意見が分かれそうではありますが、いずれ医学部の教育に入ってくるようになれば、いよいよナチュラルに医師が受け入れる土壌は整っていくと思います。
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