2023/3/24

介護難民を救え。根深い社会課題をビジネスで解決する秘訣

NewsPicks Brand Design / Editor
 深刻な人手不足に悩まされている介護業界。

 そのため国も、介護ロボットの導入、介護認定制度の改定など、担い手不足を前提とした様々な打ち手を模索しているのが現状だ。

 しかし、その介護業界において、急速に従業員数を伸ばしている企業がある。2020年に創業し2年で売上50億を達成した「土屋」だ。

 介護の中でも、重度障害者の介護を行う、重度訪問介護という分野で業界最大規模となり、47都道府県すべてに事業所を開設。
 月間平均採用数も160名となった。
 では、なぜ「土屋」は介護人材不足を解消し、介護難民問題という社会課題の解決に真っ向から挑戦できているのか。
 「土屋」の代表取締役の高浜敏之氏のお話から、成長できるソーシャルビジネスの在り方を紐解いていく。

介護人材不足が生む、介護難民問題とは

──介護業界の人手不足が深刻と聞きますが、どのような状況なのでしょうか
高浜 少子高齢化が進み、要介護者が増えている背景から、2040年度に必要な介護人材は280万人。これは「毎年約6万人」介護人材を増やしてようやく達成できる数字です。
 ではこの数値が達成できないと何が起こるのか。
 介護が必要であるにもかかわらず、施設にも入れず、どの介護サービスにもアクセスできなくなる介護難民の増加です。
 私は、介護難民が増えることは、人権侵害が連鎖的に広がることだと考えています。
 要介護者が満足のいく生活を送れなくなることはもちろん、介護サービスの代わりに、ケアを担う家族へ与える影響も大きい。
 たとえば介護による離職やキャリアの中断で、経済的な負担が増え、自己実現の機会が損なわれてしまう。
 また18歳未満の子どもがケアを行う、ヤングケアラー問題もそうです。子どもが学びの機会を十分に得られず、将来の夢を断たれてしまうことがある。
 こうした深刻な問題が、誰の身にも起こりうる社会になりつつあるんです。

介護難民は増えるのか?

──深刻な問題ですね……。実際、介護難民は増えているのでしょうか。
 増えていますし、さらに増えると予想します。その理由は二つ。一つ目は、団塊の世代の高齢化です。
 団塊の世代が後期高齢者となるのは、2025年。その年の日本の高齢化率(総人口に対する65歳以上の割合)は30%を超えます。
 そのため国も、急ピッチで対策を打っています。たとえば「地域包括ケアシステム」の構築。
 地域住民・介護事業者・医療機関・町内会・自治体・ボランティアなどが一体となって、高齢者が住み慣れた地域で暮らせるようにサポートするしくみです。
 うまく機能すれば、介護難民問題をある程度は緩和できると期待しています。
 一方で見逃せないのが「地域で暮らすことを希望する重度障害者の増加」です。これが、介護難民問題が深刻化している二つ目の理由に当たります。
──重度障害者とはどのような方を指すものなのでしょうか?
 主に難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脳性麻痺、頚椎損傷など、身体的な障害。また、重度の知的障害や自閉症、自傷や他害行為のある強度行動障害などの障害を指します。
 知的障害者や精神障害者が2014年から重度訪問介護の対象となった。
 また施設から地域へ移行を望む重度障害者の人数も増え、重度訪問介護の利用を希望する重度障害者の総数は激増しています。
 しかし、現在、重度障害者への介護サービスはうまく行き届いていません。
 重度障害者が介護難民となることが慢性化したまま、見過ごされてしまっているんです。
 もちろん高齢者の介護も大きな社会課題ですが、私は、重度障害者の介護難民化の方がより深刻な問題だと捉えています。
──なぜこのような深刻な問題が見過ごされているんですか?
 脱施設化の流れが加速する中、そもそも対応できる民間の事業者がごく少数のためです。民間のサービスで対応できると、利用者側に認知されていないほどです。
──脱施設化とはどういうことですか?
 今まで重度障害者は施設に入所するのが一般的でした。
 しかし、2006年に採択された「障害者権利条約」という国際条約の中で、人権擁護の観点から、障害者の施設への入所は原則認められないと示されました。
 地域でケアを受けられる環境を作るべきだと。
 これに日本も批准しているため、脱施設化の推進とともに、新施設の増設が難しくなったんです。
 施設は常に満員状態。さらに暮らしている地域に、ケアをする事業者がなく、家族がケアをするしか選択肢がない。
 私たちが「ホームケア土屋」という重度訪問介護事業を中心に、介護事業を手掛けているのはこうした根深い社会課題を解決するためです。

要介護者が“門前払い”される

──高齢者介護で、地域包括ケアを推奨しているように、国の後押しはないのでしょうか?
 問題視はしていますが、高齢者介護ほど積極的ではありません。
 これには少しからくりがあります。
 重度訪問介護事業を手掛ける中で調査したところ、重度訪問介護について「利用者数よりも、登録事業者数の方が多い」市区町村が76.1%ありました。
 数字上はむしろ供給過多のように見えるんです。
 ただ実態は異なります。重度訪問介護の指定事業者数と、実際にサービスを提供している事業者数に大きな乖離があるんです。
 障害福祉サービスの一つである「居宅介護」の指定事業者となる申請をする際に、「重度訪問介護」も対応すると、丸をつけるだけで指定事業者になれてしまう。
 どちらもなれるなら、なっておけばいいと思いますよね。
 しかしこの二つでは国が決めた介護報酬の単価が、倍近くちがいます。居宅介護が1時間4,000円なら、重度訪問介護は2,000円程度。
 そうなれば、居宅介護に人員を割きたいと事業者が考えるのは当然です。つまり重度訪問介護の相談をしても、奇跡的に人員が空いていない限り、引き受けてもらえません。
──そんなからくりがあったのですね…。
 はい。また地域間での格差もあり「人口あたりの重度訪問介護利用率(重度訪問介護利用者数÷都道府県人口)」では、関東圏だけで見ても最も高い東京と最も低い栃木県の間に、およそ18倍もの格差がありました。
 そのため、私たちは困っている重度障害者が多い地域を中心に、事業所を作り続けてきました。
 これを続けていった結果、現在は全国47都道府県、69箇所の事業所を構えています。

人を大切に、経営理念を愚直に追い続ける

──事業所を全国47都道府県に構え、売上も創業から2年で50億円に達しました。なぜ急拡大できたと考えていますか?
 社会課題が根深く、ニーズがあったという前提はあるものの、二つの理由から拡大につながったと考えています。
 最も大きいのは経営理念の浸透。パーパスやミッションを明確に言語化し、浸透させていること。
 たとえば、弊社のミッションは「探し求める小さな声を」です。
 ケアを必要とするけれどもサービスにアクセスできない地域の重度障害者からのニーズ。
 全国に事業所を作り、ニーズに応えることは、まさに小さな声を探し求めることです。
 また現場のケア担当者も利用者に困りごとがないか、積極的に関与してくれています。困りごとを見つけ出して解決することも、小さな声を探し求めていると言えます。
 経営陣から現場まで、共通の言葉を拠り所にする。
 共通の価値観を持って、顧客の声に応えていることが、利用者からの信頼につながり、事業成長のキードライバーになっています。
 また、二つ目は、従業員のエンゲージメントを高めるため、待遇面にこだわったこと。
 重度訪問介護は、重労働でかつ介護者に深く入り込む感情労働でもあります。簡単な仕事ではありませんので介護職員の平均給与水準より高い額を設定しています。
 また介護業界の多くは小規模事業者です。小規模事業者の場合、社長が一人で経営し、あとはケアを担当する介護者のみという組織が多い。
 すると、キャリアパスが描けず、何年頑張っても役職も給与も変わらないため離職してしまったり、他業界に転職したりすることが起きます。
 ただでさえ、人手不足の業界なのに、せっかくの人材を業界外に放出するなんてあってはなりません。
 そのため、われわれは重度訪問介護の業界において最大規模というスケールメリットを活かし、キャリアアップを見越した組織作りを行っています。
 その結果、役職によっては1,000万円プレーヤーも生まれています。
 経営理念が浸透していることや、待遇面が整っていることに共感していただき、弊社で働きたいという方の応募も増えました。
 採用がうまくいっていることも、事業をスムーズに拡大できた大きな要因です。
──介護業界において、人件費が高騰していってもビジネスは成り立つのでしょうか?
 たしかに介護事業の支出の半分以上は人件費です。ここを上げるというのは利益減に直結するため、自分のクビを絞めていると思う方もいるかもしれません。
 しかしわれわれの目的は、介護難民という社会課題をビジネスで解決することです。
 一朝一夕でできることではありませんので、短期的な利益を目標とせず、長期的な視点で考えてビジネスを展開しています。
 短期的な目線で経営すると、売上や利益の最大化だけが目的になりがちです。
 そうすると、たとえば不採算エリアの事業所が出た場合、すぐに撤退せざるをえなくなります。
 でもそこにいる利用者の方々は、われわれのサービスがあるからその地域で豊かに暮らすことができている。
 たとえ不採算エリアであっても、長く事業を続ければ、採算が合う見込みもあります。ならば続けるべきです。
 会社の利益だけを追って、利用者の声を無視してしまえば、社会に混乱が生まれます。
 もちろん利益がなければ会社は潰れますから、利益のコントロールは非常に大切です。
 ただし、ビジネスを社会課題解決の手段と捉えるならば、利益が過剰なまでに大きい必要はどこにもありません。

ソーシャルビジネスを作るコツは、小さな声を拾う

──長期的に見て、重度訪問介護のニーズはまだまだあるのでしょうか?
 47都道府県に最低1つ以上の事業所があるだけで、すべてのニーズに応えられているわけではありません。これからも事業所を増やし、サービス提供対象地域を拡大していくつもりです。
 ただし従業員も大切にしたいため、採用した人材を機械的に地方へ飛ばすようなことはしたくありません。必要な地域に必要な人員が採用でき次第、メッシュを細かく、事業所を展開していくつもりです。
 また重度訪問介護だけではなく、高齢者介護や保育などの福祉分野も課題は山積みです。こうした領域にも、ケアが必要なのに、埋もれてしまっている小さな声がないか探しています。
──福祉分野のどこにニーズがあるか、見極めはどのようにしていくのでしょうか?
 福祉の分野でニーズがあるということは、裏を返せば、困っている人がいるということです。ただし、既に私たち以外の事業者が多くいる分野には、積極的に参画しなくてもよいと考えています。
 苛烈な競争にさらされると、パイの奪い合いになります。売上や利益の変動性が激しくなる。そうなると、長期的な視点でのビジネスではなく、短期的な視点での経営に陥りがちになります。
 私は、もともと福祉分野で社会活動家として運動をしていました。解決すべきだと躍起になった社会課題があったものの、金銭も人的リソースも足らず、頓挫してしまった苦い経験があります。
 その後、介護福祉士となり、介護ベンチャーの立ち上げに参加しましたが、その中で学んだのは、大義だけでは持続性がなく、大義がないと利益の最大化を盲目的に追求してしまうということです。
 そのため、福祉分野の課題が、われわれが解決できるような、小さな声なのか、そしてビジネスとしても広がりがありそうかを思考することが最も大切だと考えています。
2023年3月22日高浜社長の著書が出版。著書もぜひご覧ください。

【異端の福祉「重度訪問介護」をビジネスにした男】
介護は人の役に立つ夢のある仕事、しかし過度に清貧である必要はない。その信念を貫き業界トップクラスの高収入を実現させた社会起業家が描く理想の福祉社会とは。