2023/3/18

【大逆転】即断即決のBtoB戦略。コロナのピンチが追い風に

ライター
低コストで野菜を共同配送する事業を運営するやさいバス株式会社は、数ある農業系スタートアップの中でも多くの支持を集めています。スタート時は飲食店と生産者を対象顧客にしていましたが、コロナ禍で状況が一転。「致命的だった」というピンチを切り抜け、小売業者向けに事業を展開することで業績をV字回復させます。

やさいバス代表取締役社長の加藤百合子さんに、コロナ禍をどう飛躍のチャンスに変えたのか、そして今後、やさいバスが描く未来について語ってもらいました。
INDEX
  • コロナで外食産業から小売りへシフト
  • 生産者の顔が見える野菜、小売店もメリット
  • 全国に展開、地域に応じたサービスも
  • 「豊かな食と環境を次世代に」
加藤百合子(かとう・ゆりこ) やさいバス代表取締役社長
千葉県生まれ。慶應義塾女子高校を経て、東京大学農学部1998年卒。英国Cranfield Universityで修士号を取得。2000年にはNASAのプロジェクトに参画し、翌年帰国。キヤノン、産業用機械の開発企業での研究職を経て、2009年にエムスクエア・ラボを創業した。農業から持続可能な社会を目指し、IT×農業のビジネスを展開。2017年やさいバスを設立し現職。専門分野は、地域事業開発、農業ロボット、数値解析。

コロナで外食産業から小売りへシフト

地産地消を軸とする野菜の共同配送システムを全国に拡大しているやさいバス。その前身は、やさいバスで代表取締役社長を務める加藤百合子さんが「ベジプロバイダー」という会社で立ち上げた、生産者と購入者をつなぐ農業コンサル事業です。それに物流の仕組みを加え、2017年3月にやさいバス株式会社を設立します。
設立3年目にあたる2019年度には、売上高2億円超を達成しました。ハイペースの成長で黒字化への期待が高まっていた2020年2月、世の中は突然のコロナ禍に見舞われます。
加藤 「当初、やさいバスは主に飲食店を購買者としていたので、コロナ禍で売り上げがほとんどなくなってしまいました。これは本当に致命的でしたね。でも、とにかく生産者の2億円分の出荷先をなんとしても確保しなくてはいけない。外食産業がダメなら、巣ごもり需要で好調な小売業者にアタックするしかない! と、売り込みを始めました」
幸いなことに、コロナ禍からさかのぼること半年前、2019年11月に茨城県を拠点とする中堅スーパー「カスミ」との協業がスタートしていました。小売業者との実績があったことも、ターゲットのシフトの加速に大いに役立ちました。
カスミの店舗内に設置した売り場(提供・やさいバス)
「カスミとの協業は、カスミの役員がやさいバスに興味を持ってくれたのがきっかけです。カスミの経営陣は、市場から一括で調達する農産物では差別化ができないと考えていて、『やさいバスなんて仕組みがあるなら、ぜひやりたい』と声をかけてくれたんです。最初に話をしてから3カ月後には、茨城県も巻き込んでやさいバス、カスミ、県の3者での協業の記者発表を行いました」
カスミでは店舗ごとではなく本部が一括発注しています。やさいバスのバス停を本部の物流センターに設置し、そこからカスミのトラックが各店舗に配送します。
「これがBtoBの成功事例となり、大きな追い風となりました。安定的な出荷が見込めるようになったのもありがたかったですね。やさいバスは1カ月先まで定期発注でき、多くの小売店が1カ月先まで注文してくれます。こまめに取引を変更するよりは、気に入った生産者の農産物をずっと買い続けてくれるケースが多いんです」

生産者の顔が見える野菜、小売店もメリット

一方で、小売り側は、生産者の顔が見える商品を並べて消費者に地産地消や鮮度、おいしさをアピールすることで、他店との違いを際立たせることができます。そのとき欲しい商品が欲しいタイミングで仕入れられるのもメリットでした。店内の一角にやさいバスの産直コーナーを設けて大々的にアピールするなどで、売り上げアップに大きく貢献しています。
カスミの店舗内に設置した売り場(提供・やさいバス)
今では、カスミのほかにマルエツ、マックスバリュー関東、イオンリテールなどもやさいバスを利用。ほかにもJRのコンビニ・NewDaysや無印良品なども購入しています。小売業者へシフトをしたことで、2022年度はコロナ禍前を上回る3.5億円の売上高を達成しました。
しかし、加藤さんは今のやさいバスの勢いからすると、もっと数字を上げられると予想していました。
「6億円くらいまでいくのでは? と思っていましたが、小売りならではの課題もあって、数字を伸ばし切ることができませんでした。小売業者の経営層はどんどんやりたいと思っていても、忙しい現場はコーナーをつくったりすることを負担に感じていたりして、思うように拡大できなかったんです。でも、その解決策も見えてきたので、2023年度は加速度を上げていけるはずです」

全国に展開、地域に応じたサービスも

全国展開する際に、やさいバスはサービスの仕組みだけを提供して、運営は地域に任せるというスタイルを取っています。それぞれの細かい事情に合わせて地元が主体的に運営することで、地域活性化をすすめてほしいというのがその理由です。そのためベースは同じでも、地域性を反映した独自のサービスも登場しています。
広島では過疎地の山間部を乗客がいないまま運行する路線バスを活用。やさいバス広島はバス会社と提携して、本物のバスとバス停を利用する「貨客混載」を実現しています。
広島電鉄と提携し、同社が運営するバスで「貨客混載」を実現した(提供・やさいバス)
また静岡と長野間での越境ルート、飛行機を使って北海道と静岡を結ぶルートも開通。静岡から山梨へ魚を運ぶ「さかなバス」の実証実験も行われています。
この快進撃に、当初はライバル的な存在と見なしていたJA(農業協同組合)もやさいバスとの協働に動き始めています。愛知県ではJA愛知と協業してやさいバスを運行し始めました。
「JAも、日本の農業を衰退させてはいけないという思いは一緒です。これまでと同じことをしているだけではまずいという危機感が、協働の道を開いたと思います。
地域がやさいバスを盛り上げるには、物流会社の協力も欠かせません。地元の物流会社がやさいバスを運行することで、地産地消をつなぐ役目を果たしてほしいと考えています」
加藤さんの目線は国内のみならず、海外にも向けられています。
「農産物の流通は、日本だけでなく世界中の課題です。やさいバスはがそれらを解決する可能性を秘めています」
すでに台湾とインドに海外拠点を設けており、そこを足がかりにアジアやアフリカへの展開も構想しています。
「台湾オフィスは今はシステム開発を担っているだけですが、将来的には台湾でやさいバスを走らせて、その次はインドでの展開を考えています」
やさいバスは台湾に進出し、実験を始めた(提供・やさいバス)

「豊かな食と環境を次世代に」

やさいバスの普及に向け、全国を飛び回る加藤さん。そこまでの熱い情熱の根底には、「次世代に豊かな食と環境を残したい」という思いがあります。
「多様な農産物を維持して、それが食べられる環境を残していくことが、今の時代に生きている私たちの使命。最近は農業に関心を持つ若い人も増えて、世代交代も進んできました。新規参入する若者が未来に夢を持てるよう、やりがいと収入が伴う農業ビジネスを実現していきたいですね」
インタビューの最後に、加藤さん自身の今後の展望を尋ねたところ、
「今は経営者として走り回っていますが、やっぱり自分は最終的に研究者なんです。やさいバスの普及が落ち着いたら、AIカメラを駆使した農業の効率化技術などの研究をぜひやってみたいですね」