2022/11/9

【岡山】客は1人の理髪店。越境ECで世界が注文のブランドに

フリーランス ライター/編集者
ヘアカットで店を訪ねて席に座ると、首に巻かれる一枚の布。切られた髪の毛が服や身体につかないようにするためで、「ケープ」や「カットクロス」と呼ばれる。

地味で脇役とも言えるこのケープを、デザイン性の高いオリジナル商品として開発、販売する理髪店が岡山県玉野市にある。ECサイトを独自に作って販売したところ、海外の同業者から問い合わせや注文が相次いだ。

なぜオリジナル商品を作ったのか。日本から海外へ商品を売る「越境EC」のサイトって簡単に作れるの?

ハサミを片手に、製品の企画からサイト運営までを一人でこなす理容師の中村浩茂さん(41)にインタビューした。
INDEX
  • 初スマホ。SNSで出会った海外製の“原石”
  • 「岡山の技術で作ってみようか」
  • アマゾンに頼らない。「ノーコード」でサイト自作
  • 顧客の一手間。「カート落ち」をどう防ぐ
  • 自社製品が高めるブランド力。競争力の源泉に
Men's Hair Atelier Soleil Levant=提供

初スマホ。SNSで出会った海外製の“原石”

瀬戸内海を望む理髪店「Men's Hair Atelier Soleil Levant」(メンズ・ヘア・アトリエ・ソレイユ・ルヴァン)。中村さんが一人で切り盛りする店に客席は一つだけだ。主に30〜40代の顧客をターゲットに、「年間契約制」という運営スタイルをとっている。
中村さんが日ごろから何げなく仕事で使っていた「散髪ケープ」に注目したのは2007年。スマホの購入がきっかけだった。
音楽プレーヤーと携帯電話を持ち歩いていた中村さんは、発売間もない初代のiPhoneを買う。「二つの機能が1台に集約されたiPhoneなら持ち運びが楽になる」という理由だった。
スマホを持つことで、TwitterやFacebookといったSNSをアプリで見るようになった。
alexsl / iStock
SNS上では、海外発で美容品の投稿写真が数多く掲載されていた。その中から、商売道具の一つである「ケープ」が目にとまる。モノトーンの地味な色が日本では一般的なのに対して、カラフルだったり、柄がプリントされたり。中村さんは、初めてみる様々なケープに「可愛いな」と感じた。
同じような商品がないかと国内で探したが、見当たらない。それならばと、アメリカのAmazon(アマゾン)で選んで取り寄せた。
海を渡って商品が届き、喜んだのも束の間。「いざ使おうとしたら、すでに破れていたり、切った毛が膝にどっさり乗ってしまうような短いサイズだったり、そもそもの品質が粗悪だったり。うちの店で使えるクオリティーではなかった」
海外製のケープを日本でそのまま使うのは難しい。でも、国内で目にかなう商品を作っているメーカーも見当たらない。「自分で作るしかないか」と考えた。
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「岡山の技術で作ってみようか」

デザイン性の高いケープを自作しようと考えた中村さん。2010年ごろから具体化させる。
繊維業が古くから栄える倉敷市。そこから来たお客さんにアイデアを話すと、「岡山の技術で作ってみようか」と話が転がった。
ケープに求められるのは、切った髪の毛がさらっと床に落ちること。ただ、それだけなら既製品で十分である。加えて中村さんが求めたのは、図柄を綺麗にプリントできる素材であること。さらに、コストに直結する生地の大きさも重要だった。
機能性、デザイン性、サイズ感をどれも満たす生地を探すのに、時間をかなり費やした。
自分の店で必要なのは数着だけ。それでは製造コストがかさむので、同業者への販売を検討する。ただ、「僕と同じように柄物のケープをほしい人が、世の中にどれだけいるのか。予想がまったくできないなか、開発を進めた」。
Men's Hair Atelier Soleil Levant=提供
2014年、ようやく「中村商店」オリジナルのケープを完成させた。
海外製ケープの値段は1着20ドル〜30ドル(約2700円〜4100円)だった。これに対して、中村さんが最初に作ったのは1着1万円前後の高単価商品。まずは認知度を高めようとSNSに写真を投稿すると、海外から問い合わせが集まった。
「柄物のケープ自体は海外でも売っていたが、デザイン性も品質も良いケープは、世界を見渡しても僕の店しかなかった。日本製のちょっと変わったデザインを面白がってくれたのだと思う」
なかでも注文が多かった国はアメリカだ。当時、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市圏で、投資家がカリスマ理容師・美容師を集めて高級ヘアサロンを開くのがブームだった。そんなフラッグシップ(旗艦)店の雰囲気に、メード・イン・ジャパンの高級ケープがマッチした。
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初速の売り上げを伸ばした海を越える「越境EC」には、トラブルもあった。
ケープには洗濯できるウォッシャブルレザーを使っていた。ただ、国によっては皮革製品への規制があるためか、「商品が手元に届かない」といったクレームや、輸入できずに商品が戻ってくることがあった。また、税金の負担をめぐって返品・返金を求められ、高額の送料だけを中村さんが負担することもあった。
日本での反応は当初、鈍かった。国内の理容店・美容店では、ディーラーと呼ばれる中間業者が業務用品のカタログを持ち込み、その中から選んで購入する商習慣が根強いためだ。
ただ、オリジナリティーの高いケープはSNSとECサイトを通じて認知度が次第に高まった。岡山の小さな店舗に国内外から多い年で数千着の注文が入る人気ぶりとなった。
中村商店が販売するケープ

アマゾンに頼らない。「ノーコード」でサイト自作

蛍光系のビビットな色使いや、鶴が無数に描かれた図柄。こうしたデザイン性の高いケープが並ぶ中村商店のウェブサイトは、7カ国語に対応している。
日本語、英語、スペイン語、フランス語、韓国語、ポルトガル語、中国語。値段表記もそれぞれの通貨で表示される。世界のユーザーを見据えたECサイトは中村さんが自作したものだ。
中村さんが自作した「中村商店」のECサイト
ECサイトのプラットフォームは、イスラエル発のWIX(ウィックス)。プログラミング言語の知識が必要ない「ノーコード」で簡単にサイトを作れることを売りにしている。
中村さんは以前、独学で身につけたプログラミングのHTMLで理髪店のサイトを作ったが、制作に膨大な時間がかかった。このため、ケープ販売のECサイトは、ノーコードの手間いらずを最初から選んだ。世界で使われている電子決済PayPal(ペイパル)に対応していたことも決め手となった。
アマゾンなどの巨大なECプラットフォームを使おうとは思わなかったのか。
中村さんは、運営側にサイト利用料を多く取られるほか、独自性を出しづらいことから避けた。
「価格競争に巻き込まれるし、広告宣伝費をかけることでしか、インプレッション(広告効果)を増やすことができない環境。巨大プラットフォームの手の内で、立ち回らなければいけないのは、自由な競争でもなく、あまりいいことではないと感じる
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顧客の一手間。「カート落ち」をどう防ぐ

サイト運営をしながら、まだ満足はしていない。それは中村さんにとって、まだ使い勝手が完璧ではないと感じるからだ。
一般的なECサイトで商品を購入するまでの流れはこうだ。
  • 商品を選択してカートに入れる。
  • 配送先などの情報を入力する。
  • 決済画面でカード情報を入力して決済する。
ショッピングカートに入れたけど、決済する段階になって思いとどまってしまう。いわゆる「カート落ち」の割合が多い。
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キャンペーンとして、国内向け販売を税込価格にしたり、国外販売で送料込みを試したりすると、カート落ちの割合は改善される。ただ、顧客の手間が多いほど購入は遠のくということが経験上で確かめられた。
「興味を持ってもらってから、購入までの手間をいかに少なく、無くしていくか。これが重要で、試行錯誤している」
この考えは、本業である理髪店の経営ともリンクする。中村さんの店は、年間契約の会員制で、顧客は理髪店を訪れる今後1年間の日付を初めに決める。散髪代の支払いも年に1度、まとめて行う。
そろそろ髪を切りたい、切らなければと感じた都度に来店を予約したり、支払いをしたり。そうした小さな手間を極力取り除いていった結果、今のような運営システムになった。
「現在はお客様に店舗まで来てもらう労力を強いてしまっている。将来的にはこれもやめて、カットをする自分がお客様のところに出向く形にしたい」
Men's Hair Atelier Soleil Levant=提供

自社製品が高めるブランド力。競争力の源泉に

サイドビジネスで、ニッチながらも世界市場でヒットした中村さんの作ったケープ。
新型コロナウイルスの影響を大きく受けた。
注文が多かったアメリカで、感染が拡大した2020年3月以降は1着も売れなくなった。翌21年も「注文が10分の1以下。ゼロ近くまで下がった」。
高級ショップが主な取引先だったが、都市圏ではロックダウン(都市封鎖)をして、営業が1年ほど止まってしまったためだ。
一方、海外のようにロックダウン(都市封鎖)をしなかった日本国内では、注文が途絶えなかった。海外との取引は少しずつ再開しているが、今は売り上げの8割が日本国内となった。
Men's Hair Atelier Soleil Levant=提供
会員制の店で、散髪代も他店の3倍ほどに高く設定している。オリジナルケープを開発、ECサイトで販売したことで、どんな効果があったのか。
「理容・美容の業界内で自分の知名度が高くなったことが大きい。特殊な理髪店を運営しているなかで、​​僕自身も特殊な人間でなければ、お客さんに付加価値を見出していただけないと思う。オリジナルケープの販売は、そんなブランディングに繋がるメリットがあった」
ブランド力があれば、どんなに高単価でも顧客はついてくるという実感がある。「ブランド力を高める努力。これが、僕にとって一番、優先順位が高い。普通の散髪屋には、もう戻れなくなった」
長い年月をかけて製品化したケープも、冬場には静電気で髪の毛が落ちづらくなってしまうことがある。「いまだにパーフェクトな生地は見つかっていない」と、商品開発の探求も続けている。
中村浩茂(なかむら・ひろしげ) 1980年、岡山県倉敷市出身。理美容専門学校を卒業後、理容師に。2004年に独立し、理髪店を営みながら、14年に「中村商店」オリジナルケープの販売を始める。同年に岡山県玉野市に理髪店舗を移転。「完全会員制の店」として知られる。