2022/10/24

地域の「隠れた文化」は、観光立国・日本の武器になるか?

NewsPicks Re:gion 編集長
 ONESTORYが運営する野外レストラン「DINING OUT」は、 “地域文化の再発見”のためのプレミアム・イベントだ。地域を世界レベルの観光地に磨き上げていくことを目的として、2012年のスタート以来、国内18地域、海外1地域で開催されてきた(2022年10月現在)。
 開催地域の自然や歴史を踏まえ、独自の資源を徹底的に洗い出し、一夜限りのラグジュアリーな野外レストランを豪華に演出する。テーブルを彩るのは、世界的なアワードやランキングで認められた世界トップクラスの超一流シェフたちの料理だ。
 一泊二日、現地集合・現地解散で、参加費は約20万円〜と高額にもかかわらず、毎回チケットは即日完売という盛況ぶりで、富裕層をターゲットとしたプレミアムな地域観光の新形態を提示してきた。
 だが、コロナによって日本の観光産業が停滞した2年半、DINING OUTも活動を停止した。それはオーバーツーリズムをはじめ多くの課題を抱えていた産業全体にとっても足元を見つめ直し、新しい方向性を打ち立てる転機だった。
 ONESTORYは2022年7月、DINING OUTを2年半ぶりに復活させるにあたり、従来のラグジュアリー志向からの転換を図った。
 中山道34番目の宿場、長野県塩尻市の奈良井宿で「DINING OUT KISO-NARAI」を開催。コロナ後の観光の鍵は「地域の隠れた文化になる」とONESTORY代表取締役社長の大類知樹氏は手応えを感じている。
 日本各地に眠る「文化資産」を新たな産業価値につなげていくために、いま何が必要なのか?
 DINING OUTから派生する地方創生に向けたプロジェクトをファイナンス面から支援するデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの後藤佑介氏と大類氏が、地域の価値を発掘するための要素と課題について、ソフトとハード、そしてファイナンスの観点から語る。
INDEX
  • 地域の情報発信に対する問題意識からスタート
  • 「人とのつながり」こそがラグジュアリー
  • 持続性のためにはファイナンスが不可欠
  • 文化投資は「アート」と「食」に二極化
  • 地域の隠れた文化は、ストーリー化して価値に変わる

地域の情報発信に対する問題意識からスタート

──まず、大類さんがDINING OUTを始めたきっかけを教えてください。
大類 DINING OUTは地域表現の新しいフォーマットを創ろうということで、2012年にスタートした野外レストランプロジェクトです。当時、僕はまだ博報堂DYMPにいて、主に広告づくりに携わってました。
 広告づくりって、一言でいうと、企業や商品、サービスの究極の「良いとこ探し」なんです。良いとこを見つけて、時代の価値観に合わせて、ターゲットとどう関係性をつくるかという仕事を20年以上続けてきました。
 そんな「良いとこ探し」の視点で当時の地域の情報発信を見ていると、もっと他に良いとこ、いっぱいあるのにと。もっと地域の文化や自然、歴史にフォーカスした発信の仕方があってもいいのにと思うことが多かったんです。
 当時はゆるキャラやB級グルメのイベントの全盛期。瞬間的に人が地域に押し寄せて、経済効果もそれなりにあったとは思います。けれどもそれは本当に地域の人たちがプライドを持ってやっていることなのかな、という問題意識がありました。
 そこからスタートしたのがDINING OUTだったんです。
 DINING OUTは地域を深く表現するためのフォーマットです。「食」を切り口にすることでその土地の地理的特性に由来する気候や歴史、伝統産業、そして地域固有の文化など入れ込んだ表現の余地がひろがるんです。
 あえて「野外」で開催するのも、地域の表現に重きを置いているから。食事を楽しむたった数時間のあいだにも絶えず変わりゆく気温や湿度、陽の差し方、その土地特有の鳥や虫の声などを五感で体験してもらう。空気感全体として味わってもらう。
DINING OUT KISO-NARAIの本会場は、江戸時代の風情をそのまま残す宿場町の街道沿い。
 そのほうが室内で食べるより、地域の体感表現として効果的だと思ったんです。その分、思いっきり天候リスクを背負うことにはなるんですが。(笑)
 地域の魅力をより深く伝えるために、空間のライティングや地域芸能といった演出にも力を入れてきました。地域を格好良く「魅せる」ことが地元の人たちのプライドにもつながっていくはずだと考えたからです。

「人とのつながり」こそがラグジュアリー

──そんなDINING OUTもコロナ禍で変化せざるを得なかった。
大類 そう。2年半ものあいだ休止を余儀なくされました。でもコロナ禍をきっかけに気づいたことがあります。その土地に行かないと体験できない「地域の人たちとのつながり」こそが、本当のラグジュアリーではないかいうことです。
 僕らは移動や人との接触が制限されたことによって、「人とのつながり」が本物の豊かさや満足感につながっているんだと、今更ながら、改めて、気づきました。
 だからコロナ前のDINING OUTにあったプレミアム感や地域を魅せる演出は大切にしながらも、「地域の人たちとの関係構築」に力点を置くDINING OUTに設計し直した。地域の人に会いに行くDINING OUT。
 それが7月に長野県で開催した「DINING OUT KISO-NARAI」なんです。
──後藤さんはこのDINING OUTに参加されたとか。いかがでしたか?
後藤 会場が「公道」だったことに度肝を抜かれましたね。というのも、これまでのDINING OUTにはわかりやすい高級感、特別感があったから。2020年1月に開催された沖縄県うるま市でのDINING OUTはその最たるものでした。
 会場は世界遺産「勝連城跡」。その前に豪華な舞台装置をつくり、地元の人たちが踊る。それを僕らゲストはかしこまって「観客」として見るという関係性でした。
 けれども今回のDINING OUTのレセプションは、地元の学校の木造校舎。木曽の特産品である漆器で地元のお母さんたちが作ってくれた料理が振る舞われたんです。
 ディナー会場は奈良井宿のど真ん中の路上。地元の小中学生が料理をサーブしてくれて、地域の話を聞くことができました。こんなに地元の人と交流できたDINING OUTは初めてで、一気に地元に入っていく感覚がありましたね。
 ゲストは単なるお客さんではなく、地元の人といっしょに同じ舞台の上に上がって、場の空気を共につくっていく関係。この関係が一夜限りでなく、今後も続いていくような余韻を味わいました。
大類 それこそ、新しいDINING OUTで僕らが一番やりたかったことなんです。
 地元の人が舞台をつくる、ゲストはそれを見るという関係から、地元の人とゲストが同じ舞台に上がる関係に変わった。
DINING OUT KISO-NARAIでは地域の義務教育学校がレセプション会場になった。
地元の婦人たちが伝統的な食材と食器でもてなす(トップ画像右の膳)。
後藤 まさに。それをもっとも感じたのはDINING OUTの翌日でした。
 朝、会場だった奈良井宿の町並みを見ながら散歩したのですが、昔から知っているなじみのある町という感じがして、掃除をしているお母さんにも自然と挨拶していた自分に驚きました。
 いつもなら旅先では「次はあそこに行こう、そのあとあれを食べよう」と次の目的地に意識が行きがちです。でも、奈良井宿ではではそれがなかった。日常の散歩をしながら地元の人と言葉を交わす。それすらコンテンツになるんだと感じましたね。

持続性のためにはファイナンスが不可欠

──DINING OUTで生まれた関係が今後も続いていけば、地域はもっと活性化すると思います。地域と外との関係を持続させるには何が必要でしょう?
大類 ファイナンスのスキームをどうつくるかがとても大事だと思います。過去のDINING OUTで地銀さんと組んだことはありますが、協賛型のスキームだったから、その後の継続的な展開までたどり着くことができなかった。
 最近はDINING OUTが地域課題の相談プラットフォームと化していて、ONESTORYには地域から、地元不動産の利活用や観光人材育成など、いろいろな相談が持ち込まれます。
 けれども、それを事業として継続していくとなると中長期的なファイナンスの知識なしには難しいし、土地の売買や賃貸借の契約まで絡んでくると、僕らだけではとても対応できません。だから後藤さんのような専門家と組んで仕事をすることが増えています。
 地域づくりで重要なのは、地域と外の関係をいかに継続的にデザインしていくか、です。地域と外の関係を継続していくには、地元の金融機関を巻き込むストーリーと戦略をいっしょに考えていく必要があると思っています。
 そのとき必要なのはファイナンスだけでなく、クリエイティブもちゃんと理解できる人。その意味で、一級建築士の資格を持ち、都市計画やまちづくりにも詳しい後藤さんのような専門家を頼りにしています。
後藤 ファイナンスのスキームって、テーラーメイドな世界なんです。事業ごとにつくる必要があります。「地域にファイナンスのわかる人がいない」とよく言われますが、必ずしも専門家が地元にいる必要はないと思っています。
 地域のことは地域の人が一番よくわかっている。僕らが最初の手ほどきだけすれば、あとは地域の人たちだけで自走化を目指すことは可能です。
プロジェクトの主役は地域の住民たちが担う。
 ただし、自分たちが何をしたくて、どういうことを課題だと感じているのか。それは僕らにしっかり伝えてもらわなければなりません。やはり地元に熱い思いがないと、地域は光ってきませんから。僕たちにできることは限界があります。
大類 DINING OUTでいろいろな地域を回りますが、僕らはどこに行ってもよそ者扱いされます。当たり前ですよね。僕らは地域の素晴らしさを証明することはできるけど、その地域に永住するわけじゃない。「地域の未来にまでは責任は負えませんよ」といつも地元での説明会で話しています。
 やっぱり地域を変えられるのは、地元の人じゃないと絶対にできない。相当な覚悟を持って取り組む人がいて初めて、僕らは足りないものをサポートできるんです。逆に言うと、そういう人が出てこない土地はこれからかなり厳しい状況になっていくケースもあるでしょうね。

文化投資は「アート」と「食」に二極化

──ファイナンスの専門家としてDINING OUTをどう捉えていますか?
後藤 DINING OUTは「食」のイベントと思われがちですが、実際には地域固有の「文化」をいかに発展させて継続させていくかに向き合っている取り組みだと思っています。
 文化に対するファイナンススキームはいま、二極化しています。
 1つ目のファイナンススキームは「アート」を軸としたもの。作家性が重視されていて、そこに価値を感じる人が投資する。
 多少、作家にネガティブなことがあっても、それすら作家性の一部を構成している重要な要素と捉えられる。基本的に値崩れがなく「普遍的な価値」が持続するのが特徴です。
 これと対になるのが、「フード」を軸としたファイナンスです。
 フードファイナンスは「究極の刹那の価値」です。同じ食材を使っていても、誰と食べるのか、誰が調理するのか、どこで食べるのか、どんな器で食べるのかをコントロールすることで瞬間瞬間の価値を普通ならあり得ないほど引き上げることができるんです。
 この2軸を両立させているところにDINING OUTのユニークネスはあると思っています。地域という作家性に投資しつつ、食という刹那的な価値にも投資する。プロジェクトによって2軸のバランスを変えても面白いかもしれませんね。
料理は「アジアのベストレストラン50」で1位を獲得した「傅」の長谷川在佑氏が担当した。
──DINING OUTを見ていると地域の文化のポテンシャルを感じずにはいられません。ただ現実として、地域が自らの文化を活かして価値化できている例は少ない。なぜでしょうか?
大類 文化を「守ること」に力点を置きすぎて、現代生活に合わなくなってきているからじゃないでしょうか。
 人々の生活様式や価値観は大きく変わっているわけですから、文化もそれに合わせて変わっていかなければ残していくのは難しいですよね。変えてはいけないことはもちろんありますが、文化の価値をアップデートしていく意識が少し、地域側に足りないのかもしれませんね。
後藤 同感ですね。文化資産も文化「遺産」のレベルまでいくと、保全に重きが置かれてあれはダメ・これもダメとルールが厳しい。けれども料理や工芸の領域には、文化遺産のような「絶対NG」のルールはほとんどありません。
 だから地域の意向に寄り添って、変えてはいけない部分と変えてもいい部分の線引きをして、お客さんのニーズにフォーカスすればいいんです。それができれば地域の文化は残していけますし、地域の再生にもいい影響を及ぼすと思います。
 例えば、木曽には「木曽漆器」という塗り物があって、「DINING OUT KISO-NARAI」でも料理の器として使われました。
 すてきな器なんですが家の食洗機では洗えないなと思っていたら、「食洗機でも洗える漆器を開発したんだ」って地元の方が教えてくださって。だったら買おうかなと思いますよね。こんなふうに地域の文化をマーケットに適応させていく取り組みがこれからもっと必要になるんじゃないでしょうか。

地域の隠れた文化は、ストーリー化して価値に変わる

──例えば、木曽平沢の通りに面した漆器屋さんは、どこも入り口のガラス戸が閉まっている。「今日はお休みかな?」と思いつつ、一声「すみません!」と声をかけると出てきてくれて、ちゃんと接客してくれるとか。地元では、それでずーっとやってきていて、それが街の風景として当たり前になっている。
 こういった地域固有の習慣や隠れた文化みたいなものを、DINING OUTでは「地元の個性」として上手に取り扱っていると思うんですが、意識的にされているんでしょうか?
大類 それは、かなり意識してますね。地域の隠れた文化って、外の人間には見えにくいんですけど、ストーリー化することで価値に変換できることってあると思うんですよ。
 さっきの木曽平沢の例もそうなんですけど、客側からすると、勇気を持ってガラス戸を開けて、一声かけるというハードルがあるわけじゃないですか。そのハードルを超えた先のコミュニケーションが暖かかったり、独特で印象的だったりすると、その分だけ距離感が縮まるというか、ポジティブな体験になると思うんです。
2日目には木曽に伝わる「滝行」を体験できるツアーも組まれた。
 隠れた文化を掘り起こして街の個性としてストーリー化できれば、地域資産として、再生につながっていく可能性がある。
──その隠れた文化のストーリー化を担うのはどんな人でしょうか?
大類 それには2つの機能が必要だと思うんです。「ストーリー化する」機能とそれを「伝える」機能ですね。
 「ストーリー化する」機能は、地元の隠れてる、顕在化してない、見えないものを可視化する機能。さっきの例で言えば、ガラス戸が閉まっているのが通常で、勇気を持って声がけした先に、この地域固有のコミュニケーション体験が待っているのだというシナリオをポジティブに創るということ。
 「伝える」機能というのは、それを、伝えたい人の価値観に沿った文脈で伝えることが重要だと思うんです。例えば、インバウンドの観光客に伝えるには、彼らに理解してもらえる文脈に沿って、日本の文化を伝える力が求められます。文化や歴史に対する豊富な知識だけでなく、高度なホスピタリティが欠かせないんですね。
 これって、かなり高度なことだと思うんです。いま地域には、「ストーリー化する人」も「伝えられる人」もほとんどいません。日本の地域創生には、この領域に人材投資をして育てていく必要性がかなりあると思っています。
──特に都市部には、なぜ廃れつつある文化を残さなきゃいけないのか、代わりはあるじゃないかと思う人もいると思います。地域固有の文化を生かすことは、僕らの未来にどんな影響を及ぼすと思われますか?
大類 新しいものは、これからどこでもつくれるという意味で、極論すれば全世界が競合関係になってしまう。でも、数百年ものあいだ続いてきた真似できない文化や歴史というのは、それだけで絶対的なアドバンテージだと僕は思っています。
 日本には、海外の国の歴史より長い伝統文化や伝統産業が、それこそ全国津々浦々にある。その価値を活かさないのはもったいなさすぎます。
 2012年にDINING OUTを始めたときに、「大類さん、地域を格好良く見せるとかって絶対無理だから」と断言されたことがあるんです。
 でも僕は、今後、東京で新しく生まれたものが世界を席巻する確率より、地域の伝統文化や伝統産業をベースにした新しい価値が世界を席巻していく確率のほうが高いと思っています。
 料理で考えてみてください。東京にいれば、手を伸ばしさえすれば、全国から、場合によっては世界から、いい食材はいくらでも手に入ります。で、誰が手を伸ばしても、手に入るのは同じ食材です。
 一方、地域には限られた食材しかありません。しかも、いつでも誰でも手に入れられるわけじゃない。そこに行かないと手に入らない。限られた時期しか手に入らない。信頼する人にしか譲らない。じつに不便です。
 でもこれからは、1年のうちの1週間だけ、その土地でしか食べられないものを味わうことの豊かさをどんどん求める時代になっていくと思うんです。
 地域のマイナスと思われていたものを、豊かさだったり、その土地の個性としてポジティブ転換して格好良く魅せていく。そうすれば地方はもっと活性化しますし、日本は真の観光立国になれるんじゃないかと思っています。