2022/9/13

【新潟】建設業の“仕事”を変えた「ホロストラクション」の実力

フリーライター
JR新潟駅から車で1時間弱。田んぼが続くのどかな風景のなか、最先端のデジタル技術を使って土木・建築を行う会社があります。1945(昭和20)年創業の小柳建設(本社・新潟県三条市)。昔ながらの価値観や流儀が根強い“アナログ”な建設業界において、しかも先端の技術や情報が集まりにくい地方で、なぜ、いかにしてDX(デジタル・トランスフォーメーション)をなし得たのか。創業家3代目である小柳卓蔵社長に聞きました。(全3回)
INDEX
  • 目の前に立ち上がる3Dホログラム
  • 「これだ!と直感しました」
  • コンセプトは「現場を会議室に持ってくる」
  • 「ホロストラクション」運用開始
  • 「DX」達成には順序がある
小柳卓蔵(おやなぎ・たくぞう) 1981年新潟県生まれ。東京の金融会社を経て、祖父が創業した小柳建設に入社。管理部門を担当し、2014年6月に父親を継いで32歳の若さで社長就任。京セラ創業者である稲盛和夫氏の著書『アメーバ経営』に刺激され、社内改革に取り組む。古い体質の建設業界にあって、デジタル化を推進。2016年に日本マイクロソフトと共同で、MR(複合現実)技術を使って建造物の3Dモデル・CADデータなどを空間に投影するシステム「ホロストラクション(Holostruction)」のプロジェクトをスタートさせ、実用化にこぎ着けた。

目の前に立ち上がる3Dホログラム

会議室でゴーグルのような装置を装着すると、目の前に3Dホログラムの「建物」が立ち上がりました。
「入りますね」
声とともに、隣にいる女性スタッフがアバターとして、この仮想空間に加わります。彼女が手を伸ばして、3Dの建物を拡大したり、縮小したり……。
「どうぞ、入ってみてください」
案内されるまま、実寸大で表示された建物の中へ。空間の広がりや天井の高さを、まさに“体感”しながら歩きます。天井が低くなると、思わず中腰に。頭をぶつける危険などないのに、構えてしまうほどリアルです。おまけに会議室の机や椅子も見えているから、うっかり足をぶつけることもありません――。
ヘッドセットを装着すると「建物」の模型が3Dホログラムで立ち上がる(提供・小柳建設)
小柳建設は、新潟県を中心に道路や橋梁、マンション、オフィスなどの土木・建築工事を手掛けるゼネコンです。特に、川のヘドロを除去する浚渫(しゅんせつ)工事における高度な独自技術が強みで、都内の7~8割の河川で施工実績があるほか、皇居の「道灌濠(どうかんぼり)」を手掛けるなど、北海道から沖縄まで全国的に受注しています。この一見、地方のいち建設会社である同社が、いま「建設DXの騎手」として注目されているのです。
小柳建設のDX革命においてもっとも象徴的なのは、マイクロソフト社と共同開発した、冒頭の「ホロストラクション」でしょう。MR(Mixed Reality=複合現実:現実空間と仮想空間を組み合わせる技術)のウェアラブルコンピュータ「ホロレンズ」のヘッドセットを装着すると、目の前に3次元の仮想映像が広がり、これから造ろうとしている建造物を“体験”することができます。縮尺も、実寸大から500分の1のスケールまで自由自在。リモート機能を使って、遠く離れた場所から同時に参加して、一緒に仮想の建物の中に歩いて入り、高さや広さのイメージを“共有”することもできます。
「ホロストラクション」で使うホロレンズ。ヘッドフォンのように軽い
建設業の打ち合わせでは、いまだに「模型」が基本です。ただ、そこから完成後の空間イメージをつかむのは、簡単なことではありません。模型を持ち上げて、下からのぞいてみたり、床面を目の高さにそろえてみたり。3Dの設計データを使ってPC上で建物を再現することもできますが、これも“実感”するには程遠い……。
しかも模型の場合は、変更があればその都度、作り直し。10回、20回に及ぶこともあり、1回にかかる時間は3、4日。規模の大きな建築物となれば、時間も経費も膨大です。
――小柳社長は、この最先端のデジタルツールに、これまでの建設業の世界の常識を打ち破る限りない可能性を感じました。

「これだ!と直感しました」

「ホロストラクション」開発のきっかけは、2016年、カナダで行われたイベントでした。新製品やサービスが発表されるこの場で、小柳社長は「ホロレンズ」のプレゼンテーションを見ることになります。スクリーン上には巨大なジェット機のエンジン。壇上の女性プレゼンターの指示によって、向きを変えたり、中の構造が見えたり、拡大・縮小したり。航空会社の整備工場でのトレーニング用に開発されたシステムで、実物がなくても、遠隔地でも、訓練できるということがすぐにわかりました。
「これだ!と直感しました。スケールが自由に変えられ、内部の構造まで見ることもできるという技術は、建設業でも思いっきり使えるんじゃないか――私たちの会社が、そして建設業がこの先、未来まで存続する“切り札”になる、と思ったのです」
これは“技術者”ではない小柳社長だからこそ、得られた視点でもありました。
「私は、技術者じゃないので図面が見られない。でも、じつは技術者志望の若手社員たちでも難しいことなんです。結局、紙の図面を頭の中で3D化するという訓練ができている熟練の技術者でないとできない。ましてや、プロジェクトのメンバー全員が頭の中で同じイメージを持っているかというと、だれも確認できない。だから、建設業にありがちな『手戻り(前の段階に戻ってやり直すこと)』が起きるのです。これが解消されれば、建設業の仕事の仕方が変わるな、と思いました
小柳社長は会場で日本マイクロソフトのスタッフを捕まえて、直接、話ができる人を紹介してもらいました。「ホロレンズだけなら1台40万円くらいで買えますが、システムを構築するとなるとけっこうな金額の投資になりますよ」。しかし決心は固く、ホロレンズの日本向けの窓口ができてすぐの2016年8月に、開発がスタートしました。
仮想空間には遠方にいる人もアバターとして加わることができる(提供・小柳建設)

コンセプトは「現場を会議室に持ってくる」

開発にあたって、社内で希望者を募り、プロジェクトチームを結成しました。技術者、営業、管理部門とさまざまな部署の社員が集まって、“夢のデバイス”を実際の仕事でどう使うことができるのか、意見を交わしました。
最初のアイデアは、ホロレンズを建設予定地に持っていって、そこで建物の3Dホログラムを映し出せば正確なイメージをつかめるだろう、というものでした。ただ、そのとき技術者から出たのは「ホロレンズを現場で装着して、作業することはないだろう」という意見。ホロレンズは、シースルー(浸透)型のヘッドマウントディスプレイを使って、目の前の風景に3Dモデルを重ねて描き出すMR技術ですが、足場の悪い工事現場では危険があります。
一方、営業からは「クライアントにその都度、現場に行ってもらわなくてよくなるなら、手間も時間も削減できるし、顧客満足度にもつながる」という意見が出ました。建設工事では、現場での打ち合わせが不可欠です。それが山の奥でも、数百キロ先でも、発注者や協力会社、設計担当者らが集まり、設計図を何度も確認する必要があります。もし現地に行かなくても、たとえそれぞれが違う場所にいても、打ち合わせができるなら――手間、時間だけでなく、大きなコスト削減になることは明らかでした。
アバター(ブルーのホログラム)と同じものを見ながら打ち合わせができる(提供・小柳建設)
プロジェクトチームが出した結論は「ホロストラクションによって、会議室に現場を持ってこよう」という方向性でした。
「現場で見ることと、会議室で見ることの違いがなにかというと、別にないんですね。だったら、お客さまにとっても毎度、毎度、現場に行かずに、会議室からリモートで打ち合わせができるほうがいい。そこに価値があることに気づいたのです」(小柳社長)
これは「逆転の発想」でした。実際、小柳建設の「ホロストラクション」の後を追って、建設業界では同様のデジタルツール開発が始まっていますが、多くが「現場に行って使う」目的で考えているといいます。

「ホロストラクション」運用開始

開発着手から3年半。「ホロストラクション」は、小柳建設の土木・建築の技術者がマイクロソフトのITの技術者に対して、自分たちの仕事、使い方を細かく伝えながら、まさに「共同」で開発されました。現在もプロジェクトは続いていますが、2019年12月にひとまず完成、年が明けた翌1月から運用が始まりました。小柳建設ではまず、運用実験を兼ねて自社の新社屋建設(新潟県加茂市)の基本設計で使いました。
設計を担当したのは、東京の一級建築士事務所「シナト」。初回の打ち合わせでは、1立方メートルにもなる100分の1の模型を、新幹線に乗せて運んできたそうですが、スタッフ数人がかりで「壊れないように」と大変だったとか。しかし、「ホロストラクション」を導入した2回目以降は、リモートで仮想空間上の打ち合わせを実施。空調の効いた会議室でホロレンズを装着し、仮想空間の中でアバターになった東京のスタッフと並びながら、壁や階段の位置、天井の高さや勾配、窓やドアの大きさなど、細かいところまで一つ一つ、詰めていったと言います。
2020年に完成した新社屋の外観。あえて駐車場は建物の奥に置かれ、地域に溶け込むことが意図された(提供・小柳建設)
この技術は2019年から3年連続で、国土交通省の「PRISM(建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト)」に採択され、運用実績を積み重ねています。新潟県燕市から長岡市をつなぐ大河津分水路の工事でも、このリモートコミュニケーション機能を使った施工を行いました。
さらに直近でも今年7月20日に、日本マイクロソフトが主催する「マイクロソフト ジャパン パートナー オブ ザ イヤー2022」で「Mixed Reality アワード」を受賞しています。

「DX」達成には順序がある

「ホロストラクション」によって、小柳建設は「建設DXの騎手」として全国的に知られるようになりました。メデイアに取り上げられ、業界を問わず注目されるようになりましたが、一方で「ホロストラクションとか、なにか1つのツールでガラッと会社が変わることはない」と小柳社長は言います。
実際、小柳建設はいきなり「ホロストラクション」を導入してDX企業になったわけではありません。そこには小柳社長が数年来、古い建設業の体質から脱却するために進めてきた「経営改革」の流れがありました。
新社屋はフリーアドレスで働ける環境に。常にモニターで情報が共有される(提供・小柳建設)
「DXしたいんですけど、どうしたらいいですか?」
小柳卓蔵社長のもとには、たびたびこんな質問が寄せられますが、彼の答えはいつも同じです。
「あなたの会社の課題はなんですか? DXは目的でもスローガンでもありません。課題を解決するための手段です」
小柳建設の「課題」とはまず、社内の情報を共有することでした。小柳社長が、先代社長の父親をサポートするために会社に入った2008年には、昔ながらの建設会社でよくあるように仕事は属人的で、情報やノウハウも“その人でないとわからない”という状態でした。
まずは、これを解決するために組織改革を進め、社内情報をデジタル化してガラス張りに。さらに次の段階では、仕事の効率化とBCP(災害時などの事業継続計画)の観点から社内基幹システムをフルクラウド化し、アプリケーションを新しくしました。そして、業務にイノベーションをもたらす「あと一手」として、運命の出合いを果たした「ホロストラクション」の開発に乗り出したのです。
一連の社内改革の効果は、数字として表れています。2018年度に0.37%だった営業利益率は、2020年度は8.74%に。その一方で、月平均の残業時間は7.2時間から2時間以下になりました。
「DXを達成するためには順序があります。これがDX推進における、最大のポイントです」
そう語る小柳社長の言葉の意味するところは、目の前の課題を1つずつ解決していくなかで社員たちの“意識改革”が起き、結果として「DX」が達成できていた――ということです。
「DXとは、デジタルを活用して経営やビジネスをよりよいものに改革していく行為だと思います。会社の“文化”を変革することです。だから、『DXやろうぜ』じゃなくて『結果的にDXだった』という話なのです」
Vol.2に続く