2022/9/13

【新潟】DXを成功させた「社内改革」の正しい順序

フリーライター
昔ながらの価値観や流儀が根強い“アナログ”な建設業界において、しかも先端の技術や情報が集まりにくい地方で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)をなし得た小柳建設(本社・新潟県三条市)。第2回では、DX革命の「工程」ともいえる社内改革を探ります。周囲の反対を押し切り、建設業界の仕事の仕組みを変えた、その道筋とは。
INDEX
  • DXによる目に見える成果
  • 困難と言われた建設業に「アメーバ経営」
  • フルクラウド化で新たな「仕組み」づくり
  • 売り上げをコントロールして利益増
(提供・小柳建設)
小柳卓蔵(おやなぎ・たくぞう) 1981年新潟県生まれ。東京の金融会社を経て、祖父が創業した小柳建設に入社。管理部門を担当し、2014年6月に父親を継いで32歳の若さで社長就任。京セラ創業者である稲盛和夫氏の著書『アメーバ経営』に刺激され、社内改革に取り組む。古い体質の建設業界にあって、デジタル化を推進。2016年に日本マイクロソフトと共同で、MR(複合現実)技術を使って建造物の3Dモデル・CADデータなどを空間に投影するシステム「ホロストラクション(Holostruction)」のプロジェクトをスタートさせ、実用化にこぎ着けた。

DXによる目に見える成果

DXを達成するために大切なことは順序を間違えないこと――そう語る小柳卓蔵社長は、これまで社内改革を進めるなかで、業務のデジタル化に積極的に取り組んできました。
成果は、具体的な数字となって表れています。業績面では、営業利益が2018年から19年にかけて、前年比8%ほどアップしました。賞与の支給月数は3.32カ月から4.11カ月に。
社員の働き方でも、2018年に月平均7.2時間だった残業時間が、21年には2時間以下に。有給休暇の取得も18年に59%だったのが、21年は76.3%。男性育休100%も宣言しています。
「ウソだろう? と言われます。建設業で、できるわけがないと。ただ、これもDX推進を進めてきた結果のひとつなんです」
これまでの慣習や暗黙知が重視され、きつい・汚い・危険の「3K」職場と言われてきた業界で、小柳建設の「DX」改革は驚きを持ってとらえられています。同社の先進的な取り組みは、社内におけるメールの事実上廃止とチャットツールの利用、契約書などのペーパーレス化、施工管理業務のフルクラウド化――などの実例で紹介されることが多いですが、「改革」はその前から始まっています。
2008年8月――東京から新潟に戻って家業の建設会社に入った小柳社長は、父親である当時の社長(現会長)からの指示で、管理部門の一社員になります。そこで目にしたのは、あまりにも旧態依然とした会社組織でした。
「すべてがアナログでした。仕事は属人化していて、会社の仕組みとしてワークフローが整っていない。情報はすべて社員一人一人が持っていて、まったく共有されていない。もちろん、情報セキュリティという概念はまったくありませんでした」
社内のデータはすべて紙で管理され、ファイルの閉じ方も合理的とは思えませんでした。さらに、個人情報が入った書類が裏紙として使われていたり、設計図面が放置されていたり。工事の進み具合も、経理情報も、すべて個人のパソコンの中。「自分だけの情報を隠し持っているのに、個人やクライアントの情報管理がずさん」。いちばん驚いたのは、現状への疑問、変えようという意思、いや興味さえない社員一人ひとりの意識だったと言います。
残業時間の多さも気にかかりました。「お付き合い残業?」と思いきや、観察していると、真面目な社員の気質と、業務の幅広さが原因とわかったそうです。
「この人たちが、もっとラクに、楽しく働ける会社にしなければならない」
新社屋の玄関には昔、使っていた法被(はっぴ)が。屋号である「まるなお」のマークが背中にある(提供・小柳建設)
当時の小柳建設は、完全に社長である父親のワンマン企業でした。“敏腕営業マネジャー”としてすべてを取り仕切り、会社全体の事業の進捗状況があるのは社長の頭の中だけ。なにもかもが社長の鶴の一声で決まっていたので、そもそも社内の情報共有の仕組みは必要なかったのです。ひとりのスーパーマンが、会社をまわしている状態でした。
しかし、世の中は複雑化しています。社長1人で事業をまわせる時代に、終わりが近づいていることは明らかでした。これからの時代は、すべての業務において属人的な仕事をなくし、仕組み化することで誰でも経営や営業ができるようにしないといけない――小柳社長は、そう感じていました。
とはいえ、当時の小柳社長は入社してほんの数カ月。しかも、建設業のことをなにも知らない新入りの一社員の話ですから、説得力がありません。外部の人に相談しても「建設業は特殊だから」「変えるのは無理ですよ」と言われるばかり。
社内で信用してもらうためには、とにかく勉強するしかない――「経営改革」「業務改革」関連の本を片っ端から手に取った小柳社長は、ある言葉に目を開かれました。それが、「アメーバ経営」でした。

困難と言われた建設業に「アメーバ経営」

アメーバ経営では、社内のチーム(アメーバ)単位で、経営計画から実績管理、メンバー育成までを独立採算で行います。アメーバの一つ一つはいわば小さな会社で、各リーダーは経営者。京セラの創業者・稲盛和夫氏の経営理論で、目的は「部門別の採算」「経営者意識を持った人材の育成」「全員参加の経営」で会社組織を活性化し、利益を生み出すことです。小柳社長は、稲盛氏が主催する経営塾「盛和塾」に参加して知見を深めていきました。
「恥ずかしいことですが、アメーバ経営が求める何ひとつとして私たちの会社にはありませんでした。しかし、これこそが必要なのだと痛感し、導入できなければ私たちに未来はないとさえ思いました」
ただし、建設業は導入に向かないと言われていました。それは、アメーバ経営で必須とされている「時間あたり採算表」に日々の業務を落とし込むことからして困難だと考えられていたからです。
「時間あたり採算表」は、リーダーが日々の売り上げや経費を書き込むことで、従業員1人あたりが、1時間あたりにどれだけ稼いでいるかが一目でわかるようになっています。ところが、一般的な建設工事は短くても数カ月、長いと数年かかるプロジェクトがザラにあります。そうした時間軸で動いている仕事を、リアルタイムに数値化するのは難しいことでした。
実際、当時の小柳建設は月単位どころか、年度単位で会社全体の売上高や利益を見ていました。しかし、年度末に会計を締めてみないと利益が出ているかわからないという経営でいいはずがありません。とにかくやってみるしかないと、社長(現会長)に対して導入の必要性を熱心に説明すると、意外にもあっさりと「やってみろ」と言ってもらえました。
課題だった「時間あたり採算表」は、日々の出来高を“資材を使った進捗具合”で表すことでクリア。ただ、現場からは抵抗がありました。「昔のまま、どんぶり勘定でいいじゃないか」。「余計な仕事を増やしやがって」。ところが、しばらくすると、目に見えて成果が出てきたのです。
残業が減り、工事が効率的に進むようになりました。「自分だけ」が知り得る秘密の情報がなくなり、チームでフォローし合いながら仕事ができるようになりました。いい意味でチームが競い合い、一人一人が考えて「提案する」気風が生まれました――。
「経営をガラス張りにして情報を共有する。“見える化”のいちばんの成果は、社員一人一人の意識改革でした」
たどり着くまでに約5年。社内改革をひとつ、達成した小柳社長は、次なる課題に取り組みます。デジタル化です。

フルクラウド化で新たな「仕組み」づくり

2014年、父親を継いで社長を引き受けた小柳社長は、「基幹システムのフルクラウド化」に着手しました。アメーバ経営によって蓄積されるようになった経営データを効果的に活用するために、施工管理業務などのデジタル化が必要だと考えたのです。
それまでは、古いタイプのグループウェアを使っていました。しかし、データベースが増えすぎて「データが見つからない、いじると動かない」状況に。オンプレミス(自社でサーバーやネットワーク機器を保有し、運用する)という選択肢もありましたが、システムのチームからの提言で、フルクラウド化が検討されました。
そのメリットは明らかでした。ひとつは、災害時のBCP(事業継続計画)的観点から。本社のある三条市では、過去20年間に2回も大水害がありました。もうひとつは「社員をもっと“ラクに”する」ため。オンラインでいつでもどこでも働ける環境を整えれば、その解決策になります。
問題はコストです。このとき役に立ったのが、アメーバ経営で取り入れた「時間あたり採算表」の考え方。計算してみると、すぐに答えは出ました。「フルクラウド化のほうが、時間あたりコストが安い」。
基幹システムのフルクラウド化は、新しい「仕組み」をつくることになりました。あらゆるデータが共通のプラットフォームに集約されたことで、アクションが速く、簡単に、どこででも行えるようになりました。情報が共有されることで「属人化」も解消されました。そして仕事は効率化され、「社員をラクにしたい」というミッションも実現されました。
「気がつくと、社員のほうから『こう動くべきじゃないか』という提案がどんどん出てくるようになっていました。トップダウンしかなかった10年前に比べるとまったく違います」
ちなみに、採用したクラウドはマイクロソフトのAzure。この選択が後々、MR(複合現実)のハードウェア「ホロレンズ」との出合い、そしてDX推進へとつながることになります。
「ホロレンズ」を使って開発した「ホロストラクション」(提供・小柳建設)

売り上げをコントロールして利益増

業務システムや仕組みがひと通りそろったのが2019年。こうしたDX化による成果は、冒頭で紹介したものだけではありません。営業利益率の増加や月平均残業時間の減少をもたらしたのは、じつは会社全体の売上高を最適化し、減らしたことでした。前社長時代に年間100億円あった売り上げは、2020年度に75億円。それでも、利益はむしろ増えているというのです。
「かつての利益率は多くて3%、ひどいときには1%を切っていました。売り上げを求めて仕事を取りすぎると、結果、仕事量が多くなり、おカネの管理もずさんになり、利益も出ない。さらに、みんなも疲弊するという悪循環です。一方、仕事をある程度コントロールすることで、現場に必要な人員をしっかり配置することができて、ちゃんと休ませることができます。それによって、安定的に現場をまわせる体制になったのです」
フリーアドレスの職場ではチームごとに打ち合わせをするスペースも(提供・小柳建設)
小柳社長は「DXは企業文化の変革」だと言います。文化とは、言い換えれば意識、企業の体質。その変革を進めるために、役員も若返らせました。もともと10人いた役員は、2019年度には3人に。60歳強だった平均年齢は40歳になりました。
後継者への引き継ぎも、若ければ若いほうがいい。50~60代で『俺の時代が来た』となっても、もうチャレンジする気力もないし、結局、『これまで通りがいい』と古めかしい経営を続けるだけ。改革どころではないでしょう」
32歳で社長を引き受けた言葉には、説得力があります。
Vol.3に続く