プロ経営者という働き方_トリンプ

数字の分析ではイノベーションは起こせない

トリンプ社長がP&G時代に起こした「洗剤革命」

2014/12/17
前回まで、この企画では「共感型(=徳山氏)」「変革型(=板東氏)」のプロ経営者に話を聞いてきた。今回は、圧倒的なマーケティング力を武器に、おもに外資系企業でキャリアを重ねてきた人物に話を聞いた。トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏。長くP&Gのブランドマネージャーとして辣腕を振るい、2001年からはボーダフォン、2004年からはソニー・ピクチャーズエンタテインメントで役員として活躍。リーバイ・ストラウス ジャパン社長を経て現職に至る、という経歴を持った人物だ。
トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏

トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長、土居健人氏

P&Gで食器洗剤「ジョイ」を開発

携帯電話のメールに写真を添付したことがない人はほぼいないに違いない。懐かしい言い方をすれば『写メール』だ。また最近、家庭用の食器洗剤が、次々、小型化していることもご存じの方が多いだろう。これらのサービス・商品には共通点がある。いずれも土居健人氏が率いるチームが世に広めたものなのだ。

彼はマーケティングの要点をズバリと突く。

「数字を分析すれば顕在ニーズは見えてくる。しかし、本当に大切なのは“潜在ニーズ”だ」

彼の経歴の中で、この要点を理解するには、食器洗剤の開発ストーリーが最もわかりやすい。もし、消費者調査でユーザーに「どんな洗剤がほしい?」と聞けば、回答者の多くが「もっと汚れが落ちるもの」「もっと安いもの」「肌に優しいもの」といった言葉を寄せるはずだ。

「どんな市場にも競合他社があり、こういった顕在化しているニーズは、当然、既に他社もつかんでいる」

もちろん、そうだろう。

「でも、市場にはお客様ご自身も気づいていない潜在ニーズがある。皆さんが『まあ、この程度で仕方ないかな』と思っている点がたくさんある。逆に、ある商品に対して、お客様が『私は完全に満足している』と思っていることのほうが少ない」

土居氏のチームが発見した潜在ニーズが、食器洗剤の場合は『小型化』だった。日本の家屋は欧米に比べコンパクトだ。そもそも『つまらない』という言葉の語源も、日本人の中に“ぴったり入ってくれないもの=つまらないもの”という価値観があったから生まれた。

閑話休題。そこで土居氏は、P&Gの『ジョイ』を3倍に濃縮し、商品のサイズを小さくして世に出した。これが、非常に売れた。現在、洗濯洗剤も含め、次々と家庭向けの洗剤が小型化していくトレンドは、このときに生まれたものだった。

「潜在ニーズをつかめば、イノベーションが起こせる。そして、付加価値が高い商品やサービスを、極力速いスピードでお客様に届け、他社が追いつけない勢いで、支持の輪を広げていくのだ」

「チャンスに興味はありますか?」

ではなぜ、土居氏は潜在ニーズをつかむことができるのか。その前に、土居氏の経歴をおさらいしておきたい。

土居氏は大学時代にコピーライターになりたいと考え、卒業後、広告代理店に入社。案に相違して営業に配属された。だが、これがよかった。すぐに「私はコピーライティングでなく、広告全般に興味があったのではないか」と気づいたからだ。

ところが、すぐにまた視野が広がっていった。

「広告を学ぶと『マーケティングの4P』という言葉が出てくる(製品〈Product〉、価格〈Price〉、流通〈Place〉、 プロモーション〈Promotion〉。この4つを活用し、 ターゲットに受け入れられる販売計画を立案しよう、という考え方)。そして広告は4Pのなかでも、プロモーションの部分を担う。これを知って、また気づいた。“世の中にはこの4つ全部を考える仕事があるらしい”と。あるブランドを担当し、消費者調査を行ない、商品を創り、パッケージ制作、流通戦略、コミュニケーションを展開していく『ブランド・マネジメント』の仕事だ」

私がやりたいのは、広告の制作でなく、ブランド・マネジメント全体なのではないか——? そう気づいたのと同じ頃、彼は日本ヴィックスがマーケティングのアシスタント・ブランド・マネージャーを募集していると知った。今は堪能な英語も、当時は「受験単語くらいが精一杯」だったが、彼は臆せず、外資系企業の門を叩いた。

そんな土居氏のキャリアは、こう語りかけてくるようにも思える。視野が広がったら、それに見合う仕事をしなきゃつまんないじゃないか——?

「私はその後も、何度か転職をした。多くは、エグゼクティブの転職を支援する企業から『こんなチャンスがありますが、興味ありますか?』と言われたもの。そして実際に、個人が興味を持っていることと、企業が求める人材が一致するケースが、一生のうちに何回かある。私はそれが、いわゆる『ご縁』だと思う」

この先に、土居氏にどんなご縁が待ち受けているのか?

※本連載は毎週水曜日に掲載します。