2022/7/22

【意外】スタートアップ投資、堅調な理由を徹底分析

ユーザベース INITIAL シニアアナリスト
国内スタートアップの資金調達は、意外にも堅調な勢いが続いている──。
2022年1月〜6月(上半期)のスタートアップの資金調達額は4160億円だった。上半期の段階で昨年1年間の約51%に達し、昨年以上の勢いだ。
株式市場ではグロース株に逆風が吹くが、総額だけ見ればスタートアップ投資に影響は及んでいない。
しかし、中身をよく見ると、緊張が高まっていることをうかがわせるデータも見られる。
スタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL(イニシャル)」の『Japan Startup Finance』の2022年上半期レポート公開(8/5にINITIALで公開予定)に先立ち、速報としてエッセンスをお伝えする。
INDEX
  • 上場延期組が大型調達
  • 人気が集中
  • 大型調達支える海外勢
  • 調達額トップはリーガルフォース
  • ユニコーン11社
  • ファンド設立は減速
  • IPO、時価総額に影響

上場延期組が大型調達

2022年上半期の資金調達額4160億円は、過去10年で最大だった2021年通年の50.6%にあたる。今後、判明してくる調達分を考えると、むしろ上期は昨年を超える勢いで調達が続いているといえる。
昨年末からの株式市場でのグロース株失速の印象が強すぎ、スタートアップの猛烈な資金調達には意外さを感じる。
5月、チャットコマースのZEALS(ジールス)が、Zベンチャーキャピタルなどから35億円の調達をしたと発表した。
実は同社、新規上場(IPO)する予定だったが、3月に延期していた。
スタートアップの調達が堅調に見える背景の一つは、こうした上場延期組の大型調達だ。
上半期分の調達総額にはカウントされないが、やはり上場を延期したAnyMind Group(エニーマインドグループ)も7月19日に約40億円の資金調達を発表している。
ベンチャーキャピタル(VC)は昨年までのファンドレイズ(資金調達)で資金に余裕があり「必ずしも資金を素早く引いている感じでもない」(国内VC、STRIVEの古城巧インベストメントマネージャー)
公開市場で投資家が委縮している分、相対的に余裕のあるVCから資金集めをしている構図だ。
新素材開発のSpiber(スパイバー)は、株式市場が調整する前の昨年10月に調達を決め、今年3月にかけて実際に調達した。このようにバブルの「残り香」が調達総額を押し上げている面もある。

人気が集中

一方、調達社数は1058社と、昨年通年の半分に届かなかった。2019年以降、社数が絞られ、1社あたりの調達が大型化する傾向が続く。
2022年上半期の1件当たりの調達額は平均で約4.8億円、中央値でも1億5000万円だった。小型調達の判明は遅れがちなため実際にはもう少し額が低くなるとみられるが、それでも昨年よりも大型化が進んだものとみられる。
「株式市場が弱含む中、成長ストーリーをしっかり組み立ててバリュエーションを死守した」
医療通訳SaaS、メディフォンの坂本隆宣CFOは6月、6億円の調達に成功した。シード期以来2度目の調達だ。
医療通訳事業はすでに黒字。新事業の、クラウド健康管理システムにも順調に企業顧客が付きつつあることが投資家に評価された。
VCなどは投資先を絞る一方で、有望なスタートアップにはきちんとお金を出す。要は選別が進んでいるということだ。
企業評価額もしぼんでいるわけではなく、シリーズC以外は若干上昇した。10億円以上の大型調達はむしろ順調に増加し、2022年上半期は118社で、2021年の約60%に達した。
ダウンラウンドの件数は15件にとどまり、前年同期から9件の減少。現在の判明分だけでみると、むしろ例年より件数は少ない。
ただ企業価値の評価を先送りした資金調達が出てきているとの声もあり、先行きは予断を許さない。

大型調達支える海外勢

10億円以上の大型調達に「人工知能」「SaaS」「フィンテック」が多いのは例年通り。エネルギー関連の「クリーンテック」は絶対数こそ多いわけではないが、大型調達の割合が若干高く、盛り上がりを感じさせた。
こうした10億円以上の大型調達における出し手はVCが主役で、金額ベースで54%を占める。VCのうち海外VCが36%を占め、国内独立系VC(24%)や国内CVC(8%)を上回った。大型調達に関しては海外勢に支えられているわけだ。

調達額トップはリーガルフォース

上半期最大の調達だったのは、契約審査プラットフォームのリーガルフォースで137億円。
やはり海外勢が資金を出していて、ソフトバンク・ビジョン・ファンド2がリード投資家。米著名VCセコイア・キャピタルの中国法人、セコイア・チャイナも参加した。
前回調達での評価額は267億円だったが、今回のラウンドで500億円以上に達したとみられる。
調達上位20社のうち、少なくとも11社に海外VCが参加しており、まとまった資金の出し手として海外投資家の存在は大きい。
2位はティアフォー。名大発のオープンソースの自動運転 OS「Autoware(オートウェア)」の開発を主導し、台湾の鴻海(ホンハイ)に供給している。
121億円の調達のうち、100億円を既存株主であるSOMPOホールディングスが引き受け、ヤマハ発動機、ブリヂストンも出資した。SOMPOは、ティアフォーらと「自動運転システム提供者専用保険」を開発した。
3位は独自の構造タンパク質素材「Brewed Protein(ブリュードプロテイン)」を販売するスパイバー。カーライルなどからの調達。先述した通り昨年に決定し、3月にかけて調達した。

ユニコーン11社

現在のユニコーンは11社。この中からIPOに漕ぎつける会社もあるかもしれない。
4位のSmartHR(スマートHR)は評価額が1700億円超。玉木諒CFOは「IPOはジョーカー(切り札)。必要がある時まで温存したい」と話す。
新顔は法定通貨のデジタル化プラットフォームを展開するGVE。2位にランクインした。
なお、次のユニコーン入りが期待される企業評価額500億円以上の企業は現在14社ある。

ファンド設立は減速

VCファンドなどスタートアップファンドの設立動向について確認する。設立総額は1856億円、設立件数は49件と、ともに昨年から減速傾向にある。
大本となるファンドの資金が絞られつつあり、今後、スタートアップへの投資がより選別的になる可能性がある。
上半期に設立されたファンドで注目が集まったのはグロービス・キャピタル・パートナーズの7号ファンド。世界最大規模の投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がLP出資した。

IPO、時価総額に影響

もう一つ、気がかりなのはイグジット(出口)だ。
IPOの延期や取りやめが相次ぎ、2022年上半期のIPO社数は47社と、前年同期から11社減少。スタートアップ(VCが出資しているなど、INITIAL定義による)に絞ると26社で、2社減った。
バリュエーション(企業価値評価)に関しては影響が大きかった。IPO全体の初値時価総額は76.9億円と、昨年通年の6割強の水準にとどまった。
出口がなければ投資家は投資資金を回収しづらく、今後の投資に資金が回りにくくなる。
そんな中で一人気を吐いたのがVTuberグループ「にじさんじ」の運営をするANYCOLOR(エニーカラー)だ。
初値ベースの時価総額は軽く1000億円を超え、一時はグロース市場でトップの2700億円超にまで駆け上がった。7月21日時点では約1800億円に落ち着いている。
同社はCEOの田角陸氏が2017年に学生起業。わずか5年で上場した。中国、韓国、英語圏、インドネシアでも展開し、2022年4月期の単独売上高は141億円、経常利益は41億円の黒字企業だ。
M&Aはどうだろうか。昨年はPaidy(ペイディ)が米ペイパル・ホールディングスに3000億円で買収された。
上半期の件数は株式の取得による買収が59件、事業譲渡が18件。まだ判明していない案件もある可能性があり、件数ベースでは昨年からそれほどの減速感はない。
金額で見ると、AI insideが主にAI運用の内製化を推進するソフトウェアを提供するaiforce solutionsを16.4億円で買収したのが最大だった。
下半期の案件になるが、5月にはDeNAが医療関係者間コミュニケーションアプリのアルムを買収すると発表した。買収額は約290億円。
まだIPOを代替するほどの規模感がないのが現状だ。
米国の利上げを発端に株式市場は下落が続くが、2022年1〜6月のスタートアップ の資金調達は堅調だった。ただし、未上場マーケットへの影響は、遅れてやってくるものだ。
2022年7〜12月はどうなるか。リセッション懸念もくすぶる中、楽観視はできない。
調査は資本調達のみを集計対象としているため、個別事例の調達額についても基本的に借り入れを含まず表記しています。