安倍元首相銃撃死、海外メディアが驚いた「政治家の演説なのに警備が手薄すぎる」
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いや、素人目に見ても酷い。襲撃時の映像を見たが、安倍さんの周辺にいた警備は全員安倍さんと同じ方向を向いていた。カメラに背を向けている人はゼロ。背面はどうろだからか?であれば、通りすがりの車からだと楽勝で狙える。事実、犯人は道路を隔てた後ろから接近した。更に1発目が不発っぽい、少なくとも人命に影響が少ないと思われた直後でも、取り押さえや安倍さんとの間に入り込む警備員がいなかった。
これを平和ボケと言わず何と言うのか。手薄もあるが、自分の命を呈してでも国のVIP守るという意識が無い。こんなセキュリティだと重要会議の開催に疑問を持たれても仕方がないレベル。早急に立て直す必要がある。
注目のコメント
警備の動きの遅さや、とまどったような初動、発砲音と共に即座に安倍元首相の襟をつかんで引き倒していないのはなぜなのか、というのは世界中のマスメディアやソーシャル・メディアで、何千万回とコメントされていますね。
たとえば、インドは繰り返し、首相が自爆攻撃で殺害されてきた国なので、「あれは何なんだ」といった、あきれたようなコメントが長大な列をなしています。
もちろん、日本が平和だったからで、インドやパキスタン、中東では、政治家が街頭に出る時は、防弾チョッキを着た護衛数十人が各所に配置されており、一般人が数メートル以内に近寄ろうものなら、即座に射殺される国もあります。
政治家の活動を支えるのは莫大な富で、その富は数百万人の犠牲の上に成り立っている、というのが、大多数のアジア、アフリカ、中南米諸国の常識です。
自爆でもいいから政治家を殺してやりたい、という人間はいくらでもいます。
日本が、インドやパキスタン、中東諸国のような国になっていくのかというと、まだそうはならないでしょうが、その方向にむかっていないわけでもないでしょう。
政治家が常時数十人の護衛に囲まれているような国は、ひとくちに議会制民主主義といっても、日本とは全然別の社会です。政治家と市民の距離感ですが、フランスで暮らしていても政治家と至近距離で遭遇する事はわりとあって、例えば先日もとある展示会を見学していると突然ベルトパーティションのポールが会場内に立てられて、あれよという間に人の流れが区切られたかと思うとマクロンが周囲に手を振りながら歩いていきました。人を一人挟んで2mぐらいの距離でした。
そのような距離感でマクロンが地方の遊説先で市民から平手打ちを受けた事件もあります。ただ上記の展示会は入場時に厳密な手荷物検査があって、後者の遊説先も同様であったはずです。
別の例として、凱旋門で複数の政治家が献花を行う場に遭遇した際は、その場所から数十mの距離をあけてガードレールが立てられ、その内側には自動小銃を構えた兵が何人も立って不審者の接近を警戒していました。
今回の事件の現場の状況に対応するのは後者で、政治家に不審者が接近しないように警戒していた意図に反して後方からの進入を許した警備の問題なのでしょう。
ただ上記のフランスの例も2015年のパリ同時多発テロ以降にとりわけ厳しくなった面はあります。職場のオフィスビルですら今は手荷物検査があって、公共交通やショッピングセンターの中も武装した兵士が巡回するなど日常生活の中でアサルトライフルを目にする機会がこれほど一般化したのも2015年のテロ以降です。
今回の事件を受けて日本でも警備の在り方の見直しが行われるのだと思います。ただ2015年以降に恒常化したフランスの日常生活での警戒の在り方は正直居心地が悪いのも事実です。また今回は政治家が襲撃された事件ですが、これが警戒を称して政治的な言論を封殺する方向に向かってはいけません。まず不審者があの距離まで近づけたのに驚きです。あの手製の銃では相当に近づかないと標的に当てることはできないので、距離を保つことだけでも防げました。
また、1発目は致命傷にはなっていないので、2発目を防げば助かったはずですが、1発目の爆発音の後も安倍元首相を守ろうとする者は誰もおらず、容易に2発目を撃たせています。
明らかに警護体制や警護者の訓練不足で、このようなことが起こることを全く想定していなかったとしか思えません。
警護も形式的なものだったということです。
この件だけではないですが、事前の想像力とリスク認識が欠如しており、誰かの命が失われないと対策が取られないというのはこれまでも繰り返されてきたことです。
このようなことは他国では経験してるので、それを踏まえることはできたはずですが、人は自ら経験しないと真に自分事にはできないのかもしれません。