2022/5/13

【1万施設突破】“子育てネットワーク”の中核を担う急成長ベンチャーの戦略

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 2022年1月、保育園 の実に4分の1にあたる、10000施設への導入の大台を、保育・教育施設向けの業務支援ツール「CoDMON」(以下、コドモン)が突破した。
 つまりコドモンは、保育業界における圧倒的シェアNo.1のICTツールとなった。
※法的な名称は「保育所」だが、本文では通称の「保育園」を用いる。なお、幼保一体型施設の「認定こども園」なども含む。
コドモン提供資料より
 業界特化型のいわゆるバーティカルSaaSを展開しているコドモンは、利用施設数の増加とともにARR(年間経常収益)は15億円を超え、売上は前期の約2倍で推移するなど著しい成長を遂げている。
 だが同サービスを展開する株式会社コドモン代表の小池義則氏は「到達度でいうとまだ1合目にすぎない」と控えめに語る。
 人口減少時代に求められる「保育アップデート」のビジョンと、その実現に向けたコドモンのさらなる成長戦略について、小池代表に話を聞いた。
1980年生まれ、兵庫県出身。横浜国立大学経済学部を卒業後、東証一部上場のコンサルティング会社に入社。ITを活用した社内業務の効率化を目的としたWeb推進室室長を経て、2007年に退社。2009年に株式会社スパインラボを起業し、中小企業向けにWebシステムの企画・設計・デザイン・運用を支援。2015年に自社プロダクトとしてこども施設業務サポートサービス「コドモン」をリリース。2018年11月に株式会社コドモンを設立し子育て支援事業を本格稼働。

保育士と保護者を書類から解放するアプリ

 働く保護者に代わって子どもを預かる保育園。全国に38,666施設あり、274万人もの子どもが入園している ※ 
※厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ」(2021年4月1日現在)
 保護者を中心に、私たちの身近にある保育園だが、「その現場を担う保育士の勤務実態は、意外に知られていません」と小池氏は、保育業界をとりまく「働き方」の問題を指摘する。
「保育士の仕事は、子どもと触れ合う時間が一日の大半だと思われがちです。しかし、一日の業務の約3割を占めるのは『書類業務』なんです」(小池)
 保育日誌、指導計画、保護者とやり取りする連絡帳……保育士が作成する書類は多岐にわたる。これらの書類を多くの保育園では「手書き」で作成しており、かつ、子どもたちが退園した夕方以降に行わなければならない。
 サービス残業の常態化。これが「コドモン以前」の保育業界の実態だった。
 これらの書類業務を、簡易なテンプレートや5,000を超える文例データを用いて手軽にデジタル入力できるICTツールがコドモンだ。
 多くの保育園で大幅な業務省力化を実現し、サービス残業を解消するとともに、保育士が子どもに寄り添う物理的・精神的余裕をもたらす“救世主”となった。
「必ずしも保育士がやる必要のない業務については、なるべく自動化・省力化する。そのことで、保育士が本来価値を発揮すべき『保育の質』を高めることに集中できる環境をつくるのが、コドモンの役割です」(小池)
 コドモンの恩恵を受けているのは、現場の保育士だけではない。保護者にとっても、“紙対応”だった連絡帳がスマホアプリに変わったことで保育園への連絡が親指一本で完結。手書きの負担やコミュニケーションギャップのストレスから解放された。
 子どもが卒園し小学校に進学したとたんにその利便性が失われるため、「コドモンロス」に陥った保護者が小学校に導入を勧める例もあるほどだ。
 これまでICT活用とはやや遠い距離にあった保育業界に、大きな働き方改革のインパクトをもたらしたコドモン。現場の保育園の信頼は、驚異ともいえる99.8パーセントの継続率にも反映されている。
 事業としての社会的なインパクトと、SaaSビジネスとしての安定した収益性。この二つを高い次元で両立するコドモンに、パートナーシップを結ぶ企業からも大きな信頼を寄せる声が挙がる。
コドモンは、保育に携わる先生と保護者の体験を大きく変革させました。保育現場で蔓延していた長時間労働の改善に大きく寄与し、保育士の心理的負担まで軽減したことで、離職防止にもつながっています。

(株式会社カタグルマ 代表取締役社長CEO 大嶽広展氏)
保育園向けのICTプロダクトはたくさんありますが、その中で保育園の現場ニーズに真摯に向き合い、着実にサービスとして提供してきたことが、コドモンが導入数No1になった決め手ではないでしょうか。
また、コドモンの普及によって保育園業界の課題解決の重要性が表面化された貢献も大きいと思います。

(オイシックス・ラ・大地株式会社
 店舗外販事業部 部長 清水崇司氏)

次の成長フロンティアは「社会全体で子育てを支援する」環境づくり

 2014年のサービス開始当初は、保育の現場にICT化の必要性がなかなか理解されず「門前払いにあうことも、たくさんありました」と小池氏は笑う。
 それでも現場の声に耳を傾け、地道に改良を重ねながらシェアを伸ばし、ついに「10000施設」の大台に達した。
 しかし、その“偉業”にも、小池氏は「ようやく1合目、といったところでしょうか」と意外なほど厳しい自己評価を口にする。
「これからの時代、保育業界には大きな変革の波が訪れます。その変革に対して、当社はさらなる貢献を果たしていかなければならない。『10000施設』は、そのための土台ができたにすぎません」(小池)
 小池氏が言う「変革の波」とは何か? 
 それは保育園に求められるニーズの、量から質への転換だ。どういうことか。
 実は、長年にわたって日本の保育政策の中心にあったのは「待機児童問題」だった。女性の就労支援や少子化対策の名目で、子どもの受け皿としての「量」の拡大が急務とされ、都市部を中心とした全国の自治体では毎年のように施設整備が進められてきた。
 しかし、これからは本格的な人口減少社会が到来し、多くの自治体で保育園が供給超過に転じることがほぼ確実視されている。事実、2021年4月の時点で「待機児童ゼロ」の市区町村は8割を超える(厚生労働省資料より)。
「このポスト待機児童時代を迎える中で、保育園は地域社会においてどういう価値を提供していくべきか、という新たな課題に直面することになります。これが、保育業界を待ち受ける『変革の波』です」(小池)
 その議論は国でも進められており、2021年12月に厚生労働省の「地域における保育所・保育士等の在り方に関する検討会」は「今後の人口減少社会において、良質な保育を提供し続けることが大きな課題」とのメッセージを公表した。
 厚労省が言う「良質な保育」の方向性の一つが「保育園の多機能化」だ。
 新たな機能を付加し、地域の多様な保育ニーズに応えていくことで「選ばれる保育園」になろう──この「量」から「質」への大転換とも言うべき変革を、全国の保育園が迫られているのだ。
保育所が在園児以外の地域の子育て家庭への支援や多様な保育ニーズへの対応などを担うことで、保育所を多機能化して、地域の子育て支援の中核的機関とするなど、地域の実情に応じて必要な機能を選択し、展開することについても真剣に検討すべき時期に来ている。
「地域における保育所・保育士等の在り方に関する検討会 取りまとめ」(厚生労働省/2021年12月)
 しかし、保育園というのは、保護者に代わって子どもを保護し、情緒の安定を図りつつ、乳幼児期にふさわしい経験が積み重ねられるよう丁寧に援助する施設である。
「それだけでも重責なのに、その上に『多機能化』『付加価値化』と重荷を背負わせてしまっては、現場の保育士が疲弊してしまいます」と、小池氏は指摘する。
「保育園の多機能化を実現するためには、保育園に過度な負担を集中させるのでなく『社会全体で子育てを支援する環境づくり』が求められます。そして、そこにコドモンがさらに保育業界に寄与できるフロンティアが広がっているとみています」(小池)

保育園が地域のハブとなる「子育てネットワーク」

「社会全体で子育てを支援する」環境の整備に向け、小池氏は、保育園を起点に地域のさまざまな機関が連携する「子育てネットワーク」を提唱する。
 子どもと日々接している保育園には、子どもの発育に関するさまざまな情報と知見が集まっている。その保育園が「ハブ」となり、自治体、児童相談所、医療機関、教育機関、企業などの地域機関と連携しながら、一人ひとりの子どもの事情や特性に応じた最適な支援につなげていく。
 これが、小池氏が思い描く「子育てネットワーク」の姿だ。
「このネットワークによって、保育士への負担を減らしながら、同時に地域の多様な保育ニーズに応えうる多機能化・付加価値化を実現できるものと考えています」(小池)
 この子育てネットワークにおいて保育園と各機関とを結ぶカギとなるのが「データ」だ。コドモンの導入によってICT化を実現している保育園では、保育日誌、連絡帳、発育記録などの情報がデジタルデータとして日々蓄積されている。
 このデジタルデータは、現在サービスを利用している園児データだけでも100万人に上るという。
「0歳から卒園するまで、未就学の子どもに関するこれだけのビッグデータが集まる状態にある例は、おそらく世界でもなかなかないのではないでしょうか」(小池)
 このビッグデータは、すべての個人情報を注意深く取り除くなど、法的に適切な処理をした上で、子どもの成長を支援するためのさまざまな領域で活用が可能だ。
 たとえば病気や虐待、突然死など、子どもの健全な成長を妨げるリスク要因をデータ解析することで、異常を早期に発見し、医療機関や児童相談所などの適切な措置につなげることができる。
 他にも保育園が、データの活用によって子どもの「教育」にも大きな価値を提供しうる可能性も秘めている。
「子どもへの教育投資は、子どもの適性や習い事の選択肢に関する情報がないあまり、経済的な制約や保護者の都合に左右されるところがあった。データを適切に管理・活用することで、一人ひとりの子どもに対する『個別最適化された育ちや学びの支援』を図ることもできる。これも保育園の『多機能化』の一側面として期待されるところです」(小池)

多くの企業が保育業界に参画できる「プラットフォーム」を担う

 このように、「社会全体で子どもを育てる」ネットワークを構築するために、コドモンはデータを軸としたICTインフラの役割を果たそうとしている。それに加えてコドモンがめざすのは、多くの企業や団体が子育て支援に関心を持ち、参画するための「プラットフォーム」としての役割だ。
 1万を超える施設をユーザーに持つコドモンでは、既にさまざまな企業・団体とのパートナーシップによるサービスを展開している。
 他にも、小池氏のもとには多くの企業から協業の相談が寄せられているという。「保育業界に対して世間の関心が向けられているのはうれしいこと」と小池氏は前置きしつつも、「今は連携の数を増やすよりも、確実に価値提供できる分野を見極め、その分野での連携を確立していきたい」と慎重なスタンスをみせる。
「子どもを預かる施設である以上、何より優先されるべきは子どもの『安全』。当社がプラットフォームの役割を果たす上では、その安全性をいかに担保するかが重要な課題と考えています」(小池)
 参入のルール、トラブルを防止する規制のあり方、データ活用の指針──プラットフォーム構築に向け、取り組まなければならない課題は多い。しかし、それらの課題を乗り越えた先に、多くの企業・団体がスクラムを組んで子どもの成長を支える「保育アップデート」の未来図がみえてくる。
 さらに、小池氏の目には、日本の保育業界が秘めるもう一つの可能性が映っている。それは、「日本型保育システム」の海外展開だ。
「0歳児からの発育を見守るきめ細かい『日式保育』は、人口増加フェーズにある東南アジア諸国において大きなニーズがあるとみています。その『日式保育』のブランド確立と海外展開も、保育事業者と連携しながら後押ししていきたいと考えています」(小池)

子育て支援は人類にとって「究極のサステナビリティ」

「社会全体で子どもを支えていく未来を築くためにも、多くの企業が子どもや、子育てに取り組む家庭を支援し、さらにそういった企業に対して投資が集まるような気運の醸成が必要です」(小池)
 確かに保育・子育て政策は、厚生労働省が所管する「福祉」の領域であり、ビジネスや投資の観点で語ることがはばかられるイメージがいまだに根強い。
 この気運が変わらない限り、「子どもを取り巻く環境をテクノロジーの力でよりよいものに」というコドモンのミッションも「崇高な理念」で終わってしまいかねない。
コドモンを利用している保育園での午睡チェックの様子(コドモン提供)
 しかし、直接的に保育・子育てサービスを提供していない多くの企業にとっては、おそらく「どういうアクションを起こしたらよいかわからない」というのが実情ではないだろうか。
 その悩みに対する答えの一つとして、コドモンでは「せんせいプライム」というサービスを展開している。子どもではなく、子どもを見守る保育士などの先生にフォーカスし、さまざまな企業が先生を応援するプランを提供する制度だ。
 これなら、自社の製品やサービスが直接保育・子育てとは無関係でも、間接的に子育て支援に寄与することができる。
 また、将来的には保護者向けのマーケットプレイスの展開も検討中であり、BtoCのサービスを提供する企業との協業により子育て分野の支援も充実していく見通しだという。
「子どもを産み、育てることが今以上に負担となる社会には絶対にしてはいけない。子どもを、保護者を支援することは、人類にとって『究極のサステナビリティ』だと思っています」(小池)
 すべての大人がかつて子どもであったのだから、「人類」という大きな言葉も、少子高齢化が進む日本において、決して大言壮語ではない響きが宿る。
 ではコドモンにとって目下の課題は何かと小池氏に尋ねると、新たな仲間が欲しいという。
 これらのビジョンを事業戦略に落とし込み具現化していく事業開発者、膨大なビッグデータを活用フェーズに乗せていくエンジニアやプロダクトデザイナーを、コドモンでは求めている。
「崇高な理念」から「実現可能な未来」に向かって、コドモンは「10000施設」の大台から、次のステージへと歩みはじめている最中である。