2022/4/20

最新のテック×サステナは、こんなにおもしろい

Newspicks Studios Senior Editor

5%に満たない海洋情報、収集するには?

──昨今サステナビリティが叫ばれている中で、IBMは様々なプロジェクトを行っています。完全自律航行船メイフラワー号とは、どのようなものでしょうか?
大塚 エッジコンピューティングを始めとするIBMの最新技術を集約した海洋調査船です。
 2017年に国連から発表された「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」を発端に始まったプロジェクトで、AI技術を活用して海洋情報を調査することが目的です。
 温暖化による水位の変化、増え続けるプラスチックごみ、それによる生命体への影響…。
 海洋汚染は環境問題の重要課題である一方で、実はこれまでに得られている海洋の情報は全体の5%に満たないと言われています。
 現状を知らなければ適切な対策を打てないですよね。なので海洋汚染解決の一手目として、海洋を調査するメイフラワー号が作られたんです。
──そもそも、なぜこれまで海洋は探索されてこなかったのでしょうか。
大塚 端的に言うと、人力での海洋調査の難易度が非常に高かったんです。
 船に乗って海上で調査を行うためには、乗組員の食料や水だけでなく、寝台やトイレ、医療・衛生用品など、生きていく上で必要な設備や物資を整える必要があります。
 さらに調査のために必要な機器やセンサーを積み込むには、非常に大きなスペースが必要になる。要するに、持続可能ではないほどに膨大なコストがかかっていたんです。
 これらの問題を解決するためにできたのが、完全自律航行船・メイフラワー号です。
 人体の制限なく長期間航行できるので、マイクロプラスチックによる汚染や、生息地環境の劣化、海洋生物への影響など、科学者たちが必要とする海洋データをこれまでより遥かに低コストで収集できているんです。

「科学的発見」のパラダイムシフト

──海洋情報収集の他にも、環境問題に対してどのような技術があるのでしょうか。
武田 例えばプラスチックごみの問題に対しては、「VolCat」というペットボトル・プラスチックのリサイクル技術があります。
 一言でいうと、ペットボトルに使われているPET(ポリエチレンテレフタレート)をすごく簡単にリサイクルできる技術です。
 従来のリサイクル方式だと、雑多なごみを分別して、洗浄して、燃やして...と、ごみから再利用する素材を取り出すためにたくさんの作業が必要でした。
 それがVolCatを使うと、飲み終わったペットボトルを入れるだけで、時間が巻き戻って、原料の白い粉になる。
 その辺のゴミを投げ入れたら、綺麗な原料に変換される。試験段階ではありますが、バックトゥザフューチャーの世界で起きていたようなことが実現されようとしているんです。
 また、IBMの基礎研究部門であるIBMリサーチは「発見の加速化 – Accelerated Discovery」というコンセプトを掲げて、新しい科学的発見を加速する仕組みを作ろうとしています。
──「発見を加速する仕組み」とは、どういうことでしょうか?
武田 これまで材料開発などの分野で行われてきた「科学的な発見」のサイクルを、AIやハイパフォーマンスコンピュータ、量子コンピュータ、ロボット技術などにより自動化し、大幅に加速する試みです。
 これまで科学技術の「発見の手法」は、大きく4つのパラダイムを経て発展してきました。
 これまでの発見の手法を、最新のコンピューティング技術で適切に組み合わせることで、価値全体を大幅にアップデートしたものがAccelerated Discoveryです。
 これまでは大量の文献を読み漁り、仮説検証を繰り返し、サハラ砂漠でダイヤモンドを見つけるような途方もない作業を繰り返すことで、新材料を見つけてきました。
 それがAccelerated Discoveryで大きく変わります。
 まず、論文や特許などの文献から「ディープサーチ」で関連情報を抽出し、足りないデータを「AI強化シミュレーション」で計算により補完する。
 集めたデータをAIに学習させ、「溶けやすくて軽い」など望ましい性質をもつ材料構造をデザインし、最後にロボットによる「自動実験」で、材料を実際に合成する。
 この仕組みを使えば、新材料の発見・デザインのスピードは従来の数十倍から数100倍程度向上できるんです。VolCatのようなテクノロジーはこれからもどんどんと開発されていくと思います。

技術者発、テックドリブンな戦略の作り方

──ものすごい技術ですね……最先端のテクノロジーが詰まっていて、ワクワクします。
大塚 そうですよね。IBMの基礎研究所はいつもワクワクするものを作ってくれるんです。
 サステナビリティの取り組みは「マイナスをゼロにする価値観」で捉えられがちです。でも、プラスの価値を生み出すこともできる。
 元ユニリーバのポール・ポールマンさんが提唱されているように、ネット・ゼロではなく「ネット・ポジティブ」な世界を描けてこそ、社会を動かすことができると思うんです。
 また、企業がサスティナビリティに消極的な理由の一つに、「利益とのトレードオフ」という価値観があると考えています。
 サステナビリティの取り組みは、例えば再生可能エネルギーに切り替えると電気代が上がる、というように利益を圧迫するものだと。オペレーションの改善に留まらず、ビジネスと社会貢献を両立することは難しいことだと考えられています。
 でも、両立は可能です。
 例えばプラスチックごみを貨幣に変える取り組みを行っている「Plastic Bank」という企業があります。
 彼らは、途上国でプラスチックごみを回収した人に報酬のトークンを発行し、社会インフラの整備の動機付けをしています。
 この仕組みが素晴らしいのは、環境汚染と貧困を同時に解決するだけでなく、回収したごみをリサイクルして売ることで自社の利益を生み出しているところ。まさにビジネスと社会貢献を両立しているんです。
 この仕組みに、IBMのブロックチェーン技術が活用されているのですが、テクノロジーを活用することで、例えば現金で渡していた際に起こっていた強奪や、正しく回収した人に支払われているのか分からない、といった課題を解決出来たんです。
 ある種固定観念を変えることができる、驚きと希望を与えられるテクノロジーの力は偉大だなと感じますし、もっと広くこういった事例を知っていただきたいですよね。
武田 IBMリサーチのユニークなアイデアを後押ししてくれる文化も、ワクワクを生み出せる理由の一つだと思います。チャレンジを推奨する仕組みが「仕組み倒れ」にならず、しっかり機能していると言いますか。
大塚 たしかに。今やIBMを代表するブランドであるWatsonも、初めはクイズに答える人工知能のプロジェクトとして、基礎研究所でスタートしましたよね。
武田 はい。「グランドチャレンジ」という、途方もないインパクトを出す可能性のある技術プロジェクトを推進するIBMリサーチの仕組みから生まれました。
2011年2月、米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」でWatsonは人間に勝利した。
 また、IBMの技術戦略の作り方も、ワクワクできるテクノロジーにつながる仕組みだと思います。
 一般的には、いわゆる文系出身者のビジネスマンが少人数で戦略を作り、そこからブレイクダウンした施策に研究者が対応する、という仕組みだと思います。 IBMは逆で、世界中の研究者が技術戦略作りに加わるんです。
──「世界中の研究者が戦略を作る」とは、どういうことでしょうか。
武田 IBMは毎年Global Technology Outlookという技術展望を作っています。これは直近3〜10年間でどんな技術を開発しなければいけないのか、その技術が社会やビジネスにどのような影響を与えるかを考察し、提言するものです。
 その資料をCEOがレビューし、最終的に技術戦略になるんですが、提言には世界中の研究者が参加できる。
 つまり、最先端の研究を行っている世界中の研究者がアイデアを出して、それが技術戦略に昇華されるといった仕組みです。
──世界中の技術者から提言を集める中で、サステナビリティに関連する提言は増加しているのでしょうか?
武田 そうですね。やはりその時々に課題となっていることにアイデアが集中するので、 サステナビリティが取り上げられるようになってからは、関連する提言の数も増えていると思います。
 ただ、IBMは元々のカルチャーとして、サステナビリティへの意識は高いと思います。
大塚 IBM創業者のトーマス・J.ワトソンは「良き企業市民たれ」という言葉を残しています。
Be a good corporate citizen
──良き企業市民たれ
by トーマス・J.ワトソン
 創業当初から、ビジネスだけでなく自分たちが帰属するコミュニティに貢献する姿勢があったんです。
──創業が1911年と考えると、非常に先進的ですね。
大塚 はい。さらに、IBMは1971年に環境保護に対する企業姿勢「環境ポリシー」を公表していて、環境ポリシーを世界で初めて出した会社の一つと言われています。
 いま多くの企業が活用する環境レポートのフォーマットを作ったメンバーにも入っていました。IBMの歴史は、テクノロジー×サステナビリティの歴史でもあるんです。

誰もが「共創」できるテクノロジーを

──お二人の視点から見て、今後、テクノロジー×サステナビリティの領域はどのように広がっていくと良いとお考えでしょうか。
武田 これからは、全ての情報や技術が「開かれていく」時代になると考えています。そして、それを推進していく使命があると考えています。
 環境汚染への取り組みにしても、一部の技術を持っているエンジニアや科学者だけが取り組むのではなく、興味のある誰もが、その人のスキルに応じて貢献ができるようにしたい。
 僕自身は、そのためにAccelerated Material Discoveryのような技術を開発しています。
 今は技術があるかないか。100か0かなので、100のスキルがあれば100の貢献、10のスキルが10の貢献ができるような世界をつくりたい。
 Plastic Bankのように、誰もが参加できる、本当の意味での共創による未来づくりを進めていく義務があると考えています。
大塚 私はこういった科学者や技術者が作ってくれるテクノロジーを、より広く伝えることで日本にサステナビリティを浸透させていきたいと考えています。
 アースデーは、改めて地球環境を考えるきっかけになる日だと思っています。
 今日お話したメイフラワー号やVolcatなど、最新のテクノロジーを知ることで、サステナブルな社会の在り方と科学の可能性について改めて考えるきっかけにもなってほしいと思います。
よりサステナビリティの理解を深めるIBMの『Research Insights』はこちら
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