2022/2/4

【朝倉祐介】「天下三分の計」から学ぶ、戦略の本質

NewsPicks Brand Design editor
魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権、彼らに従う優秀な勇将、軍師たち。数多の英雄たちが登場し、乱世の中で生き残りをかけた戦いを繰り広げる『三国志』には、根強いファンが多い。

自らが立ち上げた事業をミクシィに売却後、ミクシィの社長に就任し、業績を回復させた朝倉祐介氏もまた、『三国志』の熱烈なファンだ。

キャラクターの魅力や、ストーリーのおもしろさだけではなく、現代に通じる兵法や戦略まで。朝倉氏が『三国志』から学んだ経営者としての手腕や姿勢を聞く。

僕は根っからの「呉」ファンだった

──『三国志』は国を超えて愛され続けるコンテンツです。朝倉さんも『三国志』の熱烈なファンと公言されていますが、なぜ1800年以上前の出来事が今もなお多くの人を惹きつけるのでしょうか。
朝倉 まずはキャラクターの魅力でしょう。個性豊かなキャラクターが多く登場し、乱世を舞台に活躍するので、どんな人でも「推し」のキャラクターを見つけやすい。
 僕が好きなのは、呉の孫策や周瑜。特に周瑜がお気に入りです。
 魏には曹操、蜀には劉備という不動のトップがいますが、呉は父である孫堅、兄である孫策が相次いで亡くなり、若い孫権がトップの座に就きます。
 周瑜は幼い頃から孫策と友人で、孫策亡きあとは弟の孫権を支え、『三国志』でも屈指の名シーン、赤壁の戦いにおいて、大都督として活躍し魏を打ち破ります。
 赤壁の戦いで魏が勝っていれば、その勢いはとどまることがなく、孫家は軍門に下り、蜀は存在すらしなかった重大な岐路です。
 単に頭がいいだけではなく、義侠心を持ち合わせ、軍隊を率いて最前線で強敵の前に身をさらす。そして、赤壁の戦いで歴史を動かした当事者でもある。ものすごく魅力的なキャラだと思います。
──なるほど。そんな『三国志』と朝倉さんの出会いのきっかけを教えてください。
 小学2年生の頃に読んだ『呉書 三国志』です。挿絵をモンキー・パンチさんが手掛けた児童書ですが、名前の通り、主軸は呉。入り口がそれだったので、僕の中では『三国志』といえば、呉がデフォルトになりました。
 僕の世代だと、小学生の頃、周りの友達はスーパーファミコンを持っていて『ストリートファイター2』や『ファイナルファンタジー』が人気でした。
 でも、我が家では頑なにスーファミを買ってもらえず、そのかわり、NECのPC9801があって、小学生の頃からコーエー(現・コーエーテクモゲームス)の『三國志』シリーズを、やっぱり呉の立場でプレイしていました。
『三國志』でどこを攻めようとしたって話をしても、誰にも伝わりませんでしたけどね(笑)。
──小学生から本格的なシミュレーションゲームで遊んでいた人は少ないでしょうね。
 おかげで小学生ながら、2つ学んだことがあります。
 1つ目は、適材適所。武将ごとにパラメーターが設定されていて、「武力」が高い人もいれば「知力」「政治」などさまざまです。同じキャラでも、起用の仕方によって活躍できるかどうかが変わります。
 現実でも、みんなが万能なわけではないし、向き不向きがありますよね。
 2つ目は、「目の前の目標を一点突破することばかり考えてもうまくいかない」ということ。
 戦争が激しくなってくると、最前線に強い武将を集中させたくなります。強力な部隊で一気に攻め込むのはすごく爽快感があるんですが、そういうときに限って、後方で反乱が起こる。鎮圧する武将がいないと、結局領地が狭まることもあります。
 もちろんゲームと現実で違うところはありますが、小学生の頃にそんなことを実感するのは、なかなか得難い経験だったと思います。

重要なのは、引きで見たときに戦略でも勝てているか

──朝倉さんの著書などを拝見していると、『三国志』以外にも古典からいろいろ学ばれ、ビジネスに生かされていると感じます。
 世の中の大事なことや、人間の本質的なことって、ほとんどは昔の人がひとしきり描ききっています。その代表格がローマの歴史や、ギリシャの哲学者の言葉、あるいは『三国志』のような中国の古典です。
 だから、確かにいろいろと得られるものはありますが、僕の場合は単純に面白いから好きなんです(笑)。
 だいたいは「あー、面白かった」で忘れてしまうけど、何かの拍子に、「ああいう話があったな」と思い出したりする。どこかに記憶が残っているんですよね。
 最初読んだときはピンとこなかったけど、あとから読み返して「すごくわかる」と感じることもあります。
 そのときの自分の状況や、それまでの経験によって、引っかかりが強いときもあれば、弱いときもある。だから、読むタイミングによって得られるものも変わってくるでしょうね。
──先ほど、適材適所の話がありましたが、ほかにも『三国志』から得たものはありますか。
『三国志』って、見事な作戦がたくさん出てくるじゃないですか。
 たとえば、赤壁の戦いの「連環の計」。
 水上での行動に慣れていない魏軍に、呉の周瑜がスパイを送り込み、「船同士を繋げば安定します」と吹き込む。しかし、それは後々火を放ち、延焼させて船団を壊滅させるための罠だった。
 ただ、局所的な作戦がうまくいったとしても、それだけでは国力の差をひっくり返せないくらいに魏は強大です。
 そこで重要なのが、パラダイムをガラッと転換させる戦略です。
 魏・呉・蜀の鼎立が実現できたのは、孔明による「天下三分の計」があってこそ。『三国志』において、最も大局的に物事を捉えた戦略ですね。
 局所戦で勝つための戦術はもちろん大事ですが、引きで見たときに戦略でも勝てているか、というのは重要です。
 中国の古典だと、孫子の『兵法』にも戦術の話がいろいろ出てきます。でも、孫子におけるパンチラインは、「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」。
 つまり、「どうやってうまく勝つか」ではなく、「そもそも戦わないで勝ちましょう」という発想です。
──朝倉さんは実際に孫子の発想をビジネスで生かした経験がありますか。
 たとえばミクシィ時代、自分たちの持ちうる資源で戦えそうな場所に戦場を移そうとしました。
 当時、ミクシィの主力だったコミュニケーションサービスではFacebookやTwitterが強大で、LINEが台頭しはじめていました。
 比較される企業があると、「Facebook、Twitterを迎え討つぞ」とばかり考えてしまいがちです。ただ、残念ながら当時のミクシィはゲームで言うところの「兵力」や「兵糧」が圧倒的に足りませんでした。
 エンジニアの数や資金を考えると、真正面から戦っても到底太刀打ちできない。それでも勝負できる場所を考えた結果、狙ったマーケットの1つがゲーム、それも「ネイティブアプリ」でした。
 当時、DeNAやGREEがHTMLベースの「Webアプリ」プラットフォームとして不動の地位を築いていました。そこで勝負しても勝ち目はないけれど、そこで利益が上がっている以上、2社は「ネイティブアプリ」には手を出しづらいだろう、と。

マキャベリ曰く「思慮に富む武将は、配下の将兵を、やむをえず闘わざるをえない状態に追いこむ」

──事業領域をずらすという戦略は見事に当たり、業績回復のきっかけになりましたね。
 ただ、自分なりに言葉を尽くして、「こっちで勝負しよう」と言うだけでみんながついてきてくれたわけではありません。もともとゲームを作りたいと思って集まった人たちではありませんし、温度差も大きかったでしょう。
──では、どうやって社内をまとめていったのでしょうか。
 マキャベリは「思慮に富む武将は、配下の将兵を、やむをえず闘わざるをえない状態に追いこむ」と言っていますが、私も自分たちが進みたい方向に導くために、どのような環境を作るかを常に考えていました。
 「ここまでは自分の判断でやっていい」という線引きをして、積極的に権限を委ねつつ、進んでほしい方向に自然と向かうように導くための仕掛けづくりです。
──業績がよくなるまでは、つらい思いもしたのではないでしょうか。
 そうですね。うまくいっていないとき、リーダーは誰かにとって好ましくない決断を下さざるを得ないものです。
 誰しも人に嫌われたくはないから、みんなにいい顔をしようとして中途半端な意思決定をしてしまうこともあるし、決断を先延ばしにすることもある。でも、それではチームや事業がズルズルとだめになっていきます。
 だから、チームに嫌われてでも目的の遂行のために行動するのか、嫌われないことを優先するのか、どちらが正解か全くわかりませんが、それでも選ばなければいけない。
 そうした意思決定を迫られる局面も多々ありますが、違う選択した過去には戻れないので、結果としてどちらが本当に正しかったのかは誰にもわからない……。
 この経験から、それでも自分で選択して、その結果を背負うのがリーダーの仕事なんだと思いました。
──決断するにあたって、「こちらがいいはずだ」と思っていても、悩むことはありますよね。
 ゲームだと、神の視点で「敵の兵力がどこにどれくらいいる」と見ることもできますが、現実ではわかりません。不完全な情報しかなくても、突き進んでいくしかないわけです。
 特に状態が悪いときは、できない理由をいくらでも思いつくものです。でも、そこで前に進むことを諦めたら何も生まれません。
 だから、「それでも乗り越えてやるんだ」と腹を括ることが重要です。ほとんど精神論ですが、そうした覚悟がないとはじまらないですね。
istock/Avesun
──その後も経営者として、数多くの決断を下してきたはずです。社員の前では毅然とした態度でも、家に帰ってから「これでよかったのか」と不安になることはありませんか。
 当然ありますよ。僕だって人に嫌われたくはないですから。
 ただ、周囲に気を使って「空気を読んでいたらだめ」だと思っています。より正確に言えば、空気は読むんです。誰が何を思っているのかを理解したうえで、「好ましいと思われないのはわかっているけど、それでもやる」という姿勢を崩さないようにしています。
 人の情緒を理解しつつ、それに飲み込まれないようにすることですね。

経営者レベルの意思決定が求められる『三國志 真戦』

ここで、Qookka Entertainment Limitedが開発・運営し、コーエーテクモゲームスが監修するストラテジーゲーム『三國志 真戦』のプレイ動画を朝倉氏に見てもらった。
──『三國志 真戦』では、プレイヤー同士で結成される同盟の盟主(リーダー)になると、同盟メンバーの連帯感や結束を保ち続けられるようなモチベーション管理や、土地などの資源をいかに分配するかなど、人材マネジメントも重要になります。
チーム戦の一場面。『三國志 真戦』はプレイヤーに求められるスキルやシミュレーションゲームとしての面白さなど、『三國志』シリーズの DNA がしっかりと受け継がれている。さらに、オンライン要素を生かし、同盟仲間とのチームプレイを楽しめるなど、独自の魅力が詰まった作品だ。
 すごいですね。ほとんど経営者がやっている仕事と変わらないじゃないですか(笑)。同盟内のチャットで各メンバーの意見をすり合わせるのも、交渉力や利害調整力、人間洞察が求められますね。
──ビジネスパーソンとしては、これまで身につけたスキルを生かせたり、逆にスキルを鍛えられたりすることもあるはずです。でも、誰もが最初から優秀なリーダーになれるかというと難しいでしょう。ぜひアドバイスをください。
 僕には劉備や曹操のようなカリスマ性はありません。ミクシィでは僕は創業者ではなかったから、なおさらでした。
 『三国志』でいうと、孫権とその臣下、張昭のような関係を受け入れるしかないと諦めることでしょうね。
「関所」をめぐる攻防戦。『三國志 真戦』では地形を有効に活用することで、兵力差のある軍勢を足止めするなど、「知略」が戦局を左右する。
 もともと孫権の兄である孫策に仕えていたこともあって、張昭は孫権を「君子の器ではない」と叱責することがたびたびあり、何度も衝突しています。
 三国志の君主だって、なかなか思うように人を動かすことはできないのですから、あまり自分に期待しすぎずに、そういうものだと割り切ればいいんじゃないでしょうか。
 一方で人の接し方という点では、反面教師として、『三国志』には「泣いて馬謖を斬る」という言葉もあります。孔明が信頼していた馬謖は慢心から自分に任された権限を超え、結果、大敗してしまった。
 リーダーが自分と仲間を客観視し、能力やスキルだけでなく、性格やモチベーションなども含めてメンバーと理解しあうことが、重要なんでしょうね。