2021/11/19

【宮台真司】資本主義社会への処方箋

 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年につづき、今年も全8回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

宮台真司 × 波頭亮 「現代社会」を再考する

 Rethink Japan2、第6回は「現代社会」をテーマに、社会学者の宮台真司さんをゲストに迎えてお届け。
 モデレーターは、佐々木紀彦(NewsPicks NewSchool 校長)と、経営コンサルタント・波頭亮さんです。
 宮台さんは、Rethink Japan1の第5回に続き、2度目のご登場です。昨年お届けした宮台さんと波頭さんの「日本の思想」への言及には、大きな反響が寄せられました。今回も、日本の政治体勢から、資本主義メカニズムの弊害、その処方箋まで、幅広く深い議論が展開されます。
 終始、カメラの前の視聴者へ問いかけるように話してくださった宮台さん。その言葉からは、現代社会を生きる日本人へ警鐘を鳴らすような、強いメッセージが感じられるはずです。

「日本型ネオリベ」によって進む分断

佐々木 宮台さんには、昨年も番組にご登場いただきましたが、この1年の間にコロナの状況や政治状況など多くの変化があったと思います。宮台さんは現在の日本をどう見ていらっしゃいますか?
宮台 真司(みやだい・しんじ)社会学者、東京都立大学教授、映画批評家。1959年、宮城県仙台市生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学教養学部助手、東京外語大学専任講師などを経て、東京都立大学教授。国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、文化論などの分野で多くの著書を持ち、独自の映画評論でも注目を集める。
宮台 もうすぐ衆議院選総選挙がありますが(※収録時)、「岸田政権とは何か」は考えておくべきですね。
 岸田氏が再分配政策を打ち出したことで、これまでの2A路線(安倍氏と麻生氏が主導する政治体制)を外れたと考えている人もいるけれど、そんなことはありません。岸田氏も守旧勢力。自民党総裁選の流れや結果を見ても分かるとおり、結局、自民党の中ではずっと同じ図式が繰り返され続けているんですよね。
 そして、もうひとつ重要なポイントがあって。安倍政権では、よく民主党政権時代を「悪夢の3年間」と言っていたでしょう。でも皆さん、統計を見てください。OECD加盟国の中で、日本だけ、1997年から一貫して実質所得が下がり続けています。この明白なデータを見ると「悪夢だったのは、この25年の自民党政権だ」と言えるでしょう。
 でも、なぜかメディアはこのデータを報じない。面白いよね。これは自民党が悪いということではなくて、「自民党的な体制」が日本の社会全体に蔓延しているせいだと思っています。この根本が、日本にとって本当に大きな問題なんですよね。
波頭亮(はとう・りょう)経営コンサルタント。1957年生。東京大学経済学部経済学科卒業。82年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。88年コンサルティング会社XEEDを設立。著書に『成熟日本への進路』『プロフェッショナル原論』(いずれもちくま新書)、『組織設計概論』(産能大学出版部)などがある。
波頭 僕も、第2次安倍内閣以降、経済指標が下がり続けていることを、何度も執筆や講演で発信してきました。でも全く広がらないんだよね。
 そこで僕は、まずメディアを批判した。だけど、メディアは頑として態度を変えなかった。次に野党、そして自民党の代議士さんたち、と様々にアプローチして「これでいいのか」と問うてみたけど、どれも空振りでしたね。結局は、現状の政権を放置している有権者に問題があるんだけど……。
 もう最近は、加速主義で徹底的にダメになるしか改善の道はないのかもしれない、とすら思うようになりました。
宮台 経済指標を改善できない理由は、日本型ネオリベ(ネオリベラリズム(新自由主義)の経済政策)にあるんですよね。「ネオリベ」と言っていますが、これは「新自由主義」ではありません。
 日本型ネオリベって、簡単に言えば「既得権益を身軽にするために固定費を取り除く」ような政策なんですよ。たとえば、正規雇用が“お荷物な固定費“だから、非正規雇用を増やした。安倍政権で失業率が下がったのは、これが実態です。
 日本型ネオリベによって株価が上がって、大企業の経済指標が良くなるのは当たり前だし、我々が貧乏になるのも当たり前のことなんです。
波頭 うん。本来のネオリベは、経済活動も個人にとっても「自由に生きることを最大価値に」という理念がベースにあるものなんですよね。でも日本では、個人の自己決定を妨げるような結果に追い込まれている感じがする。
 僕は、封建主義時代以降、人類が獲得した最大の所産は自己決定権だと思っています。「自分の意思で生き方や職業を決めるため」って名分があるから、貧乏や苦労を背負うこともできたのに。いまや自己決定権もなく、ただただ貧乏になっているだけなんだよね。
宮台 波頭さんがメディアは態度を変えないとおっしゃったけど、それはメディアが官邸の尻拭いをすることによって停波にならなくて済んでいるからですよね。そういう「お互い様」の繋がりがあるから、既得権益に切り込めない。
波頭 そう、「お互い様」が日本の社会ですよね。
宮台 既得権益を身軽にするために、「競争を排除する」「新規参入者は徹底して干す」みたいなメカニズムが社会全体にあるし、お互いにそういう姿勢を指摘されたくないという思惑がある。だから、誰も既得権益に切り込まなくて、ずっと同じ権力構図が続いていくんだよね。
 たとえば電力の話。阪神淡路大震災や、東日本大震災を経て、フランスを除く全ての国が原発スロットルから足を離したでしょう。その結果、重要になったことのひとつが「蓄電池としてのEV」です。EVによって、基本的に家庭の家電製品全てに電力を供給できるようになる。
 つまり、電気自動車にシフトすることは、脱炭素だけじゃなくて、分散型アーキテクチャになっていくことも指しているんです。
 だから「オールEV化」の方針って、地域独占巨大電力会社のスキームから外に出ますって宣言にもなるんだよね。
 さて、自動車業界大手のトヨタはなぜEV化に出遅れたのか。これはガソリン車で生まれている益がなくなるのをためらっただけじゃなくて、既得権益の「お互い様」問題も非常に大きな理由だろうと考えられるよね。
 日本の地域経済団体のトップには、ほぼ全ての地域で電力会社が君臨している。オールEV化に舵を切る、イコールそこに異を唱えることを意味してしまうんだよ。
波頭 本来の新自由主義って、支配者層であっても、マーケットメカニズムによって既得権を超えた新しい合理的な構造を作ることを目的としているものなのにね。日本型ネオリベは、上の既得権益層は全くそのままで、どんどん上下に強く分断される構造になっている。宮台さんのおっしゃる通り、この25年の低落ぶりを感じてしまうよね。
宮台 まさに「悪夢の自民党政治25年」だよ。

日本の劣等性。資本主義で起こる「非人間化」

宮台 経済指標を回復するには、実は社会指標を回復しなければいけないんですよね。社会指標とは、幸福度のこと。たとえば「家族の絆を示す指標」がある。これは親を尊敬している、親に反抗できるか、などの項目で計測します。それから「自尊心を示す指標」。自分は一人前だと思うか、人に誇れるものがあるか、などの項目がある。
宮台 OECD加盟国の中でも日本はこれらの指標がとにかく低いんです。家族の絆の空洞化と自尊心の低さは密接に関係しているのですが、つまり、日本は愛による包摂がない社会になっているんだよね。
波頭 僕も社会指標はすごく大事だと思う。今の若い人ってみんな将来に希望を持っていないし、自分に自信がないんだよね。
 この根っこは、やっぱり家族。家族の中で愛情が得られなくて、感情の交流を学習しないまま育っているせいで、恋愛も出来なくなっているし、孤独になっているという人が増えてる。これは人間にとって一番不幸なこと。日本も、人間の心の交流を前面に打ち出すような政治をしてほしいよね。
宮台 北欧を中心に、ヨーロッパでは「よく生きること」や「尊厳ある生」について真剣に考えていますよね。ネオリベの政治をしているアメリカだって、社会的な合理性を追求する理念が一本通っている。日本はただただ資本効率的な機能ばかりを追求しているよね。他国以上に「人間としての側面」が置いていかれているんだよ。
 僕はこのような問題に、3年ほど前から「日本の劣等性」というワードで言及してきました。
宮台 もともと近代社会の基盤には、自分の所属する集団の外の人たち(外集団)も含めた全ての人が乗っかるプラットフォームがあって、それを守るという「公」の概念があります。でも、そもそも日本には昔から社会的な「公」がなかった。
 たとえば「滅私奉公」って言葉があるでしょう。これは「所属集団のために自分を犠牲にすること=公」と言っているようなもの。日本には公共性がなかったから、その分人々は「御上」を頼りにして生きてきたんですよ。
 その一方で、昔の日本には「村」がありました。みんな、村という共同体に属していて、「故郷に錦を飾る」「自分を育んでくれた村に恩返しをしよう」っていう意識を持っていた。生まれついた村(共同体)が「公」の機能を代替するような役割を果たしてきたんです。
 だから、その共同体を同心円的に拡張することで、「外集団の人のこと」も想像することができた。つまり相互扶助や相互補完の意識があったんです。「袖振り合うも多生の縁」って言葉もありますよね。
 でも今は、生まれついて所属する共同体ももうありません。だから、一夜にして主張を変えるようなことが出来るんですよ。とにかくギョロ目ヒラ目で忖度して、所属集団の中での自分のポジションに執着する人だらけになってしまっている。むしろ親や教師が「仲間を出し抜いて勝ち組になれ」なんてメッセージを出すことさえあるでしょう。
 相互扶助どころか、所属集団のことを考えることもないし、外集団になんて一切の関心がない。これは非常に重大な問題です。
宮台 しかも、唯一頼りにしてきた御上はこのグズグズっぷり。それでも、そんな御上に従わないやつがいると、やっぱりみんな不安になる。だからそいつを徹底的に叩くんです。コロナ禍における自粛警察なんか、まさに日本の劣等性が表れた振る舞いだよね。

社会に必要な「贈与」と現代社会に満ちる「交換」

波頭 社会学のベースとなる考え方だけど、ある集団が健全に運営されるための基本的な活動は「贈与と交換」なんだよね。でも今の日本って、贈与の喜びや効力を経験する機会がなくなった。今あるのは、資本と労働者、企業と消費者による上下の関係の交換だけ。それはもう収奪に近いものだよね。
 唯一経済システムの外にある「家庭」ですら、ちゃんとした愛情の贈与を受けられなくなってる。今の多くの人たちは健全なコミュニティで、十全な人間として感情が動くような経験がないんだよ。ただ「生き物」として育ってきたんだなって感じる。
宮台 贈与と交換は社会学において重大なキーワードです。1960年代にはピーター・ブラウ(社会学者)らによって理論化されています。
 ギフト(贈与)は、英語で「贈り物」の意味ですが、ドイツ語では「毒」を意味します。ギフトすることによって、相手が喜んでくれれば、人間は享楽を感じることができる。
 だけど贈与って、場合によっては「いつか返さなきゃ」という重荷にもなるんですよね。この「返す」行為は「反対贈与」と呼ばれますが、もらった相手に直接返す場合もあれば、別の人に返す場合もあります。これは、相互扶助的な感覚にも繋がっています。
 宮台 そして交換。波頭さんがおっしゃる通り、今行われているのは、優劣に附従した契約(アドヒーシブコントラクト)でしかないですよね。
 実はこの問題を最初に学問的に取り上げたのがマルクスの『資本論』なんです。彼は「労働者は奴隷よりも悲惨だ」と言います。
 奴隷市場はそこまで開かれたものではなく、奴隷は流動性が低かったために、奴隷主は奴隷を使い潰すことはしなかった。だけど資本家にとっては、労働者はいくらでも替えの効く存在。使い潰せるし、徹底的に買い叩ける。
宮台 資本(元手)を増やすために、人間も含めて、文字通り全てをつぎ込んでいく。これは資本主義の摂理です。
 マルクスより100年ほど前、アダム・スミスは『道徳感情論』でこう言いました。「市場が見えざる手を発揮するのは人々に同感能力(シンパシー)と仲間意識(フェロフィーリング)があるときだけだ」と。市場が上手く回っていくには「人の悲しみを自分の悲しみとして受け止める能力」が必要なんです。
 さらに、その10年ほど前にはジャン・ジャック・ルソーが政治に関して同じようなことを言っています。
 民主制はある条件がないと回らない。その条件は「『自分の意見はこの決定を支持するけれど、その決定によって他の意見の人たちはどうなるだろうか』と想像できることだ」と。これをピティエ(憐れみの情)と言いますが、ピティエが働く範囲は2万人くらいだろうという考えから、彼は直接民主制を主張しました。
 100年後に出てきたマルクスは、このアダムスミスの言うことを、半分正解で半分間違いだと言った。資本主義は何もかもを資本としてつぎ込んでいくものだから、資本以外のものは「全て」排除されていく。マルクスは資本主義の摂理にストップをかけるような「人々の共同体的な感情の働き」も資本主義のメカニズムによって必ず滅ぼされる、と考えたのです。
 じゃあ、どうやってその資本主義のメカニズムを食い止めるのか。晩期のマルクスは「アソシエーショニズム」を主張しました。
 生まれついた村や家族のような全人格的な共同体は契約によって作ることができません。かたや、一般的なアソシエーションは、労働などの契約によって所属を決めるもので全人格的ではない。
 マルクスは、共同体のように全人格的だけれど、契約的に作ることができるという「新しいアソシエーション」を考えていたんです。それを作ることによって、人々の全人格性を取り戻し、資本主義にブレーキをかけようとした。
 こうして紐解いていくと、日本で人々が市場メカニズムの外を持たなくなり、感情的に劣化してきたことは、18世紀後半から19世紀後半にかけて理論的に予測されていたことだと分かります。決して予想外のことが起こっているわけではないんですよ。
波頭 今の宮台さんのお話で、特に注目してほしい部分は、現代のベーシックな社会方法論である民主主義も資本主義も、「人々が他人を思いやったり、共感し合ったりする存在でいてはじめて機能するシステムだ」という点です。
 それは世界における支配の歴史を見ても明らかなんだよ。東ローマ帝国があれだけ支配地を広げて長く続いたのは、支配した土地の人間に対して寛容だったからだし、逆にチンギスハンが築いた大帝国があっという間に崩れたのは支配・被支配の関係を強めたせいで簒奪が繰り返されたからでしょう。
波頭 資本にとって都合がいいことだけを進めていく社会システムは、人間をどんどん非人間的にしていく。これは皆、肝に銘じておかなければいけないことだと思います。

資本主義社会への処方箋「全人格的なアソシエーション」

佐々木 最近はクラウドファンディングのような新しい贈与の仕組みも生まれているように思います。
宮台 そうですね。伝統的なコミュニティやアソシエーションに対して、まさにマルクス的な「新しいアソシエーション」の考え方ですよね。全人格的な関係だけど、自分たちで作れるって発想。これは協同組合思想などにリンクしていく部分ですが、とても大事な考えです。
宮台 そもそも「全人格的」というのは、簡単に言えば「贈与の感情が生じる」ということです。それには「同じ世界を生きているように感じられるかどうか」が契機になります。
 たとえば伝統的な共同体(コミュニティ)には、直接的に「同じ村に生きている」感覚があるから、全人格的な関係性。反対に、単なる所属集団という意味でのアソシエーションは、一部に共同利害があるだけの関係性にすぎず、全人格的ではない。
「同じ世界を生きている」という感覚は重要な指標になります。この感覚がなければ、ピティエやシンパシー、フェローフィーリングなんて、どれも働くはずがないんです。
 僕らの世代は、たとえば90年代の半ば、「渋谷にいる」っていうだけで「同じエリアに生きている仲間」みたいな感覚があった。そこへ行って目が合うだけで自動的にいろんな関係が始まりました。
 でも今の人たちって、全員がスマホを見ているでしょう。何人かで連れだっていたとしても、みんなバラバラに下を向いている。これじゃあ「同じ世界を生きている」感覚なんて生まれるわけがないよね。
佐々木 映画『竜とそばかすの姫』(2021年)のように、スマホの先にあるメタバースで、そうしたアソシエーションが生まれていくことはないのでしょうか。
宮台 もちろんこれからはゲームの世界に身体性が取り込まれていくことになると思います。だけど、ゲームってマーケットで広がるものだから、みんなが同じゲームをやるとは限らない。バーチャル空間でのゲームがリアルになればなるほど、別のゲームをやっている人間は今以上に「自分と関係のない存在」になってしまうと思う。
波頭 そう、ゲームだって全部が経済行為なんだから。結局は資本のパーツとしての活動になるだけだよね。

性愛関係の重要性

波頭 素の「人間らしさ」を取り戻すには、資本の枠組みから外に出る自分を持っていないといけないんだよね。僕はそれには、まず「友だち関係」なんじゃないかって思っています。素朴な仲間作りによって、人間らしさを取り戻すことをはじめるべき。
宮台 僕がやるワークショップでも「社会という荒野を仲間と生きる」を標語に掲げています。でも今の若者は、友だちを作ることができない。
宮台 大学生に「友だちはいる?」って聞くと「いるけど、悩みは話せません」って言うんだよ。それってただの「知り合い」だよね。
 友だちって言うのは悩みを話せる人のことだし、親友ってその悩みを聞いたらひと肌脱いでくれるやつのことなんだよ。悩みを話すことは、「相手を自分の世界に入れる」ってことに他ならない。同じ世界を生きている感覚もないのに、友だち関係とは言えないよね。
 友だちもいないやつがまともな性愛関係を結べると思う? 若い人たちが「恋人」とか「付き合ってます」とか言ってても、同じ世界には入れてないんだよ。だから簡単に奪えちゃうし、奪われちゃう。やっぱり、彼らが恋愛が苦手なのもうなずけるよね。
 じゃあ、処方箋につながるものはないのかというと、そんなことはないと思っています。
 たとえば焚き火。焚き火を囲むだけで、僕らは同じ世界を生きる存在になれるんです。あるいは花火でもいい。みんなで線香花火をやって、落ちていく様子を楽しむ。それで僕らはひとつの世界に入ることができます。
 人間はそういう「火を囲むことの意味」をゲノム的に知っている。だから、人類史の中ではずっとマントルピース(暖炉)が大切にされてきたんですよ。
宮台 それから僕ら世代が子どもの頃にしたような、「入っちゃダメだよ」と大人に言われた場所にこっそり行って秘密基地にするとか、「一緒に決まりを破る」みたいな経験は「同じ世界に入る」の最たる例だよね。年長者であれば、そういう知恵を記憶の中に蓄えていると思う。
 だから僕らのような世代が残っているうちは、そうした知恵をワークショップ的にシェアしていくことで、マイクロにではあるけれども、「同じ世界に入る」ことを実践していくことができると思っています。
波頭 宮台さんが他の場所でもよくおっしゃってますが、僕も若い人にはちゃんと恋愛をしてほしいと思っていて。性愛関係ってすごく全人格的で包摂的な関係で、それこそ人間としての大切な喜びになるもの。だけど、その「愛」のステージに上がるには、相当な経験を積まないと難しいんだよね。
 だから若いうちにどんどん人とぶつかって恋愛の経験を積んでほしい。だって、若い人にとって一番強い情動はリビドー(性衝動)だと思うし、恋愛はあんまりお金がなくたって頑張れることでしょう。
 とにかく素の自分で上手くいくような相手とマッチングできるまで、諦めずに頑張り続けてほしい。それって絶対にこれからの人生を豊かにするから。
宮台 そうそう。たとえば1人の女を取り合うことは、男の所有権争いではなくて、「どちらのほうが女を幸せにできるか」の競争なんです。相手を幸せにする力、つまり愛する力って、自分からの相手へのギフト(贈与)とニアリーイコールで。恋愛においてはその能力が試されているんですよね。
 特に日本の男性は感情の劣化が激しい。性から退却している男が、その理由として「リアルな女なんてコスパが悪い」「予測不可能でリスクマネジメントできない」とかって言うんですよ。本当にバカだなと思いますね。そのマインドの外に出るための恋愛なのに。
 ビジネスマインドで女と付き合おうとすれば、それは風俗のほうがいいだろうって思いますよ。そこまで感情が劣化しているって大変なことなんです。

「開かれ」への方法論

佐々木 最後に宮台さんに現代社会の未来を指し示すメッセージを書いていただきたいと思います。
宮台 「閉ざされから開かれへ!」
宮台 私はいろんなテーマでワークショップをやっていますが、これは全てで共通して示すスローガンです。
 僕らは定住社会以降、ある程度“損得マシーン”にならないと社会を営めなくなった。それは農耕が集団作業で、シーズナルファクターをコントロールしなくてはならなかったからです。
 でも、そういう言葉や法、損得に従う生活は「閉ざされ」ていて、不自然なんだよ。だから定住社会以降になって、お祭りなんかが生み出された。閉ざされた社会におけるタブー/ノンタブーが逆転するような機会として、必要だったからです。
 文明社会を機能させ続けるためには、どこかで「開かれ」なくちゃならない。「閉ざされ」を継続してはならないんです。
 しかも、今の日本人は、自分というひとりの人間に「閉ざされ」ている。他人と同じ世界に入れないし、誰の視線にも反応しない。こんな状態でどうやって“ちゃんと生きる”んだい?
「開かれ」への道のひとつは性愛関係です。まともな性愛関係を築くこと。性愛を通じて自分のダメさを理解し、改善していくことで「開かれ」へ向かうことができます。
 もうひとつはアニミスティックな感受性を持つこと。アニミズムと言っても西洋的な精霊信仰などではなく、言葉や法の外で“万物”とつながりを持つという意味です。天井からも水からも動物からも草木からも雲からも、全てから見られているという感覚を持つこと。
波頭 昔の「お天道様が見てる」っていうような感覚だよね。
宮台 そう。その感受性があった頃は、我々はわりとちゃんと生きてこられたんだから。
佐々木 宮台さんのメッセージを受けて、波頭さんはいかがですか。
波頭 人間の足は歩くために付いているけれど、ずっと歩かずにいたらその力は萎えてしまうよね。感情もそうなんだよ。ずっと「定住」「農耕」みたいな社会集団の檻に閉ざされていたら、自分で何も決められなくなって、いずれは一切の感情が萎えてしまう。そうなると、ただただ資本主義のパーツになるだけで人生が終わっちゃうよ。
 宮台さんのおっしゃったように、「閉ざされ」ている僕らには、どっかでガス抜きする機会が必要なんだよね。それは、感情が昂ぶったり、爆発したりする経験だと思う。自分の感情のエネルギーを大事にして、どうすれば感情を活性化させられるのかを意識しながら日常生活を送ってほしいなと思います。
佐々木 これは今、子どもを育てている親世代に向けても大事なメッセージですね。
宮台 そうです。人を幸せにすることで幸せになれる子どもを育ててほしいですね。「勝ち組になれ」とか言うよりも、ずっと大事なメッセージだと思います。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp)

視点を変えれば、世の中は変わる。

私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2021年4月より全8話シリーズ(予定)毎月1回配信。

世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

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