2021/10/14

【大林剛郎】地域を再興させる「芸術祭」の新しい作り方

NewsPicks Re:gion 編集長
「文化(アート)は都市再生に多大な影響を与えるものである。しかし、アート単独、特に現代アートによる地域復興には限界がある。アトラクティブな美術館の建設やアートイベントは一時的な集客であり、その地に住む人々にとって真に魅力的な地域となるかは別問題だ──(大林剛郎著『都市は文化(アート)でよみがえる』より)」
「地域×アート」の取り組みは日本の各地で展開されている。だが、それらは地域のために正しく機能しているのだろうか。
  地域のためにアートができることと、それを牽引する人々の責任について、国際芸術祭「あいち」組織委員会の会長である大林剛郎氏に聞く。
INDEX
  • アートは地域の魅力を伝える「起爆剤」
  • 愛知は日本における「現代アート発祥の地」
  • 企業の芸術祭参加は、社会貢献につながる
  • 多様な人を巻き込み「継続する祭り」に

アートは地域の魅力を伝える「起爆剤」

──日本各地に、地域を活性化させるためのアートプロジェクトが存在します。地域を再興するという観点で、アートが果たせる役割は何だとお考えでしょうか。
大林 そもそも、アートが地域を活性化させるための“打ち出の小槌”のように使われるのは、少々問題があると思っています。
 全国各地で芸術祭などのアートイベントが行われていますが、コレクターがいない地域で開催してもほとんど意味がありません。
 それに、同じような芸術祭を、場所を変えながら開催しても地域のためにならないでしょう。
 アートで地域を活性化させるために大切なのは、その地域が持っている「ポテンシャル」に、当事者たちが気づくことです。
 日本の各地域には、それぞれに特色のある歴史や文化、食、祭り、工芸品などがありますよね。
 そのポテンシャルを無視して、「人が集まるから」という短絡的な考えで芸術祭を開催しても、一過性のイベントで終わります。
 そうではなくて、インバウンドを地域産業の柱にすると考え、地域の歴史や文化をふまえた芸術祭やアートイベントを作る必要がある。
 本来、芸術祭を開催するなら海外アーティストも含めて開催地に来てもらい、地域のことを知ってもらった上で作品を制作してもらった方がいいのです。
──単発イベントではなく、インバウンドのための施策だと捉える。
 日本各地には、インバウンドの観光に高いポテンシャルがあります。例えば私は現在、大阪・中之島地域のプロモーションをボランティアでお手伝いしています。
 中之島には国立国際美術館や大阪市立科学館、東洋陶磁美術館、中之島香雪美術館などのミュージアムや文化施設がすでに多数あり、来年には大阪中之島美術館が誕生するなど、文化エリアとしての歴史もあります。素晴らしい資産ですよね。
 ほかにも、私がお手伝いをしている国際芸術祭「あいち2022」は、常滑市と一宮市、名古屋市内の有松地区、愛知芸術文化センターの4会場すべてを"主要会場”として開催します。
 常滑市は焼き物の産地で、日本遺産に認定された日本六古窯の中で最も古く最大規模を誇ります。
 一宮市は江戸時代から織物の生産が盛んな「織物のまち」ですし、有松地区は「有松・鳴海絞り」という絞り染めで栄え、その歴史的街並みは日本遺産に認定されました。
 すべてを主要会場としているのは、日帰りでアートだけを見て帰ってしまうのではなく、全会場を見るために1泊してもらい、宿泊や食事を通じて地域の魅力を知ってほしいからです。
 アートを起爆剤にして、いかに地域の特色と結びつけるか、地域のポテンシャルを引き出すかを考えることが重要。それが地域経済への貢献につながるのです。
──地域が持つ特色を、アートを入り口にして知ってもらう。地域との連動性が必要になります。
 地域と連動することで、はじめてイベントは定着し、継続するようになります。
 もう1つ、継続のためのポイントは「祝祭性」を持たせること。芸術祭やアートイベントはお祭りなので、正面から真面目に芸術に取り組む一方で、それをいかに「楽しく見てもらうか」も大事です。
 芸術祭を開催する地域の人たちが誇らしく思うようなイベントにするために、地域の企業や市民に参加してもらいながら、クオリティの高い芸術祭を作る必要があると考えています。

愛知は日本における「現代アート発祥の地」

──大林会長が愛知の芸術祭に関わろうと思った理由は何でしょうか。
 もともと日本における現代アートは愛知が発祥で、芸術祭のファイナンシャル規模も日本一なのに、その高いポテンシャルを生かせていないと思ったからです。
 このまま愛知の芸術祭が消えてしまったらもったいない。もっといろいろなことができるはずだから、協力しないといけないと思いました。
 前身である「あいちトリエンナーレ」が始まるきっかけとなったのは、2005年に開催された万博「愛・地球博」が終わった後、こういったイベントが地域に何を残すのかという議論でした。
「あいちトリエンナーレ2019」の展示風景。ウーゴ・ロンディノーネ《孤独のボキャブラリー》、愛知芸術文化センター ©あいちトリエンナーレ実行委員会(Photo:Yasuko Okamura)
 一回きりの万博で、地域にさまざまなものを残すのは難しいけれど、3年に1度開催されるトリエンナーレなら多様な仕掛けができます。
 前知事が「愛知に足りないのは文化的なイメージだ」と英断し、2010年から国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」が始まりました。
 しかし、「あいちトリエンナーレ」は2019年度の開催において、地域とはまったく関係ないところで物議を醸し、不本意な形となりました。
 この経緯を踏まえて、「あいち2022」は新しいアートイベントとして再出発します。いろいろな仕掛けをして、地域の皆さんが誇りに思うようなお祭りを作って盛り上げたいと考えています。
──かつては盛り上がっていた地域で、アートが下火になってしまった理由は何でしょうか。
 アートギャラリーが拠点を東京に移したり消滅したりしていて、名古屋の現代美術画廊も少なくなってしまったのです。
 しかし、コレクターや名古屋出身のアーティストはいるので、場を提供して子どもたちがアートに触れる環境を作っていけば、また復活すると思っています。
 現代美術の良さは、なんといっても「作り手が生きていること」ですからね(笑)。直接アーティストに会える機会を提供することで、日常的にアートと触れるような地域に変わるきっかけを作りたいです。

企業の芸術祭参加は、社会貢献につながる

──地域や企業にとって、アートへの「投資価値」とは何でしょうか。
 現代美術への投資は、若いアーティストのサポートになります。企業が芸術や文化をサポートしないと、若いアーティストたちが制作活動を続けられなくなり、海外で評価されるかもしれない機会も失ってしまう。
 だから、企業が芸術祭に参加することや、芸術や文化に投資することは、地域貢献であり社会貢献です。
 20年前はなかなか広まらなかった考え方ですが、最近は企業の社会貢献が求められる社会に変わってきたので、良い兆候だと思っています。
 実際、大林組の東京オフィスには、18人のグローバルに活躍するアーティストに部屋や廊下をデザインしてもらっており、それ以外にも打ち合わせ室などには多数の現代アート作品を購入して飾っています。
──文化というと、音楽や神社仏閣、食、伝統工芸などたくさんありますが、その中でアートだからできることは何でしょうか?
 アート単体ではなく、トータルで見た方がいいですね。単体では弱くても、魅力的な食文化があって、歴史的な街並みがあって、素敵な宿に泊まれる“お祭り”なら楽しい。
 アートに陶芸や音楽、舞台、食などジャンルを超えてコラボレーションさせた方が厚みは増すでしょう。
2010年から3年おきに開催される「瀬戸内国際芸術祭」は、会場が岡山・香川の両県にまたがり、地域に100万人以上の訪問客を生み出している(Photo:Miyawaki Shintaro)
 愛知の芸術祭も、以前からパフォーミングアーツ、つまり舞台芸術にも重きを置いてきました。今それが世界中で見直されていて、時代が追いついてきたなと感じています。

多様な人を巻き込み「継続する祭り」に

──アートで地域を再生する上で、重要なポイントがあれば教えてください。
 点から面になり、立体になって4次元にしていくために、いかに仲間を増やすかが重要です。そのためにはアートに妥協せず、本当にいいものを作れる人たちを口説き、集める。
 世界的に知られた建築家が何かを作るだけでは、一過性のものになってしまいますが、毎年そこに何か新しいものが追加されていくと、地域の人はもちろん、国内外のアートに敏感な人たちが集まるようになります。
南米チリにある港町「バルパライソ」は、街全体を“美術館”とするアートの力で世界から観光客を集める。
 芸術祭もそうですが、単に観光客がたくさん来ればいいのではなくて、アートに敏感でインターナショナルに情報を発信できるような感性の高い人にも来てもらわないと、地域の魅力を持ち帰ってもらえません。
 とはいえ、アートに敏感な人ばかりを意識すると地域の人たちが楽しめなくなるので、そのバランスを取ることが大切。地域住民や企業、産業、国内外のアーティスト、アートに敏感な人、観光客──。
 多様な人や企業、文化も含めて巻き込めたら、きっとアートによって地域の盛り上がりを創出できるでしょうし、継続する「祭り」になると思います。