2021/9/15

【髙田春奈】「生きがい」と「つながり」を生み出すスポーツの力

ジャパネットたかた創業者の髙田明氏から引き継ぎ、JリーグクラブのV・ファーレン長崎の代表取締役社長に就任した髙田春奈氏。企業としての事業性を追求しながらも、地域とともに地域活性化や社会課題の解決を目指す髙田氏の連載をお届けします。連載第一回目は、ビジネスの成長や規模の拡大だけではない「地域プラットフォームとしてのサッカークラブの在り方」をテーマにつづってもらいました。
INDEX
  • 地域に根差したスポーツの魅力
  • 地方クラブの「アマチュア」らしさ
  • 地域課題に対して地方のサッカークラブができること
  • 地方以外の人にも地域とのつながりを
  • 結果以上に大切な、地域と“共にある”プロセス

地域に根差したスポーツの魅力

髙田 V・ファーレン長崎は2005年創設のJリーグクラブです。
 Jリーグクラブは活動の拠点としての「ホームタウン」を定めていますが、V・ファーレン長崎は、県庁所在地である長崎市でも、スタジアムと会社がある諫早市でもなく、長崎県下21の市と町すべてをホームタウンとしています。
 小さいながらも縦に長く、21の市町のうち5つは離島。その歴史や文化も地元の人に言わせると全く異なるそうです。
 それでもそれぞれ魅力にあふれたこの県全域を盛り上げるクラブの役割に、難しさよりも面白さを感じています。
 私がこのクラブに関わるようになったのは2018年の4月のことです。それまでも試合結果は注目して見ていましたし、何度かスタジアムにも足を運んでいました。元々サッカーという競技自体に興味がなかったのですが、自分の地元のチームともなると見方は変わります。
 たとえて言うなら、普段地元のことはあまり考えていないのに、高校野球が始まると熱心に地元高校の結果を気にしてしまうような感じです。
 選手の技術やプレーの美しさという競技そのものにではなく、自分の大切な人や身近な存在が頑張っていると応援したくなる、勝つと喜ぶ、そういったシンプルな感情が生まれるのは、地域に根差したスポーツの持つ魅力であるように思います。

地方クラブの「アマチュア」らしさ

2018年からクラブの内側に入って仕事をするようになりましたが、外から見て感じていたスポーツの持つ力は、より確信に近いものになっていきました。2018年はV・ファーレン長崎がJ1で戦った最初で(今のところ)最後の1年です。
それまで大体J2では上位にいたチームが、J1に上がったとたん勝てなくなる。それは理屈では当然のことなのですが、同じように応援している人たちからしたら負ける試合が増えるわけですから、つらいシーンが増えていきます。
シーズン後半になっていくと残留に向けてさらに必死になる、それでも勝てない、ただ苦しさと申し訳なさでいっぱいの私たちに対し、最後の最後まで、可能性がゼロになるまで、ファンサポーターの皆さんは応援し続けてくれました。
絶望に近い敗戦を喫した試合の後、スタジアムの中に立った時受けたのは、諦めでもブーイングでもなく、励ましや希望をもたらす愛情でいっぱいの声援でした。
それはJリーグではあまりない場面だったのかもしれませんが、私自身がJリーグに対する固定観念を持っておらず、またファンサポーターの皆さんも、昇格を通してファンになったばかりの人から、小さな地域クラブの頃から応援してくれている人まで、地元の頑張るヒーローを誇りに後押ししようとするいい意味での「アマチュア」であったことも、そのような空気を生み出した理由の一つだと思います。
でもそれはとても幸せな時間、空間でした。そしてスポーツが地域に根差す意味であり、地域にもたらす可能性の源泉なのだと感じました。

地域課題に対して地方のサッカークラブができること

長崎県は、数字だけで見ると課題だらけの苦しい地方都市です。県庁所在地の人口流出率は2年連続ワースト1、少子高齢化は進み、人口一人当たりの医療費もワースト2です。
経済的にも、人口一人当たりの所得ランキングが43位、上場企業は1社もありません。
観光と歴史で比較的知名度は高いと思うのですが、ビジネスが下手なのか、若い人に魅力的に映らないのか、現状は厳しいものです。
出典:長崎新聞2020年2月1日/朝日新聞デジタル2021年6月30日/毎日新聞2021年11月15日
その中でV・ファーレン長崎というクラブがいかに貢献できるのか。いくつかのポイントがあると思います。
一つはサッカーというファンの裾野の広いスポーツを通して、県民の関心の矛先、生きがいになっていけるのではないかということです。
サッカーは若い人のものと思われがちですが、実際には長崎でのスタジアムの来場者の平均年齢は45.9歳、男女比もほぼ半々と、多様な人々に愛されています。会場に足を運べば、年齢や職業の垣根なく、サポーター仲間と時間を楽しむことができる。
試合が終われば振り返って、次回に向けての反省会をする。家族との会話が増え、会社に行けば試合結果を同僚と語り、次の試合が待ち遠しくて仕事を一生懸命頑張る。
シニアの生きがいになり、子どもたちの憧れになり、若い人たちの誇りになれば、応援することそのものが地域に価値を生み出します。
また、Jリーグには「シャレン!」と呼ばれる、“3者以上のステークホルダーと共に社会課題を解決する活動をすること”が求められていますが、そこでは貧困問題や健康寿命の問題など地域のさまざまな問題に直接的に関わることができます。
事業会社なのでボランティアで実施することはできませんが、自治体や地元企業と連携し、お金の循環をもたらすこともできます。
スタジアム外での県民との交流は、よりチームを応援する気持ちを高めてもらえますし、選手たちのチーム愛の醸成にもつながると感じます。

地方以外の人にも地域とのつながりを

二つ目は地方以外の人が地域とのつながりを感じられるきっかけになるのではないかということです。
私は長崎を出て30年、関西、東京で過ごしてきましたが、自分が長崎出身であるという認識は常にありましたし、いい話題があれば誇らしくもありました。
会社の同僚とも地元自慢や無意味な競争の話題に花が咲くことも多く、サッカーに関わるようになってからは、松本出身の人には松本山雅の話を、栃木出身の人には栃木SCの話をと、話題の引き出しにもなりました。
それは先に述べた高校野球を応援する気持ちと似ているような気がします。さらにそれは必ずしもそこで生まれた、という出身の問題だけでもないのです。
例えば研究で沖縄を訪れた研究者の友人は東京で熱狂的なFC琉球のサポーターをしていますし、千葉で出会ったジェフユナイテッド市原・千葉のサポーターの方は長崎出身ながらジェフに魅了され、ずっと応援されていると聞きました。
つまり地域のスポーツクラブは、その地域内のみに可能性を持つのではなく、それを根っことして全国や世界にも地域と共に広がっていく可能性を持っています。
帰省した時に試合を見たり、UターンやIターンを考えるきっかけとなったり、Jクラブがその地域の魅力の一部となれればそれほどうれしいことはありません。
一つのJリーグクラブがビジネスとしての規模を追うとすれば、ある地方に根差すのは一見非効率にも思えます。最も大きな収入源である広告料収入は、地域の企業の規模や景気に左右されますし、人口が少なければ入場料収入を稼ぐことも困難です。
でも発想は逆であるような気がします。
つまり、私たちが地域の魅力を最大化し、「地域活性化の中心になる覚悟」を決めるということです。そのために地域の皆さんと寄り添い、なくてはならない存在になることが必要だと思っています。

結果以上に大切な、地域と“共にある”プロセス

よく、勝たなければいくらきれい事を言っても意味がないと言われるのですが、そもそもスポーツは絶対に勝てる勝利の方程式というものが実はないものです。
もしあったとしても、そのテクニックや技術、あるいは投資効率に重きを置いて勝つチームだけが、愛されるチームとなりうるのかといえば否である、ということは、みんなわかっているはず。
絶対に強いチームだけが勝つわけではないその偶然性や、勝利に至るまでのプロセスに秘められた人間性にこそ、人は心を動かされるのだと思います。
そして人は単にメリットデメリットだけでは物事を判断しません。好きか嫌いか、共感できるかどうか、つまり心が動かなければ、少なくとも長期的な信頼関係は形成できません。
長崎は豊富な観光資源と誇れる歴史や文化を有しながら、なかなかそれが経済につながらないと述べました。しかし私はそういう長崎の不器用さも好きです。
かっこつけたりよく見せたりは苦手。だけど仲間内では助け合うし、地元の魅力に幸せを感じている人が多い。であれば私たちの活躍を通して、長崎の魅力を発信できればいいのではないでしょうか。
76年前の原爆投下以降、地元の多くの方々が平和活動を推進されていますが、その根っこの大きな部分が、自分たちの身近な先祖が受けてきた苦しみを受け継いでいく気持ちです。
つまり大切な人を失わせてしまう可能性を持つ戦争を二度と起こしたくない、そんなシンプルな愛が原点にあります。
実はそのような県民性は私たちのクラブのアイデンティティや理念にもつながっています。
 私たちのクラブのグランドスローガンである「正々道々」、平和活動のコピーである「愛と平和と一生懸命」といった理念の下に戦い、勝利し、よりレベルの高いフィールドにあがることによって、長崎の魅力発信や経済の活性化につなげていけたらと思っています。