2021/9/6

【最新】旅行ができない今、旅行会社は何をしているのか

NewsPicks Brand Design editor
コロナのパンデミックにより海外旅行が制限されて、1年以上たつ。そこで今、注目されているのが、自宅にいながらにして海外の観光地にアクセスできる「オンライン体験ツアー」だ。観光地のライブ映像を見るだけでなく、現地にいるガイドに質問することができ、現地のお土産が後日自宅に届くなど、新感覚のエンターテインメントとして定着しつつある。
これまで、累計4500本以上のオンライン体験ツアーを提供してきたHISは、オンライン環境を活用したビジネス向けのソリューションも提供しはじめている。コロナ禍という逆境で、HISはいかにして新境地を切り拓いたのか。「逆境ビジネス」の最前線をお届けする。

「オンライン体験ツアー」はリアルツアーの下位互換ではない

ニュージーランド、モンゴル、インド、ケニア、メキシコ、アメリカという世界6都市の「初日の出」を一日で巡るツアー。世界5都市を90分で周る世界一周ツアー。
現実の旅行では絶対に不可能な体験を提供するのが、HISの「オンライン体験ツアー」だ。
HISは昨年の4月以降、累計4500本以上のツアーをオンライン会議ツール「Zoom」をはじめ、オンラインコミュニケーション機能を充実させた「Port」を用いて提供してきた。
「世界の初日の出を拝もう【世界6都市】2021元旦 ライブ中継」で生中継されたモンゴルの初日の出。料金は視聴する1端末につき2020円。詳細は画像をタップ。
オンライン体験ツアーなら、自宅のリビングにいながらリアルタイムの映像を見て、実際に外国に足を運んだような感覚を味わえる。
昨年6月から有料での販売を開始し、1年強で体験者数が10万人を突破(2021年6月末時点)した。参加者は30代~50代が中心。男女比率では、女性のほうが多い。すでに何十回もツアーに参加したハードリピーターも存在する。
「実際の移動を伴わないので、多くのツアーは数千円という手頃な価格です。また、ほとんどのツアーの参加料金は『1端末あたり』なので、『2500円で世界一周家族旅行』も可能ですし、離れた場所にいる友人と同じツアーに参加して、体験を分かち合うこともできます」
90分でハワイ、インド、トルコなど5都市を周る、一番人気の世界一周ツアー。参加料金は3500円(通常プラン)〜。詳細は画像をタップ。
こう話すのは、HIS Online Experience本部の内田紫保氏だ。
つまり、オンライン体験ツアーはリアルのツアーの下位互換ではないのだ。オンラインならではの強みや楽しみに加え、リアルと変わらぬ「旅の醍醐味」があるのが、多くのファンがついた理由だろう。
「たとえば、今人気なのは『ケニア・ナイロビ国立公園サファリライブツアー(90分4000円程度~)』で、運がよければライオンやサイなどの希少動物が見られます。
ですが、リアルタイムということで、シマウマやキリンなどの草食動物のみで終わってしまうことも。アクシデントも含めたライブ感をお届けしています(苦笑)」(内田氏)
ケニア・ナイロビ国立公園サファリライブツアー」は90分で参加料金4000円程度~。詳細は画像をタップ。
本物のサファリの中を車が走り、動物を見つけたらそこで止まって、野生の姿を見ながらガイドの解説を聞く。参加した日程によって見られる動物は変わるが、オンラインだからこそ、何度でも気軽に、違う体験を楽しむことができる。
「実際にケニアまで行く方はそこまで多くありません。テレビで見て、『いつか行ってみたい』と思っていても、海外旅行に行く機会は限られていて、ケニア旅行の優先度は低くなりがちです。でも、画面越しならテレビよりもリアルに、リアルよりも手軽に現地を感じられる。
ほかにも、マチュピチュやインドなど『リアルでは足を延ばしにくいけど見てみたい』という需要を満たせるとして、オンライン体験ツアーには『よく海外旅行に行っていた人』とはまた違う層のユーザーも多いですね」(内田氏)
コロナ禍が収束したときに備えて、旅行の下見として利用するユーザーもいるという。オンライン体験ツアーの活用方法はじわじわと広がっているのだ。

「早すぎる」オンライン対応ができた理由とは

HISがオンライン体験ツアーを開始したのは、昨年4月。最初から新事業の立ち上げを狙ったわけではなく、アメリカの現地法人がなかば自主的にスタートした。
コロナ禍で海外旅行が不可能になった状況でも、日本の人たちに海外の今を知ってもらいたい。『お客さまを画面上でガイドしてはどうだろう』と、はじめたのがオンライン体験ツアーのはじまりです。
ネット上での中継だけなら、従来の旅行と違い、企画してすぐにツアーとして開催できる。取り組みのハードルが低く、スピード感もありましたね」(内田氏)
有料での販売開始時に400本強だったツアー数は、現在は1300本を超える。
観光地を見て回るだけでなく、ショッピングをメインにした「バーチャルショッピングツアー」も人気だ。たとえば、DEAN & DELUCA HAWAIIで販売しているハワイ限定柄のトートバッグは日本では入手できず、以前は日本人が店に長蛇の列を作っていた。
ツアーに参加すれば、現地のスタッフが手にとって「これくらいの大きさです」「肩にかけたらこんな感じ」と説明してくれる。実物を見ずとも安心して購入できるというわけだ。
ほんの1年半前にはオンライン体験ツアーも行っていなかったHISが、ライブコマースまで。気になるのは、どうしてここまで急速に対応できたのかということだ。同じくHIS Online Experience本部の井上忠氏は次のように説明する。
「新しいことに取り組むハードルが低いのは、社風かもしれません。画面越しとはいえ、これまで培ってきたツアーでのノウハウを生かせることも大きいでしょう。
実は今も、撮影の専門家は起用せず、現地スタッフが動画撮影をしながらガイドをしています。お客さまに何が求められているか、Zoomを使って何ができるのかを試行錯誤し、お客様のフィードバックを受けてすぐに改善する。その繰り返しで今に至ります」(井上氏)
ツアー中のライブコマースだけでなく、終了後にお土産が届くツアーもあれば、ツアー前に商品が届くものもある。
日本の酒蔵ツアーでは、映像で酒蔵を案内されながら、日本酒の飲み比べができる。あるいは、日本では売られていないチーズをフランスから直送し、セミナーを受けながらチーズを食べる。
HISはリアルのツアーでも、カタログで選んだお土産が旅行後に届く形式を選択できた。そこで築かれた国内・海外の販売網がオンライン体験ツアーでも存分に生かされているのだ。
さらには料理レッスンや、語学レッスン、占いなど、「旅行」の枠を超えたスキルシェアのオンライン体験ツアーが次々に生まれている。
事前に届けられたスパイスを使い、カレーの作り方を習い、最後は参加者みんなでカレーを食べる。マグロやトロなどのネタが送られてきて、寿司職人から握り方を習う。
インドの占星術師に占ってもらうこともできるし、ハワイのスピリチュアルカウンセラーにオンライン上で診断してもらい、自分に合ったパワーストーンを送ってもらうこともできる。「オンラインだからこそ体験できる」ことがいくらでもあるのだ。

社員旅行、研修、協賛ツアー。ビジネス利用の可能性

リアルからオンラインに切り替えざるを得なかったのは、個人ばかりではない。研修や懇親会、社員顕彰、社員旅行、現地視察など、企業もまた従来とは違ったやり方を求められている。
「法人によるオンライン体験ツアーの利用も増えています。たとえば、個人向けのオンライン体験ツアーを法人向けに貸切にして社員旅行や懇親会に利用したり、研修中にテーマにまつわる海外の映像をリアルタイムでお送りしたり。
表彰式の演出として利用したり、『チームビルディング要素を入れたい』という要望があれば、オンライン上での宝探しゲームを組み合わせたりすることも。
今までやっていたことをそっくりオンラインに移すだけでなく、これまでにない体験を盛り込むこともできるので、実はコロナが収束しても利用は増え続けるのでは、と感じています」(内田)
企業のインターナルコミュニケーションだけでなく、外向けの発信にもオンライン体験ツアーが使われはじめている。たとえば、アサヒ飲料と実施したのが、「カルピス」と「三ツ矢サイダー」のオンライン工場見学だ。
オンライン体験ツアーは、全国から顧客を迎えることができないコロナ禍において、リアルな工場見学に加えて、社や商品の魅力を伝達する手段のひとつになったという。
懸賞の商品としてオンライン体験ツアーをプレゼントすることも可能だ。
「以前からスーパーなどで『ハワイ旅行が当たる!』というキャンペーンがありましたが、オンライン体験ツアーであれば、『世界一周が当たる!』と、簡単にスケールを大きくできます(笑)。リアルの旅行ではないので、応募する側もより気楽なのではないでしょうか」(井上氏)
「コロナが収束してもビジネス利用が増え続ける」とは、こうしたさまざまな「可能性」の裏付けがあっての発言だったのだ。

「レンタルHIS」が視察、商談アレンジ、買い付けまで

ビジネス利用においても、オンラインを武器にした、ツアーの枠を超えたサービスが生まれている。コロナ禍では実施が難しい海外への営業、市場調査、現地視察ニーズの高まりを捉えたもので、以前からあった出張代行サービス「レンタルHIS」の機能を充実させたかたちだ。
「『レンタルHIS』は、コロナ以前から現地でのアポ取りや商談アレンジなどを行ってきました。これもまた、海外に多く拠点を構えるHISならではのサービスです。日本からの出張が制限される今、企業からの相談は増え、複雑な依頼も持ち込まれるようになっています」(内田氏)
一例を挙げると、「海外にビルを建てるので、その周辺の様子をライブで見せてほしい」「海外の店舗で自社とライバルの商品がどのように陳列されているのかを見たい」「工場のラインがちゃんと稼働しているかを中継で見たい」。
これまでは日本から出張しなければ実現できなかったことを、HISの現地のスタッフたちが出張費よりも安く実現させるのだ。省エネ・省コストが叶うとなれば、コロナが収束したあとも「出張しなくてもいい」と判断する企業も出てくるだろう。
かつて、海外旅行は夢のまた夢の存在だった。そして、国境を飛び越えることが容易になった現代において、突如巻き起こったコロナ禍。
「旅行は娯楽でもありますが、世界を知る、社会を知るための機会でもあります。あらゆる未知を提供することで未知をまもるきっかけ、気づきを与えることができれば、SDGsにも繋がると考えています。
実際、オンライン体験ツアー開始1周年の記念ツアーでは、参加費の半額を国境なき医師団へ寄付し、医師団の方にご講演いただきました」(井上氏)
最近では、介護施設での利用も増えてきた。コロナ以前から旅行のハードルが高かった人に、オンライン体験ツアーで旅行の気分を提供できるようになったのだ。
「『オンライン体験ツアーでこういうことはできませんか?』とお声がけいただいて、初めてニーズに気付かされることも多いです。それに対して『やってみよう』と取り組めるのが、HISの強みですね」(内田氏)
旅行だけでなく、移動を伴う行為全般が、コロナ禍を機に見直されつつある。激動のなかで、HISは人々の旅行に対する価値観だけでなく、移動に関する価値観すら変えようとしている。