2021/7/31

【鈴木誠也】サヨナラホームランに秘められた「秘密」

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トップアスリートには、ふつうの人には想像がつかないような感覚がある。
広島カープの4番として君臨し、侍ジャパンの4番としても期待される若きスラッガー・鈴木誠也もその一人だ。
ある「1打席」からその感覚に隠された哲学に迫る。

緊迫した試合で真似た山田哲人の打撃

2019年11月5日台湾。プレミア12のグループB、侍ジャパンは初戦にベネズエラを迎えていた。
4番に座った鈴木誠也は、1打席目、2打席目と見逃し三振を喫する。
“手も足も出ない。世界の動くボールに対応ができないのか──。”
そう見えた。しかしこのあと鈴木は、大会をつうじて打率.444、3本塁打、13打点とその打棒をいかんなく発揮、日本代表を優勝に導く活躍を見せMVPにも輝いた。
「最初に見逃し三振を二つして、いつも通りじゃ打てないなと感じました」
鈴木は最初の2打席をそう振り返った。単純に「動くボールに苦労しただけ?」と問うと、それをあっさりと否定する。
「いや、その意識はなかったです。代表戦ということで、雰囲気に飲まれていて体が動かない、バットが出てこない感じでした。配球も違ったし、僕も相手の“情報”がなくてこれは今まで通りじゃだめだな、と」
迎えた3打席目、鈴木はフォームを変えた。
「ベンチに戻って、山田哲人さんのように足をバッとあげた方が手(バット)が出るかもしれない、と思って真似をしたんです。そうしたら打てた(センター前へタイムリーヒット)。そこから気持ち的にも楽になって、調子が上がっていった」
即席でバッティングフォームを変える。
「勢いで打っちゃえ、みたいな感じですよね」
本人は笑いながらそう話すが、決して偶然「山田哲人のフォームがハマった」わけではない。
鈴木は、プレミア12に限らず、シーズン中に何度もフォームを変えている。ときにはケングリフィーJrのように腕でタイミングを取り、ときにはプホルスのようにノーステップでスイングをする。
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そして、そのフォームで結果を出し続けてきた。
「“枝葉の部分”はどんどん変えます」
さまざまな“フォームのパターン”を独特の表現で言い表した鈴木は、1月の自主トレ中からその対策を施している。
ケン・グリフィーJr、マイク・トラウトに似せたさまざまな打撃フォームで行なうフリーバッティング。一見するとふざけているようにも見える。
「遊び感覚ですよ。そっちのフォームの方が、タイミングが合うかな、(バットが)振れそうかなという感覚的なもの。僕は、一つのモノ(フォーム)にあまりこだわりがないんです。自分のバッティングに芯(幹)はあるんですけど、それ以外の枝葉の部分はどんどん変えて、その中で良ければ取り入れて、ダメなら捨てる。そこからセレクトしてやっています」
その「枝葉」はどのくらいあって、どうやって選んでいくのか。
「うーん、枝葉はいっぱいあります。細かく言えば手の位置、足の力の入れる箇所、位置、ステップの幅……。練習でひと通り全部やってみて、何がその日、自分に合うのかを試してみて、一番いいものでゲームに入る。それがメンタル的にも自信を持って入れるので。体の状態や感覚に応じて今日はこのフォームが打てる、と思った打ち方で入るのがベストなんです、僕の場合」
ゲームに入る際には、「一番合う」ものを選ぶ。しかし、試合ではまた違った感覚になる。選び方への答えは一言だった。
「そこからは相手によって変えます」──
※  ※
「バットが出ない」「“情報”がない」「即席でフォームを変える」「バッティングの芯と枝葉」「相手によって変える」
ここまで鈴木が口にした言葉の裏には、想像を超える「感覚」と「理論」が存在する。
象徴する“1打席”がある。
5月15日、ヤクルト戦のことだ。8回表まで7対2とリードされていた広島は8回裏に1点を返すと、9回裏に一挙に4点を上げ同点。10回裏にサヨナラ勝ちした。
4番・鈴木誠也は、5回にタイムリー2塁打、8回にソロホームラン、9回に同点タイムリーヒット、10回にサヨナラ2ランホームランと6打数4安打5打点2本塁打の活躍を見せる。二つの凡打は1、2打席のセカンドゴロ、セカンドフライである。
その“1打席”は最終打席のサヨナラホームラン。一体、どんな打席だったのか
延長10回裏、鈴木にとって6度目の打席。
1アウトランナー1塁。長打が出ればサヨナラの可能性もある。
鈴木は「まともに勝負をしてこないだろう。(際どい、打てない球に手を出すような)がっつくことだけはしないように」と打席へと向かった。
マウンドには、ストレート、フォーク、カーブの3つの球種を軸に三振を量産する左腕・中尾輝がいた。この試合、初対戦のピッチャーである。
「(中尾投手には)苦手意識がありました。特に、フォークがスライダー気味に(体側に)食い込んでくるタイプで、これが厄介だなというイメージがあったんです」
バッターボックスに入るといつものように“軌道”を描いた。ピッチャーがリリースした指先から、バッターボックスに立つ自分──18.44mより短いその空間に──に対し“丸いボールが点で繋がっていく白い軌道”だ。
「苦手意識のあった“内側に食い込んでくるフォークの軌道”がポイントでしたね。この軌道にボールが乗ってきたら絶対に振らないように」
初球、高めへストレートが外れボール。2球目はインコースへストレートがストライク。
際どいコースに手を出さず、打てる球を待つ。
1ストライク1ボールからの3球目、放たれたボールは“白い軌道”に乗る。
絶対振らないように。そのために引いた軌道に、しかし鈴木は反応してしまう。止めようとしたバットは中途半端に空を切った。
「相性もあると思うんですけど、どうしても体が反応してしまうことがあります。我慢ができないというか。このときは、びっくりしたんです。正直“エゲツない”球だな、と思った。自分が思い描いた軌道よりずっと曲がって来ていて……」
追い込まれて鈴木は狙いを絞った。
「ストレートとフォーク。想定していたのはこの二つです」
“白い軌道”をケアしながら、4球目は同じ内側へのフォーク。しっかり見極めて2ボール2ストライク。そして5球目は完全に裏をかかれた。
「カーブが来た。見逃したんですけど、かなり危なかったですね、ストライクと言われてもおかしくない球でした、ラッキーでしたね(笑)」
判定はボール。ツースリーとなって、ここからさらに割り切った。
「フルカウントなので、相手(中尾)も得意球で来るだろうと。フォーク、それも抜けてきた球だけを振ろうと、その一本に絞りました」
果たして、ボールはピンポイントでフォークが抜けた。鈴木が放った打球はセンターバックスクリーン横へのサヨナラホームランとなった。
打席で考えていることを詳細するとこうなる。
「基本的には自然体です。打席に入るまでは色々と考えることもあるんですけど、あまり考えすぎて打席に入ると自分が思ったように体が反応しなかったりする。(ピッチャーバッター 間の)18.44Mより、リリースされる位置は前です。そこから150キロのストレート系と110キロの変化球に対応するのは考えていては無理なので」
重要なことは、“自然体の条件”と”“自然体で臨むための準備”だ。後者は自主トレ、練習、試合前、ネクストバッターズサークルで着々と済ませていく。これは後述する。
自然体の条件はまず、中学生ごろから「知らない間にしていた」という“軌道を引く”作業になる。
「イメージするのはピッチャーが持ってる球種──真っすぐ、スライダー、カーブ、チェンジアップ、シュート、フォークとかですね、のリリースからインパクトまでの軌道です。ボールが1つずつ移動していくようなもの。プロの球のすごさって、消えるんですよ。曲がったと思ってから手を出しても打てない。だから、軌道を引いてそこに向かってバットを出すんです」
引く軌道は“基本的に”全球種だ。ただし、打席内でケアをするのは数本。
先の中尾との対戦で言えば、“内側に食い込んでくるフォークの軌道”になる。つまり、“意識しないと打てない球”ないし“打たない球”だ。
「自分の苦手なところから引いていきますね。たとえば、低めの三振を取りにくるスライダー。『あ、ここから曲がったらここらへんくらいまで曲がるからこれは手を出さないでおこうかな』というものを頭の中で白い線をなぞるくらいの感覚で見ている。苦手なところには全部、目付け(投球の軌道を予測する)をして、そこに来たら振る、見逃すというのを決めておきます」
この軌道イメージは、打席に入る前から準備をしている(“自然体で臨む準備”の一つでもある)。
鈴木はネクストバッターズサークルでほとんどバットを振らない。ルーティンのように、マスコットバットや重りをきれいに並べていく。
「その間も、ずっとピッチャーの軌道を見ています。どういう軌道で来ているのか、後ろから見てタイミングだけを合わせます。試合前に見る映像や、これまでの対戦と比較して軌道のイメージを修正してバッターボックスに向かうんです」
ときには、打席を捨てることもある。
「映像は完全にイメージですし、後ろから見るのと打席で実際に見るのでは、曲がり方がまったく違ったりします。初めて対戦するピッチャーはそのイメージを膨らませて打席に立ちますけど、軌道はすぐには分からない。なのでまずは球種を、頭と体と自分の目が感覚的に覚えられるようにしています。捨てるって言い方はよくないかもしれないですけど、1、2打席はその後の打席のために使ってもいい、くらいの気持ちでいることもありますね」
それだけ“軌道”が大事なのだ。
そして、真骨頂は一般的な打者の感覚と真逆の発想である。
打者の「目付け」は「打ちたい」「狙った」コースにするのが一般的である。インコースを狙っていれば、インコースに「目付け」をする、といった具合だ。
しかし、鈴木の場合は「苦手なコース」に「目付け」をする。その理由は、「引かない軌道はある?」と聞いた答えに明快に示されている。
「あります。自分の中で絶対ここは大丈夫、当てられるというポイントがあるのでそこは(軌道を)引かないです」
先の5月15日の試合、それを端的に示す打席があった。
「外の真っ直ぐですね。五十嵐さんから打ててテンションが上がった」
はにかみながらそう振り返ったこの打席のホームランは初球のことだ。8回裏、2対7と敗色濃厚な点差、先頭バッターとして打席に立った鈴木は、「インコースのシュート」の軌道を引いていた。つまり、目付けはインコース。
「五十嵐さんはシュートがすごく良くて、今までも結構やられていました。しかも、プレートの一塁側を踏んで投げ込んでくるので、より食い込んでくる感じがするんです。詰まってぐしゃっという打球は打ちたくない、と思って思い切ってインコースにチャレンジをしよう(振って行こう)、と思っていました」
しかし、その意図とは裏腹に初球、ストレートがアウトコースへと投げ込まれた。リリースの瞬間のことを鈴木はこう言った。
「あれ、アウトコース? ラッキーと思って、パンと手を出しました。あのホームランは出来過ぎですけど」
弾丸ライナーでセンターバックスクリーンに飛び込む特大の打球。決して、ラッキーで打てる質のものではなかった。
「反応できる、というのはあるんです。これは選手によると思います。張るタイプの人で、その張り方が“ここ以外は振らない”という選手もいますよね。ただ、僕は、“ここは最悪な状況を避けるためのケア”だけで、他の球は手を出せるというタイプです」
※  ※
大逆転への狼煙となったこのソロホームランには、鈴木誠也の研ぎ澄まされた「感覚」が詰まっていた。
本稿では、「軌道を引く」ことにフォーカスを当てたが、鈴木の「感覚」と「理論」のすごさは、それ以外の言葉にも散見されている。
例えば、サヨナラホームランとなった打席の「追い込まれたあと」。鈴木は、球種を2度絞っている。最初は2種類に、その次には1種類に、だ。
一般的に考えれば「追い込まれたあと」は選択肢を増やす。三振しないよう、「どんな球にでも対応しよう」とするためだ。
しかし、鈴木はそれをしない。これも「反応できる」という確かな技術があってこそ、もたらされるものだ。
鈴木はこの「割り切り」についてこう言う。
──このシーンでの「割り切り」っていうのは、同点に追いついている余裕があったからですか。
「そうですね」
──では、もし1点差で負けた9回だったら同じように割り切れますか?
「やってます。それは関係なくやってます」
──では、究極のシーン……例えば、WBCの決勝とかだったらどうですか。
「あー、どうだろう……。相手のピッチャーにもよるんですけど、このピッチャーはもうフォークで何回もやられていたんで、僕は。確信があったんで、決めれたっていうのはありました」
次回以降、この「感覚」と「理論」をさらに深掘りしていく。