【平石洋介】原監督と工藤監督、勝てる監督の条件

2019/10/19
「稀代の名将対決」になったとも言える。
通算勝利数425勝274敗16分の福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督と、同じく1029勝777敗53分の読売ジャイアンツ原辰徳監督。
いずれも3回の日本一に導いた短期決戦を知り尽くした指揮官は何が優れているのか。監督をとおしてみたこの日本シリーズのポイントとは。
2019年、最年少で指揮官となりクライマックス・シリーズ進出に導いた元東北楽天ゴールデンイーグルス監督・平石洋介氏が「指揮官」の胸の内を明らかにしながら解説する。
本音を言えば「戦っていたかった」2019年シーズンの頂上決戦は、経験豊富な2人の監督が率いる球団によるものになりました。
一軍監督を1年半(※2018シーズンから代行監督に就任、2019シーズンに監督就任)経験し、選手たちの奮闘によってクライマックス・シリーズも戦うことができました。
他の監督に比べれば大した時間ではないですが、そこで初めて体感したことはたくさんあります。
監督とは本当に難しい仕事です。
そんな私が現場で得た監督心理をご紹介しながら、2人の指揮官が優れている理由とシリーズのポイントを書いていきたいと思います。

⒈「30秒間」の判断力

采配について、監督はいろいろな要素をもとに判断します。
試合前には、データを用意し、試合中はそのデータを頭に入れつつ「現場に落ちてる情報」ーー選手の雰囲気やバッター、ピッチャーの反応などーーを感じながらサインを出し選手交代を決める。そうやって勝ち筋を探っていきます。
例えば、エンドランやスクイズ、ダブルスチールといった奇襲をしかけたいとき。事前に予測した試合展開、データなどをもとに、成功の確率が高いタイミングを探るのですが、こんなことを考えています。
進塁を意図したエンドラン(エンドランには、この進塁を目的とするものと、チャンス拡大を狙ったものの2種類があって、それによって以下の条件が変わります)を成功させるために必要な大前提としての要素は、
1.バットに当てる
2.前にゴロを打つ
3.そのゴロがセンターラインに転がることを避ける
という順番があります。1、2、3が揃えば成功の確率が上がり、逆であれば下がってしまう。
ですから監督としては、1、2、3の順番が実現しやすい状況を考えます。
1、2に対して、バットに当てやすく前に飛ばしやすいのはストレートであり、ストライクゾーンの球です。一方で空振りの確率が高くなる球種(例えばフォーク)のタイミングは避けようとします。また(ランナーが1塁にいる際のエンドランでは)ゲッツーの可能性が高まってしまうセンターラインへの打球を避けるために、アウトコースの確率が高いタイミングのほうがベター、といった具合です。
もちろん、バッターにもよります。楽天には銀次というバットコントロールに長けた選手がいましたが、そういうバッターのときにはスライダーやチェンジアップでもサインが出せ、幅が広がります。これは相手ピッチャーが誰であるかにも当然左右されます。
監督はこうした判断を、アップデートされる状況に対応しながら、していかなければいけません。次のバッター、次の回のピッチャー、終盤の戦い方と先を常に読んでいるなかで、目の前にある、大げさではなく、ピッチャーが投じた1球から次の投球までの約30秒で有効な判断をしていかなければならないわけです。
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このスピードには大いに苦労しました。試合状況を見て、次のタイミングで「投手交代があるな」「スチールを仕掛けられるな」と思っていたところ、「いや、次のことを考えたら続投もありだぞ」「球が荒れてきたな、ウエイト(待球)もありか」とふと考えてしまうと、その次の瞬間には、結果が出てしまっていたりする。
「やっておけばよかった」
そう思うことが何度もあったのです。同じような経験を、他の現役監督でもしている、と聞きましたが、この「判断の繰り返しの精度」を上げることこそ、重要なポイントになるのだと思います。
その点で、私がシーズン途中から考えていたことは、この約30秒の時間で「こうだ」と思ったことは、思い切ってやる、ということでした。
今シリーズの2人の監督は、この「こうだ」という30秒間の判断に優れていると思います。
パ・リーグにずっといたため、原監督の試合を多く見れたわけではありませんがその印象はありましたし、工藤監督は何度も対戦しそれを実感しました。
もちろん、監督はその判断の失敗や負けにおいて責任を負います。日本シリーズに出ていても、シーズンでジャイアンツが64、ホークスが62の敗戦を喫しているわけですから、判断に対して批判されることもあったのだろうと思います。
ただ現場で感じたこととして、舌を巻く機会が多かったことは確かでした。

2.ドライな決断力

判断に加えてそれを下す決断力は、短期決戦ではより大きな意味を持ってきます。
短期決戦において工藤監督は実に7割を超える勝率を誇っていますが、原監督も69試合を戦いセ・リーグ2位の勝率です。2人とも短期決戦の戦い方を熟知していると言えます。
「短期決戦の戦い方」と書きましたが、これがさまざまなところでも指摘されるのは、シーズンとは違う戦い方になるためです。
当然ですが、シーズンであろうと短期決戦であろうとプレーするのは選手です。選手の調子の良し悪しは、大きく結果にかかわってきます。
この調子の良し悪しに対して、どう向き合うかがシーズンと短期決戦では大きく変わります。
シーズンであれば、監督は「選手の結果が出やすい環境を作る」ことが求められます。6球団のなかで最後に一番勝率が高ければいいわけですから、特にシーズン序盤は、目先の1勝のために選手の「調子の良し悪しだけ」が起用の判断基準になることはありません。
例えば、数年活躍した実績がある選手を、「調子が悪いから」といってスタメンから外すことはしません。むしろ、その選手が復調するために必要な打席数を作っていくことが大事になります。
楽天の例で言えば、浅村栄斗の調子が悪いからと言って、スタメンを外すという試合は、シーズンでほとんどないわけです。
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一方、短期決戦では1勝、1敗の重みがぐっと大きくなります。
1つの負けが「敗退」にどんどん近づいて行ってしまう。この心理的なプレッシャーはこれまで経験したことがない種類のものでした。だから、調子の良い選手を積極的に起用する(逆を言えば調子が悪ければレギュラーでも外す)、というドライな決断もときには必要になってきます。
私たちが1勝2敗で敗退を喫したクライマックス・シリーズのあと、埼玉西武ライオンズとファイナルステージを戦ったホークスは、工藤監督のこの「決断力」が見事に当たりました。
故障者が多かったシーズン中のソフトバンクにおいて全143試合に出場し30本塁打を打つなど屋台骨を支えたベテラン・松田宣浩を、調子が良くない、相性が悪いとみるとスタメンから外しました。
それだけではなくチャンスの終盤ではベテランの内川聖一に代打を出しました。
実は、私たちと戦ったファーストシリーズでも(楽天が初戦を取ったためホークスにとって)負けたら終わりという試合で、松田をスタメンから外しています。
そして代わった選手が結果を出す。
これには正直、すごいと思いました。
西武の辻監督が試合後、「(この采配は)俺にはできない」と仰っていたと報道を通して見ましたが、まさに同じ思いです。私が、浅村を「2戦まったく合っていない、調子が悪い」ことを理由に、3戦目に外すという選択肢を取るかと問われれば、取らなかったと思います。
これは、ここに至るまでのシーズンを支えてくれたということ、調子が悪くても次の1打席で取り返すかもしれないという信頼を取る、ということです。
同じく原監督も、クライマックス・シリーズで亀井義行を1番に抜擢し、ダブルスチールを成功させるなど、状況に応じた戦術と、その決断力に優れている印象があります。
決断に対する正解は結果がすべてではあります。そういう意味で、勝ち続けている両監督がどういう「決断」をこのシーリズでしてくるのか、注目してみたいポイントです。
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3.プランAとプランB

こうやってみていくと、やはりこのシリーズは、優れた判断とそれに対する決断力を持った短期決戦の雄が、相まみえるものになると感じます。
指摘してきたとおり、監督の力量は非常に高いレベルで甲乙つけがたい。そうなると、戦力がものを言ってきます。私がパ・リーグで指揮をしていたこともありますが、ホークスの戦力は圧倒的です。そこにホームで最大4戦できること、両球場ともホームランが出やすいことなどを総合していくと、ホークスが有利であるように感じています。
対戦した経験から、ジャイアンツが取る可能性のある戦略はいくつかあります。
一つは、後半勝負にしないことです。
私がホークス戦に臨むプランAは、基本的に先に「リード」を奪う、という野球のセオリーともいえる戦略でした。
ヤフオクドームでやるときは特にこの点を意識していたと思います。ホームランテラスができてから、逆方向にもホームランが増えるようになりました。もともと一発が打てるバッターが並ぶ強力打線に対して、その一発を警戒し「低く遠く」という長打ケアの定石すら確度が下がるわけです。
そうすると、失点を防ぐことに注力しつつも、どうしても点を1点でも多く取るプランを考えることに比重が置かれるようになります。
加えて、ホークスと対戦していて何より嫌だったのが、試合の終盤でした。中継ぎから抑えにかけて、森唯斗、モイネロ、甲斐野央など強力な投手陣が揃い、簡単に点を取れません。先発ピッチャーも非常に良いのですが、長いイニングを投げる彼らからいかに点を取り、リードした状態で後半を迎えることができるか。それを常に頭に入れていました。
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プランBとしては、プレッシャーのかけ方です。
ホークスに対し5対3で勝つことができたクライマックス・シリーズの初戦、楽天は送りバントを多用しています。
千賀滉大という球界を代表するピッチャーが先発ということもあり、試合前、私たちが想定していたのは、「1点勝負」と「それ以外の展開」。そして、いずれの展開にも共通しているのは「長打を絡めないと点が取れない」ということでした。千賀から連打で点を取ることは難しく、得点の確率が上がる長打が必要だと考えたからです。
にも関わらず送りバントを多用したのは(もちろん打順の巡り合わせもありましたが)、少しずつ相手にジャブを打ちたかったからです。
プランAで指摘しましたが、後半勝負には持っていきたくないというのがホークス相手の戦い方です。
一方で、エースである千賀が先発ということは、ある程度長いイニングを投げるだろうと予想できました。ですから、プランAがうまく行かない場合は、終盤に長打で点が取れる可能性が高くなるような状況を作っておこうと思ったわけです。
攻撃においてはランナー1塁で「送るか打つか」で悩んだら「バント」。長打で点を取る、という想定でいえばランナー1塁で打たせて長打のほうが、理に適っていました。しかし、それをせずにあえて2塁にランナーを送ったのは、「得点の確率を高めるためだけ」ではありません。
ランナーを2塁におくことで、千賀に対して精神的にプレッシャーをかけ続け、球数を増やし、長く投げるだろう後半に長打を期待したのです。
実際の試合は、初回に先制。我々の先発が則本昂大ということを考えてもプランAで……といきたいところでしたが、1回裏に1点、2回にも2点を取られ逆転されます。しかし3回、5回と1点ずつを加え同点とし、7回茂木栄五郎が最高の長打・ホームランを千賀から放ち逆転。最終回にも加点し勝利できました。
決して野球は采配だけで決まるわけではありませんが、監督は複数のプランをシミュレーションしているものです。
戦力で優位に立つホークスに対して、ジャイアンツがどういうプランを描くのか。経験豊富な両監督の采配に注目です。
(構成:黒田俊、デザイン:九喜洋介、写真:アフロ、Gettyimages)